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5巻

5-2

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「フィル坊~、騎士団でも使える体操ってどうなった?」
「んあ? ああ、最終チェックをフーマ爺にしてもらってるから、近々出来るぞ。けど、一度試してみてくれ。また連絡するわ」
「よっしゃ!」

 このプールでの体操がきっかけとなり、健康ブームというか、体操ブームが来ていた。監修したのは、二ヶ月ほど前に再会した祖母ファリマス。それとフーマだ。
 始まりはフィルズが朝やっていたラジオ体操もどきで、これをファリマスとフーマ、ゼセラが知り、これはと思ったようだ。
 そして、これには音楽があると良いんだとうっかり口にすれば、それならばとキラキラした目をした祖父リーリルが名乗りをあげた。こうして出来上がったのが、この準備体操だ。
 ♪~♪~

『足を肩幅より少し広く広げ、右腕を上に真っ直ぐ上げて、体を左横に曲げる』

 ♪~、♪~、♪~、♪~、

『脇腹をしっかり伸ばすように、左側も』

 音のタイミングに合わせて、しっかり体をほぐしていく。

「く~っ、これ、気持ちいいわ」
「体をほぐすっていいよな~」
「ほっ、ほっ、ふっ、ふっ、伸びてる気がするっ」

 騎士団員達が楽しそうに声を上げる。
 正しく動けば、この準備体操だけでも、かなりいい運動になる。実際、ラジオ体操も正しく一つ一つの動きができれば、最後の深呼吸でホッとするほどのいい運動になるものだ。

『最後に、大きく手を回しながらゆっくり深呼吸』

 ♪~~~♪~~~

『お疲れ様でした~。この後も怪我のないように~。では、また♪ ごきげんよう♪』
「「「「「ごきげんようっ!」」」」」

 最近では、子ども達だけでなく大人達も言うようになった挨拶あいさつだった。

「よしっ。それじゃあ、水の中に入って行くぞ。意外に深いから、気を付けてくれ」
「「「「「はいっ」」」」」


 こうして、初めてのこの日は、感覚がいい者達ばかりということもあり、全員がビート板もどきを使って二十五メートルを泳げるようになって終わった。
 しばらくの間、競泳用プールは今の講習を受けた者達だけ使用するようにした。週二で二つのクラスに分けて講習を開き、それ以外の日は来られる者達で自主練。そして、ひと月でクロールと平泳ぎが問題なくできるようになった。
 因みに、この施設の管理、監督かんとくをするのは、ビーバー型の魔導人形だ。子ども達と一緒に流水プールで流れていたりする。
 管理者、監督者としての人も居るが、この魔導人形だけでかなり安全は確保できていた。もちろん、当然のようにこのビーバー型の魔導人形も大人気だ。

「ビルパのおやっさんっ! 今日も勝負しましょう!」
「ビルパさん俺もっ、俺もっ!」
「はいはいっ! 俺も!」
「おやっさん、俺らも行くぜ!」
《おめえらはよお。ほんと、しゃあねえのお。ほれ、やるならやるぞい》
「「「「「うぃっす!」」」」」

 ビルパという名のビーバーがプール施設のリーダーだ。他のビーバーより二回りほど大きく作られている。特におっさん達に人気だった。呼び方は『おやっさん』または『ビルパさん』だ。
 泳げるようになった騎士や冒険者達は、彼との競泳プールでの競争を毎日のように楽しんでいた。
 そして、温泉施設でも同型のビーバー、ビーナが管理者リーダーとして居る。ビルパとビーナは夫婦設定で作られていた。
 プールから上がった騎士や冒険者が、ビーナを見つけると頭を下げる。

「あっ、ビーナママさんちわっす!」
「「「「「ちわっす!」」」」」
《あらあら~。久し振りじゃない。無事に護衛のお仕事終わったのねえ》
「はいっ。終わって即行で来たっすわ」
「疲れも取れて最高でした!」
「あとはメシを食ったら即寝れる!」
《まあまあ。元気ねえ。あっ、ほら、きちんと髪を乾かしなさい》
「忘れてたっ」
《まったく、困った子達ねえ。こっちにいらっしゃい》
「「「「「「はいっ!」」」」」」

 世話好きなお母さんという感じで、親元を離れていたり、孤児上がりだったりする冒険者達は、母親のように慕っている。それに女性達にも人気で、特に若い子達が慕っていた。

「ビーナさ~んっ。ねえっ。見て見てっ。マイタオル! やっと買えたのっ」
「私も私も~っ」
《おやおや。目印付けておかないと、困ることになるよ?》
「あっ、そ、そっかあ……嬉し過ぎて買ってそのまま持って来ちゃった」
「私も……」
《まったく、困った子ねえ。ほら、名前刺繍ししゅうしてあげるよ。こっちにおいで。ああ、自分でやるかい?》
「「やって!」」
《本当に仕方のない子達だねえ》

 そんな新たな人気者達は、日に日に人気度を増していっていた。


 浴場も人気だが、健康ランドも多くの人が出入りしている。同時に、セイスフィア商会も、他領からの顧客を着々と獲得していき、今や国内の商家や貴族達で知らぬ者は居ないというほど有名になっていた。
 商会は順調。人も多く雇い、フィルズは次の研究へと取りかかっていた。

「ここなんだけどさあ」
「はあ~、なるほどなあ、確かに、ここが上手く動きゃあ……分かった。ちょい試してみるわ」
「頼むわ。ルカ爺っ」
「おうよ」

 この度、隣の辺境伯領に住んでいた職人達がセイスフィア商会所属になり、住み込みで働いてくれることになった。その多くは、店を息子達に継がせて任せて来た年配の者達だ。
 彼らには、フィルズと共に新たな物を作り出し研究することを任せていた。

「それにしても、フィル坊。これは出来たら革命かくめいを起こすぞい」
「おおっ。それじゃ! 革命じゃ!」
「燃えるのおっ」

 技師として雇い入れた者達の中には、若い者達も居る。修業から始める者も含まれていた。どんな技術も、次の世代へと継いでいかなければ意味はないからだ。
 子どもは多く居ても、継がせられる店がないというのは、貴族家の事情とそう変わらない。よって、三男以降の者達は、大半が長男や腕の良い職人の補佐につくことになる。素質があっても、年長の者を立てて腕を振るわないでおくというのは、一家で店を構える技術職の中では常識だ。
 生まれた時からそれが当然であるため、下の子ども達もそのことで不満を抱きはしない。
 兄弟で憎み合うことなく、慣習を受け入れられるのは良いことかもしれない。
 しかし、技術の進歩のためには、競争が必要だとフィルズは思っていた。

「そうだっ。ひと月前に引き取ったルカ爺の孫さあ、あいつ、こっちに手伝いに来させてもいいか? どうにも覇気はきがなくてさあ」
「エルか……」

 ルカ爺の孫のエルは、次男だ。兄である長男と上手くいかなかったらしく、喧嘩けんかばかりで修業にもならないということで、一時的に商会で預かることになったのだ。

「なんか、やる気があるのかどうかも分かりにくくてさ。幸い、うちは他の道も用意してやれる。鍛冶師かじしこだわる必要もないから、鍛冶をやる気があるかないかだけでもはっきりさせたいんだよ」
「……そこまで面倒を見てもらっていいのか? というか……そうか……無理に鍛冶師にすることもないのか……」

 鍛冶師の家の子なら、必ず鍛冶師として働くものだという考えは根深い。子ども達の側にも、鍛冶師にならなくてはという強迫観念きょうはくかんねんめいたものがある。
 だが、フィルズとしては向き不向きがあると思っている。嫌だと自覚していないだけではないか、という心配もあった。

「身内同士でも、合う合わないがあるんだ。性格だって違う。なら、職の向き不向きだってあって当然だろ?」
「「「「「っ……」」」」」

 そうかと納得する雰囲気ふんいきになった。この地へ来て、年配の者達は色々と衝撃を受け、固定観念が崩されることもしばしばあった。お陰で、柔軟な考え方になって来ている。

「それもそうだなあ……分かった。こっちを手伝わせてみるわい。おめぇらも、見極めてもらっていいか?」
「もちろんだわい」
「うちの孫も見て欲しいなあ」
「こっちに来て、いかに視野が狭まっとったか、よお分かるでなあ。今なら、孫らの技量や考え方もよお見えそうだわい」

 職人である彼らは、どうしても自分一人の作業に没頭ぼっとうしがちになり、家族との関係が薄くなっていた。商会の活動を通して、それに気付いたらしい。

「そんじゃあ、じいちゃん達に任せるからな」
「「「「「おうっ」」」」」

 これで若手の教育もスムーズになりそうだ。上手く回り出したと思ってフィルズが気分良く作業場から屋敷に向かうと、そこに、兄のセルジュが暗い顔で待っていた。



 ミッション② 学舎の視察をしよう



 フィルズは気分でも悪いのかとセルジュに問いかける。

「兄さん? 顔色悪いぞ?」
「あ……うん……大丈夫。ちょっとフィルに相談があるんだけど……」
「ふうん……執務室か食堂、どっちがいい?」

 他の者に知られたくないような内容かどうかの確認だ。食堂は、食事時以外にも、人が集まって来ていつも賑やかな場所だ。気楽に話をするならばお茶もお菓子も出て来るし、使い勝手が良かった。しかし、そういう雰囲気の話ではなさそうだ。

「えっと……執務室で」
「分かった」

 階段を上り、二階へと向かう。その途中、クマのゴルドと行き合った。

「ゴルド。お茶を二つ、執務室に頼む」
《承知しました》

 学習機能も順調に育っており、ゴルドはスムーズに話すようになった。ただし、同じく屋敷勤めのクマの中でも、ホワイトだけは舌足らずなままだ。これは学習機能が上手く機能していないのではなく、本人(?)の意向。そうして個性を出すこともできるようになったということだった。
 執務室に入り、フィルズは奥にある執務机の上に目を向ける。急ぎの確認書類が置かれていた。それを確認して、セルジュに断っておく。

「悪い。ちょっと急ぎの書類を片付けるから、座って待っててくれ。その内に茶が届くだろう」
「分かった……相変わらず忙しいんだね……」
「それほどじゃないと思うんだけどな。親父よりは、上手く他に振り分けてるつもりだからさ」

 フィルズは、リゼンフィアが居ない場所でセルジュやクラルスと話す時は、家庭再生という宿題が終わるまで呼んでやらないと決めた『親父』という呼称を使う。
 セルジュとクラルスはその事情を知っているため、フィルズがリゼンフィアを『親父』と呼ぶたびに笑いそうになる。

「ふふっ。はあ……私も見習わないとな……」

 セルジュは座り心地のよいソファーに座り、フィルズの作業するところを見る。

「……父上が仕事をされているところも見たことがないのに、弟が仕事をするところを見ることになるなんて……なんか変な感じ……」
「そういや、俺は屋敷の執務室に入ったことないなあ」
「私もだよ。父上としては、執務室だけは自分だけの……他の人に入ってもらいたくない場所なのかも」
「なるほど……まあ、でもそうか。逃げ込める場所みたいな?」
「ふふっ。多分」

 構って欲しいからと絡んでくる第一夫人とも、執務室にさえ入ってしまえば顔を合わせなくて良い。元高位貴族の令嬢ともなれば、執務室に踏み込むのはいけないこととして教え込まれている。
 執務室は男のための仕事部屋。父の大事な場所として認識されているのだ。近付くことさえ、無意識に避ける。リゼンフィアにとっては、屋敷の中で唯一の安全地帯だったのかもしれない。
 そこに息子であるセルジュを入れてしまえば、第一夫人がそれを理由に侍女に伝言を持たせるなどして、近付いて来る恐れがある。将来的にはセルジュに仕事を教えるためにも、入れなくてはならないだろうが、必要になるまでは極力避けたいと思っているのだろう。

「そういや、クルフィはどうした?」

 クルフィとは、フィルズがセルジュの護衛ごえい兼、侍従として作ったウサギの魔導人形だ。クマ同様に二足歩行し、セルジュの補佐をする。騎士然とした制服を着せ、腰には武器になる警棒のような物も持たせている。
 小さな腰に付けたかばんはマジックバッグで、セルジュを世話、補佐するための道具や必要な物が入っている。セルジュの宝物入れとしても利用していて、まさに歩く金庫というわけだ。本来は護衛なのだから、屋敷の中でも常に一緒に生活している。

「その……ちょっと屋敷の方がバタついてるから、カナルの手伝いをお願いしたんだ。またカナルに倒れられては困るし」

 カナルとは、公爵家の家令かれいだ。リゼンフィアの留守を預かる優秀な家令だった。

「あっ、でも心配しないで。ここには、ヴィランズ団長に送ってもらったんだ。あと、今日は泊めてくれると嬉しいな……」
「別にそれはいいが……何があった?」

 フィルズは書類の確認を終え、決裁けっさい済みのケースに入れると立ち上がってセルジュの向かいのソファーに座った。そこに、タイミング良くゴルドがお茶とお茶菓子の載ったカートを引いてやって来た。

《失礼いたします》

 ここのテーブルは少し低めなので、クマの身長を補うリフトカーを使う必要はない。ゴルドは手慣れた様子でお茶をセットしていく。絶妙な時間でらされたお茶をカップに注ぎ、それをそっとセルジュの前に置いた。
 そんなゴルドへ、フィルズは決裁用の書類をまとめたケースを指差す。

「ゴルド。書類も持って行ってくれ。商業ギルドへの書類は、すぐにでも出していい」

 書類は、クマ達が台に乗って届くくらいの高さの棚の上に、それぞれの用途、部署ぶしょごとに仕分けられたケースに入れられている。

《承知いたしました》
「それと、兄さんは今日泊まって行くから」
《では、お部屋の確認をさせておきます》
「頼んだ。母さんにも言っておいてくれ」
《お伝えいたします。では、失礼いたします》

 そうして書類を回収し、カートを引いて部屋を出て行くゴルドを見送り、セルジュはほうと感心したように息を吐く。

「相変わらず、すごいね。カナルを見てるみたい……」
「まあな。カナルも参考にさせてもらったからさ。けど、カナルがそんなに苦労してるなら、様子を見て屋敷に一体、補佐用のクマを付けようか」
「いいの?」
「問題ない。むしろ、気付かんくて悪いことしたな。最近は全くカナルの顔も見てないからさ」
「ううんっ。けど、カナルにも一度相談してみて欲しいかな……」
「分かってるよ。カナルの仕事の領域をおかすことにならんようにしないとな」

 大変そうだからといって、勝手にやるのは違うだろう。仕事にほこりを持っている人に対してそれをすれば、自信をくさせるか、目障めざわりに思われるかもしれない。
 周りには大変に思えていても、本人はできていると思っていることもあるのだから。
 セルジュは、れられた紅茶に口をつける。

「はあ……美味おいしい……お茶の淹れ方ひとつ取っても、本当に腕がいいよね」
「専門家の知識を入れてるからな。それで? どうしたんだ?」

 温かいお茶を飲んだからか、セルジュの顔色は格段に良くなっていた。けれど、気持ち的には暗いままのようだ。それだけ困ったことなのだろう、とフィルズは改めてセルジュに向き合う。
 カップを置き、少しうつむいた後、セルジュは口を開いた。

「……エルセリアのことなんだ……」
「……」

 一瞬誰だっけと思った。それは、久しく存在さえ忘れていた異母妹の名だった。
 黙り込んだフィルズの顔を見て、セルジュは察した。ため息交じりに補足する。

「……妹のことだよ」
「っ、お、おうっ。あ~、うん、居たな。七歳だっけ?」
「……十一だよ。フィルの一つ下だからね……?」
「あ~……そうなのか……」
「うん……」

 フィルズにとっては、少しばかり気まずい沈黙が落ちる。
 交流もしばらくなかったので、フィルズの中では年齢が少々止まっていた。気にも留めていなかったというのがバレバレだ。
 セルジュもフィルズが忘れているかなと少しは思っていたため、それ以上何も言わずに静かに肩を落とした。

「そ、それで? 何が問題なんだ?」

 フィルズは、話を進めることにする。気まずさにいつまでも沈黙していては進まない。セルジュも気持ちを切り替えたようだ。

「それが……母上が別館に移ったこともあって、エルセリアについていた教師を替えることになってたんだけど……」
「ああ、女用のマナーの教師か」
「うん」

 事の起こりは少々複雑だ。
 貴族社会における夫婦間、男女の認識の違いについての問題が明るみに出たのは、半年ほど前のこと。
 女は婚約者となった男を盲目的もうもくてきに愛し、自身も愛されるのが当然と考えるのが貴族の令嬢達の常識だった。これにより、話も聞かない思い込みの激しい女性が出来上がっていたということに、誰も気付かなかった。本来それをおかしいと思い、意見するべき男達は、そんな女性達に辟易へきえきし、他所よそに愛する者を見出みいだす。
 そうして男達は第二、第三夫人を迎えるのだが、第一夫人には受け入れ難い。愛されるのが当然と思い込んでいる彼女達は、自分の不甲斐ふがいなさをなげくこともせず、夫になった人の浮気心を責めるのでもなく、夫を誘惑ゆうわくしたとして第二、第三夫人へと怒りを向けた。
 そうしてこじれまくる家庭に嫌気が差し、男性達は仕事に逃げる。女の戦いに男は口を挟まないのが常識とされていたこともあるし、思い込みの激しい第一夫人に正直に説明したところで、話を聞かないということもあり、家庭環境は最悪なものになる。それがこの国の貴族階級の問題だった。
 セルジュやフィルズの生家である公爵家も例に漏れず、最悪な状況だったのだ。
 縁あって国王に訴えかけたところ、これを問題視し、国を挙げて解決すべきものだと認識された。
 そして手始めに、セルジュの母である第一夫人を教会の力も借りて説き伏せた。これにより、第一夫人は、かつてフィルズとクラルスが暮らしていた別館で、現在一人暮らしをしている。

「今までの教師は母上を令嬢時代の頃から可愛がっていた人だったし、父上やお祖父様達が良くないだろうって言って、辞めてもらった。それで、次の教師が見つかるまでは、教会の女性神官様が見てくれることになったんだ」

 マナーの教師は学問を教える者とは別口で用意される。それも、男女それぞれに一人ずつだ。
 男児の方は、家を継がない結婚待ちの貴族の三男以降の者が教え、女児の方は、子どもが家を継ぐなどして女主人としての役目を終えた女性が教える。
 年齢も重ねて、それなりに落ち着いたとはいえ、今まさに問題となっている考え方でこれまで生きて来た人だ。そんな人材に任せ続けるのは良くないと思うのは当然だろう。

「けど……その……エルセリアは既にそれこそ、七歳の頃にはもう、母上と同じような……」
癇癪かんしゃく持ちだったよな……」
「……うん……気に入らなければ食事の皿も振り落とすし、物も投げつけるし、使用人には命令口調……私も、子どもだからと目をつむって来たけど……」
「……え? まさか、あのまんまなのか?」
「……うん……」
「うわ~……」

 七歳児の癇癪持ちならば、まだギリギリ目を瞑れた。時に優しくさとしもした。だが、それが今も続いているというのには、さすがのフィルズもドン引きだった。
 セルジュは、ソファーに背中を預けて、顔を両手でおおって天をあおいだ。

「言いたいことは分かるっ、分かるよっ。もうダメダメでしょっ⁉ 女性としてって以前に、人としてっ。神官様にも、日常的に物を投げつけてたんだよっ。それを知って、本当に申し訳なくてっ……っ」
「……親父にはそのこと……」
「まだ言ってない……私も、数日前に知ったんだ。カナルが、エルセリアになるべく関わらなくて良いようにしてくれていたらしくて……その……どうやらエルセリアは、母上が別館にやられたのは、私とフィルのせいだと思ってるらしいんだ……」
「……なるほど……」

 それはカナルも、気を遣うだろう。ただでさえ癇癪持ちなのだ。敵と認定されたセルジュと彼女が顔を合わせれば、間違いなく面倒なことになる。

「多分、神官様も色々と諭しているんだと思う……けど、本人は全く聞く耳を持たないから……今日も、部屋から神官様を追い出してたんだ……」
「……はあ……」

 大きくため息を吐いて、フィルズはソファーの背もたれに両腕を掛けると、部屋のすみに顔を向けて声を掛ける。

「メモリー。神殿長しんでんちょう室に入電。公爵家に派遣はけんしている教師役と話がしたい。面会できる時間を教えて欲しいと伝えてくれ」
《はい。神殿長室、トマリーへ。お伝えしました》

 部屋の隅、戸棚の上に居るのは、灰色のふくろうだ。もちろん、フィルズの作った魔導人形だった。声は若い青年のもので、これは神官に吹き込んでもらった。
 携帯けいたい電話代わりの装身具そうしんぐ――イヤフィスで連絡しても良いが、相手は神殿長だ。彼は公爵領のみならず、国中の教会をまとめている高位の神官である。留守電機能を付けたからといって、礼拝中などに連絡するのは避けたい。
 神殿長自身も、外に出かける時くらいしかイヤフィスを付けないことにしていた。もちろん、留守電機能があるため、外している間もそれは機能している。だが、ついつい留守録を聞くのを忘れてしまうこともある。
 ならばと、イヤフィスの管理もできる秘書的な存在を作り、神殿長室に用意した。それが『トマリー』という真っ白な梟。トマリーは神殿長室に常駐じょうちゅうしており、外部や神官達からの緊急の案件などを伝言として預かり、神殿長が外出中ならばイヤフィスに繋いで連絡もできる。

《神殿長室、トマリーより返信あり。【今すぐ行きます!】とのことです》
「「……」」

 相変わらずフットワークの軽過ぎる神殿長だ。神殿長からの返信を聞いて、室内には微妙な沈黙が落ちた。


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