転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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4巻

4-12

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 お昼を食べてから、まったりくつろぐために来た秘密基地。
 日が射し込んで、ソファに座っているとポカポカと暖かい。
 コハクは俺の肩で、うつらうつらと舟をこいでいた。落ちそうだったので、ポケットに入れてあげる。ムニャムニャとしたあと、すぐに寝息が聞こえ始めて、思わず笑ってしまった。
 俺はコクヨウを優しく撫でながら言う。

「コクヨウ、ブラッシングしようか?」

 微笑んでブラシを持った俺を、コクヨウがいぶかしげに見る。

【昨日やったばかりではないか。今は眠いから、遠慮する】
「寝ててもいいから! いやされたいんだよ!」

 欠伸あくびをするコクヨウを、俺は優しく揺する。
 だが、その揺らしが心地よかったのか、コクヨウは寝始めてしまった。

「あぁぁ! 起こすつもりが逆効果にっ!」

 するとホタルが、そんな俺を見つめながら尻尾を振った。

【フィル様ブラッシングしたらいやされるです? なら、ボクもう一回されてもいいです】

 すでにブラシをかけ終わって、毛がふわふわだというのに何ていじらしいっ!

「ありがとうね。ホタル」

 俺はホタルを抱き上げ、優しく撫でる。
 その時、ライラに小声で尋ねるトーマの声が聞こえてきた。

「ねぇ、ライラ。フィルはいったいどうしたの?」

 ライラはため息交じりにつぶやく。

「現実逃避してるのよ」
「現実逃避? どうして?」

 アリスの問いに、ライラは「実はね……」と皆に耳打ちした。
 俺はその様子を、そっと横目でうかがう。

「ぶはっ!!」

 内容を聞いたレイが、思い切り噴き出した。

「……噴き出すことないじゃないか」

 ホタルを抱きしめながら、半眼でレイを見る。

「だって、そりゃあ笑うだろう。俺が言った通りになったんだから」

 ニヤリと笑うレイを見ながら、俺は先日の剣術の授業で起こったことを思い返す。


   ◇ ◇ ◇


 ――それは、剣術の授業が終わる少し前のことだった。
 五試合して、俺の体はほどよく疲労していた。
 若干寝そうになる自分を、頬をつねって覚醒させる。
 ワルズ先生のボソボソ喋りが、眠気を誘うんだよなぁ。
 早く帰ってお風呂に入りたい。でも、この状態だと、湯船で寝ちゃいそうだ。
 欠伸あくびをかみ殺す俺の前で、ワルズ先生がポイントの書いてある手帳を見ながら、皆に向かって話をしていた。

「えー先ほど、練習試合を行いまして……。警護につく人は、準決勝進出のウィリアム君と、シリル君。それから三回戦目で敗れましたが、戦い方の総合ポイントを見てビル君とします」

 その発表にウィリアムは「やった」とガッツポーズをし、俺の隣にいたシリルはあわあわとする。ビルはすでに諦めていたらしく、名前を呼ばれて驚き、飛び跳ねて喜んだ。

「フィル君とカイル君が、すでに強いですからね……。鉱石学の生徒の護衛は、そのくらいの人数で大丈夫でしょう」

 ワルズ先生はそう言って、チラリとこちらを見る。生徒たちも、納得した顔で頷いた。

「鉱石学の課外授業の場所に着くまでは、全員で護衛します。所定の場所についたら先ほどの三人は鉱石学の生徒を護衛し、他の生徒はいくつかの班に分かれ、少し移動して野外訓練を行います」
「班は自由に組んでいいのですか?」

 アルベールの質問に、ワルズ先生は首を振る。そして、手帳を皆に見せるようにかざした。

「それはこれを見て、私が決めます。強さがかたよるのを防ぐために総合ポイントから判断し、班のメンバーを振り分けます。次週、その紙を配りますので……」

 あの手帳のポイントって、強さとかそういう総合的なものだったのか。
 でも……俺の手加減具合や、カイルの笑顔でもポイント入ってたぞ?
 精神的な何かも「総合」に含まれてるのか? 未だに謎が多い……。
 掲げられた手帳を見ながら、俺は「うーむ」と腕を組む。
 すると、そんな俺とワルズ先生の目が合った。
 か、ワルズ先生の口の端が少しだけ上がる。

「実は……このポイントで、今度行われる学校対抗戦の候補も探しておりまして」

 ……ん? 学校対抗戦?
 ドルガドとステアとティリアで行う、王立学校三校対抗のやつ?
 いきなりの発言に、生徒たちはざわめく。先ほどまでうとうとしていた俺の目も、ぱっちり覚めた。
 ま……まさか……。
 ワルズ先生は、生徒をゆっくりと見渡す。

「一年の選抜メンバー候補として、カイル君、シリル君、フィル君を推薦したいと思います……」

 生徒たちが大きな歓声を上げる中、俺はパッカンと口を開けた。
 選抜メンバー候補? 学校対抗戦の?
 俺とカイルはきょうがくして顔を見合わせ、シリルは精神的にキャパシティオーバーなのか、頭を抱えて固まった。

「すごいよフィル君、もし選ばれたら最年少参加者になるよ!」

 ウィリアムが俺の手をつかんで握手をする。
 いや、俺は参加じゃなくて観戦する側がいいんだけど!
 このままだと、前にレイが言っていたことが現実になってしまう。
 こ、これは……これは断固拒否だ!

「で、でも! 先輩方がいますよね?」

 俺が言うと、ワルズ先生は頷いた。

「えぇ、二、三年生からも候補は出すつもりです。他の科目の先生方もそれぞれの観点で候補を選びますが、剣術の観点から見た一年生の候補は君たちです」
「あ、あああ、あの、すみません! ぼ、僕、自信ありません」

 シリルがテンパりながら、手を上げる。俺も便乗して、高々と手を上げた。

「僕もっ! 僕も自信ないので辞退します!」

 周りの子が若干「シリルはともかく、フィル君嘘でしょ?」という顔をしているが無視だ。
 ワルズ先生は俺とシリルの近くまで来ると、ポムと肩に手を載せた。

「大丈夫。君たちには、選抜候補に選ばれるだけの素晴らしい才能があります。私は自分自身には誇れる力がありませんが、唯一、生徒の才能を見極める自信だけはあります……」

 ワルズ先生は口の端だけを、少し上げて笑った――。


   ◇ ◇ ◇


 俺がそんな剣術の授業の一部始終を話し終えると、トーマはなるほどと頷いた。

「それで結局、拒否しきれなかったわけだ?」

 レイは口を押さえて、笑いをこらえる。

「やっぱりなぁ。対抗戦の種目によるとは思ったが、フィルやカイルは候補に挙がるんじゃないかと思ってたんだ」

 予想が当たった、と口調が少し自慢げだ。

「それが理由で、フィルは現実逃避しているのね」

 アリスは苦笑し、ライラは肩をすくめる。

「本当に目立つのが嫌いなのね。私はすごいことだと思うんだけど」
「そうよね。私もフィルやカイルの活躍するところ、見てみたいわ」

 口に手を当てて、嬉しそうにアリスが微笑んだ。
 俺だって、確かにすごいことだとは思う。
 だが、学校に入って、すでにいろいろやらかしている俺だ。これ以上目立って、父さんの耳に入ることだけは避けたかった。
 どうしよう。これをきっかけにいろんなことがばれたら……。
 俺はホタルをもふもふしながら、ポツリとつぶやいた。

「やっぱり辞退しようかな……」

 すると、レイが驚いて俺の隣に座る。

「何言ってんだよ。もし選抜に入ったら名誉なことだぜ? 一年生でしかも七歳なんて、過去に例がないんだからな」
「それはわかってるんだけどさ」

 ゆううつな気分で、ため息を吐く。

「まだ候補でしょう? 通常は二、三年生が出場選手になるって聞くし、決まったわけじゃないわ」

 アリスのなぐさめに、俺は力なく微笑む。
 レイはあごに手を当てて、考えるポーズをとった。

「だけどさ。ワルズ先生が剣術の観点から選抜してるってことは、今回の対抗戦の種目って、戦闘系が入ってるのかな?」

 その疑問に、カイルは眉を寄せてうなった。

「選抜メンバーを決める要素として、剣術や体術の技量を考慮しているのは間違いないだろうな。対抗戦の内容は詳しく教えてもらえなかったが、総合的なものが必要になるんだそうだ」
「それと今回は個人戦じゃなくて、団体で行うとも言っていたわよね」

 ライラが補足すると、カイルは頷く。
 そう言えばそんな話もしてたっけ。候補になったことがショックすぎて、うろ覚えだ。

「へぇ、今回は団体か。面白そうだなぁ!」

 レイの表情がパァっと輝き、トーマも笑って頷いた。

「確かに、面白そうだよね。話に聞いたけど、開催国はお祭りみたいになるんでしょ?」
「そうよ。五年に一度だから、すごく盛り上がるらしいわ。うちの行商人たちも、露店を出したりするのよ」

 ライラも楽しそうに微笑む。
 お祭りはいいな。選抜で参加しないんだったら、絶対に楽しそうだ。
 俺はコクヨウとホタルを、もふもふ撫でながら強く祈った。
 どうか選抜選手になりませんように! 



 4


 中等部男子寮にある自室のベッドの上で、コクヨウは俺に背を向けていた。

「コクヨウ? ほら、プリンだよー」

 プリンを掲げて声をかけるが、コクヨウは一切反応しない。
 わかりやすいくらいの、ねっぷりだ。プリンでつられないとは重症だな。
 困ったなぁ。まさか、こんなにねるとは思わなかった。
 そんなに楽しみにしてたのか……。
 俺は大きく一つ息を吐く。


   ◇ ◇ ◇


 ――事の起こりは、商学実技用のクッキー作成。
 販売前日である昨日、俺たちは販売用のクッキーを大量に作っていた。
 作った種類は三種類。プレーンのクッキーと、シャクの実のドライフルーツが入ったクッキーと、シャクの実のジャムクッキーだ。試作をしてみた結果、この三つを採用した。
 プレーンが三枚、ドライフルーツ一枚、ジャム一枚で、五枚一袋。それを百セット。
 焼いたり、 袋詰めしたりする際に割れることも想定して、多めに焼いておいたので、百セットに加えて余分に六セットできた。
 本当、大変だったよ。ライラが予算ギリギリまで使ってクッキーを作るなんて言うから。レイは料理に関しては全然戦力にならないし……。
 ちなみに割れたクッキーは売り物にはせず、ロス分としてメンバーに振り分ける予定だった。
 しかし、そのまま食べるのはつまらないので、プレーンの分はリメイクするのはどうだろう、と皆に提案してみた。
 砕けたクッキーでも、粉々にして牛乳やバターを混ぜて固めたら、タルト生地が作れるからな。
 タルトをレイたちに食べさせてみたかったし、コクヨウのお土産にもいいかと思ったのだ。
 皆の了承も得られたので、今日のクッキー販売の前に、空き時間を利用してエッグタルトを作った。
 我ながら、とても美味しそうな出来だ。
 割れたクッキーが少なかったので、小さめではあったけど仕方ない。

「じゃあ、ザクロ。エッグタルト頼むね」

 こおりがめのザクロにお願いして、食べるまでの冷蔵庫になってもらう。

【へいっ! オイラの命に代えましても!】

 応援団が「っ!」とやるみたいに、勢いよく頭を下げる。

「いや、ただ保冷しといてくれればいいから」

 訂正を入れて、タルトの脇にザクロを座らせて箱を閉じた。

「すっげー楽しみっ!」

 レイが大きく息を吐いて、箱を撫でる。いや、でる手つきだ。

「フィル君の作るものには、ハズレがないものね。美味しいんだろうなぁ」

 甘いもの好きなライラは、うっとりと目を細めた。
 トーマも大きく頷いて、微笑む。

「今日、頑張ったご褒美にしようっと」

 皆の期待の高さに、俺は思わず笑う。

「もしそれで皆が気に入ったら、次回また作ってもいいよ。今回はエッグタルトだけど、その時は果物のタルトにしてもいいし」

 それを聞いたレイのお腹が、絶妙なタイミングでグゥゥと鳴った。

「フィル……天才か!」

 そのタイミングこそ、天才的だな。
 やりとりを聞いていたカイルが、小さく噴き出す。

「そのためには、販売の実技を成功させなければな。準備を始めるぞ 」

 カイルはそう言うと、ザクロとタルトが入った箱を、大事そうに持ち上げて歩き出した。


 移動した先は、生徒がお昼を食べる際に使用する、中等部敷地内の中庭テラス。
 そこが商学実技の行われる会場だった。
 今回は商学の六班全てが『販売』を選択したので、テラスには各班が使用する屋台が並んでいる。
 販売と言っても、商品は様々だ。雑貨を作って売る班もあれば、俺たちのように食べ物を扱う班もある。
 商学の授業時間二時間が、まるまる実技に使われるので、生徒たちは休み時間から準備に取りかかっていた。
 俺たちはすでにクッキーの袋詰めを終わらせており、のんびり会場に向かっていたため、準備を始めたのは六班のうち最後だ。
 袋詰めは大変だったけど、屋台には並べるだけだから良かったよな。はかり売りも考えたが、慣れない作業で量とか金額とか間違えたら、トラブルになってしまうし。

「並べきれないのは、とりあえず後ろの箱に入れとくわ。店頭分がなくなってきたら合図するから、追加をお願いね」

 ライラの指示を受け、カイルとレイが返事をした。
 役割としては、俺とトーマが店頭販売の接客。ライラがレジ。カイルとレイはお客さんの誘導や、雑用などだ。一応、各役割によって、どう動くのかシミュレーションはしてある。
 屋台にクッキーを並べ終える頃、カイルが俺を呼んだ。

「あのフィル様、ちょっといいですか?」
「何?」
「会場の様子がおかしいんですけど……」

 おかしい?
 カイルに言われて、俺を含めた皆が辺りを見回す。
 準備を始める前から、テラスにはちらほら人が集まっていたのだが、いつの間にかその数が増え、俺たちの屋台に近づいてきていたのだ。
 他の屋台の生徒たちも、それに気づいてざわめいている。
 え……何でまだ始まってもいないのに、皆少しずつ近づいて来てるんだ?
 様子を見ていると、その人たちはお互いけんせいし合いながらにじり寄っているようだ。

「うちのお客さんかな?」

 トーマが首を傾げ、レイはいぶかしげに眉を寄せる。

「それにしたって、多すぎないか……?」
「デュラント先輩の宣伝効果かしら」

 ライラはニマニマと上がる頬を手で押さえる。

「中等部だけじゃないな。初等部や高等部の生徒もいる」

 カイルは大きく息を吐く。そして俺たちはお互いの顔を見合わせた。

「困ったね……」

 俺が低くつぶやくと、皆がコックリと頷く。
 そう。困った。準備を重ね、満を持しての販売だったのだが……。

「予算の関係上、百セットにしたけど……。やっぱり足りないわよね。予算さえあればっ!」

 ライラが悔しそうに言って、にじり寄る生徒たちを見やる。もうすでに六十人はいそうだった。


 しばらくして始まった販売、そこから俺たちはとうのごとく売りまくった。てんてこ舞いとはこのことだ。はかり売りにしなくて、ほんと良かった。
 カイルたちに列を整理してもらい、一人一セットという制約もつけ、余分にできたセットも含めて十五分もかからず完売となった。

「時間……余っちゃったね」

 俺は屋台を片付けながら、ため息を吐く。
 片付け……と言っても、俺たちの店はあらゆるものを強奪されたかのように空っぽだ。
 屋台をくぐらいしかやることがない。そしてその仕事も、もうすぐ終わろうとしていた。
 あと一時間半以上、どうしよう。

「フィル様、とりあえず集計したお金を、先生に預けに行きますか?」

 カイルの言葉に俺は頷いて、レジにいたライラを振り返る。
 そして、思わずビクッとなった。
 ライラがお金を数えながら、ニヤニヤしていたからだ。

「九百ダイル以上もうかってるわ。材料費で使ってない分を合わせたら……ふふ、ふふふふ」

 笑いが止まらない様子である。

「せめて一セット十ダイルだったら、もっともうかっていたのに」

 残念そうに言って、チラリと俺を見る。
 ライラはクッキーの値段を十ダイルにすると主張したが、俺が九ダイルに抑えさせた。
 一ダイルは、日本円で十円相当。
 たかが一ダイル、されど一ダイル。
 学生が作って売るのだから、もうけは出しつつも高くしたくはなかった。

「その分、次はもっといっぱいクッキー焼いて、販売セット多くするから」

 俺が言うと、「ならば良し!」とばかりにライラはニヤリと笑った。
 まさか、俺にそう約束させるために、値段のことを持ち出したのか?
 少女でも、女性は恐ろしい。

「あああぁぁぁーっ!」

 その時、大きな叫び声が聞こえてきた。
 ん? 何だ?
 見ると、俺たちの屋台の前で、男子生徒三人がひざから崩れ落ちている。
 ネクタイや制服から見ると、中等部の三年生だ。名前まではわからないが、顔は見覚えがある。
 何があったのか、制服は汚れており、頭や服に葉っぱをつけ、顔や手足にり傷ができていた。

「どうしました?」

 屋台から出て男子生徒たちをのぞき込むと、涙目になった顔を向けてくる。

「テイラ君。まさか……販売終わっちゃったのか?」

 彼らの目は「嘘だと言ってくれ」と訴えている。だが、事実は変わらない。

「終わり……ました」

 そう告げると、三人は脱力して地面にひたいをつける。見ただけで絶望を感じているとわかるくらい、彼らの嘆きは凄かった。
 気づけば、テラスにいる生徒たちが、何事かと注目している。
 俺の目の前でそんな姿勢されると、俺が先輩たちに土下座させている構図になるんだが……。

「どうしたらいいんだっ! シモンたちに約束してしまったというのにっ!」

 熱血タイプなのか、一人の先輩が拳で地面を叩く。それを、メガネをかけた先輩が止めさせた。

「ジェイ、努力はしたさ……」
「ティム……だが、俺は責任者として……」

 ジェイ先輩が言うと、一番傷の多い先輩が二人に向かって頭を下げる。

「本当にすまない! 俺の運が悪かったばかりにっ!!」

 そう叫び、「うぉんうぉん」と泣き始めた。

「クリフ! 泣くな! 皆わかってくれる」

 ジェイ先輩がクリフ先輩の肩を叩いてなぐさめるが、ティム先輩はうつむきながらボソリと言った。

「いや、シモンはどうかな……」

 なぐさめに顔を上げかけていたクリフ先輩は、ティム先輩の一言で再度地面に突っ伏す。

「同志たちがあんなに楽しみにしていたのにぃ!」

 同志……?
 何のことを言っているのかはわからないが、皆の分を買いに来たということか……?
 だが、何らかのハプニングがあって、販売に間に合わなかったらしい。
 俺は困り顔で、様子をうかがっていたレイたちを振り返った。
 ……なんか事情がありそうだし、仕方ないよな。
 今、先輩たちに渡せるものは、あれしかない。
 こうしてエッグタルトは、先輩たちに譲られることになったのである――。


   ◇ ◇ ◇


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