転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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16巻

16-3

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「……どうしましょうか」

 背に隠れる子ヴィノたちを見て俺が呟くと、皆は困った顔で低く唸った。

「子ヴィノたち~! 俺だよ。モーリスだよ! 少しだけど顔の腫れもひいてきたからわかるだろう? 仲良くしてたモーリスだよ!」

 そう言って、モーリス殿下が子ヴィノたちに向かって手を振る。哀れなほど必死だ。
 しかし、まだ彼の顔は腫れている。子ヴィノたちはプイッとそっぽを向いた。

【モーたん、ちあう!】
【なかよち、ちあう!】

 子ヴィノたちはキッパリ否定して、再び俺の背に隠れてしまった。


「顔が腫れてるけど、あれはモーリス殿下なんだよ?」

 俺がそうフォローするも、子ヴィノは首を横に振る。

【ちあうの。モーたん、いないの】
【ハッたんも、デニたんもいないの。しゃらわれたの!】

 そう言って、疑わしげな目でモーリス殿下たちを見つめる。
 ……同一人物どころか、三兄弟を誘拐ゆうかいした犯人だと思ってない?
 これは、なかなか手強てごわい。

 モーリス殿下の必死さが裏目に出ているのかなぁ。全然、警戒心けいかいしんがとけないや。
 俺は少し離れた位置にいる、ハミルトン殿下たちに伝える。

「あの~、やっぱり子ヴィノたちはモーリス殿下たちを判別できていないみたいです。それどころか、腫れた顔の三人が殿下たちをさらったとすら思っていそうで……」

 すると、モーリス殿下はガックリと項垂うなだれる。

「そんなぁ……ヴィノつかいの師匠ししょうに、なんて言ったらいいんだ」

 せっかく腫れがひいて来たのに、また泣いちゃいそうだな。
 モーリス殿下は子ヴィノたちをグレスハートに連れてくるため、ヴィノ遣いに弟子入りまでしたんだよね。
 普段、一番お世話をしているのもモーリス殿下だと聞いている。
 そんな子ヴィノたちにそっぽを向かれたら、かなりショックだろう。

「子ヴィノたちが一番なついているモーリスがこんな状態とは。いざという時、俺とハミルトン兄上でフォローできるだろうか」

 デニス殿下は不安そうにそう呟いた。
 モーリス殿下も、頭を抱えて言う。

「もし帰国途中、子ヴィノが怖がって脱走したらどうしたらいいんだ!」

 動揺する弟たちを、ハミルトン殿下がにらむ。

「落ち着け。泣くのを我慢すればいい話だ」

 そう言う長兄ちょうけいを、デニス殿下とモーリス殿下はじとりと睨み返す。

「我慢できたらなやんでないだろう?」
「ハミルトン兄上は我慢できるのか? 一番涙もろいくせに」

 図星だったのか、弟たちの反撃にハミルトン殿下は「う……」と言葉を詰まらせた。
 そういえば、婚姻式でも一番大声で泣いていたのはハミルトン殿下だったっけ。
 うーむ。まさか、こんな事態になるとは……。
 俺は手招きして、レイたちを近くに呼び寄せ、ささやく。

「子ヴィノに皆を紹介したあと、少し遊べるかと思っていたんだけど、この状況だとちょっと無理かもしれない」

 トーマとアリスは俺の背後に隠れている子ヴィノたちを驚かせないよう、そっと顔を覗き込みながら微笑む。

「こうして会わせてもらっただけでも充分だよぉ」
「ええ、子ヴィノが無事に帰国できるかのほうが大事だわ」

 優しい言葉が、ありがたい。
 ライラはハミルトン殿下たちを振り返り、小さく息を吐く。

「なんとか協力してさしあげたいけれど、どうしたらいいのかしらねぇ」

 すると、腕組みしていたレイが、真面目な顔で皆を見回す。

「あのさ、俺、考えたんだけど。同一人物だとわかってもらえるかはとりあえず置いておいて、まずは今の状態で子ヴィノと一緒に遊んで、いい人だと認識してもらったほうがいいんじゃないか?」
「つまり……モーリス殿下本人としてではなく、腫れた顔の人物としてしたしくなるってことか?」

 確認するカイルに、レイは「そうそう」と頷く。

「題して、『どっちも仲良し作戦』! 腫れた顔の殿下たちとも親しくなれば、今後顔を腫らしたとしても逃げださないだろ?」

 レイは自信ありげに、胸を張る。

「作戦名はいまいちだけど、案自体は悪くないわね」

 ライラが「ふむ」と頷き、カイルもそれに賛同する。

「確かに、いいかもな。要は警戒心がとければいいんだから」
「そうだろ!」

 にっこり笑うレイに、トーマは少し不安げな顔で言う。

「でも、すでに警戒されてるんだよ? 仲良くなれるかなぁ」

 そこは俺も心配なところだ。
 腫れた顔の殿下たちを、誘拐犯だと疑っているっぽいし。言わば、マイナスからのスタートだ。
 後ろを見ると、未だ子ヴィノたちは、疑わしげな目で殿下たちを見ていた。
 俺は少し考えて、皆に向かって言う。

「じゃあ、子ヴィノたちと仲の良いコクヨウやホタルたちに、協力してもらったらどうかな」
「あ、そうね。仲良しの皆と一緒なら、警戒心が薄れるわよね」

 合点がいった様子のアリスに、俺は微笑む。

「うん。やってみる価値あると思うんだ。カイル、僕がコクヨウたちを召喚して説明している間――」

 言い終える前に、カイルは小さく自分の胸を叩く。

「俺はハミルトン殿下方に、作戦をお伝えすればいいですね」

 最近のカイルは、俺が言いたいことの先を読んで、行動してくれることが増えたなぁ。
 俺が頷くと、カイルはハミルトン殿下の元へと向かった。
 頼もしくなったカイルに感動しつつ、俺はコクヨウやウォルガーのルリ、毛玉猫のホタルや袋鼠ふくろねずみのテンガ、光鶏こうけいのコハクやダンデラオーのランドウ、氷亀こおりがめのザクロを召喚する。
 空間の歪みから出てきたコハクは、さっそく子ヴィノを発見したようだ。子ヴィノを、ピッと小さなつばさで指す。

【子ヴィノ!】
【本当です。子ヴィノです!】

 ホタルも嬉しそうに尻尾しっぽを揺らして、「ナ~ウ」と鳴いた。
 子ヴィノたちも、そんなホタルたちに駆け寄る。

【ポタルたん! なかよち!】
【なかよちいっぱい!】

 タッタカ足を鳴らして、飛びねる。
 ランドウはワクワクした様子で、俺を見上げた。

【子ヴィノがいて俺たちを召喚したってことは、遊んでもいいってことだな!】

 まったく、こういう時だけ察しがいいんだから。
 俺は苦笑してひざをつき、皆の頭を撫でながら言う。

「そうだよ。子ヴィノと一緒に遊ばせるために、皆を呼んだんだ。でも、その前にちょっとお願いがあるんだけど、いい?」
【お願いっすか?】

 テンガはお腹の袋からボールを出しつつ、小首を傾げる。

「うん。ハミルトン殿下たちも、遊びの仲間に入れてあげて欲しいんだ」

 俺はニコッと笑って、カイルから説明を受けている三兄弟を指さす。

「ほら、あそこにいる三人。この前お城のお庭で会ったでしょ。子ヴィノを連れてお城に来た、ルーゼリア義姉さまのお兄さんたち」

 ランドウたちはハミルトン殿下たちの顔をじっと見て、それから俺に向き直る。

【……見たことない顔だぞ】

 ランドウはいぶかしげに言い、ホタルも申し訳なさそうに俺を見上げる。

【フィルさま。ボクも、あの人たち……はじめましての人です】

 ホタルは言いにくそうに、人違いをしていると伝える。
 ……ホタルに気遣われた。

「本当なんだよ。顔が腫れているけど、あれはハミルトン殿下たちなんだ」

 そう言って、召喚獣の皆にここに至るまでの経緯けいいを説明する。
 ホタルたちも最初は半信半疑といった感じで俺の話を聞いていたが、匂いをいでようやく納得したようだ。
 コクヨウは、ハミルトン殿下たちにあきれた目を向ける。

【それであのような状態なのか】
【涙を流して顔が腫れるって、人間ってどーなってんだ!?】

 ランドウはそう言うと、信じられないというように、殿下たちをまじまじと見つめる。
 人体の不思議だよねぇ。ランドウたち動物からしてみたら、なぞでしかないと思う。

人相にんそうまで変わるもんなんですねぇ】
はちされたかと思ったです】
【別人ですね】

 驚いて言葉を発せないでいたザクロとホタルとルリもそう呟いた。
 コハクも言葉こそ発さなかったが、ビックリ顔で頷いている。
 そしてテンガは……子ヴィノと一緒に、俺の後ろに隠れていた。

【怖い顔っす! 子ヴィノが警戒する気持ち、わかるっす!】

 俺の召喚獣の中で、テンガは一番臆病おくびょうなんだよね。
 俺はテンガを落ち着かせるため、優しく頭を撫でる。

「皆の力が必要なんだ。子ヴィノの警戒をとくため、ハミルトン殿下たちを仲間に入れてくれないかな? 無理にとは言わないんだけど……」

 そう言いながら、召喚獣たちの顔をうかがう。
 テンガたちが怖いなら、強制するのは可哀想だしなぁ。
 そんな風に考えていると、テンガが俺の脚にぎゅっとしがみつきながら言う。

【や、やるっす! 任せてくれっす!】
【仕方ねぇなぁ。フィルのお願いなら、手伝ってやるとするか】

 ランドウは前足で頬をこすりながらそう言い、ザクロはすっくと二本足で立ち上がる。

【フィル様がお困りなら、手を貸しやすぜ!】

 頼まれると、途端に張り切り出すのがテンガとランドウとザクロだ。

【頑張るです!】
【皆で遊びましょう】

 ホタルとルリが言うと、コハクが気合の入った声で「ピヨ」と鳴いた。
 やる気いっぱいの皆を見て、コクヨウはフンと鼻を鳴らした。

【単純な奴らだな】

 ごろりと寝転がり、明らかに不参加の姿勢だ。面倒くさそう。
 子ヴィノはコクヨウのことを信頼しているから、参加してくれると助かるんだけどなぁ。
 やりたくないなら仕方ないかぁ。でも、念のため……。

「コクヨウも手伝ってくれたら、報酬におやつを追加するよ?」

 こそっと囁くと、コクヨウは耳をピクリと動かす。

【……いつも菓子でれると思うなよ】

 そう言いつつ立ち上がるコクヨウに、俺は小さく笑った。
 コクヨウがやる気になってくれて良かった。
 お菓子の偉大さを実感していると、カイルがハミルトン殿下たちを連れてやって来た。
 三兄弟に気づいてサッと隠れる子ヴィノたちを見て、モーリス殿下は不安そうに言う。

「フィル殿下。子ヴィノと一緒に遊んで仲良くなる作戦だと聞いたけど、大丈夫なのかな」

 次いで、ハミルトン殿下とデニス殿下も小さくこぼす。

「実はフィル殿下が来る前にも子ヴィノたちの気を引こうと、ボールを見せているんだ」
「でも、全然遊んでくれなかったんだよ」

 俺はそんな三人を鼓舞するように、ぐっとこぶしを握る。

「やるだけやってみましょう! 僕の召喚獣たちも、お手伝いしますから」

 俺の言葉に続いて、ホタルは「ナーウ」と鳴いた。

【お手伝いするです!】
【俺たちに任せろ!】
【仲良くさせられるよう頑張るっす!】

 ランドウやテンガもやる気いっぱいに、フンと鼻息を吐く。
 すると、ライラが召喚獣のナッシュを呼び出した。
 ライラの召喚獣のナッシュは、アライグマのような見た目の子だ。

「ねぇ、フィル君。うちのナッシュも仲間に入れていいかしら? 最近、運動不足気味なのよね」
【おじょうが見てないだけで、ちゃんと動いてるっちゅうねん!】

 ねた口調のナッシュに、俺は小さく笑う。

「仲間が増えるのは、大歓迎だいかんげいだよ。あ、ハミルトン殿下たちの召喚獣も、一緒に遊ばせますか?」

 俺が尋ねると、ハミルトン殿下は少し悲しそうに首を振った。

「俺たちの召喚獣は、シャイヤやドルーなどの大型動物ばかりなんだ」

 それを聞いて、トーマの目が輝く。

「シャイヤとドルーが召喚獣なんですか?」

 シャイヤはユニコーンのような、ひたい一本角いっぽんづのの生えた重種馬じゅうしゅば
 ドルーは長いきばを持つ、大型のジャガーだ。
 トーマ、きっと会いたいんだろうな。
 俺も同じ気持ちだけど、今回は難しいかもしれない。
 シャイヤは地面から背までの体高が二メートル以上、ドルーは体長三メートルあるのだ。
 俺は庭を見回して、ため息を吐いた。

「シャイヤとドルーを放つ場所としては、ここは手狭てぜまかもしれないですね」

 庭にはテニスコートくらいのスペースがあるが、大型動物を動き回らせられるほど広くはないと思う。

「そうなんだ。それに、ここにいる子は小さい子ばかりだから、怖がらせてしまっても悪いしね」

 デニス殿下は苦笑しながらそう言う。
 それを聞いて、トーマは肩を落とす。

「そうですよねぇ。大きいですもんねぇ」

 コハクは喜びそうだけど、ランドウやテンガは怖がっちゃうかもしれないよね。
 他にも殿下たちは、メイラールっていう鳥も召喚獣にしているはずだけど、伝達や偵察ていさつのお仕事があるから、帰国に備えて体力を温存させておきたいだろうし。

「仕方ありませんね。では、このメンバーで遊びましょう」

 俺がニコッと笑うと、レイはワクワク顔で尋ねてくる。

「それで、何で遊ぶんだ?」
「ボールをって遊ぼうかと思ってるよ」

 俺はそこまで言うと一度言葉を区切り、表情を真剣なものにする。

「覚悟してね。子ヴィノの体力はすごいから」

 俺に続いて、アリスとカイルも真面目な顔で言う。

「体力の限界を感じたら、無理をしないで休憩きゅうけいしてね」
「全員同時に参加するのではなく、交代交代で遊んだほうがいいと思う」

 普段から子ヴィノと過ごしているハミルトン殿下とデニス殿下はそれを理解しているようで、神妙な面持ちでコクリと頷いた。

「子ヴィノたちは元気だからな」
「ああ、無理せず行こう」

 それを見て顔を青くしたのは、ライラとトーマとレイだ。

「そ、そんなに過酷かこくなの?」
「覚悟がいるほど?」
「冗談だと思いたいけど……表情からして本当っぽいな」

 三人はそう言って、ゴクリと喉を鳴らす。
 ライラの傍らにいたナッシュも、不安そうに俺を見上げる。

ぼん、俺、ついて行けるやろか?】

 ナッシュはまだ、子ヴィノと遊んだことがないもんね。
 俺はナッシュを抱き上げ、ザクロのそばに下ろす。

「初めは不安かもしれないから、ひとまずナッシュはザクロたちと一緒に見学してて」

 パワフルな遊びの時、動きがゆっくりなザクロと、空を飛ぶルリ、体の小さなコハクは応援組だ。

【おう! 入るにしても、子ヴィノの動きを見てからのほうがいいぜぇ】

 ザクロの言葉に、ナッシュはちょっと安堵したように息を吐く。

【そ、そうやな。そのほうが安心やわ】
「入りたくなったら、いつでも参加していいからね」

 俺はナッシュに囁き、ハミルトン殿下たちを振り返る。

「では、まずは僕とカイルとレイとトーマが参加します。ハミルトン殿下たちやライラたちは、様子を見ながら僕らと入れ替わりで入ってください!」

 そう告げてテンガからボールを受け取ると、子ヴィノたちに見せる。

「ここにボールがあるんだけど、このボールで遊びたい子はいるかなぁ?」

 ボールを左右に振ると、それにつられるように、子ヴィノがタッタカ足を鳴らしながら前に出て来た。

【はぁ~い、ぼく!】
【はぁい! あちょぶ!】

 それに張り合うように、ホタルやランドウも言う。

【ボクたちも頑張るです!】
【負けないぞ!】

 俺はニッと笑う。

「よし、皆で一緒に遊ぼう」

 少し広い場所に移動して、サッカーの要領でボールを蹴る。
 すると、子ヴィノやホタルたちはそれを追いかけて、もうスピードで走り出した。

「……すげぇ速さ」
「いつものボール投げより、すごくない?」

 普段俺が召喚獣たちと遊んでいる様子と比較して呆気にとられているレイとトーマの肩を、カイルがポンと叩く。

「ぼうっとしていると、ボールが回ってきた時に対処できないぞ」
「いやいや、あの速さだぞ? ボールが回ってくる気が全然しないんだけど!?」

 レイは、ボールを奪い合っている子ヴィノたちを指さす。
 確かに、あのすさまじい動きについていけるのは、カイルくらいだと思う。

「多分、そのうちボールをまわしてくれると思うんだよね」

 ホタルとかにボールがまわれば、こちらにパスをしてくれるはずだ。
 だけど、ホタルたちもずいぶん手こずっているなぁ。
 一度はボールを確保できても、子ヴィノたちが連携れんけいしてすぐさまボールを奪い返してしまう。
 そのため、なかなかこちらにパスができないみたいだ。
 あの子ヴィノたちは同じ時期に生まれた兄弟たちの中でも、特にかしこくて運動神経がいい子らしいもんね。

「さすが優秀な子ヴィノたち」

 俺が感心していたその時、黒い影が子ヴィノたちの前を横切る。
 かと思ったら、先程まであったボールが姿を消した。

【あれれれ?】

 ボールを追っていた子ヴィノはボールが消えたことに目をパチクリさせ、俺の召喚獣たちもキョロキョロとあたりを見回す。

【なっ! ボールが消えたぁ!?】
【どこいったっすか!?】

 ランドウとテンガはそんな風に言っているが、足元を探しても見つからないはずだ。
 ボールはを描きながら、こちらに向かって飛んできているんだから。
 ちょうど正面にいたレイが、反射的に手でボールをキャッチする。

「……へ?」

 手の中に収まったボールを見て、レイは目をまたたかせる。

「良かったね、レイ。コクヨウがボールをまわしてくれたよ」

 俺が言うと、レイは目を大きく見開く。

「え!? コクヨウが俺にボールくれたのか?」

 驚きつつも、レイは嬉しそうだ。

【貴様はフィルよりも、ボールを持てなそうだからな】

 コクヨウは、レイに向かって不遜ふそんな感じで鼻を鳴らす。
 すると、レイは途端に微妙な顔になった。

「……なんか俺のこと、下に見てる顔してね?」

 動物の言葉はわからないはずなのに、雰囲気で察したらしい。

「とにかく、ボールが貰えて良かったな。頑張れよ」

 カイルはそう言いながら、俺とトーマを連れてレイから離れる。

「おう、良かった……って、なんでどんどん俺から離れて行くんだ?」

 首を傾げるレイに、カイルは少し離れた場所を指さす。
 そこでは、未だ動物たちがキョロキョロとあたりを見回していた。

【ボールどこっすか?】
【見ちゅからないねぇ】

 テンガと子ヴィノがそんな風に声を上げている中、ランドウがレイの持つボールに気づく。

【あんな大きいもの、なくなるはずが……あ!! あったーーーー!!】

 子ヴィノたちが一斉に、レイの方を向く。
 草食動物ばかりなのに、その視線は肉食獣並みにするどい。

「ヒッ!」

 気圧けおされたレイは、ボールを抱え込む。

「ど、どうすんだ? どうすりゃいいんだ?」
「どうするって……」

 投げるか蹴るかすればいいんだけど。
 それを伝える前に、レイは緊迫した空気にえきれなかったのか、ボールを持って走り出した。

「あ!」

 動物相手にそれはまずい。
 相手が逃げたら追いかけたくなるし、楽しくなっちゃうんだから。

【逃げたぞ!】
【まてまて~!】

 案の定、ランドウや子ヴィノたちはテンションをさらに上げて、レイを追いかけ始めた。
 レイも必死で走るが、速度で動物たちにかなうはずもない。あっという間に取り囲まれる。

【ちゅかまえた!】
【ボールちょうだいです~】

 楽しげな子ヴィノたちとは裏腹に、レイは顔を引きつらせて叫ぶ。

「うわーー!! 囲まれたぁ!! どうすりゃいいのぉー!」

 なんだか、パニック映画みたいだな。
 慌てふためくレイに、見学していたライラとアリスが叫ぶ。

「何してんのよ、レイ! ボールを投げるのよ!」
「ボールを遠くへ投げて!」

 レイはハッとして、持っていたボールを「ていっ!」と遠くへほうった。

【あ! ボールがあっち行ったぞ!】
【まてまて~!!】

 ランドウや子ヴィノたちは、土ぼこりをあげながらボールに向かって走って行く。

「こ……怖かったぁ」

 レイは気が抜けたようで、その場にへたり込んだ。

「ボールを持って走ったら、追われるに決まっているだろう」

 カイルが呆れ顔で言い、俺とトーマが笑う。

「ちゃんと説明しておけばよかったね、ごめん。いきなりボールが来たら、びっくりしちゃうよね」
「きっと僕もレイと同じ行動しちゃうと思うよ」

 そんな会話をしていると、ハミルトン殿下の声が聞こえてくる。

「フィル殿下! またボールが来たぞ!」

 振り返ると、ボールが再び弧を描きながらこちらに向かって飛んでくるところだった。
 再度、コクヨウがボールを回してきたらしい。
 向かう先は、またもやレイのところだ。
 飛んできたボールを反射的に受け取って、レイは叫ぶ。

「うわっ! なんで俺ばっかぁ!」

 それは、コクヨウがレイのことからかっているからだろうな。
 向こう側で、コクヨウがニヤリと笑っているのが見えるし。

「俺にボールを寄越せ」

 カイルがレイからボールを受け取り、動物たちのほうへと蹴り返す。


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