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4巻
4-3
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そんな雑談は一先ず置いといて、俺は《パーガトリ》が内包する派生迷宮の一つ――【サクロプの採掘場】と呼ばれる迷宮に潜る事にした。
【サクロプの採掘場】は地下に下り続けるという一般的なタイプのダンジョンで、地下二十階まであるのだそうだ。行程はやや短いが現れるモンスターの強さで中級者向けとなっているそうなので、日帰りで挑むには丁度いい。
名前からして岩肌剥き出しの洞窟のようなイメージを持っていたのだが、一面単色の金属のようなモノで舗装された、仄暗い回廊で構成されている。
微妙な暗さは【暗視】の能力を持たない人間からすれば少々厄介なのかもしれないが、設置された罠は少なく稚拙で、簡単に壊せた。
中級者向けだけあってかなり温い。
少々物足りなさを感じながら進んで行くと、ピッケル装備で全身の筋肉がそれなりに隆起した、やや黒い肌のゴブリンを一体見つける。〝マインゴブリン〟と呼ばれるゴブリンの一種だ。
さっそく銀腕で頸を刎ね、頭部を喰ってみる。
味は、まあまあ、だろうか。美味しい訳ではないが、そこまで不味い訳ではない。至って普通、といったところか。
普段なら一口喰って後は放置するが、今回は実験を兼ねて色々調査した。
ダンジョンで死んだ者の肉体は一定時間が経つと消える、と言う。
ミノ吉くん達が調べてくれたこの内容を確認したところ、本当にそうなっているらしい。
死体は〝収納のバックパック〟などに入れても制限時間内に外に持ち出せなかったら消える為、冒険者がダンジョンで死んだら、街の一角にある共同墓地の巨大な慰霊碑に名が刻まれるそうだ。
つまりダンジョンではモンスターもヒトも関係なしに、死ねばダンジョンに喰われる。
だが不思議な事に、ダンジョンのモンスターを食材にする事はできる。
深いダンジョンで携帯食糧が無くなったら、殺したダンジョンモンスターを調理して食べるのだそうだ。
そこで、何処から何処まで、何をすればダンジョンモンスターを持ち帰れるのかを実験した。
口に一噛みの肉を含む、マインゴブリンの指を一本右手で摘む、銀腕の形を変えて指を一本まるまる包んで体内に取り込む、【異空間収納能力】に右足を放り込む、そして胴体をそのまま放置する。
すると、放置した胴体が消えた時、右手で摘んだ指も消えたが、口内の肉と銀腕で包んだ指、アイテムボックスに入れた右足はそのまま残った。
アイテムボックスに残るのは少々驚きだが、好都合なので良し。この結果の原因を強引に推察するとすれば、体内に取り込みさえすれば消えないようになっていて、アイテムボックスも俺の一部として認識されたから、だろうか。証明はできないが。
とにかく、これで外で待っているカナ美ちゃん達にお土産ができた。
実験の後は予め調べていた最短のルートを進みつつ、遭遇するモンスターは片っ端から殺害して肉を喰い、残りはアイテムボックスに放り込み、どんどん深く潜っていく。
そして潜り始めて四時間程度が経過した時、俺は最深部に到着していた。
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ドワーフのバルト・バートラが、とあるボスのドロップアイテムを欲しいと言い出したのは、今から二月前の事。
女冒険者アーティをリーダーとするバルト達五人のパーティ《剣鉄の走狗》が派生ダンジョン【サクロプの採掘場】に潜り始めたのが、今から一月と二十六日前の事。
そして幾度もの挑戦を繰り返したものの目的のアイテムが出ず、ストレスが溜まっているのが現在。
最下層にあるボス部屋近くに存在する、モンスターが出現しない安全地帯にて、金髪をポニーテールにした女剣士のアーティは、四人の仲間と作戦の最終確認をしていた。
「何度も言うようだけど、〝大剣のベルラ〟が出てきたらザイクが正面で攻撃を防ぎ、左右から私とバルトが足を削って、後方からベランナとアイシャがトドメの大技を撃ち込む。〝魔韻のハッチェル〟が出てきたらベランナとアイシャが小技を撃ち込んで詠唱を阻害、ザイクが二人を守り、ハッチェルの後方に回り込んだ私とバルトが攻め立てる。勿論真っ先に狙うのはメイスね。そして本命の〝震槌のガルンド〟が出てきたら、あの大技を警戒しつつ普段通りに、って事で。これでいいかしら?」
アーティ達が幾度も挑み、幾度もボスモンスターを殺したにもかかわらず目的のアイテムを得られていないのには、二つの大きな理由があった。
一つは、欲しいアイテムのドロップ率がそもそも低い事。彼等は、ある方面に特化した能力を持つ、【固有】級のマジックアイテムを狙っている。
そしてもう一つが【サクロプの採掘場】のボスモンスターである【単眼鬼】には、三タイプが存在するという事。
頑丈で分厚い大剣を小枝のように振るう、若きサイクロプス〝大剣のベルラ〟
強力な魔法を主な攻撃法としつつ巨大メイスを使う、女サイクロプス〝魔韻のハッチェル〟
地を粉砕し地揺れを引き起こす巨大な槌を持った、三タイプの中で最強の老サイクロプス〝震槌のガルンド〟
アーティ達が求めるマジックアイテムをドロップするのは〝震槌のガルンド〟であり、ガルンドが出現する確率はベルラやハッチェルと比べ、やや低いのである。
よって時間がかかってしまうのも、仕方がない事だった。
「はいはいっと、了解了解。じゃあさ、さっさと行こうぜ!」
アーティの問いかけに返答したのは、熊頭が描かれたタワーシールドと帯電するバスタードソードを装備した、二足歩行する熊こと熊人のザイクだった。
ヒトに本能的な恐怖を抱かせる熊そのままの獰猛な容姿とは裏腹に、何処か抜けたところが目立つ、毛むくじゃらのお調子者だ。
「焦らないで、少しは落ち着きなさいよザイク」
急かすザイクを諌めつつ、アーティは残りの三人――重金属鎧とモーニングスターを装備したドワーフのバルト、黒紫色のローブとタクト型の魔杖を持つ魔術師のベランナ、聖別された種や聖水などの小道具とフットマンズ・フレイルを携えた武装神官のアイシャに視線を送り、三人とも大きく頷くのを確認した。
「そ。ならさっさと――」
休憩を兼ねた作戦会議を終え、ボス部屋に行こうか、とアーティが言おうとした瞬間に響いた爆音と、大きな地揺れ。
まるでダンジョン自体が軋み、崩れてしまうかのような激しい震動がアーティ達一行を襲う。五人はその凄まじさに、堪らずその場で固まり、震動が止むのを待った。
やがて震動が止むと、壁からはパラパラと小さな欠片と埃が舞い散り、ダンジョンは元通りの静けさに支配される。
「なにが――あー、先越されたか」
震動から即座に立ち直ったアーティは、先ほどの音と揺れの原因を経験から割り出し、右手で目元を押さえながら天を仰いだ。
やってらんない、とでも言うような態度である。
「うわ、俺達の本命じゃんか、最悪。ったくルーキーはコレだから。ボス戦時の取り決めを知らんのか、取り決めを」
アーティにつられてか、ワーベアーのザイクも悔しそうに愚痴を零した。
「まあまあ、アーティさんも、ザイクさんも、落ちついて落ちついて。こんな事も、偶にはありますよ。取り決めだってそもそも知らないんじゃ、どうしようもないじゃないですか」
「アイシャは気楽ねぇ。取り決め知らずのルーキーがいなければ、ガルンドは私達が狩れてたのに」
「ガッガッガッガッガ。ええジャねぇか、済んだこたァよォ」
原因が何か、すぐに分かってしまったアーティ達はそれぞれの思いを吐露する。
待ちに待ったガルンドと闘う機会を逃して残念がるアーティとザイク、それを慰める天然気味なアイシャに、少々呆れたベランナが苦笑し、豪快に笑うバルトの声が響く。
仲が良いだけに、続けて遠慮のない言葉が飛び交った。
五人がそのような反応をしたのには訳がある。
基本的にダンジョンのボス部屋の近くには、安全地帯と呼ばれる空間がある。そこに先着のパーティが居た場合にはそのパーティの後ろに並び、その後にボスに挑戦するのが、冒険者の間にある暗黙のルールなのだ。
要するに、誰かが順番待ちをすっ飛ばした、という事になる。
この取り決めは、ダンジョンという少々変わった空間内で無駄な怨恨などを生まない為の紳士協定みたいなもので、絶対に守らなければならないものではない。
だが余計な諍いが起きないようにする為、熟練の冒険者が殆どそうするのは事実である。
安全地帯で一休みしても、損はないのだから。
とはいえ今回のように先を急ぐあまり余裕の無いルーキーが順番を追い越す事もあるにはあるので、慣れたものだ。五人の愚痴は早々に終結した。
「んじゃ、ちょいと見に行こうか? どんな事になってるか気になるし」
と聞いたのは、パーティリーダーのアーティだった。
ニヤニヤと悪だくみしているような笑みからは、ルールを知らないようなルーキーがボス戦でどうなっているのか見学してやろうという思惑が透けて見える。
「賛成ね。どんなルーキーか、見てみたいし。アイシャもそうでしょ?」
「そうですね、ベランナさん。もし怪我とかしてたら、治療してあげないと。命は大切に、ですよ!」
「ガッガッガッガ、面白そォだァな!!」
「ならさっさと行こうぜ!! 早く早く!!」
皆乗り気な返答をしたアーティ達は、間もなくボス部屋の扉の前に到着した。震動がダンジョンを駆け巡ってから数分も経っていない。
先ほどの震動は、ボス部屋最奥側の巨大な扉からボスモンスター〝震槌のガルンド〟が登場するのと同時に振り下ろす槌の一撃によるもの。つまりはボス戦はまだ始まったばかりのはずである。
だが、開放された扉から見えるボス部屋の中には、あまりにも悲惨な光景が広がっていた。
「なに……アレ?」
そのまま消えてしまうかのようにひっそりと囁かれたアーティの疑問に、他の四人は返答する事ができない。
皆ただただボス部屋の中に意識を集中させ、視線を逸らす事もままならない。
五人が等しく感じているのは、強烈な恐怖だった。
床一面に広がる夥しい量の、むせかえるような鮮血の海の中を、右腕一本で必死に這って逃げようとする一つ目の巨鬼――【単眼鬼】
サイクロプスの立派な灰色の顎髭は血を吸って赤く染まり、皮膚にべチャッとへばり付いていた。
本来九メートルを超えるはずの巨躯が、両脚の大腿の半ばから下を切り落とされ、大きく縮んでいる。左腕に到っては、肩から先が無い。それ等の巨大な傷口からは、赤黒い血が止めどなく流れて出ていた。
腹部も切り裂かれているのか、臓腑の一部が零れ出ている。這えば這うほど中身が溢れ出るが、ガルンドはそれを気にする事無く這い続ける。
それほどまでに、そうしてしまうほどに、恐れているのだ。
一つしかない目には恐怖が溢れ、口からは聞くに堪えない奇妙な悲鳴を上げている。
アーティ達の記憶にある〝震槌のガルンド〟は、どのような敵が来ようとも真正面から叩き潰してくれる、とでも言いたげな威風堂々とした姿だった。だが、今はそんな姿の影も形もない。
目の前の【三本角の黒鬼】から必死で逃げようとするその姿は、確かに無様だ。
以前とのギャップがありすぎて、より一層そう感じるのだろう。
しかし、今はそれを誰も笑えなかった。
己の身の丈ほどもある四角い刀身の大剣でガルンドを解体している【三本角の黒鬼】が鬼人である事は、アーティ達も理解できている。
アーティ達には何人か鬼人の知り合いもおり、その戦闘能力が竜人達と同じように桁外れだとも知っている。
しかしボスモンスターを、それもダンジョンボスを十分と経たない内にあそこまで解体してしまえるというのは、あまりにも常識外れだ。
だがそれくらいの事では、ただ見ているだけのアーティ達すら身動きが取れなくなるほど恐怖するものではない。
むしろその強さに憧れを抱き、尊敬の眼差しを向けていただろう。ダンジョンという、強い者こそが正義として君臨できる場所に挑むアーティ達は、暴力、知力、財力などありとあらゆる《力》に対して、宗教めいた妄執を抱いているのだから。
なのに何故恐怖するのか。その理由は、簡単な事だった。
「コリコリとした歯ごたえで噛めば噛むほど旨味が出る肉と、味わい深くも飲みやすい濃厚な血。なんだ、結構美味いじゃないか、サイクロプス」
【三本角の黒鬼】の呟きを、索敵能力に優れた斥候系職業の一つである【義賊】を持つアーティは確かに聞いた。
そう、アーティ達が身動きができないほどに恐怖したのは――
(生きたまま、喰ってる……)
〝震槌のガルンド〟が、【サクロプの採掘場】最強のボスモンスターが、一方的に、生きたまま解体されてその肉体を喰われていたからだ。
(うぷ……)
アーティは猛烈な吐き気に襲われたが、口を手で押さえ、胃の中のモノが出てくるのを我慢した。
深いダンジョンに潜る際、ダンジョンモンスターを喰って飢えを凌ぐ事はよくある。
アーティ達だって幾度も経験しているし、特定の【職業】を得る為にはモンスターを喰う必要があるくらいなので、喰えるモンスターの情報はそれなりに集めている。
だからモンスターを喰うこと自体にそれほどの忌避感は無い。だが、生きたままその肉を喰うというのは流石にキツい。
それに【巨人】種と【鬼】種の狭間に分類されるサイクロプスには、ある程度の知性がある。アーティ達からすれば、そんな生物を生かさず殺さずの状態で喰うなど、あまりに言語道断な行いだった。
(酷い……な)
切り落とされたはずの片腕と右足は見当たらないが、【三本角の黒鬼】は血の滴る左足のふくらはぎに齧り付き、美味そうに喰っている。そこから片腕と右足は既に喰われたのだろう、と予想したアーティ達の身体は、意思とは関係なしに小刻みに震える。
足下から喰われるような恐怖に囚われ、ただ静かに見続けていると、黒鬼はあっという間に自分と同じくらいの大きさがある肉を骨ごと喰い尽くした。
そして片手で包丁のような大剣を振り上げ、ガルンドに唯一残された右腕へ振り下ろす。
振り下ろす速度があまりにも速過ぎてアーティには剣の残像しか見えなかったが、続いて宙を舞う右腕と噴き出す鮮血が目に映る。
ガルンドの、喉が潰れそうなほどの絶叫が響く。黒鬼はそれを聞き流しながら切り落とした右腕を拾い、再び喰らい始めた。明らかに大鬼の胃に収まりきらない量の骨肉がどんどん喰われていく様は、凄惨な光景と相まって、アーティ達には非現実としか思えなかった。
アーティ達が食い入るように見つめる中、ガルンドの全てが喰いつくされるのに、それほど時間はかからなかった。
強靭な生命力が災いし、頭部を喰われるまで生きていたガルンドに、流石のアーティ達も同情に似た思いを抱く。アーティ達もガルンドを斃した事はあるが、こんなやり方はあんまりだ。
しかしガルンドからのドロップアイテム――それもアーティ達が欲していた品だ――を回収し終えた後、アーティ達に気がついたらしい黒鬼の瞳を直視して、アーティの思考は一瞬で真っ白に染まった。
ブワッと嫌な汗が一瞬で全身から噴き出し、カチカチガチガチと歯が五月蠅く鳴り始める。
あまりの恐怖に、思考が纏まらない。頭は何故か今までにないほど高速で回転しているはずなのに、どうすればいいのか判断できない。
その間にもどんどん近づいてくる黒鬼の威圧感に耐えきれず、まずアイシャが崩れ落ちた。
後方に倒れていくアイシャを助けようとベランナが手を差し伸べるが、力が入らないのか支えきれずに一緒に倒れる。幸い勢いは大幅に減ったので、ダメージは全く無いはずだ。
だが、いつまで経っても二人が立ち上がる気配はない。むしろ全く動かない。
よく見れば、アイシャを抱きしめたベランナは死んだふりをしていた。相手は熊じゃなくて鬼だから! そしてコイツ逃げやがった! とアーティは恐怖の中で考える。
ザイクは本能的に勝てないと判断したのか、早々に装備を解除して地面に寝転び、腹を見せるという服従のポーズになっていた。
プライドは無いのかよ! とアーティは一瞬言いかけたが、そうしたい気持ちは十分過ぎるほどに分かっている。アーティ自身カタカタと手足が震え、ただ立っている事すら困難なのだから。戦いもせずに降伏するその潔さは、やはり本能が強い獣人ならではだろう。
唯一、バルトだけが直立不動のまま動いていない。立派な顎髭は伊達では無いらしい。流石最年長だ、とアーティがよく見ると、立ったまま気絶しているだけだった。
(なんだそれは。あんまりだろう、おい。私の感動を返せ)
アーティは現実逃避気味に思考を散らしていたが、黒鬼が手が届く距離にまで近づくと、それも限界だった。
――殺される。
脳裏を過るのは、先ほどのガルンドの姿。
卓越した技法に基づいて、あくまで死なないように身を刻まれ、逃げようと必死に這い回り、結局最後まで生きたまま喰われていった姿が、自分と重なる。
――喰われる。
黒鬼が口を小さく開いた。白い金属のような鋭牙が所々赤く濡れている。
ヒッ、とアーティの意思とは関係なしに零れる恐怖の声。と同時に足腰から力が抜け、その場にペタリと座り込んでしまった途端、下腹部が温かくなり、アーティはある種の解放感を覚えた。
それが何なのか理解した彼女は羞恥心に顔を真っ赤にするが、恐怖がそれを上回る。
黒鬼の顔が、眼前にあった。
「お疲れさん。それからこれ、使うといい」
黒鬼が何かを言う。そしてアーティの肩に置かれた大きな手と、肌触りのよい細長い布。
アーティは何を言われたのか、すぐには理解できなかった。理解できないまま、黒鬼の気配が完全に消えるまで、座り込んだ状態から動けなかった。
「なんなのよ、一体……」
アーティの呟きは、誰に聞かれる事もなく消えていった。
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最下層に居たボスモンスターのサイクロプスは大きく、その肉を喰うのには時間が必要そうだった。これではラーニングがしにくい。
なので生かしたままその四肢を削ぎ、喰っていく事にした。
解体には王都で買ったマジックアイテム【巨人族の長持ち包丁】を使用。順次美味しく頂きました。
[能力名【地揺れの鉄槌】のラーニング完了]
[能力名【巨鬼の血脈】のラーニング完了]
ラーニングできたアビリティは二つだけ。【巨鬼の血脈】はともかく、槌装備時に地面を叩くと広範囲を揺さぶる【地揺れの鉄槌】の使い勝手はそこそこ、といったところか。敵味方関係なく効果を及ぼすので、気をつけないといけない。
ただ今回重要なのは、ラーニングできたアビリティではない。サイクロプスを喰い尽くした際に、こんなモノが表示されたのだ。
[辺境詩篇〔サイクロプスの槌〕のクリア条件《単独撃破》《無傷蹂躙》《生続捕食》が達成されました]
[達成者である夜天童子には希少能力【撃滅の三歩】が付与されました]
[達成者である夜天童子には希少能力【生者を喰らう者】が付与されました]
[達成者である夜天童子には【固有】級マジックアイテム【鍛冶の鬼槌】が贈られました]
[達成者である夜天童子には【試練突破祝い品〔初回限定豪華版〕】が贈られました]
どうやら派生ダンジョンのボスを一定の条件下で殺すと、【辺境詩篇】なるものが攻略できるらしい。
【単独撃破】という項目、ミノ吉くんの時はどうだったんだろうと思い、イヤーカフス経由で聞いてみると、ミノ吉くんもクリアしていた。ただ当時は訳が分からなかったし、意識がハッキリしない時だったので、すっかり忘れていたそうだ。
ミノ吉くんらしい。
まあ、過ぎた事は仕方ない。緊急を要する事項ではないし。
【サクロプの採掘場】は地下に下り続けるという一般的なタイプのダンジョンで、地下二十階まであるのだそうだ。行程はやや短いが現れるモンスターの強さで中級者向けとなっているそうなので、日帰りで挑むには丁度いい。
名前からして岩肌剥き出しの洞窟のようなイメージを持っていたのだが、一面単色の金属のようなモノで舗装された、仄暗い回廊で構成されている。
微妙な暗さは【暗視】の能力を持たない人間からすれば少々厄介なのかもしれないが、設置された罠は少なく稚拙で、簡単に壊せた。
中級者向けだけあってかなり温い。
少々物足りなさを感じながら進んで行くと、ピッケル装備で全身の筋肉がそれなりに隆起した、やや黒い肌のゴブリンを一体見つける。〝マインゴブリン〟と呼ばれるゴブリンの一種だ。
さっそく銀腕で頸を刎ね、頭部を喰ってみる。
味は、まあまあ、だろうか。美味しい訳ではないが、そこまで不味い訳ではない。至って普通、といったところか。
普段なら一口喰って後は放置するが、今回は実験を兼ねて色々調査した。
ダンジョンで死んだ者の肉体は一定時間が経つと消える、と言う。
ミノ吉くん達が調べてくれたこの内容を確認したところ、本当にそうなっているらしい。
死体は〝収納のバックパック〟などに入れても制限時間内に外に持ち出せなかったら消える為、冒険者がダンジョンで死んだら、街の一角にある共同墓地の巨大な慰霊碑に名が刻まれるそうだ。
つまりダンジョンではモンスターもヒトも関係なしに、死ねばダンジョンに喰われる。
だが不思議な事に、ダンジョンのモンスターを食材にする事はできる。
深いダンジョンで携帯食糧が無くなったら、殺したダンジョンモンスターを調理して食べるのだそうだ。
そこで、何処から何処まで、何をすればダンジョンモンスターを持ち帰れるのかを実験した。
口に一噛みの肉を含む、マインゴブリンの指を一本右手で摘む、銀腕の形を変えて指を一本まるまる包んで体内に取り込む、【異空間収納能力】に右足を放り込む、そして胴体をそのまま放置する。
すると、放置した胴体が消えた時、右手で摘んだ指も消えたが、口内の肉と銀腕で包んだ指、アイテムボックスに入れた右足はそのまま残った。
アイテムボックスに残るのは少々驚きだが、好都合なので良し。この結果の原因を強引に推察するとすれば、体内に取り込みさえすれば消えないようになっていて、アイテムボックスも俺の一部として認識されたから、だろうか。証明はできないが。
とにかく、これで外で待っているカナ美ちゃん達にお土産ができた。
実験の後は予め調べていた最短のルートを進みつつ、遭遇するモンスターは片っ端から殺害して肉を喰い、残りはアイテムボックスに放り込み、どんどん深く潜っていく。
そして潜り始めて四時間程度が経過した時、俺は最深部に到着していた。
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ドワーフのバルト・バートラが、とあるボスのドロップアイテムを欲しいと言い出したのは、今から二月前の事。
女冒険者アーティをリーダーとするバルト達五人のパーティ《剣鉄の走狗》が派生ダンジョン【サクロプの採掘場】に潜り始めたのが、今から一月と二十六日前の事。
そして幾度もの挑戦を繰り返したものの目的のアイテムが出ず、ストレスが溜まっているのが現在。
最下層にあるボス部屋近くに存在する、モンスターが出現しない安全地帯にて、金髪をポニーテールにした女剣士のアーティは、四人の仲間と作戦の最終確認をしていた。
「何度も言うようだけど、〝大剣のベルラ〟が出てきたらザイクが正面で攻撃を防ぎ、左右から私とバルトが足を削って、後方からベランナとアイシャがトドメの大技を撃ち込む。〝魔韻のハッチェル〟が出てきたらベランナとアイシャが小技を撃ち込んで詠唱を阻害、ザイクが二人を守り、ハッチェルの後方に回り込んだ私とバルトが攻め立てる。勿論真っ先に狙うのはメイスね。そして本命の〝震槌のガルンド〟が出てきたら、あの大技を警戒しつつ普段通りに、って事で。これでいいかしら?」
アーティ達が幾度も挑み、幾度もボスモンスターを殺したにもかかわらず目的のアイテムを得られていないのには、二つの大きな理由があった。
一つは、欲しいアイテムのドロップ率がそもそも低い事。彼等は、ある方面に特化した能力を持つ、【固有】級のマジックアイテムを狙っている。
そしてもう一つが【サクロプの採掘場】のボスモンスターである【単眼鬼】には、三タイプが存在するという事。
頑丈で分厚い大剣を小枝のように振るう、若きサイクロプス〝大剣のベルラ〟
強力な魔法を主な攻撃法としつつ巨大メイスを使う、女サイクロプス〝魔韻のハッチェル〟
地を粉砕し地揺れを引き起こす巨大な槌を持った、三タイプの中で最強の老サイクロプス〝震槌のガルンド〟
アーティ達が求めるマジックアイテムをドロップするのは〝震槌のガルンド〟であり、ガルンドが出現する確率はベルラやハッチェルと比べ、やや低いのである。
よって時間がかかってしまうのも、仕方がない事だった。
「はいはいっと、了解了解。じゃあさ、さっさと行こうぜ!」
アーティの問いかけに返答したのは、熊頭が描かれたタワーシールドと帯電するバスタードソードを装備した、二足歩行する熊こと熊人のザイクだった。
ヒトに本能的な恐怖を抱かせる熊そのままの獰猛な容姿とは裏腹に、何処か抜けたところが目立つ、毛むくじゃらのお調子者だ。
「焦らないで、少しは落ち着きなさいよザイク」
急かすザイクを諌めつつ、アーティは残りの三人――重金属鎧とモーニングスターを装備したドワーフのバルト、黒紫色のローブとタクト型の魔杖を持つ魔術師のベランナ、聖別された種や聖水などの小道具とフットマンズ・フレイルを携えた武装神官のアイシャに視線を送り、三人とも大きく頷くのを確認した。
「そ。ならさっさと――」
休憩を兼ねた作戦会議を終え、ボス部屋に行こうか、とアーティが言おうとした瞬間に響いた爆音と、大きな地揺れ。
まるでダンジョン自体が軋み、崩れてしまうかのような激しい震動がアーティ達一行を襲う。五人はその凄まじさに、堪らずその場で固まり、震動が止むのを待った。
やがて震動が止むと、壁からはパラパラと小さな欠片と埃が舞い散り、ダンジョンは元通りの静けさに支配される。
「なにが――あー、先越されたか」
震動から即座に立ち直ったアーティは、先ほどの音と揺れの原因を経験から割り出し、右手で目元を押さえながら天を仰いだ。
やってらんない、とでも言うような態度である。
「うわ、俺達の本命じゃんか、最悪。ったくルーキーはコレだから。ボス戦時の取り決めを知らんのか、取り決めを」
アーティにつられてか、ワーベアーのザイクも悔しそうに愚痴を零した。
「まあまあ、アーティさんも、ザイクさんも、落ちついて落ちついて。こんな事も、偶にはありますよ。取り決めだってそもそも知らないんじゃ、どうしようもないじゃないですか」
「アイシャは気楽ねぇ。取り決め知らずのルーキーがいなければ、ガルンドは私達が狩れてたのに」
「ガッガッガッガッガ。ええジャねぇか、済んだこたァよォ」
原因が何か、すぐに分かってしまったアーティ達はそれぞれの思いを吐露する。
待ちに待ったガルンドと闘う機会を逃して残念がるアーティとザイク、それを慰める天然気味なアイシャに、少々呆れたベランナが苦笑し、豪快に笑うバルトの声が響く。
仲が良いだけに、続けて遠慮のない言葉が飛び交った。
五人がそのような反応をしたのには訳がある。
基本的にダンジョンのボス部屋の近くには、安全地帯と呼ばれる空間がある。そこに先着のパーティが居た場合にはそのパーティの後ろに並び、その後にボスに挑戦するのが、冒険者の間にある暗黙のルールなのだ。
要するに、誰かが順番待ちをすっ飛ばした、という事になる。
この取り決めは、ダンジョンという少々変わった空間内で無駄な怨恨などを生まない為の紳士協定みたいなもので、絶対に守らなければならないものではない。
だが余計な諍いが起きないようにする為、熟練の冒険者が殆どそうするのは事実である。
安全地帯で一休みしても、損はないのだから。
とはいえ今回のように先を急ぐあまり余裕の無いルーキーが順番を追い越す事もあるにはあるので、慣れたものだ。五人の愚痴は早々に終結した。
「んじゃ、ちょいと見に行こうか? どんな事になってるか気になるし」
と聞いたのは、パーティリーダーのアーティだった。
ニヤニヤと悪だくみしているような笑みからは、ルールを知らないようなルーキーがボス戦でどうなっているのか見学してやろうという思惑が透けて見える。
「賛成ね。どんなルーキーか、見てみたいし。アイシャもそうでしょ?」
「そうですね、ベランナさん。もし怪我とかしてたら、治療してあげないと。命は大切に、ですよ!」
「ガッガッガッガ、面白そォだァな!!」
「ならさっさと行こうぜ!! 早く早く!!」
皆乗り気な返答をしたアーティ達は、間もなくボス部屋の扉の前に到着した。震動がダンジョンを駆け巡ってから数分も経っていない。
先ほどの震動は、ボス部屋最奥側の巨大な扉からボスモンスター〝震槌のガルンド〟が登場するのと同時に振り下ろす槌の一撃によるもの。つまりはボス戦はまだ始まったばかりのはずである。
だが、開放された扉から見えるボス部屋の中には、あまりにも悲惨な光景が広がっていた。
「なに……アレ?」
そのまま消えてしまうかのようにひっそりと囁かれたアーティの疑問に、他の四人は返答する事ができない。
皆ただただボス部屋の中に意識を集中させ、視線を逸らす事もままならない。
五人が等しく感じているのは、強烈な恐怖だった。
床一面に広がる夥しい量の、むせかえるような鮮血の海の中を、右腕一本で必死に這って逃げようとする一つ目の巨鬼――【単眼鬼】
サイクロプスの立派な灰色の顎髭は血を吸って赤く染まり、皮膚にべチャッとへばり付いていた。
本来九メートルを超えるはずの巨躯が、両脚の大腿の半ばから下を切り落とされ、大きく縮んでいる。左腕に到っては、肩から先が無い。それ等の巨大な傷口からは、赤黒い血が止めどなく流れて出ていた。
腹部も切り裂かれているのか、臓腑の一部が零れ出ている。這えば這うほど中身が溢れ出るが、ガルンドはそれを気にする事無く這い続ける。
それほどまでに、そうしてしまうほどに、恐れているのだ。
一つしかない目には恐怖が溢れ、口からは聞くに堪えない奇妙な悲鳴を上げている。
アーティ達の記憶にある〝震槌のガルンド〟は、どのような敵が来ようとも真正面から叩き潰してくれる、とでも言いたげな威風堂々とした姿だった。だが、今はそんな姿の影も形もない。
目の前の【三本角の黒鬼】から必死で逃げようとするその姿は、確かに無様だ。
以前とのギャップがありすぎて、より一層そう感じるのだろう。
しかし、今はそれを誰も笑えなかった。
己の身の丈ほどもある四角い刀身の大剣でガルンドを解体している【三本角の黒鬼】が鬼人である事は、アーティ達も理解できている。
アーティ達には何人か鬼人の知り合いもおり、その戦闘能力が竜人達と同じように桁外れだとも知っている。
しかしボスモンスターを、それもダンジョンボスを十分と経たない内にあそこまで解体してしまえるというのは、あまりにも常識外れだ。
だがそれくらいの事では、ただ見ているだけのアーティ達すら身動きが取れなくなるほど恐怖するものではない。
むしろその強さに憧れを抱き、尊敬の眼差しを向けていただろう。ダンジョンという、強い者こそが正義として君臨できる場所に挑むアーティ達は、暴力、知力、財力などありとあらゆる《力》に対して、宗教めいた妄執を抱いているのだから。
なのに何故恐怖するのか。その理由は、簡単な事だった。
「コリコリとした歯ごたえで噛めば噛むほど旨味が出る肉と、味わい深くも飲みやすい濃厚な血。なんだ、結構美味いじゃないか、サイクロプス」
【三本角の黒鬼】の呟きを、索敵能力に優れた斥候系職業の一つである【義賊】を持つアーティは確かに聞いた。
そう、アーティ達が身動きができないほどに恐怖したのは――
(生きたまま、喰ってる……)
〝震槌のガルンド〟が、【サクロプの採掘場】最強のボスモンスターが、一方的に、生きたまま解体されてその肉体を喰われていたからだ。
(うぷ……)
アーティは猛烈な吐き気に襲われたが、口を手で押さえ、胃の中のモノが出てくるのを我慢した。
深いダンジョンに潜る際、ダンジョンモンスターを喰って飢えを凌ぐ事はよくある。
アーティ達だって幾度も経験しているし、特定の【職業】を得る為にはモンスターを喰う必要があるくらいなので、喰えるモンスターの情報はそれなりに集めている。
だからモンスターを喰うこと自体にそれほどの忌避感は無い。だが、生きたままその肉を喰うというのは流石にキツい。
それに【巨人】種と【鬼】種の狭間に分類されるサイクロプスには、ある程度の知性がある。アーティ達からすれば、そんな生物を生かさず殺さずの状態で喰うなど、あまりに言語道断な行いだった。
(酷い……な)
切り落とされたはずの片腕と右足は見当たらないが、【三本角の黒鬼】は血の滴る左足のふくらはぎに齧り付き、美味そうに喰っている。そこから片腕と右足は既に喰われたのだろう、と予想したアーティ達の身体は、意思とは関係なしに小刻みに震える。
足下から喰われるような恐怖に囚われ、ただ静かに見続けていると、黒鬼はあっという間に自分と同じくらいの大きさがある肉を骨ごと喰い尽くした。
そして片手で包丁のような大剣を振り上げ、ガルンドに唯一残された右腕へ振り下ろす。
振り下ろす速度があまりにも速過ぎてアーティには剣の残像しか見えなかったが、続いて宙を舞う右腕と噴き出す鮮血が目に映る。
ガルンドの、喉が潰れそうなほどの絶叫が響く。黒鬼はそれを聞き流しながら切り落とした右腕を拾い、再び喰らい始めた。明らかに大鬼の胃に収まりきらない量の骨肉がどんどん喰われていく様は、凄惨な光景と相まって、アーティ達には非現実としか思えなかった。
アーティ達が食い入るように見つめる中、ガルンドの全てが喰いつくされるのに、それほど時間はかからなかった。
強靭な生命力が災いし、頭部を喰われるまで生きていたガルンドに、流石のアーティ達も同情に似た思いを抱く。アーティ達もガルンドを斃した事はあるが、こんなやり方はあんまりだ。
しかしガルンドからのドロップアイテム――それもアーティ達が欲していた品だ――を回収し終えた後、アーティ達に気がついたらしい黒鬼の瞳を直視して、アーティの思考は一瞬で真っ白に染まった。
ブワッと嫌な汗が一瞬で全身から噴き出し、カチカチガチガチと歯が五月蠅く鳴り始める。
あまりの恐怖に、思考が纏まらない。頭は何故か今までにないほど高速で回転しているはずなのに、どうすればいいのか判断できない。
その間にもどんどん近づいてくる黒鬼の威圧感に耐えきれず、まずアイシャが崩れ落ちた。
後方に倒れていくアイシャを助けようとベランナが手を差し伸べるが、力が入らないのか支えきれずに一緒に倒れる。幸い勢いは大幅に減ったので、ダメージは全く無いはずだ。
だが、いつまで経っても二人が立ち上がる気配はない。むしろ全く動かない。
よく見れば、アイシャを抱きしめたベランナは死んだふりをしていた。相手は熊じゃなくて鬼だから! そしてコイツ逃げやがった! とアーティは恐怖の中で考える。
ザイクは本能的に勝てないと判断したのか、早々に装備を解除して地面に寝転び、腹を見せるという服従のポーズになっていた。
プライドは無いのかよ! とアーティは一瞬言いかけたが、そうしたい気持ちは十分過ぎるほどに分かっている。アーティ自身カタカタと手足が震え、ただ立っている事すら困難なのだから。戦いもせずに降伏するその潔さは、やはり本能が強い獣人ならではだろう。
唯一、バルトだけが直立不動のまま動いていない。立派な顎髭は伊達では無いらしい。流石最年長だ、とアーティがよく見ると、立ったまま気絶しているだけだった。
(なんだそれは。あんまりだろう、おい。私の感動を返せ)
アーティは現実逃避気味に思考を散らしていたが、黒鬼が手が届く距離にまで近づくと、それも限界だった。
――殺される。
脳裏を過るのは、先ほどのガルンドの姿。
卓越した技法に基づいて、あくまで死なないように身を刻まれ、逃げようと必死に這い回り、結局最後まで生きたまま喰われていった姿が、自分と重なる。
――喰われる。
黒鬼が口を小さく開いた。白い金属のような鋭牙が所々赤く濡れている。
ヒッ、とアーティの意思とは関係なしに零れる恐怖の声。と同時に足腰から力が抜け、その場にペタリと座り込んでしまった途端、下腹部が温かくなり、アーティはある種の解放感を覚えた。
それが何なのか理解した彼女は羞恥心に顔を真っ赤にするが、恐怖がそれを上回る。
黒鬼の顔が、眼前にあった。
「お疲れさん。それからこれ、使うといい」
黒鬼が何かを言う。そしてアーティの肩に置かれた大きな手と、肌触りのよい細長い布。
アーティは何を言われたのか、すぐには理解できなかった。理解できないまま、黒鬼の気配が完全に消えるまで、座り込んだ状態から動けなかった。
「なんなのよ、一体……」
アーティの呟きは、誰に聞かれる事もなく消えていった。
==================
最下層に居たボスモンスターのサイクロプスは大きく、その肉を喰うのには時間が必要そうだった。これではラーニングがしにくい。
なので生かしたままその四肢を削ぎ、喰っていく事にした。
解体には王都で買ったマジックアイテム【巨人族の長持ち包丁】を使用。順次美味しく頂きました。
[能力名【地揺れの鉄槌】のラーニング完了]
[能力名【巨鬼の血脈】のラーニング完了]
ラーニングできたアビリティは二つだけ。【巨鬼の血脈】はともかく、槌装備時に地面を叩くと広範囲を揺さぶる【地揺れの鉄槌】の使い勝手はそこそこ、といったところか。敵味方関係なく効果を及ぼすので、気をつけないといけない。
ただ今回重要なのは、ラーニングできたアビリティではない。サイクロプスを喰い尽くした際に、こんなモノが表示されたのだ。
[辺境詩篇〔サイクロプスの槌〕のクリア条件《単独撃破》《無傷蹂躙》《生続捕食》が達成されました]
[達成者である夜天童子には希少能力【撃滅の三歩】が付与されました]
[達成者である夜天童子には希少能力【生者を喰らう者】が付与されました]
[達成者である夜天童子には【固有】級マジックアイテム【鍛冶の鬼槌】が贈られました]
[達成者である夜天童子には【試練突破祝い品〔初回限定豪華版〕】が贈られました]
どうやら派生ダンジョンのボスを一定の条件下で殺すと、【辺境詩篇】なるものが攻略できるらしい。
【単独撃破】という項目、ミノ吉くんの時はどうだったんだろうと思い、イヤーカフス経由で聞いてみると、ミノ吉くんもクリアしていた。ただ当時は訳が分からなかったし、意識がハッキリしない時だったので、すっかり忘れていたそうだ。
ミノ吉くんらしい。
まあ、過ぎた事は仕方ない。緊急を要する事項ではないし。
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