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6巻

6-2

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「……なるほど」

 それらしく頷いてみたが、なんか気に入らない。人のことを色々と言ってくれるものだ。
 俺はこういう時、真っ先に喜ぶ奴らがいることを知っていた。
 いやぁな雰囲気に目を向けると、カワズさんも女王様もニヤニヤしている。案の定である。

「お前の存在って、誰が聞いても嘘くさいんじゃな」
「……うるさいよ」
「妾も伝え聞いただけでは、半分も信じないだろうからなぁ……。というか、信じる方がどうかしているのだろうな」
「そこまで言う!? あんたらね! 人の存在全否定はやめてくれない!」

 それにしたって誰か信じてくれたっていいじゃない! カニカマ君の上司もその部下も、もう少し勇者の話を信用してやれよって感じだった。

「まぁまぁ、都合がいいんじゃないかのぅ。こっちからしたら」
「うむ、そうだな。お前の非常識さが思わぬところで効果を発揮したということではないか?」
「……いいよ。別に気にしないし」

 それはそうなんだけど、複雑な気分である。
 気持ち程度のフォローにちょっとだけなぐさめられつつ、浮き彫りになった問題をどうするべきか俺は頭を悩ませた。
 カワズさんがひげでながら、難しい顔でうなる。

「しかしセーラー戦士か。……勇者の報告の信憑性は薄かったが、外見的特徴が自分達の知っている者と一致しておるから、動くつもりになったようじゃのぅ。異世界人ともなればまだまだ使い道はありそうじゃからなぁ」
「あの娘なら探す価値ありといったところなのだろう。簡単に手放すには惜しい人材ではあろうよ」

 カワズさんは肩をすくめている。女王様も腕を組んで納得した様子だ。

「セーラー戦士は人気者だなぁ」

 俺はあの金髪碧眼の女の子の顔を思い浮かべ、妙に納得した。
 一つの国家に人員を割かせるなんて、セーラー戦士もなかなかやる物だった。

「そういうことかのぅ」
「罪な娘よ。さすが妾の見込んだ写真モデルだけのことはあるな。あの娘が登場する記事の更新時は、やたら女性の反応がいいのだ」
「いやいやだから、そういう問題かな?」

 話がそれてきたので歯止めをかける。女王様はわかっているよと軽く笑い、椅子に座り直して頬杖ほおづえをついた。

「冗談はさておき……確かに面白くない話のようだな。良からぬことを企むやからがここに興味を持っているのか」

 女王様は仕切り直して目をつむり、静かに何事か考えている。
 俺は長い沈黙が終わるのを待つことにした。しばらくして女王様はゆっくりとまぶたを開き、何を言うかと思ったら随分冷たいことを言い放ったのだ。

「ならば簡単な話だ。あの娘をここから追放すれば済む」
「それは、いくらなんでも冷たすぎやしませんか?」

 セーラー戦士に対する冷たさもそうだが、俺のことも、こんな提案であっさりセーラー戦士を見捨てる奴だと思われているなら、それはショックである。
 不満顔の俺に、女王様は落ち着き払った微笑みを向ける。

「だがそれが一番手っ取り早い方法だろう? あの娘がここから出て行けば、おのずとここ以外での目撃情報も増えて、自然とそ奴らの目はそれるだろう?」
「ま、まぁそうでしょうけど……」

 転移の魔法を使わず、ごく普通に旅をしていれば、異国の服装をしているセーラー戦士は目立つ存在だろう。すぐに噂になると思われる。
 女王様はたじろぐ俺に、さらに追い打ちをかけてきた。

「それにこの提案、妾はお前の中でも選択肢として完全にないわけではないと思っているがな?」
「そうですか?」
「ああ、もちろん。お前は約束をたがえたりはしない。少なくともそうすることに抵抗を感じる人間だと妾は思っているよ。この先、妙な人間どもがこのあたりの探索に本腰を入れてきたとしたらどうなる? 妖精郷の中はまだいいだろう。だが外に出る者が無要の危険にさらされるのではないか? その場合、我が同胞とあの娘とでは、どちらが本当に危険なのだろうな?」
「……」

 そんな言い方はずるい。
 セーラー戦士には、自分の身を自分で守れる強さがある。俺が手段を講じてきちんと守らなければならないのは、妖精達の方だろう。
 かといって、セーラー戦士を簡単に追い出せるのかと言えばそんなわけはない。
 躊躇ためらう俺に、女王様は若干語気を強めて言った。

「あの娘はこの先も、妖精郷へ良からぬ輩を引き寄せるリスクを考えずに外に出ていくだろう。それはお前にも容易に想像できよう? 要は、根本的に誰がこの事態を招いているのかという話だ」

 女王様の言う未来が想像できてしまう。しかし、落ち度が誰にあるかと言えば、そこはやはりセーラー戦士だけとは思えなかった。

「待ってくださいよ。この件は、そもそも俺にだって責任があるわけだし」

 元はと言えばカニカマ君を見逃したのは俺だ。
 今回の件、俺にも非がある。思わずそう主張してしまったわけだが、ここぞとばかりに女王様は俺に攻撃の矛先を向けてきた。

「ならばなおさらだ。こうなることを予期できなかったわけではないだろうに? その上で起こった事態なのだからお前の落ち度だ。だから、今回はお前が譲れと言っている」
「……いや、それはそうなんですけどね?」
「情が邪魔をするか? 別にお前は非情な判断ができないわけではないだろう? この尋問を見れば明らかだろうが」
「いやー、でも……この人は勝手に入って来た不届き者だからってことで」
「確か、あの娘もそうだったと思うがな?」
「……そういえばそうだったけど」

 しまった。セーラー戦士も不法侵入してきたところを捕まえたんだった。
 女王様は確実に俺の逃げ場を潰しにきている。
 正論すぎて耳が痛い。
 失言に次ぐ失言にだんだんと何も言えなくなり、流れる汗が増えてきた俺を、カワズさんが情けなさそうに眺めていた。

「言い訳を重ねるたびにきゅうおちいっておるのぅ」
「カワズさん、うるさいよ……いやいやそうじゃなくて! 俺にだってそのへんのルールはある! 特別扱いは同郷限定! だからセーラー戦士を追い出すことはできない! 元の世界への帰還を諦めてる俺の最後の良心なんだから、簡単には放りだせない」
「そうか。しかし、こういう事態を招いた場合の対処法はどうなのだ?」
「それは……臨機応変に!」
「臨機応変か。曖昧あいまい過ぎて話にならないではないか。代案がなければ妾の提案通りにするべきだと思うが? あの娘とて、すぐに承諾するだろうよ」
「本当に簡単に承諾しそうだから、困ったもんなんでしょうに!」
「本人が納得するとわかっているなら、何の問題もないさ。して、どうする?」

 女王様が意地の悪い笑みを浮かべ俺を見る。
 女王様にしてみたら人間を一人外に放り出すだけで、妖精郷の安全を確保できるならやるべきだし、一番簡単だろう。

「……」

 俺は黙り込む。もう少しすれば、逆転のチャンスが巡ってきそうな気がする。
 その様子を見て、女王様はさらに畳み掛けてきた。

「どうだ? 妾の提案以外に何か良い解決策はあるのか?」

 質問してきてはいるものの、女王様はそんなものはないと決めてかかっている感じだった。でも彼女の発言を聞いて、俺は不敵に笑ったのである。
 ……状況をひっくり返すなら、今だ!
 予想していた反応と違ったのだろう。女王様も、カワズさんでさえ、意表を突かれた顔だった。

「……ふっ。ずいぶんと俺のことをわかった風に言ってくれるね、女王様? ちょっとばっかり俺をめすぎちゃいませんかね? 女王様が提案しているのってあくまで一番簡単な方法でしょう? まだやり方があるのでは?」
「なに?」

 妖精の安全とセーラー戦士の保護。
 結構。どちらも成功させてこそ魔法使いというものだ。

「そもそも、どちらを取るなんて悩む必要無いんじゃないですか? 女王様はとにかく妖精郷の平穏と、ここに棲むピクシー達の安全が守られれば問題ないんですよね?」
「まぁ……そうだが」

 俺の態度で何か察したらしい女王様の声色が慎重になる。が、もう遅い。
 げんな顔をしている女王様には悪いが、そんな態度のほうがむしろ燃えてくるというものだ。一度考え方を切り替えると、視界が開けたみたいで気分が良くなった俺だった。
 こうなれば、妖精郷の警備をとことん強化するとしよう。
 俺は指を鳴らし、部屋の明かりをすべて点灯させる。
 方針が決まったので、会議はここで終了だ。

「まぁ、まかせておいてくださいよ! 善は急げと言いますし! さっそく始めましょうかね! このくらいの問題、簡単に解決してこそ魔法使いってところを見せてあげましょう! しかも普通じゃない方法で!」
「い、いや。普通の方法でいいんだぞ?」

 女王様は今更少し慌て気味だけど、それはないだろう。

「何言ってんですかー。中途半端じゃ意味がないじゃないですかー。大丈夫! 大丈夫! 任せてくださいよ! なんかすんごいこと考えて無作法者ぶさほうもの共を一掃いっそうしてやりますから!」
「いや、そこまでせずともいいんじゃないか? 物には限度というものがだな? ……おい! 聞いてるのか!」

 女王様は本格的にあたふたし始めた。俺はそれをわざとスルーして強引に締めに入る。

「もちろん! 貴重なご意見ありがとうございました。なるべく死人がでないように配慮しつつ、全力で嫌がらせする……だいたいそんな感じでしょう? そんじゃ、このスパイさんは適当に外に追い出しときますんでお任せください! さぁ忙しくなってきたぞ!」

 俺はどうするべきかと考えを巡らせる。
 考えてみれば、妖精郷をいじくり回すのに女王様のお墨付きがもらえるなんてなかなかない。
 最近は魔法の扱いにも慣れてきて、今まで以上に色々とできそうなんだ。
 ここは一つ、女王様の言う「余興」を楽しんでもらう気分で存分にやらせていただくとしよう。

「……なんか、あいつの心に火をつけてしまったようですのぅ」

 カワズさんが呆れ声で呟き、女王様もまた呆れ声で答える。

「うぅん……大丈夫だろうか? 少々きつけ過ぎたか? たるんでいたようだから多少焦りでもしてくれればいいと思っていたのだが。……タローの悪い部分を刺激してしまったかもしれん」

 俺は二人の台詞を聞き流し、さっそく外に向かって駆け出した。


     ◇◆◇◆◇


「とは言ったものの……どうやったら納得してもらえるかなぁ」

 俺は女王様のリクエストに応えるべく、知恵を絞りだす。
 難しい注文だが、それをこなしてこそ魔法使いというもの。今までに俺が生み出した魔法やアイテムを使っていけば、必ずや女王様を納得させられるに違いない。
 最近あまり気にしていなかったが、いちおう俺は妖精郷の警備担当総責任者というやつなのだ。
 だいたい今までが、俺にしては手ぬるかったんだとむしろ反省した。
 妖精郷のセキュリティは元々割と優秀だったので、実はそんなに手を加えていない。
 やったことと言えば、結界を維持する魔力の燃費をよくするための調整と、侵入者の存在がはっきりわかるよう、相手を探知するための魔法の実装くらいである。
 自身の生存圏を明確に示すためにも、領地防衛は必要不可欠だろう。
 だと言うのに、肝心な実務をナイトさんに頼り切り、何もかも丸投げではあまりにもだらしがないのではないか?
 挙句にカニカマ君達の件が発端ほったんになって、女王様にあんなことを言わせてしまう始末である。

「これは情けないな……。ちょっと本気出そう、うん」

 誰に言うわけでもないがあえて口に出し、何度も頷く。
 俺は気分に任せて、魔法で作り出した鉢巻をバシッと額に巻きつけた。ちなみに「鉄壁」と書かれている。
 一度に使い切れないほど魔力があるんだ。全開でいってやるとしよう。


 まずは警備の現況を把握するため妖精郷を出ようとしたところで、トンボに見つかった。
 トンボは妖精郷に棲むピクシーなのだが、他のピクシーが俺達を怖がってるのに、我が家に入りびたっているおかしな奴だ。
 彼女はいつものつなぎ姿で、あだ名の由来になったゴーグルも頭にしっかりと装備している。どうやら今から外に見張りの仕事に行くところだったようだ。

「ねぇねぇ、タロ、今度はなにするの? なんか楽しそうなことでしょ?」

 ニヤニヤしながらそう問いかけてくるトンボ。どうやら先の妖精郷トップ会談の内容は、もう噂になっているみたいだ。
 俺は、今回は遊びではなく、立派な業務の一環であることを強調する。

「いやいや待て待て、今回は真面目だよ? 俺は今、この妖精郷の警備に関する総責任者としてものすごく……ん? そっか!」

 俺の頭の周りを飛び回るトンボを見て、あることを思い出した。

「なになに?」

 トンボは、元々森の見回りが仕事だったはずだ。
 俺が防御結界を強化して、さらにナイトさんとクマ衛門が警備をしている現状、その仕事はもうやらなくてもよいのだが、勝手にふらふらと自主的にけいしているのである。
 これは、彼女の意見を参考にすべきかもしれない。

「なぁトンボちゃん。警備と聞いて何を連想する?」

 さっそく尋ねてみる。しかし、トンボの意見は適当だった。

「えー警備で連想するもの? ……戦利品が獲得できる趣味、みたいな?」
「……ちょっとは真面目に仕事しろよ、トンボちゃん」
「なにおぅ! やってるよ! 戦利品いただいてるのはついでだし!」

 キーッと怒るトンボだが、甚だ疑わしい。

「じゃあ……他には?」
「うーん。でも最近はナイトさんもいるし、わたしの警備はホント趣味みたいなもんだよね。まあ、わたしとしては門番がいてくれた方がいいとは思うよ?」

 そう言ってトンボはお気楽に笑った。

「ふむ、門番か……。確かにその存在は大切かも。強くてタフな門番は、やってくる相手に威圧感を与える」

 実際ナイトさんを例にとってみればわかりやすい。
 いかにも強そうな全身鎧を身にまとった彼女のおかげで、妖精郷の安全度が一気に上がったことは間違いなかった。
 それどころか、魔獣達のなわばりの整理までできて、森の治安維持にも貢献こうけんしてくれているのだから、ただの警備以上の意味がある。
 これはナイストンボちゃん。十分検討に値する意見だ。
 真剣に語る俺にいつもと違うものを感じたのか、トンボは戸惑いながら言った。

「おおう……いつになくマジメ? っていうか本気でふざける一歩手前?」
「いいえ! 真面目です! ふざけもしませんよ! それはもう!」
「そうなんだ。でも今だってゴーレムはいるでしょ? ナイトさんほどじゃないけど、あれも十分怖いよ?」

 トンボが言っているのは、霧の結界内にいる石造りのゴーレムのことだろう。あれはカワズさん作で、我が家のテレビで彼らの視界を確認できる、いわば歩く監視カメラだ。
 戦おうと思えばもちろん戦えるだろうけど、基本殴るだけ。門番と呼ぶには微妙な気がして俺は唸った。

「あれはなー。カメラ兼〝気絶した人の運搬係〟としてしか機能してないから、門番とは少し違うかな?」
「そういえばこないだ、マオちゃんに壊されちゃったんだっけ? 霧に入って平気な相手に手も足も出ないんじゃ、あんま意味ないね」

 トンボの言う通り、マオちゃんが妖精郷に遊びに来た際に大半が壊されてしまったのだ。今動いているのは作り直した物になる。
 迷いの霧が効かない相手への攻撃手段をゴーレムに持たせる、か……。わかりやすい改善点だ。

「ふぅむ……そうだよな。せっかくだからまずはあいつらを強化しようか! どうせならものすごく強化したい! いや果てしなく強化しよう!」
「え? なんで今日はそんなに熱血路線なの?」

 トンボが俺の鉢巻を引っ張りながら問うてくる。
 それにもめげず、俺は気合いを入れて答える。

「己の不甲斐なさをいたからさ!」
「え? いまさら?」
「……それ、一番傷つく反応だ」

 トンボの本気っぽい疑問に、かなりのダメージを受けつつも、俺はなんとか踏ん張った。

「ゴメンゴメン。つい。それで結局なにするんだっけ?」

 トンボに頭をでられつつ、俺は半眼で口を尖らせる。

「だから……もういい。とりあえずやってみる」

     ◇◆◇◆◇


 というわけで第一案。ゴーレム強化大作戦である。
 ナイトさんの例からも明らかな通り、見た目が強そうだからこそ、抑止よくし力になるのだ。
 俺はとりあえず、その場に机を用意してみた。
 今回は門番を製作、ということなので、妖精郷の出入り口付近で急きょトンボと作業をしている。
 俺の手にはカッターが握られている。机にセットしたゴムマットの上で、図画工作のように和紙を切っていく。
 トンボは机の上の端っこに着地し、面白そうに俺を見上げていた。
 せっかくだから、強いだけではなく珍しいものに挑戦してみるとしよう。

「何やってるの?」
「見ての通り、紙を切ってるんだよ。で……ほらできた」

 俺は切り出した人型の紙を、ピッと指に挟んでトンボに見せた。
 人型の小物は実におまじないっぽい。見る人が見ればわかるのだが、これは日本の形代かたしろをイメージした魔法である。
 この世界が西洋っぽいからといって、そこに囚われる必要はあるまい。今回仕入れた魔法は、東洋風に紙を媒介ばいかいにするのだ。

「いでよ! 我を守りしじんよ!」

 それっぽいことを叫びつつ、切り抜いた人型に魔法をかける。人型がフワフワと独りでに宙へ舞いあがると、魔法陣が輝きボフンと煙が炸裂さくれつした。
 煙の中から現れたのは、炎のような鮮やかな赤色をした、巨大な体躯たいく。黄色いパンツを下半身に纏い、手には棍棒こんぼうを持っている。鬼そのものだ。
 トンボは突如現れた鬼を見上げ、慌てて俺の頭の後ろに隠れた。

「でっかい! そして無駄に怖いよ!」

 トンボがビビるのも無理はない。
 我が故郷ではこの強面こわもての外見ながら、良いもんなのか悪いもんなのかいまいちわからない微妙なポジションを確保しつつ、結構一般的に屋根に飾られていたりする。
 この世界に到底似つかわしくない異様な迫力をかもし出す二本角の鬼を見て、俺はうむと頷く。
 その出来栄えに満足したのだ。
 ビビるトンボに俺は優しく解説する。

「急ごしらえにしては上出来かな? これはもう鬼と言ってしまって問題ないだろう。こんななりだけど、俺の国では魔除まよけにも使われるありがたい神様なんだよ」
「神様? 魔獣じゃなくて?」
「んー、地域によってはそんなイメージもあるかも?」
「え? 地域によってって、タロの国にはこんなのがうじゃうじゃ棲んでるの!?」
「いや、そういう意味じゃないんだけど……。あくまで架空の生き物だからね? それに愛らしい一面もあるんだぞ? こいつら、豆を投げると逃げていくんだよ。そういった意味ではハトより温厚という見方もある」
「……そんなヘンテコな生き物で、門番やってけるの?」

 トンボの的確なツッコミにいくばくかの不安が頭をよぎったけれど、きっと大丈夫だ。
 気は優しくて力持ち――召喚の際に俺が脳裏のうりに描いたこのあたりのイメージが強く反映されていれば、恐らく大丈夫に違いない。
 俺は気を取り直して鬼の説明を続ける。

「いちおうこいつは生き物じゃなくって、ゴーレムに近い感じだね。ダメージが一定量を超えると消えるけど、その時は俺に伝わる仕掛けになってる。受け答えもできるはずだけど、どうだろう?」
「どうだろうって言われても……。わたし、突然これが霧の中から出てきたらチビるよ?」
「……なら、役割は十分果たせそうじゃないか? 怖い顔はそのためなんだし」

 確かにこんなのが霧の中から出てきたら、普通であればまず逃げ出すだろう。

「これは結局、強いの?」

 疑惑のまなしを向けてくるトンボに、俺は胸を張って答える。

「もちろん! そこだけは信用してくれていい! 量産のあかつきにはナイトさんに負けずとも劣らないすごい戦力になってくれるはず。――なんなら、強度テストでもしてみようか?」

 俺はその言葉を証明するため、手元に炎を出した。
 炎に込めた魔力は、マオちゃんクラスを十分相手取れるほどである。
 この火の玉を喰らって大丈夫なら、誰と戦ったって壊れはすまい。
 こいつに周囲を守らせれば、噂が噂を呼んで誰も簡単には近付けない場所になるだろう。
 今まさに鬼へ向かって炎の魔法を放とうとしたその時、不意に背後から視線を感じて振り返る。
 木の陰からこちらを覗き見ていたのは――ナイトさんだった。
 恐らく大きな魔力を感じて様子を見に来たのだろう。しかしタイミングが最悪だった。
 ナイトさんは呟く。

「……こ、これは」

 鬼に釘づけになっているナイトさんのその顔は、完全に青ざめていた。
 この時俺は、何か良くないことが起きていると直感した。
 ……な、なんかまずくないかこれ? ひょっとしてさっきの負けずとも劣らない発言も聞かれてしまったんじゃないだろうか? いや、別にナイトさんをかろんじているわけではなく、あくまで妖精郷の警備体制強化の一環で!
 などと心の中で言い訳しても意味はない。

「あ、あの。これは、タロー殿が?」
「……!」

 俺に見つかったナイトさんは、ぎこちなく話しかけてきた。心なしか声が震えている。
 目と目が合い、微妙な緊張感がお互いの間に流れる。間合いを探っている感じは、気を遣っているがゆえなのだろう。それがまたいたたまれない。

「え、あの、まぁ、そうですけど」
「……な、何のためにです?」

 決死の覚悟という感じの質問である。
 ここでの返答次第では、さらにまずいことになる。俺がそう考えて冷や汗をかいていると、トンボが動いた。
 待てトンボ! かつに答えるんじゃない!
 心の中でそう叫ぶが、まさか口に出すわけにもいかず――。
 トンボは屈託くったくなく答えるわけだ。

「門番にするんだって! めちゃくちゃ強そうだよねこれ!」
「――! ぬおりゃああ!!」

 その時俺が取った行動は、ごくシンプルだった。
 さっきよりもさらに魔力を込め、思い切り放たれた炎の魔法が、容赦なく鬼をぎ払う。
 上半身が一瞬にして消滅し、爆炎があがる。
 鬼はただの紙型に戻り、どろんと消えてなくなった。すなわち証拠の隠滅いんめつである。
 俺は汗を拭い、出来る限り爽やかにごまかした。

「そう思ったけどぉ! これじゃあもろすぎだな! ナシにしよう! うん! そうしよう!」

 後に残ったのは、先の一撃で大きくえぐれた壮絶な地面と、ポカンとした二人の顔だった。

「……あ、うん」
「そ、そうですか」

 トンボもナイトさんも心底驚いた顔をしていたが、まぁこれは仕方がない。
 むしろとっの判断にしてはナイスだったのではないだろうか?
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