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13巻

13-1

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 第一章―――― 王都観光




「ディアドラさん、もういいんじゃないでしょうか!」

 少女の不機嫌な声が、私の鼓膜こまくふるわせる。
 私ことドランは、ラミアの少女セリナ、バンパイアの元女王ドラミナ、そして黒薔薇くろばらの精ディアドラと連れだって王都に繰り出すべく、滞在中の宿舎の正面玄関に集まっていた。
 ベルン村の皆やエンテの森の知人達へのお土産みやげの購入と思い出作り、そしてのちのベルン村発展に活かす為に王都の街並みを確かめようという目的で、王都観光を計画したわけだ。
 競魔祭きょうまさいに出場していた各校の生徒には自由時間が与えられており、王都観光や、家族に会いに行く為に出て行く者達であふれている。
 そんな中、イロモノばかりの面子メンツそろっている私達は、皆の注目のまととなっている。
 先程不満を口にしたセリナに対し、私の右腕に自分の腕をからみつかせて、ぴったりと密着しているディアドラが、悪戯いたずらっぽく応える。

「あら、いいじゃない。私は使い魔じゃないばっかりに、ドランとあまり一緒にいられないんですもの」

 セリナが朝から不機嫌な理由はこれだ。
 黒薔薇の精とはいえ、妖艶ようえんにして類稀たぐいまれなる美女の姿をしたディアドラと密着している私には、周囲の男性達から羨望せんぼう嫉妬しっとの入り混じった視線が集中している。
 確かに、大勢の生徒達の前でこのように異性と触れ合うのは、好ましくないか。

「それはそうですけれど、ディアドラさんはもう充分ドランさんとくっついたと思います。それだとドランさんが歩きにくいですし、離れてもいいと思います!」
「ふふ、うらやましいからって声を荒らげるものではなくってよ? 淑女しゅくじょ然として優雅ゆうがに構えているドラミナを、少しは見習った方が良いわ」
「それは見かけだけですよ、ディアドラさん。これでも、なんて羨ましいと、心の中では嫉妬の火山が噴火しています」

 あくまで口調はすずしいが、ドラミナははっきりと首を横に振る。

「それを言ったら、私なんて毎日よ。貴女あなた達二人は使い魔としてドランと寝食を共にしているのですもの。羨ましくないわけがないでしょう? だから、その分も今はこうしてドランとくっついているの」

 更に強く腕を絡ませてくるディアドラの笑みが深まるのに反比例して、セリナの機嫌は悪くなっていく。
 私の王都観光はディアドラを一旦離れさせて、曲がったセリナのへそを直すという仕事から始まるのだった。ふむむん。
 ディアドラは、ほっこりして、見事にゆるんだ顔である。普段の妖艶で落ち着き払った姿しか知らない魔法学院の生徒達が今の彼女を見たら、あんぐりと口を開くだろう。
 そんなディアドラが、当面の問題を指摘してきた。

「それで、私とドラミナは物珍しいくらいで済むでしょうけれど、セリナはどうするのよ? ガロアならともかく、この王都とやらでラミアが通りを出歩いてもさわぎにならないの?」

 王国中から様々な人々が集まる王都には、エルフやドワーフはもちろん、虫人むしびとや獣人、鳥人、蛇人へびびとなどが多数見られる。
 また、一口に虫人や獣人と言っても、蟷螂かまきり蜘蛛くも、カブトムシにはち百足むかで、あるいは猫、犬、いのししおおかみたかつばめなどなど……その種類は多岐たきにわたり、またそれらの中でも細かに分かれている。さながら、多種多様な種族の坩堝るつぼと言えよう。
 しかし、彼らは皆亜人と呼ばれる種族であって、決して魔物ではないのだ。
 セリナが魔物たるラミアである以上、堂々と日中に闊歩かっぽするのは、好ましくない事態を引き起こすだろう。
 ところが、当のセリナはこれ以上ないほど自慢げに胸を張って笑みを浮かべる。

「ふっふっふ、ディアドラさん。このセリナ、ありのままの姿ではドランさんと一緒に居られないという事態は前々から想定していました。そしてラミアにはそういった時の為の魔法もあるのです」
「あら?」

 セリナは呑気のんきというか、どこか抜けている所がある印象だから、きちんと備えをしていた事が意外だったらしく、ディアドラの顔に驚きが浮かぶ。
 私とドラミナはセリナの魔法習得に協力した側なので、彼女がこれから何をしようとしているのか、既に知っていた。

「正直に言うと、別にラミアだけが使える魔法ではないので、自慢出来るものではないのですが……行きます。――命のことわりよ 我が声に従え 我が身を 我が声を 我が肉を 我が骨を 我の思い描く姿に変えよ シェイプシフト!」

 セリナが詠唱えいしょうを終えた瞬間、ワンピースのすそから伸びる大蛇の下半身が光に包まれて、見る間にその形を変えた。
 いつわりの姿をまとう幻影系統の魔法とは異なり、実際に肉体構造そのものを変形させる高等魔法だ。セリナの生まれ育った隠れ里では、彼女達が異種族の集落にもぐり込む際に用いてきたという。
 私と出会った頃のセリナはまだこの魔法を習得していなかったが、魔法学院に入学後の数々の激闘と、授業で学んだ事で魔法使いとしての腕前をメキメキと上げ、ついに習得するに至ったのだ。
 光が収まると、人間と変わらないしなやかな二本の足を手に入れたセリナの姿が現れた。


 ディアドラはみ一つないセリナの素足すあしをまじまじと見つめる。

「どうですか、ディアドラさん。これなら問題にはならないでしょう?」
「ええ、見事なものね。目と舌はそのままだけれど、それくらいなら平気でしょう。後は……」

 ディアドラの口ぶりからまだ何か問題があるらしいと察し、セリナが不思議そうに首をかしげる。

「え、どこか変ですか?」

 セリナにしてみれば会心の変身であったろうから、まさか失敗があるとは思っていなかったに違いない。

「そうねえ、素足で出歩くのはお勧め出来ないわ。気の利くドラミナなら既に準備してあるでしょうから、これから買いに行く必要はないでしょうけれど」

 ある種の信頼をふくんだディアドラの視線を受けて、ドラミナはヴェールの奥で小さくうなずいて肯定する。

「ええ、ガロアで見繕みつくろって購入しておいたものがありますよ。さ、セリナさん、こちらをおきになって」

 ドラミナは事前にセリナから預かり、自分の亜空間に仕舞しまっていたくつと靴下を取り出す。
 ディアドラに自慢したい気持ちが先走ってすっかり失念していたようだが、セリナはきちんと靴を持ってきていたのである。
 夏の気配が遠ざかる昨今、セリナは襟元えりもとそでに何枚も白いフリルを重ねたあわい緑色のワンピースを着用しており、質の良い革を赤く染めた靴は、その服装に良く合う。
 私は真っ先にかがみ込み、セリナの足を手に取って靴を履かせる。
 彼女が【シェイプシフト】の練習を始めた頃から、靴を履かせてあげるのは私の役目だった。
 しかし、これまでは男子寮の私の部屋で履かせていたが、多くの視線がある正門玄関でするのは軽率であったろうか。
 私に素足を取られたセリナは、ほおを赤く染めている。
 周囲から忌避きひされる大きな原因であった大蛇の下半身を人間の素足へと変えたセリナは、誰が見ても否定の言葉が出てこない、類稀なる人間の美少女である。
 その美少女の足元に屈み込んで、遠慮えんりょなく素足をさわって靴を履かせているのだから、周囲の若い男子達からの嫉妬は避けられない。
 うむむむ、やはりセリナには部屋で姿を変えてもらった方が良かったか――と、少しばかりの後悔こうかいを覚えるが、ここでひるんでは喜んでくれているセリナを落胆らくたんさせてしまう。
 ならば、私は甘んじて嫉妬の視線の矢を受ける責務がある。それが男というものだ。
 何度も練習した成果もあって、私はとどこおりなく靴を履かせ終えた。
 この作業には慣れたが、うろこのないなめらかな肌に変わったセリナの素足には、まだ慣れないところがある。
 つい必要以上に触れてしまい、ドラミナに何度たしなめられた事か。
 セリナは嫌がっていないどころか望んでくれていたとはいえ、もう一人の恋人の目の前で堂々と見せるべき行為ではないわな。
 セリナは支えにしていた私の肩から手を離し、靴の具合を確かめるべくその場で足踏みを繰り返す。
 何度もねだった靴を買い与えられた幼子おさなごのように喜ぶセリナを、ディアドラとドラミナは可愛い妹を見守る姉の眼差まなざしで見守る。
 実年齢も精神年齢も立場も、まさしくその通りの三者である。ディアドラが奔放ほんぽうな次女で、ドラミナがしっかり者の長女、セリナがぽやっとしたところのある三女かな?

「ふふ、よく似合っているじゃない、セリナ。貴女っていう素材の良さもあるけれど、ドランとドラミナの審美眼しんびがんのおかげもあるかしら」
「セリナさんの為に色々と買い物をするのは実に楽しかったですよ。変身を覚えたばかりの頃は立つ事もままなりませんでしたから、赤ちゃんに歩き方を教えるようなものでした。それなりに苦労しましたけれど、将来の予行演習みたいで、とても楽しかったです」

 ドラミナは手で口元を隠しながらクスクスと笑う。

「ええ~、それじゃあ、私がドランさんとドラミナさんの赤ちゃんですか? 私は教えられる側よりも教える側の方がいいです」

 セリナの小さな抗議には、私との間に子供をもうけるというささやかな意思表示が含まれていると、この場に居る全員が理解していた。
 我ながら好かれたものだな。ふむん。

「あらあら、私も参加させてほしかったわね。私にも学院での仕事とその責務はあるけれど、仲間外れにされるのはさみしいわ」

 少しだけねた口調のディアドラに、セリナは蛇の舌をくちびるからちらりとのぞかせて謝罪した。

「えへへ、ごめんなさい、ディアドラさん」

 ディアドラに子猫を扱うみたいにわしゃわしゃと頭をでられ、セリナはきゃーとうれしそうな悲鳴を上げる。

「はいはい、許してあげるわ。セリナは時々食べちゃいたいくらい可愛かわいいわね。それで、今日はどこに行くか決めているの、ドラン?」
「ドラミナの王都同行を推奨すいしょうしてくれたマイラール、アルデス、ケイオス、ジャレイド、オルディンの神殿に顔を出すのは決定している。しかし、いかんせん王都は広い。時間を考えると、五つの神殿を回りがてら目抜き通りなどを経由して、各所を見て回る程度になってしまうだろう。それでも君らの為に何か買い物をしたいと思っているよ」
「それはいいけれど、貴方あなたは自分の為にも時間とお金を使いなさい。ベルン村の発展に寄与きよしたいって考えているのなら、そういう事に詳しい学者の所に話を聞きに行くのだって、必要な事でしょう?」
「もう少し自由な時間があればそうしたかったけれどね。さあ、そろそろ行こう。それからディアドラ、あまりセリナの髪をわしゃわしゃしては、くしを通さないといけなくなってしまうよ」
「あら、手触りが良いから、ついやりすぎちゃったわね。セリナ、大丈夫?」

 ディアドラから解放されたセリナは、乱れた髪を手早く手櫛で整える。
 ふむ、見たところ大丈夫そうだな。

「んもう、ディアドラさん、次からは加減に気を付けてくださいね。これくらいならまだいいんですけれど」

 セリナは口をとがらせているが、実際にはまるで怒っていない胸の内がけて見える。丸く収まってくれておんの字だ。せっかく良くなった機嫌が、また悪くなっては困るからな。
 さて、あまりのんびりしていると、周囲からの嫉妬の視線が物理的な殺傷力を帯びてきそうだし、貴族や大商人の方々からのお誘いの使者も来てしまいそうだ。

「ここでじゃれているのも楽しいが、そろそろ出るとしよう」

 私が声を掛けたのを合図に、ようやく私達四人は王都へと歩を進めた。
 セリナは前述の通りの服装で、私は身分証明代わりの魔法学院の学生服に袖を通しているが、帯剣はしておらず、自分の影を亜空間に変えたシャドウボックスの中に仕舞い込んである。
 ディアドラはいつもと変わらぬ黒薔薇が各所に咲いた黒のドレス。彼女の妖艶な魅力みりょく際立きわだたせるのに、これ以上相応ふさわしい服装はない。
 一方、普段は赤い薔薇があしらわれたドレスを好んで着用しているドラミナは、今日は気分を変えたらしく、襟や袖が青く縁取られて金糸きんし刺繍ししゅうほどこされた純白のドレス姿で、日傘ひがさを手にしている。
 ふうむ……はたからこの四人の組み合わせを見た時、どういう印象を与えるだろうか?
 さしずめドラミナは顔を見せられないやんごとない身分の女性で、ディアドラはその護衛ごえい兼付き人、セリナが世話役の侍女で、私は使用人といったところか。
 あるいは競魔祭で私の事を知っている者ならば、さっそくどこかの貴婦人が私を勧誘して連れ回っていると解釈かいしゃくするかもしれないな。
 後者の解釈をしてもらえれば私への勧誘の声が少しは収まるかもしれないが、それはいささか都合の良い期待というものか。
 王都への道すがら、私はそのような思考に没頭する。
 私達にてがわれた宿舎はお上品な方々の住む区画に建てられていて、通りに面した広い庭を持つ豪勢ごうせい屋敷やしきが並んでいる。
 落ち葉一つないほど徹底てっていした清掃が行き届いている道を行き交う人々は、いずれも付き人や護衛らしき人影を連れており、まず例外なく上流階級の住人だろう。
 そんな人々も、日傘を差して歩くドラミナの姿を目にすると、ヴェールにさえぎられて顔を覗き見る事も出来ないというのに、彼女の纏う積み重ねた歴史も格も何もかもが違う気品に気付き、雷に打たれたように足を止めて見つめている。
 ドラミナはまさしく高貴という概念の体現者であり、ともすれば、彼女を目撃した過去の人間が高貴という概念を考え出したのではないか――そう思う者が居てもおかしくないほどである。
 人々はドラミナばかりでなく、黒薔薇を全身に咲かせた異形にしてこの上なく妖艶なディアドラの姿にも気付いて、小さくない感嘆かんたんの声をこぼす。
 ラミアの姿だったら別の意味で注目を集めたであろうセリナは、今は人間にしか見えない為、ドラミナ達ほど目を引きはしなかった。
 それでも類稀なる美少女には違いないから、これだけの美しい女性達と行動を共にしている私には、ねたましさを隠そうともしない視線やひそひそ声が浴びせられる。
 結局、王都に出てもこれか……と、私は思わずうんざりしたが、自分の立場を彼らに置き換えてみると、無理もない事だと納得出来た。
 それに、これだけの注目が集まるほど素晴すばらしい女性達が恋人なのだと思うと、何よりほこらしい。
 いっそ、どうだ羨ましいだろう、と胸を張って王都を練り歩くべきかな?
 そうして私達は行き交う人々の足を止めさせながらも、まず王都の中で最大規模のジャレイドの神殿を目指した。
 ジャレイドは法、秩序、正義などをつかさどる大神であり、人間をはじめ多くの種族に信奉しんぽう者を持つ。
 ただ、ジャレイドに悪いとは思うのだが――私は前世のにがい経験の数々から秩序やら正義やらは、人間が都合の悪い行いを正当化するための方便として好んで用いるものと認識している。
 ジャレイド自身は彼が司る権能けんのうに相応しいき神だし、彼をあつく信仰する者達もそれにあたいする人格者なのだろう。
 ……後者に関しては、そうであってほしいという願望だが。
 これからお世話になる事もあるはずだし、偏見へんけんは消さないといかんな。ふむん。
 マイラールやケイオス、アルデスなどと違い、人間とはかけ離れた異形いぎょうの姿を持つジャレイドだが、白一色の壮麗そうれいな神殿につどう信者の中には多くの人間達の姿があった。
 ジャレイドを信仰する者の中でも、特に正義を重視する者は、俗世を旅して正義を為して、神の御心みこころに応えようとする。
 他の教団にも居る神官戦士とは異なり、教団からの指示ではなくみずからの信仰と意志に従って旅する彼らは、世の人々から畏敬いけいの念を抱かれている。
 神殿に集う者の中に鎧兜よろいかぶとに盾、剣や槍と、武装した戦士や騎士らしい姿が見受けられるのは、そういった各地を旅する信者が道中での行いをジャレイドに伝える為に立ち寄ったからであろう。
 彼らが真に信仰の念を持っているのなら、わざわざ神殿に足を運ばずともその声はジャレイドに届くのだが、そこは形式というものだろうか。
 等間隔でそそり立つ円柱が三角形の屋根を支えるこの神殿には、柱や天井、屋根や壁など、いたるところにジャレイドとその眷属けんぞく達の神話における様々な場面がびっしりとり込まれている。
 ふうむ、無数の信者達の思念がしみ込んでいて、邪をはらう聖地に近い機能を持つに至っているな。確かに、ここならば比較的ジャレイドと意思を交わしやすかろう。
 この神殿は聖なる場であるが、ラミアのセリナやバンパイアのドラミナの立ち入りをこばむ様子はない。もっとも、たとえ私とジャレイドの繋がりがなかったとしても、セリナとドラミナなら拒まれる事はなかったろう。
 それでも、神殿のかもし出す雰囲気ふんいきの違いを感じ取り、セリナが背筋を正して神殿を見上げる。

「こう、背筋を正さずにはいられないというか、おごそかな気持ちになりますね。流石さすがは大神様をまつっている神殿です」

 エンテの森の世界樹――ユグドラシルを前にした時ほどではないが、普段は飄々ひょうひょうとしているディアドラも若干硬くなっているようだった。

「アルデス神やマイラール神は驚くほど親しみやすい方々だったけれど、こちらの方が普通なのでしょうね。それを言ったら、うちのユグドラシル様なんて、素性すじょうを知らなかったら親しみやすさのかたまりみたいな方だけれど」
「エンテさんの見た目は、とっても可愛らしくて人懐ひとなつっこい樹木の精ですものね」

 くすくすと小さく笑って言うセリナに、ディアドラはその通りね、とつぶやいて微笑ほほえんだ。
 エンテの場合はユグドラシルとして見れば、まだ子供だからな。外見通りの精神年齢と考えてほぼ間違いはない。セリナとディアドラの意見は正鵠せいこくを射ていると言えよう。
 ジャレイドの神殿でも私達は参拝者達から注目を集めていたが、まもなく参拝客の整理をしていた神官の一人がこちらに気付いて声を掛けてきた。
 誰にうながされるでもなく自ら率先してイロモノ集団である私達に近づいてくるのだから、なかなかどうしてきもわっている。
 がっしりとした体躯たいくの二十代前半とおぼしき男性神官は、厳格な規律で知られるジャレイド教団の神官に相応しい謹厳きんげんな雰囲気を滲ませている。

「ようこそジャレイド神の神殿へ。私は法と正義と秩序を司る父なるジャレイドの下僕、トララトと申します。皆さんはこちらへ足を運ばれるのは初めてですかな?」

 見た目を裏切らぬ実直さをたたえる声に、私は頷いて応える。

「初めて王都に来ました。本日はジャレイド神に是非ぜひともほうじたい品がありまして、おうかがいした次第です」

 厳密に言うと金貨などの貨幣かへい寄進きしんではないのだが、迷惑にはならない品を納めるつもりである。
 基本的に、各教団の運営は信者達からの寄進に依るところが大きい。それ以外には奉ずる神の権能に応じた〝何か〟で運営資金を得ている。
 マイラール教団などは、教団秘伝の薬や作物を販売しているし、アルデス教団は天上の神々から伝えられた戦技を教える道場を開いている。
 そういえば、ジャレイド教団は何でかせいでいるのか知らなかったが、寄進や寄贈きぞうの品を断りはすまい。

「ありがたいお話です。ジャレイド神のご加護が貴方達にありますように」

 トララトはうやうやしく胸の前でジャレイドの聖印を切り、短く祝福の文言を唱える。
 正直に言うと、私達四人の中にジャレイドを信仰している者は居ないのだが、厚意はありがたく受け取っておこう。

「ありがとうございます。財貨でないのが少々心苦しいのですが、私が彫刻したこちらの石像を納めさせていただきたいのです」

 先方の期待を裏切っていそうで申し訳ない気持ちを抱きながら、私は足元の影に仕舞い込んでいた石像を、念動を使って取り出す。
 魔法学院の生徒である事は制服を見れば分かるはずだから、トララトに驚いた様子はなく、彼は石像の全体があらわになるのをじっと待っていた。

「おお、これは我らのジャレイド神とその眷属の方々のお姿……。しかし、なんと神々こうごうしい事か。まるで石像そのものが光を発しているかのようだ」

 周囲の信者達や他の神官達も興味を隠さずにこちらを見る中、トララトの前にはジャレイドとその側近というべき高位の神達の石像全七体がずらりと並んだ。
 石像はどれも私と同じくらいの背丈で、いずれも昨今のやや華美かびにすぎる作風の石像と比べると地味な印象を与えるが、これは私の記憶にある彼らの姿をそっくりそのまま再現した為だ。
 昔から人間は自分達の信奉する神を過剰に美化する傾向があるからなあ。
 どこにでもある石が材料なのだが、あまりに精密に神々の姿を再現したせいか、石像からはかすかながら神気が生じている。
 ふうむ……神殿で多くの信者達から祈りをささげられたら、そう遠くないうちにジャレイドの意志を降ろすのに最適なうつわになってしまいそうな予感がする。
 正確に再現しすぎたかな?

「この胸を打つ出来栄できばえ、それにその魔法学院の制服。もしや貴方は……殿ではありませんかな?」
「ええ、ガロア魔法学院に在籍ざいせきしているドランですが、どうして私の名前を? 競魔祭をごらんになったのですか?」
「いえ、私は競魔祭には行っておりません。ですが、ガロアでそれは素晴らしい出来栄えの石像を彫る者がいるとうわさになっていたのですよ。我らのジャレイド神の石像を含めて、多くの神々や古代の英雄、あるいは伝説の幻獣達の、あまりに生々しく、生きているかのような見事さ……。昨今の流行に属した過度に華やかな石像とは異なる作風は、今や注目の的となっているのです。〝魔法石工のドラン〟と言えば、ちまたではそれなりに知られているのですよ」

 むむ、確かに魔法学院の事務局から私を名指しした石像の発注依頼が激増していたが、〝魔法石工のドラン〟とは……また知らないうちに二つ名が出来ているな。
 石像の彫刻は念動を使ってごりごりと石をけずるだけでよく、大した手間もかからないから、依頼をかたぱしから受けてもうけていたが、こんな所で影響が出ていたか。まあ、悪い影響ではなさそうだな。


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