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4巻

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《百四十日目》

 今回やって来た理由であるお転婆姫の依頼。それは『琥珀宮の衛兵達の鍛錬指導』だ。なので、昨日から決めていた通り、早朝から衛兵達の訓練を開始した。
 とはいえ哨戒しょうかいなどの仕事がある衛兵も居るので、全員を一度に集めて指導するのではなく、幾つかのグループに分けてある。
 お転婆姫が琥珀宮の演習場を貸切にしてくれたので、とりあえず最初のグループはそこで基礎訓練から開始。
 昔の映画で見た、とある軍曹よろしく、罵声を浴びせながら限界まで追い詰めてやる。


 そして夕方、ボロボロになった衛兵第一グループ三十人全員を、セイ治くんに治療させる。
 最初という事で本気でやっていないのにこの有り様とは。衛兵の情けなさに多少の不満を抱きつつ、まだまだ動ける《戦に備えよパラベラム》団員達と本格的な手合わせを行ってその不満を解消。
 まったく、王女を守る精鋭なのだから、衛兵達にはもっと頑張ってもらいたいものだ、と思わない事もない。


《百四十一日目》

 朝から衛兵第二グループを鍛えていると、昼前にお転婆姫の母――つまり第一王妃の使者がやってきた。
 第一王妃とは、例の宗教熱心な王妃様である。
 俺は彼女が崇拝する【五大神教】の中でも上位の【死海の神】の加護を持つ事になっている。だから滞在する間に何らかの形で接触してくるのは予想、というよりも確信していたが、面倒だし厄介なので正直あまり関わりたくはない。
 とはいえ現状で王妃様の誘いを断る訳にもいかず。仕方なく昼食にお呼ばれする事になった。
 パートナーを一人連れてきてもいいとの事だったのでカナ美ちゃんを同伴、それから少年を引き連れたお転婆姫も合わせ、総数四名で王妃様と食事する。
 もちろん周囲には衛兵やメイドさん達が多数いるが、それはさて置き――


 昼食は王妃様が暮らす《白金宮プラティナムパレス》内部にある、綺麗な庭で行われた。
 王妃様はお転婆姫と同じ白銀に輝く長髪と黄金のような美しい瞳の持ち主の美女で、白い肌は美しさよりも病弱さを感じさせる。そんな王妃様主催の為、ガッツリとしたボリュームたっぷりの肉料理ではなく、パンや野菜中心の軽食だ。肉を大量に喰いたい俺としては物足りないが、カナ美ちゃんは満足していたのでまあいいか。
 個人的に量が足りないだけで、料理自体は美味なのだから、不満はそっと噛み殺す。


 王妃も、話していると悪い感じはしなかった。
 というのも、尊敬というか敬愛というか、本当にあがめる人物を前にした信者のような態度を示したからだ。
 俺を殺し肉を喰らう事で己が身に神の力を宿そうと考えたり、鮮血を全身で浴びて身を清めたり、骨を素材に装飾品を造ったり、といった凶行はしそうにない。
 実際にそんな事を考える輩もいると聞いていたので警戒していたのだが、どうやら王妃は俺のような上位神――本当は大神だが――の加護持ちと出会ってもあくまで敬うのみにとどめるようだ。
 ほっと安心しつつ、色々と探ってみた。
 終わってみれば、俺にとってもなかなか有意義な食事会だったのではないだろうか。
 王妃様に対して抱いていた剣呑けんのんなイメージが崩れた今、交流を深めていけば良き友人になってくれるかもしれない。後ろ盾として好ましい人物とも言えるだろう。


 などと思ってしまった瞬間が俺にもありました。
 というのも、昼食を終えて俺達が琥珀宮に帰った後、白金宮に置いてきた分体越しに見てしまったからだ。王妃様とは絶対に関わりたくないと思ってしまう、決定的な出来事を。
 何が起こったのかを簡単に纏めれば、以下のようになる。


 俺達が帰った後には、当然使用済みの食器が残る。勿論使用済みなのだから、綺麗に洗浄し、次に使う時の為に備えるのが一般的だろう。
 だがしかし、今回俺が使ったナイフやフォークの汚れを、王妃様は嬉々とした、否、情欲をにじませる恍惚とした女の表情で、丹念に丹念に丹念に舐めとっていたのである。
 白い肌と白銀に輝く髪、そして黄金色の瞳を持つ高貴な麗人が、何とも言えない色香を放つだけならばともかく、食器を舐めて嬉しそうにしているのは如何いかがなモノかと。
 そして王妃様の周りに居るほぼ女性のみで構成された白金宮の衛兵達も、心底羨ましそうに王妃様を見つめているのは一体どういう事なのかと。
 そして何故、舐めて綺麗にした食器は豪奢な専用箱に入れられて、王妃様の寝室に飾られるのかと。
 色々と問いたい。問いたいのだが、正直もう王妃様に近づきたくはなかった。覗き見している俺が言える事ではないが、感情的にキツい。
 俺の常識とか色々を軽やかに超越してしまっている王妃様の話はここらでバッサリ終わらせるとして、とりあえず、王妃様とは関わるまいと決意。
 午後はその記憶を振り払うように、団員達との訓練に集中した。




《百四十二日目》

 今日は衛兵第三グループの訓練日……だったのだが、生憎あいにくの雨だった。
 訓練場のコンディションは最悪で、ドロドロのグチャグチャだ。大量の水を吸って泥化した足場は動きにくく、滑り易い。そして何より衣服が汚れる。
 女性の比率が高い衛兵達からは訓練の取りやめが叫ばれたが、無論続行させてもらいました。
 ブーイングなどはハードな訓練で強制的に黙らせる。しかし肉体を酷使した後の飯は美味かったはずなので自然と飴と鞭になった……だろう。きっと。
 まあ、悪天候時でも戦えるように備えるのは大切だと思う。
 毎日やりたいとは思わないが、たまには違った趣向もいいもんだ。


《百四十三日目》

 訓練はカナ美ちゃんに任せ、お転婆姫に連れられてお転婆姫の父親――つまりは国王と謁見した。
 謁見のには大臣やらなんやらが居て、面倒というか大げさというか、色々あった。
 話が長くなるので大部分は省くが、まず王国内における俺達の立ち位置はお転婆姫の私兵、という事らしい。
 本来俺達は傭兵で、仕事が終われば寸前まで戦っていた敵陣営側につく事さえできるのだが、どうやらお転婆姫があれこれしてそういう認識を広めてしまったようだ。
 お出迎えの時に肩車させられたのもその一環だったらしく、王国では既にお転婆姫、あるいはお転婆姫を擁護する派閥くらいしか雇ってくれそうにない。敵対派閥の大臣中心の貴族派から敵意ある視線が向けられていた点からも、事情は察せられた。
 まあ、別に金を払ってくれるのならば大した問題ではないのだが、逃げ道を予め塞いでくるとは、お転婆姫もなかなかどうして侮れない。可愛い顔して、やる事はやっているようだ。
 俺もお転婆姫を利用しているのだから、持ちつ持たれつ、という事だろう。
 お転婆姫は王国の上層部からかなり警戒されている。かつてその私兵となった者達も、お転婆姫が力を持つのを恐れる者達から狙われ、その殆どが暗殺されたらしい。という訳で琥珀宮の俺達が宿泊している一角には、あれこれ罠を張らせてもらう事にした。
 狙われるのが俺だけならばまだ問題ないが、オーロ達が狙われるのはたまったモノではない。
 万が一何かあれば、犯人を殺すだけでは止まれないだろう。


 謁見が終わると肩が凝ったので、風呂に入りながらカナ美ちゃんにマッサージしてもらった。
 やけに手付きがあでやかというかなんというか、とにかく色々溜まっていたモノをリフレッシュできたので良しとしとこう。


《百四十四日目》

 まだ陽も出ぬ早朝、さっそく暗殺者がやってきた。大半は昨夜の内に設置した罠で捕縛、あるいは殺害したが、それ等を駆け抜けて俺達の寝室にまで侵入してきた奴が一人だけいた。
 侵入してきたのは、黒衣と紫色の液体のしたたるナイフを装備した仮面の男。そして俺が眠気を抑えて対峙した途端、【直感インチュイション】と【罠解除】が激しく警鐘を鳴らし始めた。
 何故そうなったのか数瞬観察した結果、どうやら男の体内に爆弾のようなモノが埋め込まれているらしいとわかった。遠隔操作できるシロモノではないのが救いと言えば救いだが。


 何これ凄く鬱陶うっとうしい。
 殺したら周囲を巻き込んで自爆してしまうようなので、とりあえず分体を【寄生】させて【隷属化】。自分の意思では指一本動けなくしてから情報を引き出そうとしたが、どうやら精神操作系のマジックアイテムか魔法によって記憶や自由意思を消されているようだ。
 それは他の捕縛した奴等も同様で、暗殺者達はまるで命令された通りの事しかできない、うつろな人形だった。
 身体の自由は奪えたものの、初めから壊れている精神を回復させるのはちょっとどころの手間ではない。
 仕方ないのでこの人形/暗殺者達から情報を引き出すのは諦め、心臓付近に埋め込まれていたマジックアイテムを摘出。
 その際暗殺者の胸が内側から弾け飛んだが、それは仕方ない。
 暗殺者達の死体をボリボリと頭から丸齧まるかじり。ついでに爆発系のマジックアイテムもガリガリと。


[能力名【爆裂バースト】のラーニング完了]
[能力名【人間爆弾】のラーニング完了]

 暗殺者達の装備類には元凶を割り出せそうな品は一つもないが、多少のマジックアイテムを得られたので儲けモノ。
 食事の後は、とりあえずお転婆姫に報告。
 すると『ふむ、ならば犯人はすぐに割り出すのでな。今日の不満や怒りは、後で発散するがよいぞ』と言われた。
 まあ、お転婆姫ならすぐに割り出せるだろう。


 今日でグループ毎に区切って行っていた衛兵達の訓練も一通り回り、大体の強さや癖などは把握できたので、今後はそれぞれのいい部分を伸ばしていこうと思う。


《百四十五日目》

 今日は午前だけ衛兵達の訓練を行い、午後は城下町に出掛けるお転婆姫に護衛役として付いていく事になった。
 セイ治くんなど遠征初体験組には、丁度いい機会だったので休暇を与え、王都を自由に見て回らせる。とはいえ何処から暗殺者の手が伸びるか分からないので、ある程度固まって行動するように指示。
 イヤーカフスのおかげでどこに居るか分かるし、それぞれ戦闘能力もそこそこあるから平気だろう、きっと。
 仮にさらわれたり殺されたりしても、かたきは即座に討つから大丈夫。


 それで本題のお転婆姫の護衛は、《戦に備えよパラベラム》からは俺とカナ美ちゃんと赤髪ショート、それからオーロとアルジェントの五名。他は騎士の少年と私服に着替えた衛兵達が十数名、といった布陣になっている。
 今までは数十名単位で護衛していたらしいので数はかなり減っているが、まあ、大丈夫だろう。お転婆姫も以前と比べ大人しくなっている。
 ぶらりぶらりと、表通りだけでなく裏通りも、肩車したお転婆姫の指示に従って探索。
 裏通りでは馬鹿に絡まれたり、ヒトさらいの犯行現場を目撃したり、暗殺者を叩き潰したりと色々あったが、マジックアイテムや武器を扱う隠れた名店も発見できたので有意義な一日だったと言えるだろう。


 二日後には完全な休暇が待っているので、その時は単鬼たんきでちょいと、迷宮都市に赴くとしよう。
 迷宮の酒や、まだ出会った事のないモンスターに対する思いはつのるばかり。
 ああ、楽しみだ。凄く、楽しみである。


《百四十六日目》

 今日も陽が昇らぬ早朝から衛兵達の訓練で汗を流す。
 衛兵達は個人個人の素質が高い。王族が暮らす宮を守るだけあって優秀な人材ばかりだ。俺は衛兵衛兵と言っているが、実質的にお転婆姫専属の近衛兵のようなモノだ。常時傍にいるのは騎士の少年だけだが、彼等が担う役割は多い。
 そして成長が非常に早い彼等の中でも、騎士の少年の成長はいちじるしかった。
 その要因の一つとして、武器の変更があげられるだろう。少年は最近、剣ではなく短槍を使い始めたのである。
 切っ掛けは、以前俺が短槍を使ってはどうかと勧めたからなのだが、正直即座に代えるとは思わなかった。
 無論完全に剣を捨てた訳ではないが、それでも長年使ってきた得物を変更するのはかなり迷ったに違いない。
 実際、動きは格段に良くなっている。手加減したとはいえ模擬戦で俺に穂先をかすらせたのだから、剣よりも短槍を扱う才能の方が秀でているのは間違いない。
 もしこのまま少年が短槍を使い続けて成長してくれれば、将来、《詩篇覚醒者/主要人物》かそれに近い使い手になるのではないだろうか、と密かに期待している。
 そしてもし本当にそうなって、更に俺達と敵対する事にでもなったら、と思うとよだれが出そうだ。きっととても美味な存在となっているに違いない。
 今はまだ喰った事が無いが、きっと《詩篇覚醒者/主要人物》は絶品のはずだ。
 喰ってみたいな、本当に喰ってみたい。
 豚や牛を育てる畜産家もこんな気持ちなのだろうか。
 ――ジュルリ。と、いかんいかん。
 まあ、そうならない事を祈ろう、主に少年の為に。


 という具合に少年の存在は将来的な楽しみであるが、彼の成長は周囲に思わぬ影響を及ぼしていた。
 少年の成長につられてか、オーロとアルジェントも負けじと頑張っている。殆ど一緒に訓練しているので、二人とも少年をライバル視しているようだ。
 オーロとアルジェントの成長の為に、共に切磋琢磨できる存在が居るのは、色々と好都合だ。


 基礎訓練が終わったら琥珀宮の風呂に浸かって身体を洗い、午後は個別に訓練でもしようかと思ったが、またお転婆姫が王都を回りたいと言うので再び護衛役として王都を散策する事に。
 散策中にまた色々とトラブルがあったりしたが、他愛もない事ばかりなので詳細は省略しよう。
 小さなヒト攫い専門の犯罪組織を一つ潰して構成員を全員喰ったとか、王国の同盟国である帝国以外の国――【獣王ビーストキング】ライオネルが治める《エストグラン獣王国》や【魔帝ミルディオンカイザー】ヒュルトンが治める《アタラクア魔帝国》、人間至上主義を掲げた《ルーメン聖王国》などなど――の諜報員を幾人か路地裏で喰ったとか、大商人からとある貴族に贈られた賄賂わいろの情報を掴んだりした程度なので、あえて語る事でも無い。
 数十人喰ったのに、アビリティは一つも確保できなかったしな。


 陽が暮れたら、お転婆姫と共に琥珀宮まで帰る。
 明日は休みなので、とりあえず派生迷宮まで飛んで、潜ってみようと思う。
 下準備も万全である。


《百四十七日目》

 まだ太陽も出ていない早朝の空を、外骨格を纏って王都から最も近い迷宮都市《パーガトリ》に飛んでいく。
 三十分と経たずに到着し、空中から内部に入った。門を潜らなかったのは、単に検問が面倒だったからだ。
 なに、バレなければ問題ない。そしてバレたとしても、目撃者を喰って証拠隠滅すればいい。
 しかし特に何事も無く、予め先行させていた分体から、丈夫な紐に小さな金の板の飾りが付いているシンプルなデザインのネックレスを受け取り、即座に装着。
 このネックレスは【大神】の一柱が運営する総合統括機関ギルドが発行した、【迷宮踏破許可具ダンジョンアタック・ライセンス】と呼ばれる品だ。コレを装備していれば、亜人などでも迷宮内部で発生したモンスターと区別される。
 無為な衝突を避ける為、迷宮に潜る際には装備を推奨されている品だが、別に無くても迷宮に入る事はできる。
 ただしネックレスを購入するメリットはもちろんある。
 このネックレスを着けていれば、ダンジョン内で他の冒険者に殺された場合、犯人のネックレスが赤く発光する仕組みになっている。犯人が別のネックレスに着け替えても、新しくネックレスを造っても、再び赤くなるのだそうだ。
 そしてギルドは、総力を以て犯人を捕縛する。意図的に金品を奪っていたりすれば、拷問の末に死刑となる事もあるそうだ。
 勿論色々と抜け道が無い訳ではないが、コレがあれば他の冒険者に殺されるリスクを減らせ、ある程度の安全と安心感を得られる。
 他にもギルドお抱えの商店の買い物で値引きされるなどの特典はあるが、一番大きなメリットはこの安全の確保だろう。
 以前ミノ吉くんが迷宮で攻撃されたのは、【存在進化ランクアップ】による身体の巨大化で、このネックレスが弾け飛んでしまったからに他ならない。
 ただし厄介な事にこれ、一つ発行してもらうのに銀貨五枚が必要になる。
 しかも迷宮ごとにネックレスが必要になるので、ダンジョンに潜る度にそのダンジョンに対応したネックレスを買う必要があるのだそうだ。
 使用済のネックレスを他のダンジョンに持ち込んでも効果を発揮せず、青く発光して警告を受けるだけ。
 なかなかあこぎな商売だ。
 銀貨五枚なんて、迷宮である程度の階層を踏破すれば簡単に稼げてしまう額だというのも、悪辣あくらつさに磨きをかけている気がする。


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