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4巻
4-3
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ティエラの後を追う形でついていくシン。道中何度も同じ質問が繰り返されたが、大抵外れで当たるのはたまたま、といった有り様だった。
目を皿のようにして見てみても、シンにはさっぱり判別できない。
「やっぱり、そう簡単にはいかないよな」
「ハイヒューマンでも、難しい?」
「昔は素材を【分析】と【鑑定】で判別していたけど、こういう草ってただの雑草扱いだったんだ」
少しだけ安堵したようなティエラに、シンは今しがた教えられた草を摘んで答える。
シンが手にしている草も、素材として使おうと思えば使えないこともなかった。
だが何一つとして追加効果などなく、場合によっては失敗の確率が上がるだけだったのだ。わざわざ使う理由も調べる理由もなかった。
「簡単に見分けられたら私の立つ瀬がないけどね。でも、私の分析だとこの薬草の名前も見れるわよ? これとこれなんか、この辺には生えてなかったもののはずだわ」
「なに?」
ティエラの発言にシンの動きが止まる。シンの知る限り、アイテムを識別するのは鑑定だ。分析ではどんなにクローズアップしたところで、『草A』程度の表示である。
ちなみに、今ティエラが持ち上げてみせたのは、金色草に白澄花という、それぞれ一級回復薬、一級魔力薬の材料の1つだった。そのままでも低ランクの回復薬以上の回復が見込める素材だ。
「俺とジラートの戦いも、何らかの作用をもたらしていたのか……てか、俺とティエラの分析は何か違うのか? いや、でも俺の出した『秘伝書』で覚えたんだよな」
金色草をアイテムボックスに収納しながら、シンは疑問を口にする。
「わからないわ。ただ、私の分析で見えるのは、あくまで名前だけよ。師匠に聞いたことがあるけど、鑑定を使ったら詳しい情報までわかるんでしょう? そういうのはないわ」
ティエラの言う通り、条件を満たしていれば、鑑定を発動するとアイテムの詳しい効果や調合のヒントなどが表示される。しかしティエラには、そういった情報は見えないらしい。
「そうなのか…………ん?」
ものは試しと、近くにあった名も知れぬ草をじっと見つめるシン。やはり何もわからない。そのとき視界の横に、何か黒いものが見えた。
「これは、黒鉄か?」
地面に落ちていたのは鍛冶師ならお馴染の素材だった。
状態を見るに、自然に出来たものが動物にでも掘り返されたか、雨などで土が流れて地表に出てきたかしたのだろう。
「……分析だけでっと」
ふと思い立ち、シンは鑑定のスキルをオフにする。そして、分析のみで黒鉄を見た。
「……見える、な。うん、見える」
「どうしたの?」
「試しに分析だけで金属素材を見てみたんだが、名前までわかるわ。以前は『鉱石A』とか『鉄塊A』とかだったのに」
種族特性や職業が関係しているんじゃないかと思ったシンの予想は的中したようで、金属に関しては当たり前のように名前が表示された。
種族特性はないが、能力上シンは鍛冶を極めた状態だ。それで、関連したものの名前が見えるのだろう。
「ある意味納得かな」
「え? ちょっと、1人で納得しないでよ」
うんうんとうなずくシンに、ティエラがむっとした顔で言う。
「悪い悪い。たぶんドワーフも俺と同じことができると思う。種族特性とか個人の技能なんかが、分析に何らかの作用をしてるじゃないか?」
「私がエルフだから植物関係のものが見えて、シンが鍛冶師だから金属関係のものが見えるってこと?」
「たぶんな。推論でしかないが、的外れではないと思う」
シンは、あとでシュニーやクオーレにも確認してみようと考えた。
「で、見たところ金色草と白澄花以外は、異変はない感じか?」
「そうね。他にこれといったものはないわ。あとはほんとに再生したってだけね。気にしなくてもいいわ」
ティエラの感覚は鈍っていないようだ。迷いなく断言する様子からは、長く森に入っていなかったことによるブランクは感じられない。
金色草などがシンの知る素材だったこともあって、その後の調査は早かった。念のため、シンが採取している間にティエラが他に変化はないか調べ、なければすぐに移動する。
途中でシュニーとクオーレが合流してきたが、そのころにはシンたちが任されていた範囲はほぼ調べ終えていた。
調査を終えてクオーレが結果を報告する。
「こちらは金色草と白澄花を発見しました。皆様はどうでしたか?」
「私も同じです。量もそれなりに多かったですね」
シュニーのほうも同じだったようだ。
「こっちもだ。量はそこまで多くなかったと思うが」
「そうね。どっちも1ヶ所に大量に生えるものじゃないはずだし」
素材の詳細はティエラも知っていたようで、シンの言葉を肯定した。
「ところで、調査とは関係ないんだが、分析で未鑑定アイテムを調べたとき、職業や種族に関係するものの名前って見えるか?」
シンはシュニーとクオーレに気になっていたことを確認する。
「私は弓と短剣なら、鑑定前のマジックアイテムの名前が見えたことがあります。おそらく、もっとも長く使っている武器だからではないかと」
クオーレは自身の短剣と弓を具現化させてみせた。シンの目から見ても、しっかり手入れをされているのがわかる一品だ。
「私はティエラと同じですね。植物関連なら見えます。鉱石や金属も、ランクの低いものならいくつか」
鉱石系については、昔からシンの鍛冶を見ていたからではないか、とシュニーは言った。
「ゲーム時代とは違うことがどんどん出てくるな」
「私たちも把握しきれていませんからね」
小さくつぶやいたシンにシュニーが答える。
その後はとくにトラブルもなく、一行はエリデンに帰還した。
すでに夕方と言っていい時間帯。ギルドに着くと、まっすぐに受付に向かう。
「依頼を達成してきました。確認をお願いします」
「承知しました――はい、確かに討伐部位に違いありません。依頼達成ですね。こちらの紙を、あちらの報酬受取カウンターに持って行ってください」
ゴブリンの耳を確認した受付嬢が、何かを紙に書き込んで差し出した。ここではベイルリヒトのように、受付で報酬が渡されるわけではないらしい。
「それと、1つお伝えすることがあります」
紙を受け取ったシンが動く前に、受付嬢が言った。
「はい、なんでしょうか?」
「シン様に、冒険者ギルド、ベイルリヒト支部ギルドマスター、バルクス様より伝言を預かっております」
「伝言、ですか?」
「はい、各支部に同じ伝言が伝えられております。文章にしたものがこちらになります」
そう言って受付嬢は1枚の封筒を差し出した。おそらく心話による伝達を書き記したものだろう。
「シンなら、同名の冒険者もいそうですが」
「ギルドカードを使って識別しています。カードにはそれぞれ固有の魔力反応がありますので、それを誤魔化していない限り、別の誰かと間違えることはありません」
「そうなんですか。わかりました」
シンは受付から離れ、シュニーたちと合流した。
「バルクスからの連絡ですか」
「そうみたいだな」
聞いてくるシュニーにうなずいて、封筒を開ける。中には手紙が入っており、簡潔に用件だけが書かれていた。
どうもベイルリヒトの王宮からシンに呼び出しがかかっているらしく、できるだけ早く戻ってきてほしいという内容だった。
「なんで王宮から呼び出しなんてされるのよ?」
「いや、知らねぇよ」
「何か心当たりはないのですか?」
「ない……いや、なくはない、か?」
呆れたように言うティエラに首を振って返すも、続くシュニーの言葉であることが思い浮かぶ。
(まさか、王城に飛んでいったスカルフェイスの剣についてか?)
というより、ほかに思い当たる節がない。
剣と自分を結びつける情報が何かあっただろうかと考えたとき、ギルド職員のセリカとエルスに大剣の話をした記憶がよみがえった。
自分が強力な武器を持った高レベルスカルフェイスと交戦した、と伝わったのだろう。呼び出しの内容までは書かれていないので、あとはバルクスに会って直接確かめるしかない。
「ランク上げより先に、こっちを片づけないとだめか」
いくら冒険者が自由といっても、王宮からの呼び出しを無視するのは考えものだ。
もちろん、無視してベイルリヒトに睨まれたところで、シンたちがすぐにどうこうされることはない。
だが、だからといって自分から問題を起こしてもメリットはないし、今はまだ、シンは一介の冒険者として活動するつもりだった。
国の干渉が煩わしいならハイヒューマンだと明かせばいい。
しかし、その手札を切るには、シンはこの世界を知らなすぎる。ゲームや元の世界の常識で行動するのは、現段階では下策だった。
「お供します」
「私もよ」
当然だというようにシュニーとティエラが宣言する。さすがにクオーレは同行するわけにはいかないので、ここで一旦お別れだ。
「むむむ……」
「まあ、そんな難しい顔をするなって。とりあえず、渡すものがあるからウォルフガングの手が空くタイミングを教えてくれないか」
一緒に行きたいのを我慢しているのが思いきり顔に出ているクオーレをなだめ、そう問いかける。
ウォルフガングが忙しそうにしていたので、こちらの調べ物が終わってからでもいいかと思っていたのだが、そうもいかなくなった。
「会談が延びるかもしれませんが、その後は書類仕事が主だったはずですので、屋敷で待っているのがいいと思います。追いかけて、入れ違いになってもなんですし」
「了解だ」
†
屋敷に戻ったクオーレが侍女の1人にウォルフガングの居場所を尋ねると、すでに帰っているらしかった。
「父上、少々よろしいでしょうか? シン殿が話があるそうです」
「入っていただきなさい」
執務室の扉をクオーレがノックして要件を告げると、間髪容れずに返事が来た。
クオーレが開けた扉をくぐってシンたちは室内に入る。執務室の机や椅子、本棚などは、実用性重視のシンプルな装いをしていた。
ウォルフガングは部屋の奥に置かれた大きな事務机の上で、何かの書類にサインをし終わったところだった。机の端にはまだ書類が山になっている。
「邪魔をして申し訳ない」
「いえ、これも王としての仕事ですので。それよりも何か私に御用ですか?」
「ああ、突然で悪いんだが、ちょっとベイルリヒトまで行かなきゃならなくなったんだ。急ぎだからすぐに立つ。だから、その前にこれを渡しておこうと思って」
「っ!? こ、これは!!」
シンはアイテムボックスから取り出したカードをウォルフガングに手渡す。
その絵柄を見たウォルフガングは驚愕の表情を浮かべ、かすれた声をもらした。
「ジラートの【崩月】だ。すでに持ち主の変更はすんでる。ウォルフガングの意思で譲渡が可能だ」
「決闘で砕けたと聞いていましたが」
「崩月を作ったのは俺だぜ? 作り直すのだって可能さ。それに、もともと決闘が終わったら渡すように、ジラートに頼まれてたんだ。ウルなら間違った使い方はしないだろうからって」
「初代が……私に……」
感極まったように、ウォルフガングは手の中のカードを見つめる。
崩月はファルニッドのビーストにとって伝説の武器だ。それを手にすることの重大さを感じているのだろう。
「あと、これも渡しとく」
そして、もう一枚。シンがウォルフガングに渡したのは、【迅牙】という崩月と同じ手甲タイプの武器だ。先日再会するまで500年もの間、シンがジラートに預けておいた武器である。
聞くところによると、歴代の獣王はジラートから迅牙の使用を許されることで、真に王と認められていたらしい。
逆を言えば、たとえ力が強くても迅牙の使用を許されない王は、民にも臣下にも認められないことを意味している。
ジラートは、たとえ身内でも相応しくないと断じた相手には、決して迅牙に触れさせなかったらしい。歴代の王が皆良き統治者であったことこそ、ジラートの人を見る目が確かだった証明だろう。
「一応、装備して不備がないか確認してもらえるか」
「承知……」
ウォルフガングは小さくうなずいてカードを実体化させ、両腕に装備した。
サイズの自動調整機能もしっかりついているので、なんの違和感もない。むしろ迅牙から伝わってくる力が、以前装備したときよりも強くなっていることに驚いた。
「これは……なんという……」
「バージョンアップ済みでな。これができるようになったのはジラートのおかげだ」
「…………」
迅牙の後は崩月を手にする。迅牙とは比べ物にならない力を感じ、ウォルフガングは思わず身震いした。
「次はウルが後継者を選ぶんだぞ」
もう見極めてくれるジラートはいない。これからは崩月を継ぐ者たちが、その役目を担っていかなければならないのだ。これもまた、王の責任の1つ。
「その任、確かに承った」
気を引き締めるように拳を握り、しっかりとうなずくウォルフガング。
まっすぐな眼差しに、シンはこれなら大丈夫だと思った。
ギルドから呼び出しがあったことを伝えて退出する際に、ウォルフガングは動物の牙――おそらく狼の牙をかたどったネックレスを差し出した。
牙の中心には、これまた狼を紋章風にした模様が描かれている。
「これは?」
「我が一族の紋章をあしらったアイテムです。私に用があるときは、屋敷の者にこれを見せていただければ、すぐに連絡がつきます」
悪用厳禁なのは言うまでもない。礼を言って受け取り、アイテムボックスに収納する。
そしてシンたちは、初めて来たときに使った地下を通ってファルニッドの外に出た。
クオーレに見送られて出発してから10分ほど馬車で進み、周囲に誰もいないことを確認してからその馬車をカードに戻す。
「じゃあとっとと戻るか」
「転移ですね。月の祠跡地に飛ぶのですか?」
馬車を降りた時点で気づいたシュニーにうなずいて、シンは結晶石を取り出す。
「ああ、他の場所はわからないけど、あそこは安全だしな。とにかく、ここから馬車で戻るのは時間がかかる」
「なんて贅沢な……」
ジト目のティエラの発言はスルーだ。
「じゃあ、行くぞ」
全員の準備が整ったのを確認して結晶石に魔力を通す。次の瞬間には周囲の景色が切り替わり、月の祠のあった場所に3人と2匹はいた。
転移した直後、シンは周囲に複数の反応を感知する。しかし、すでに【隠蔽】のスキルを使用してあるのでシンたちに気づいた様子はない。
『こっちみてる人、いる?』
「ああ、やっぱりまだ監視がいるな。しかも、勢力は1つじゃなさそうだ」
ユズハの念話に答えながら、分散している監視たちの様子を探る。配置を考えると、グループの数は2つ、3つではなそうだ。
「突然消えたのだから、月の祠はまた現れると考えているのかもしれません。持ち運びができるということは、忘れられているでしょうし」
『栄華の落日』以前を生きた旧世代なら知ってそうなものだが、月の祠の主人であるシン=ハイヒューマンは滅亡したと考えられているようなので、そこまで考えが及ばないのかもしれない。
「シュニーは、依頼先ではなんて答えたんだ?」
「わからないとだけ。あのとき、月の祠を消せるのがシンだけだということは理解していたのですが、店と一緒にシンまで消えてしまう気がして、実は不安になってしまったんです」
杞憂でしたけどね。微笑みながらそう続けて、シュニーは門へと歩き出した。
しんみりしそうになった空気は、その笑みにかき消される。
「置いてくわよ」
返事に詰まったシンに、ティエラが声をかけて追い抜いていく。
「ああ、わる……って、バルクスに呼ばれてんの俺だからな!?」
「何ぼーっとしてるのよ?」
「いや、帰ってくるかわからない相手をずっと待ち続けるのって、どうにも想像できなくてな」
不安になったというシュニーの言葉は、シンだってわからなくはない。自分にとって大切な人というのは、そう簡単に忘れたりしないものだ。
ただ、たかだか20年ちょっとのシンの人生観では、500年の歳月など想像できるはずもない。シュニーの言葉を受けて、自分だったらそうできるだろうかと、つい考えてしまったのだ。
「無理じゃない?」
「即答かよ」
間を開けずに返ってきた返答は、実に簡潔だった。
「エルフとヒューマンじゃ時間に対する感覚が違いすぎるのよ。寿命がどれだけ違うと思ってるの。師匠はハイエルフだから、そのあたり私よりもひどいわよ?」
追いついてきたシンの隣を歩きながら、ティエラは諭すように言う。
エルフは長命種の中でも、ピクシーに次いで寿命が長い。
だからこそ、ヒューマンやビーストといった100年程度しか生きられない短命種とは、ただ『待つ』だけでも感覚に大きな違いが生まれる。
当然だ。ヒューマンにとっての10年は長いが、エルフにとっての10年など、寿命を考えればヒューマンの1年にも満たない。長命種がのんびり屋と言われる原因でもある。
「いいじゃない、待ちたいなら待たせればいいのよ」
「そんなもんか?」
「そんなものよ。生きる理由をなくすことは、私たちみたいな長命種には地獄の始まりだから」
不老長寿――人はこれを追い求め続けるが、持っている者には違ったふうに映るのだろう。
「真面目に考えるとドツボにはまるか」
「そういうこと。考えるなら、もう少し役に立つことにしときなさい。あなたが突然真面目になると調子が狂うわ」
「普段適当に生きてるみたいな発言止めてくれない!?」
目を皿のようにして見てみても、シンにはさっぱり判別できない。
「やっぱり、そう簡単にはいかないよな」
「ハイヒューマンでも、難しい?」
「昔は素材を【分析】と【鑑定】で判別していたけど、こういう草ってただの雑草扱いだったんだ」
少しだけ安堵したようなティエラに、シンは今しがた教えられた草を摘んで答える。
シンが手にしている草も、素材として使おうと思えば使えないこともなかった。
だが何一つとして追加効果などなく、場合によっては失敗の確率が上がるだけだったのだ。わざわざ使う理由も調べる理由もなかった。
「簡単に見分けられたら私の立つ瀬がないけどね。でも、私の分析だとこの薬草の名前も見れるわよ? これとこれなんか、この辺には生えてなかったもののはずだわ」
「なに?」
ティエラの発言にシンの動きが止まる。シンの知る限り、アイテムを識別するのは鑑定だ。分析ではどんなにクローズアップしたところで、『草A』程度の表示である。
ちなみに、今ティエラが持ち上げてみせたのは、金色草に白澄花という、それぞれ一級回復薬、一級魔力薬の材料の1つだった。そのままでも低ランクの回復薬以上の回復が見込める素材だ。
「俺とジラートの戦いも、何らかの作用をもたらしていたのか……てか、俺とティエラの分析は何か違うのか? いや、でも俺の出した『秘伝書』で覚えたんだよな」
金色草をアイテムボックスに収納しながら、シンは疑問を口にする。
「わからないわ。ただ、私の分析で見えるのは、あくまで名前だけよ。師匠に聞いたことがあるけど、鑑定を使ったら詳しい情報までわかるんでしょう? そういうのはないわ」
ティエラの言う通り、条件を満たしていれば、鑑定を発動するとアイテムの詳しい効果や調合のヒントなどが表示される。しかしティエラには、そういった情報は見えないらしい。
「そうなのか…………ん?」
ものは試しと、近くにあった名も知れぬ草をじっと見つめるシン。やはり何もわからない。そのとき視界の横に、何か黒いものが見えた。
「これは、黒鉄か?」
地面に落ちていたのは鍛冶師ならお馴染の素材だった。
状態を見るに、自然に出来たものが動物にでも掘り返されたか、雨などで土が流れて地表に出てきたかしたのだろう。
「……分析だけでっと」
ふと思い立ち、シンは鑑定のスキルをオフにする。そして、分析のみで黒鉄を見た。
「……見える、な。うん、見える」
「どうしたの?」
「試しに分析だけで金属素材を見てみたんだが、名前までわかるわ。以前は『鉱石A』とか『鉄塊A』とかだったのに」
種族特性や職業が関係しているんじゃないかと思ったシンの予想は的中したようで、金属に関しては当たり前のように名前が表示された。
種族特性はないが、能力上シンは鍛冶を極めた状態だ。それで、関連したものの名前が見えるのだろう。
「ある意味納得かな」
「え? ちょっと、1人で納得しないでよ」
うんうんとうなずくシンに、ティエラがむっとした顔で言う。
「悪い悪い。たぶんドワーフも俺と同じことができると思う。種族特性とか個人の技能なんかが、分析に何らかの作用をしてるじゃないか?」
「私がエルフだから植物関係のものが見えて、シンが鍛冶師だから金属関係のものが見えるってこと?」
「たぶんな。推論でしかないが、的外れではないと思う」
シンは、あとでシュニーやクオーレにも確認してみようと考えた。
「で、見たところ金色草と白澄花以外は、異変はない感じか?」
「そうね。他にこれといったものはないわ。あとはほんとに再生したってだけね。気にしなくてもいいわ」
ティエラの感覚は鈍っていないようだ。迷いなく断言する様子からは、長く森に入っていなかったことによるブランクは感じられない。
金色草などがシンの知る素材だったこともあって、その後の調査は早かった。念のため、シンが採取している間にティエラが他に変化はないか調べ、なければすぐに移動する。
途中でシュニーとクオーレが合流してきたが、そのころにはシンたちが任されていた範囲はほぼ調べ終えていた。
調査を終えてクオーレが結果を報告する。
「こちらは金色草と白澄花を発見しました。皆様はどうでしたか?」
「私も同じです。量もそれなりに多かったですね」
シュニーのほうも同じだったようだ。
「こっちもだ。量はそこまで多くなかったと思うが」
「そうね。どっちも1ヶ所に大量に生えるものじゃないはずだし」
素材の詳細はティエラも知っていたようで、シンの言葉を肯定した。
「ところで、調査とは関係ないんだが、分析で未鑑定アイテムを調べたとき、職業や種族に関係するものの名前って見えるか?」
シンはシュニーとクオーレに気になっていたことを確認する。
「私は弓と短剣なら、鑑定前のマジックアイテムの名前が見えたことがあります。おそらく、もっとも長く使っている武器だからではないかと」
クオーレは自身の短剣と弓を具現化させてみせた。シンの目から見ても、しっかり手入れをされているのがわかる一品だ。
「私はティエラと同じですね。植物関連なら見えます。鉱石や金属も、ランクの低いものならいくつか」
鉱石系については、昔からシンの鍛冶を見ていたからではないか、とシュニーは言った。
「ゲーム時代とは違うことがどんどん出てくるな」
「私たちも把握しきれていませんからね」
小さくつぶやいたシンにシュニーが答える。
その後はとくにトラブルもなく、一行はエリデンに帰還した。
すでに夕方と言っていい時間帯。ギルドに着くと、まっすぐに受付に向かう。
「依頼を達成してきました。確認をお願いします」
「承知しました――はい、確かに討伐部位に違いありません。依頼達成ですね。こちらの紙を、あちらの報酬受取カウンターに持って行ってください」
ゴブリンの耳を確認した受付嬢が、何かを紙に書き込んで差し出した。ここではベイルリヒトのように、受付で報酬が渡されるわけではないらしい。
「それと、1つお伝えすることがあります」
紙を受け取ったシンが動く前に、受付嬢が言った。
「はい、なんでしょうか?」
「シン様に、冒険者ギルド、ベイルリヒト支部ギルドマスター、バルクス様より伝言を預かっております」
「伝言、ですか?」
「はい、各支部に同じ伝言が伝えられております。文章にしたものがこちらになります」
そう言って受付嬢は1枚の封筒を差し出した。おそらく心話による伝達を書き記したものだろう。
「シンなら、同名の冒険者もいそうですが」
「ギルドカードを使って識別しています。カードにはそれぞれ固有の魔力反応がありますので、それを誤魔化していない限り、別の誰かと間違えることはありません」
「そうなんですか。わかりました」
シンは受付から離れ、シュニーたちと合流した。
「バルクスからの連絡ですか」
「そうみたいだな」
聞いてくるシュニーにうなずいて、封筒を開ける。中には手紙が入っており、簡潔に用件だけが書かれていた。
どうもベイルリヒトの王宮からシンに呼び出しがかかっているらしく、できるだけ早く戻ってきてほしいという内容だった。
「なんで王宮から呼び出しなんてされるのよ?」
「いや、知らねぇよ」
「何か心当たりはないのですか?」
「ない……いや、なくはない、か?」
呆れたように言うティエラに首を振って返すも、続くシュニーの言葉であることが思い浮かぶ。
(まさか、王城に飛んでいったスカルフェイスの剣についてか?)
というより、ほかに思い当たる節がない。
剣と自分を結びつける情報が何かあっただろうかと考えたとき、ギルド職員のセリカとエルスに大剣の話をした記憶がよみがえった。
自分が強力な武器を持った高レベルスカルフェイスと交戦した、と伝わったのだろう。呼び出しの内容までは書かれていないので、あとはバルクスに会って直接確かめるしかない。
「ランク上げより先に、こっちを片づけないとだめか」
いくら冒険者が自由といっても、王宮からの呼び出しを無視するのは考えものだ。
もちろん、無視してベイルリヒトに睨まれたところで、シンたちがすぐにどうこうされることはない。
だが、だからといって自分から問題を起こしてもメリットはないし、今はまだ、シンは一介の冒険者として活動するつもりだった。
国の干渉が煩わしいならハイヒューマンだと明かせばいい。
しかし、その手札を切るには、シンはこの世界を知らなすぎる。ゲームや元の世界の常識で行動するのは、現段階では下策だった。
「お供します」
「私もよ」
当然だというようにシュニーとティエラが宣言する。さすがにクオーレは同行するわけにはいかないので、ここで一旦お別れだ。
「むむむ……」
「まあ、そんな難しい顔をするなって。とりあえず、渡すものがあるからウォルフガングの手が空くタイミングを教えてくれないか」
一緒に行きたいのを我慢しているのが思いきり顔に出ているクオーレをなだめ、そう問いかける。
ウォルフガングが忙しそうにしていたので、こちらの調べ物が終わってからでもいいかと思っていたのだが、そうもいかなくなった。
「会談が延びるかもしれませんが、その後は書類仕事が主だったはずですので、屋敷で待っているのがいいと思います。追いかけて、入れ違いになってもなんですし」
「了解だ」
†
屋敷に戻ったクオーレが侍女の1人にウォルフガングの居場所を尋ねると、すでに帰っているらしかった。
「父上、少々よろしいでしょうか? シン殿が話があるそうです」
「入っていただきなさい」
執務室の扉をクオーレがノックして要件を告げると、間髪容れずに返事が来た。
クオーレが開けた扉をくぐってシンたちは室内に入る。執務室の机や椅子、本棚などは、実用性重視のシンプルな装いをしていた。
ウォルフガングは部屋の奥に置かれた大きな事務机の上で、何かの書類にサインをし終わったところだった。机の端にはまだ書類が山になっている。
「邪魔をして申し訳ない」
「いえ、これも王としての仕事ですので。それよりも何か私に御用ですか?」
「ああ、突然で悪いんだが、ちょっとベイルリヒトまで行かなきゃならなくなったんだ。急ぎだからすぐに立つ。だから、その前にこれを渡しておこうと思って」
「っ!? こ、これは!!」
シンはアイテムボックスから取り出したカードをウォルフガングに手渡す。
その絵柄を見たウォルフガングは驚愕の表情を浮かべ、かすれた声をもらした。
「ジラートの【崩月】だ。すでに持ち主の変更はすんでる。ウォルフガングの意思で譲渡が可能だ」
「決闘で砕けたと聞いていましたが」
「崩月を作ったのは俺だぜ? 作り直すのだって可能さ。それに、もともと決闘が終わったら渡すように、ジラートに頼まれてたんだ。ウルなら間違った使い方はしないだろうからって」
「初代が……私に……」
感極まったように、ウォルフガングは手の中のカードを見つめる。
崩月はファルニッドのビーストにとって伝説の武器だ。それを手にすることの重大さを感じているのだろう。
「あと、これも渡しとく」
そして、もう一枚。シンがウォルフガングに渡したのは、【迅牙】という崩月と同じ手甲タイプの武器だ。先日再会するまで500年もの間、シンがジラートに預けておいた武器である。
聞くところによると、歴代の獣王はジラートから迅牙の使用を許されることで、真に王と認められていたらしい。
逆を言えば、たとえ力が強くても迅牙の使用を許されない王は、民にも臣下にも認められないことを意味している。
ジラートは、たとえ身内でも相応しくないと断じた相手には、決して迅牙に触れさせなかったらしい。歴代の王が皆良き統治者であったことこそ、ジラートの人を見る目が確かだった証明だろう。
「一応、装備して不備がないか確認してもらえるか」
「承知……」
ウォルフガングは小さくうなずいてカードを実体化させ、両腕に装備した。
サイズの自動調整機能もしっかりついているので、なんの違和感もない。むしろ迅牙から伝わってくる力が、以前装備したときよりも強くなっていることに驚いた。
「これは……なんという……」
「バージョンアップ済みでな。これができるようになったのはジラートのおかげだ」
「…………」
迅牙の後は崩月を手にする。迅牙とは比べ物にならない力を感じ、ウォルフガングは思わず身震いした。
「次はウルが後継者を選ぶんだぞ」
もう見極めてくれるジラートはいない。これからは崩月を継ぐ者たちが、その役目を担っていかなければならないのだ。これもまた、王の責任の1つ。
「その任、確かに承った」
気を引き締めるように拳を握り、しっかりとうなずくウォルフガング。
まっすぐな眼差しに、シンはこれなら大丈夫だと思った。
ギルドから呼び出しがあったことを伝えて退出する際に、ウォルフガングは動物の牙――おそらく狼の牙をかたどったネックレスを差し出した。
牙の中心には、これまた狼を紋章風にした模様が描かれている。
「これは?」
「我が一族の紋章をあしらったアイテムです。私に用があるときは、屋敷の者にこれを見せていただければ、すぐに連絡がつきます」
悪用厳禁なのは言うまでもない。礼を言って受け取り、アイテムボックスに収納する。
そしてシンたちは、初めて来たときに使った地下を通ってファルニッドの外に出た。
クオーレに見送られて出発してから10分ほど馬車で進み、周囲に誰もいないことを確認してからその馬車をカードに戻す。
「じゃあとっとと戻るか」
「転移ですね。月の祠跡地に飛ぶのですか?」
馬車を降りた時点で気づいたシュニーにうなずいて、シンは結晶石を取り出す。
「ああ、他の場所はわからないけど、あそこは安全だしな。とにかく、ここから馬車で戻るのは時間がかかる」
「なんて贅沢な……」
ジト目のティエラの発言はスルーだ。
「じゃあ、行くぞ」
全員の準備が整ったのを確認して結晶石に魔力を通す。次の瞬間には周囲の景色が切り替わり、月の祠のあった場所に3人と2匹はいた。
転移した直後、シンは周囲に複数の反応を感知する。しかし、すでに【隠蔽】のスキルを使用してあるのでシンたちに気づいた様子はない。
『こっちみてる人、いる?』
「ああ、やっぱりまだ監視がいるな。しかも、勢力は1つじゃなさそうだ」
ユズハの念話に答えながら、分散している監視たちの様子を探る。配置を考えると、グループの数は2つ、3つではなそうだ。
「突然消えたのだから、月の祠はまた現れると考えているのかもしれません。持ち運びができるということは、忘れられているでしょうし」
『栄華の落日』以前を生きた旧世代なら知ってそうなものだが、月の祠の主人であるシン=ハイヒューマンは滅亡したと考えられているようなので、そこまで考えが及ばないのかもしれない。
「シュニーは、依頼先ではなんて答えたんだ?」
「わからないとだけ。あのとき、月の祠を消せるのがシンだけだということは理解していたのですが、店と一緒にシンまで消えてしまう気がして、実は不安になってしまったんです」
杞憂でしたけどね。微笑みながらそう続けて、シュニーは門へと歩き出した。
しんみりしそうになった空気は、その笑みにかき消される。
「置いてくわよ」
返事に詰まったシンに、ティエラが声をかけて追い抜いていく。
「ああ、わる……って、バルクスに呼ばれてんの俺だからな!?」
「何ぼーっとしてるのよ?」
「いや、帰ってくるかわからない相手をずっと待ち続けるのって、どうにも想像できなくてな」
不安になったというシュニーの言葉は、シンだってわからなくはない。自分にとって大切な人というのは、そう簡単に忘れたりしないものだ。
ただ、たかだか20年ちょっとのシンの人生観では、500年の歳月など想像できるはずもない。シュニーの言葉を受けて、自分だったらそうできるだろうかと、つい考えてしまったのだ。
「無理じゃない?」
「即答かよ」
間を開けずに返ってきた返答は、実に簡潔だった。
「エルフとヒューマンじゃ時間に対する感覚が違いすぎるのよ。寿命がどれだけ違うと思ってるの。師匠はハイエルフだから、そのあたり私よりもひどいわよ?」
追いついてきたシンの隣を歩きながら、ティエラは諭すように言う。
エルフは長命種の中でも、ピクシーに次いで寿命が長い。
だからこそ、ヒューマンやビーストといった100年程度しか生きられない短命種とは、ただ『待つ』だけでも感覚に大きな違いが生まれる。
当然だ。ヒューマンにとっての10年は長いが、エルフにとっての10年など、寿命を考えればヒューマンの1年にも満たない。長命種がのんびり屋と言われる原因でもある。
「いいじゃない、待ちたいなら待たせればいいのよ」
「そんなもんか?」
「そんなものよ。生きる理由をなくすことは、私たちみたいな長命種には地獄の始まりだから」
不老長寿――人はこれを追い求め続けるが、持っている者には違ったふうに映るのだろう。
「真面目に考えるとドツボにはまるか」
「そういうこと。考えるなら、もう少し役に立つことにしときなさい。あなたが突然真面目になると調子が狂うわ」
「普段適当に生きてるみたいな発言止めてくれない!?」
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