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1巻

1-2

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 さてどうしたものか?
 恐る恐る手に取ってみるが、宛名らしきものはない。
 しかし、差出人は十中八九、あの爺さんだろう。
 開けるべきか、無視するべきか。
 ……あれだけ探して、なんの手がかりも見つけられなかったのだ。
 しぶしぶだが、結局俺は、それを開けるしかなかったわけだ。
 封筒から手紙を取り出す。二つ折りにされたその外側に見た事もない記号が書かれていた……のだが。

「……読めるな、普通に」

 不安になって、思わず口に出してしまった。
 不思議な事に、俺には記号の内容が理解出来てしまったのである。
 こうあっさりとわかりやすい異変が起きている以上、本当になにかされてしまったらしい。
 ……やってくれる。
 心の中で毒づくが、まあ便利なのでこの際良しとしておこう。
 なにせ肝心の手紙には「遺言」と書き記してあったんだから。

「遺言か……って事はやっぱりあの爺さんだよなぁ」

 確かこれから死ぬとか言っていたし。
 だがしんみりしている場合じゃない。
 俺は思い切って二つ折りの手紙を開く。

「ぬおぅ!」

 瞬間、前段でかなり怪しんでいたけど……俺は思わず悲鳴を上げた。
 手紙を開いたら、いきなりマグネシウムを燃やしたみたいなせんこうが俺の眼球を直撃したのだ。

「ぐおおお、おのれぇ、目がぁ……あの爺さんホントろくな事しないな!」

 ジンと痛む目をこすりながら毒づく。
 頃合いを見計らってまぶたをゆっくり開くと、溢れた光が小さなビーチボールくらいの大きさで手紙の上に浮いていた。
 そして光の中に、ぼんやりと人影が浮かび上がる。その顔にはすごく見覚えがあった。

『この手紙を読む者へ。これを聞いているという事はおそらく、召喚は成功したんじゃろう。……気分はどうじゃね?』
「……最悪だよ爺さん、つうかさっき話しとけよ」

 それにしても、もう一度この顔を見る事になるとは思わなかった。
 間違いなくあの爺さんだった。
 いっそ手紙ごと床に叩きつけたい衝動に駆られたが、今は貴重な情報源だ。我慢しよう。
 イライラしながら続きを待っていると、爺さんは淡々たんたんと用件を語り出した。

『それではさっそくおぬしに与えた力の説明をしておこう。まずおぬしは異世界の者でありながら、こちらの文字を理解出来た事に困惑しておると思う。これはわしからのプレゼントじゃ。わし自ら調整した翻訳の魔法をかけさせてもらった。これによっておぬしは、この世界のあらゆる言葉を理解し、文字を読み解く事が出来るじゃろう……しかしこの程度は本題の前置きであると思って欲しい』

 あー。だからさっき文字を読めたのか。魔法、便利すぎるだろう。
 そして爺さんはさっそく本題とやらに入る。

『それでは心して聞いて欲しい。おぬしには全部で七つの魔法を吹き込んでおいた』
「たった七つかよ」
『たった七つかよ? とか失礼な事思ったじゃろ?』
「……」

 台詞予想するなよ。
 しかし七つか。あえて七つに絞った意味がなにかあるのだろうか?
 爺さんはその疑問も予想していたらしく、ちゃんと説明を用意してくれていたようだった。

『だが、この七つこそ魔法の基礎にして、魔法をきわめたとうたわれる我が集大成でもある』
「あー……って言ってもなぁ、本当に大丈夫かな?」

 思い出されるのは、夢に出てきた爺さんの人柄だった。
 なんというか……頼りない。

『魔法に関しては、まぁ心配せずとも大丈夫じゃ、まずは基本となる五大元素魔法の五つじゃな。この世のモノはおおよそ五つの元素より成り立っていると言われておる。それは「地」「水」「火」「風」「空」の五元素である。七つの内、五つはその元素にそれぞれに対応した基本の魔法じゃ。この五つの魔法がすべての魔法の基礎となる。つまりこれを覚えておかねば、他の二つの魔法は使用も出来んというわけじゃ。一般的には攻撃魔法や属性魔法などという品のない呼ばれ方をされておるが、身を守る上で役に立つだろう。他にも攻撃魔法には精霊魔法という種類も存在するが、お前さんにはあんまり関係ないので割愛する』
「完全に会話を先読みされてる……なんか悔しい。でも五大元素ねぇ、いよいよRPGとかカードゲームみたいだな」

 実は属性とかそういうワードにちょっとわくわくしてしまった。

『そしてもう一つは解析の魔法じゃ。こいつを使えば対象人物の力量はもちろん、物ならばそれがどうやって構成されているかも読み解く事が出来るじゃろう。このメッセージを聞き終わってから、自分にこの解析の魔法をかけてみると良い。驚異的な魔力量を見て驚く事間違いなしじゃ! ちなみに魔力量については、お前さんにも理解出来るよう調整しておる。一般的な魔法使いを1として、わしは1000ほどじゃった。それを上乗せしたのだから、いったいどれほどになるか……楽しみじゃろう? ちなみにこの値は、わしが設定した帝国標準の魔力値なので、覚えておいて欲しい』
「結局自慢かよ。あれか? 要するに解析を使えば女の子のスリーサイズも測れるわけだな? エロ魔法か」
『エロいのはおぬしの頭じゃ』
「……ホントにただの録音かこれ?」

 思わず周囲を確認してしまった。
 そして映像の爺さんは黙り込み、台詞を無駄に溜める。
 いい加減じれ始めた頃、おもむろに重い空気を漂わせながら爺さんは語り出した。

『そして最後に……これぞ我がおうにして最高の魔法。心せよ。これぞ究極の魔法なり』

 いきなり重々しい導入だな……しかし究極とか最高とか大好きな爺さんである。
 これだけ自信満々なのだから、俺も最後の魔法とやらにちょっとだけ興味が出てきた。
 再び十分な溜めを作り、大きく目を見開くと、どどーんと本当に効果音付きで爺さんは言い放った。

『最後の魔法、それすなわち魔法創造じゃ!』
「無駄に演出を凝りやがって……」

 もっとも俺はと言えば、意味も分からず首をかしげただけだったが。
「想像」? いや「創造」かな? と言うと、魔法を作れるという事だろうか?
 だとしても、そんなもの作れたって、俺にはなんの知識もないのだからどうしようもないと思うんだけど?
 当然の事ながら爺さんは、俺に構う事なく続きを語り始めた。

『発想と魔力をかてに、世界より魔法を引き出すしん。そしてわしがおぬしをこの世界に呼ぶ事になった最大の理由でもある。魔法とは、魔法使い達が少しずつ世界の秘密を解き明かして作り出した『望む現象を起こす術』だと言われておる。過程を省いて結果を導き出すような、世界をゆがめる技こそが魔法なのだ。その代価として魔法使いは魔力を世界に差し出す。この魔法は、本来なら自ら解き明かさねばならぬ方程式を世界に働きかけて直接引き出すものである。……つまり、思いついた魔法をすぐさま作り出せるという事じゃ』

 最初こそ意味不明だったが、俺も聞いているうちになんとなくその凄さがわかってきた。
 思いついた魔法をなんでも作れるって、さすがにそれは反則だろう。だがもしそんな事が可能だと言うなら、他にどんな魔法も必要ない。
 爺さんの話はさらに続く。……うん、まあ、やはりうまい話には裏があるわけで。

『ただしこの魔法には欠点があってのぅ。魔法を引き出す事、それ自体に恐ろしいほどの魔力が必要なのだ。簡単な魔法でも、なまはんな実力では干からびる事になるじゃろう。難易度の高い魔法を創造しようとすれば、さらにコストは高くなる。だからこそ、わしはこの魔法を弟子達に教えなかった。もし教えていたのなら、魔法のしんえんにたどり着こうと、弟子達は命も惜しまずにこの魔法を使い、そして死んでしまったじゃろう。しかし、今のおぬしなら……間違いなくわし以上の魔力を持つおぬしならば、修行次第ではさらに素晴らしい魔法を引き出す事も出来よう。良心に従い、その力を有意義に使うよう祈っておる……それではさらばじゃ!』

 一方的にしゃべり続けた爺さんの満足げな顔を最後に、映像は光と共に消えていった。
 本日二度目のお別れだが、俺の頭には演出過多な爺さんだったなぁ、などと見当はずれな感想しか浮かんでこない。

「……なるほどね。恐ろしく勝手な爺さんだ。自慢したい気持ちはわからないでもないけどさ」

 あの爺さん自身も、これは自分の我儘だと言っていたが、確かにその通りだったようである。
 つまり、最高の魔法をそのまま幻にしたくなかったから、俺を無理やり巻き込んででも自分の功績をこの世界に残そうとしたのだろう。
 褒められるやり方ではないが、その努力が並々ならぬものであった事は想像に難くない。
 しかしまぁ、それでも悔しかったはずだ。
 これほど大層なものを他人にくれてやらねばならなかったんだから。
 そんな爺さんに、俺はなんとなくもくとうを捧げておいた。
 まぁこれくらいはしておいてもいいだろう。

「でも悪いけど……共感は出来ないよなぁ」

 一人でボヤき、しばらくして顔を上げると、俺は気持ちを切り替え、せっかくだからその魔法とやらをやってみる事にした。

「まず解析魔法だっけ? ……試してみるくらいなら構わないよな」

 とはいえ、実際使おうにも魔法の事なんてさっぱりである。
 とりあえず俺は手を前に突き出して、それらしいポーズをとってみた。
 やっぱりちょっと気恥ずかしいが、一人で恥ずかしがっていたって仕方がない。
 深く息を吸い込むと、意識を集中し気合を入れた。

「魔法でろ!」

 赤面しつつ、なんとなくそれっぽい事をイメージしてみる。
 すると――。

「おお!」

 なんと体がうっすらと青く光り出したじゃないか!
 意識しただけで使えるのか魔法ってやつは!
 そして体の中からなにかが消えていく感覚の代わりに、円形の奇怪な模様が空中に現れたのだ。いわゆる一つの魔法陣というやつだろう。
 魔法陣はそのままの位置で、ぼんやりと光りながら明滅していた。
 幻想的な光景を、口を開けて眺めていた俺だったが、すぐにハッとする。
 ボーっとしている場合じゃなかった。

「よ、よし! こい! 解析!」

 気を取り直して声に出した途端、魔法陣はひときわ大きく輝くと、弾けて消えてしまう。
 ……失敗か?
 少し不安になったが、そうではなかったらしい。
 一瞬遅れて、目の前に四角い画面みたいなものが飛び出してきた。
 なんだか思ったよりもテンション上がる!
 正直、初めて使う魔法は俺的にかなり感動ものだったのだが……。
 画面に映し出されていたのは、一見するとゲームのパラメーターみたいなもので……というかそのまんまだった。ややキメ顔の俺が画面に映し出され、その横に様々な数値が並んでいる。キメ顔については俺の心の平穏のためにスルーしよう。

「わかりやす! ……どれどれHP10? ひっく! 俺どれだけ体力ないんだよ……いや、高いのか低いのかそもそもわからないけど。MPは……例の魔力って奴なのかな?」

 そして肝心のMPの欄を確認してみる。
 しかし表示されている数値は、ちょっと意味が分からなかった。

「は? なにこのケタ。800万1000?」

 目をこすって、もう一度見直す。
 ……ちょっと待て。
 爺さんの話を信じるなら普通の魔法使いが1なんだよね?
 そしてこの1000っていうのが爺さんに貰った分だとすると……元々が高すぎないか?
 というかHPと比べて馬鹿みたいにが違う。
 俺は知らず知らずのうちに、だらだらと冷や汗をかいていた。
 ひょっとしたらだが……これはもはや化け物とか、そういうレベルではあるまいか?
 それにさっきの魔法創造とやらまで加わると……。

「あはははは、爺さん……あんた、話と随分違うんじゃないか?」

 俺はうつろな表情で、消えてしまった爺さんの顔を思い出す。
 頭に浮かんだ爺さんはひどくいい笑顔で、無駄に白い歯をきらめかせていた。

「どぅりゃ!」

 俺は思い切り画面を殴って、すぐさま解析の魔法を打ち切る。
 殴る事までなかったのだが思わずである。
 手の甲で額の冷や汗を拭い、気持ちを落ち着かせる。
 ふぅ。さてどうしようか?

「あーもう……どうでもいいか! 多くても困るわけじゃなし!」

 大は小を兼ねるとも言うし、俺はとりあえず気にしない事に決めた。

「よし! 次行ってみよう!」

 さて無事(?)魔法が使えるとわかった事だし、とにかく試しにいろいろやってみるのもいいだろう。
 今一番やりたいのは、あの爺さんに色々と文句を言ってやる事だが……まぁいい。
 いずれにしてもそのなんでも出来るという凄い魔法とやらも、試してみない事には始まるまい。

「魔法創造! ちんからほい!」

 呪文とかよくわからないので、適当にやってみたらなんか出来た。
 本当にこんなのでいいのか魔法?
 とは言っても今回は特別な演出があるわけではなかったのだ。
 はたから見ていた者がいたとしても、特に見かけが変化したようには思わなかっただろう。
 しかしその実、先ほどとは比べ物にならない複雑な魔法陣が俺の中で展開されていく。その感覚は、ちょっとした恐怖だったりする。
 外側ではない、内側にだ。
 これは俺の感覚でしかないんだろうが、俺の中に刻み込まれたなにかが、どこかに繋がろうとしているのがわかった。
 そして数秒後、言葉では言い表せないとても大きなものと繋がった事を強く感じた。
 うまく言えないが……こう、大きくて、どこか馴染み深くて、だけど掴みどころのないなにか。
 これが世界というものなのだろうか?
 よく理解出来ないが、一方で簡単に頭で理解出来るような代物でない事だけはひしひしと感じるのである。
 しかし、そんな壮大な未知の感覚を体験した後。俺の第一声は、驚きでもなんでもなく……。

「……なんでやねん」

 ただツッコミを入れてしまった。
 いや……俺だって「なんて事だ……」とか「人間が使っていい力なのか……!」とかそれっぽく言いたかったさ。
 でもさすがにこれはないと思うんだ。
 奇妙な感覚の後に脳内に現れたのは、パソコンで見慣れた検索エンジンの画面だったのだから。
 なにを言っているのかわからないと思うが、その言葉通りなのだから仕方ない。
 なんだこれ? ググれってか?
 ……もう、色々台無しである。
 さっきからゲームのパラメーターだのPC画面だの、全然魔法っぽくないし。
 目をつむると、画面の真ん中あたりにチコチコ点滅するバーが見える。どうやらここに検索ワードを入れるらしい。
 適当に言葉を思い浮かべると、文字が勝手に打ち込まれていく。
 検索が終わると、色々な魔法がずらりと表示されていた。
 キーワードを入力すると、それに関連した項目が一覧で表示される仕組みらしい。
 完全にネットですね、本当にありがとうございます。
 検索ワード次第で、出来る魔法の幅も違ってくるというわけか。
 こんな事なら本を読んだりして、もっと語彙ごいを増やしておけばよかった。

「さてどうするか……なんかやる気がごっそりなくなったけど」

 著しくモチベーションが下がりつつも、適当に単語を思い浮かべては消してを繰り返す。
 と、俺は唐突に馬鹿な事を思いついたのだ。
 いや、いくらなんでも無理だろう。
 そうは思ったが、いちおう遊び半分くらいの気持ちで検索をかけてみたんだけど……あれ? おいおい。ダメ元ではあったんだけど……出来てしまいそうなんだよね。うん。


「……ふむふむ、なるほどなるほど。魔法を引き出すってのはこういう事か。なんかデータをダウンロードって感じでお手軽だなこれ」

 どうせ俺しか使わないんだから、いっそもうダウンロードに改名しちゃおうかな?
 うん、そうしよう。
 いじっているとなかなか楽しくなってくる。感覚としても面白い。
 空から降ってくると言えばいいのだろうか?
 イメージとしてはそんな感じで、情報がどこからか頭の中に流れ込んでくるのである。
 一度自分に取り込んだ魔法はそれ以降、意識するだけで使えるようになるらしい。
 急に頭がよくなったような、なんとも言えない感覚は、わりとくせになりそうだった。
 しかもダウンロードした魔法には使い方の補足説明がついてくるという親切設計。
 仮に詠唱のルールとかがあったら覚えられそうもないと思っていたが、その説明さえあれば使えるっぽい。俺にとっては助かる仕様である。

「なになに? これくらいの大魔法になると結構魔力もいるわけだ。生贄いけにえ? ヨリシロ? どうしようか?」

 補足説明を斜め読みすると、どうやらこの魔法には生き物が必要らしい。
 そんな時、ちょうどいい感じに鳴き声らしきものが聞こえた。

「……」

 窓の外を見ると、アマガエルが一匹、窓のふちでゲロリと鳴いていた。



   2


「うほ!」
「あ、目が覚めた?」

 寝かせておいたベッドから飛び起きた爺さんは、最初キョロキョロと落ち着かない様子だった。
 当然か。
 むしろあっさり納得する方がどうかしているだろう。
 俺は戸惑う爺さんに軽く手を上げて挨拶してみた。

「調子はどうよ? 爺さん?」
「いったいどうなっておる! わしは死んだはずじゃ!」

 俺に気が付いた途端、爺さんは血相を変えて詰め寄ってきたので、俺は慌ててブロックした。
 頭のあたりをがっちり押しとどめたはいいものの、ここからが問題だった。

「気持ちはわかるけど、落ち着いてくれ」
「……とりあえず顔面から手を離さんか?」
「だよね」

 言われてみると完全にアイアンクローの体勢である。
 すぐに拘束から解放すると、爺さんも突進をやめた。
 さて、なにかしら言うべきなんだろうが、自分でも非常識この上ないと思うくらいなのだ、どうすれば納得してもらえるかなどさっぱりわからない。
 俺はなんとなく爺さんの右肩をポンポンとやさしく叩いた。それで少し落ち着いたのか、爺さんは深く息をついてベッドに座りなおした。
 そもそも詰め寄るほど元気なのだ。問題ないだろう。
 とりあえず、あのトンデモ魔法はちゃんと成功したらしい。
 爺さんが完全に冷静になるのを待って、俺は口を開いた。

「俺が生き返らせてみたんだけど、どうよ?」
「いや、どうよと言われても……」

 返答に困った様子の爺さんは、すぐに事の重大さに気が付いたらしい。
 ぎょっとして顔を上げると、俺を凝視したまま、大口を開けて固まってしまった。

「は? し、死者の蘇生じゃと? そんな非常識な魔法をどうやって……?」
「いやぁ、結構簡単だったよ? ちょろっとあの世に行って帰ってきただけだし。おお! そう言えば向こうで鬼に会ったんだよ! 魔力を上乗せしたらサービスしてくれてさ。ああいう和風なあの世を見せられると、俺も日本人なんだなって感じちゃうよね?」

 俺の使った魔法は、直接あの世と思われる場所に行き、番人らしき相手と交渉しなければならないというものだった。その時現れたのが花畑と川、そして鬼という純和風なあの世。これはどうも俺の持つ『あの世』のイメージから形成された情景らしい。

「えぇぇぇぇぇ……」

 蛙の潰れたような声を出す爺さんには悪いが、本当なんだから仕方がない。
 実際もう少し苦労するかと思ったが、ちょっと疲れたくらいで、交渉自体も実にスムーズだった。
 ビバ超魔力である。
 地獄の沙汰も金次第とはよく言ったもんだと。まぁそれでどうにかなるって事にもの悲しさは感じたが。
 しかし、これほどの魔法になると、さすがに何回も使えるものではないらしく、一回限りだと念を押されてちょっとほっとした俺がいた。やはり死人などそうぽんぽん生き返っていいものではないだろう。

「ちょろっと行ってってお前……魔法を引き出すだけでも相当な労力じゃったろうに」
「あー……そうでもなかったと思うけど?」

 これまた正直に白状すると、爺さんのあごはいよいよ外れた。

「そんなバカな! それだけの魔力、一体どこから? ……まさかおぬし虐殺でもやりおったな! なんとひどい……そのような者に我が魔力を渡してしもうたとは……善良そうに見えたのに!」

 どよんと落ち込む爺さんは、とんでもない勘違いをしているらしい。
 さすがにそれはこっちとしても不本意なので、訂正しておいた方がいいだろう。

「……人聞きの悪い事言うなよ。全部自前だっつーの」
「……は?」
「だから全部自前。そんなぶっそうな事出来るわけないでしょうが」

 むしろその発想がどこから出て来たのか疑問である。しかしやはり信じられないと爺さんの目が言っていた。
 そのまましばらくぽかんとしていた爺さんは急に正気に戻ると、今度はやれやれと両手を広げ、呆れた口調で返してきた。

「は、はは! 馬鹿言っちゃいかん。仮にその話を信じたとしよう。どうしてお前さんは干からびて死んでおらんのじゃ? 魔力の枯渇は即『死』を意味する。わしの魔力があったとしても、全く足りておらんではないか」
「え? マジで? あー。でもだから、まだ余裕があるからって事でしょうがよ?」

 信じたくない気持ちはわかるが、そこは素直に受け止めてほしい。
 乾いた笑いを張り付けた爺さんに、俺はとくに動じる事もなく応じる。
 俺の表情になにかを感じとったのか、爺さんはごくりと唾を呑み込むと、恐る恐る聞いてきた。

「……ちなみにおぬしの魔力って、どのくらいなんじゃね?」
「800万1000。この1000のところがあんたの魔力なんじゃないかと思うんだけど?」
「……!」

 途端、爺さんの頭がぐらりと揺れた。
 そんなに驚いてくれたなら、こっちも勿体つけたかいがあったというものである。
 崩れ落ちた爺さんはなんだかすすけていたが、それくらいなら問題なしだ。
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