Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐

文字の大きさ
68 / 270
4巻

4-4

しおりを挟む
 俺が外に出ようとした時、出入り口で五人の男女がコチラを凝視して立っていた。
 片手剣士でリーダーらしき人間の女、大きな盾を持った若い熊人、顎髭が立派なドワーフのおっさん、魔術師だろう人間の女性、戦う聖職者な人間の少女、という感じのパーティである。
 これからボスに挑むのだと推察し、とりあえず簡単に挨拶をしとこうかと思ったのだが。
 俺が近づくとまず、聖職者の少女が気絶した。白目をむきながら、ゆっくりと後方に倒れていく。
 それを庇う為に横に居た魔術師の女性が少女を抱きしめ、しかし支えきれずに一緒に地面に寝転んで動かなくなった。意識はあるようだが、起き上がろうとしない。何故だったんだろう。
 熊人の若人は装備を外して寝転び、俺に腹を見せてくる。多少汚れてはいるがモコモコしていて、枕やソファとかだったら気持ちよさそうであるが、流石さすがに見知らぬ熊人に触るのは躊躇ちゅうちょする。
 ドワーフのおっさんは直立不動。しかし意識が何処かに飛んでいるようだ。立ったまま気絶するとは、中々に芸達者げいたっしゃなおっさんである。
 残る女リーダーも手足が震え、俺が一歩踏み出す度にビクリビクリと反応し、その瞳には涙が浮かんでいた。
 何も悪い事はしていないのに、ココまで怖がられると少し傷付くものがある。
 仕方ないのでさっさと横を通り過ぎながら女リーダーに声をかけようとした瞬間、彼女はその場に座り込み、失禁してしまった。
 とりあえず何も追及はせず、短く声をかけて俺の糸製タオルを渡した。俺の他にこの場に居るのは彼女の仲間だけとはいえ、あのままでは恥ずかしいだろう。
 結局一言も会話する事は無く、俺は地上に戻っていった。

 その後琥珀宮に戻る為に、路地裏で空へと舞い上がる。
 今日ラーニングしたアビリティはサイクロプスからの二個だけだが、アイテムの収穫はそこそこあったので、有意義な一日だったと言えるだろう。


《百四十八日目》

 訓練中、再び第一王妃の使者がやってきて、何故か知らんが貴婦人達が集う茶会に誘われた。
 正直王妃とはあまり会いたくないし、貴婦人達の茶会に鬼人で男の俺を何故誘うんだと思わなくもない。
 カナ美ちゃんと一緒に行っても良いらしいが、たいしてプラスな要素でもないし。
 王妃の真意はともかく、今回は『俺の雇い主はお転婆姫であって、王妃ではない。よってお転婆姫が断るなら俺もそれに従わざるを得ない』と言い訳を用意する事にした。
 以前からお転婆姫が見たいと言っていたある事を餌にすれば、説得など容易い事よ、と思っていたのだが……
 どうやらお転婆姫までこの茶会の開催に暗躍してやがったようで、逃げれなかった。
 うな垂れつつ、盛装したカナ美ちゃんと共に出席した。


 晴天という事もあり、茶会は王城内部にある庭園にて行われた。
 集まった貴婦人達が向けてくる視線に込められた感情を分類すると、恐れや嫌悪が五割、好意が四割、陶酔が一割、といった感じになった。
 嫌悪感を向けられるのは予想できたが、半数が好意的とは思わなかった。
 というか、茶会を護衛している王妃の近衛兵達と一部の貴婦人達が向けてくる、陶酔したような視線が怖い。ジュルリ、とよだれを垂らして獲物を見ているような気さえする。
 こいつらは王妃と同類なのかと想像すると、かなり怖い。
 茶会中は時折話しかけられたりしたが、基本的には遠巻きにされるだけだった。
 害は無いので、仕方ないと諦める事にした。


《百四十九日目》

 朝から訓練、午後は個人別の訓練。ずっと訓練ばかりの日だった。
 分体達を操って陰では色々暗躍しているが、今は平和な一日を堪能しようと思う。
 お転婆姫を退けたい貴族派のトップである大臣が、そろそろ何かをしてきそうだ。嵐の前に、ゆっくりと休みたいものだ。


 本日の合成結果。

兜割かぶとわり】+【重斧撃じゅうふげき】=【重斧兜割じゅうふかぶとわり】
軽戦士ライト・ウォーリア】+【軽剣士ライト・ソード】=【軽剣戦士ライト・ソードウォーリア


 《百五十日目》

 今日は衛兵全員を集め、合同訓練を行った。
 琥珀宮の警備は分体で全て補っているので、全員を動員したとて問題はない。侵入者がいれば、陰で美味しく頂いてやる。


 木製の武器を用いた合同訓練は傭兵団員対衛兵、という構図で行った。
 人数だけは同数で、その他は各チームの判断に任せるガチンコ戦だ。できるだけ実戦に近い、規模以外は普段通りの訓練だ。
 それなりに白熱した戦いとなったが、最終的には傭兵団の勝ちで終わった。やはり人間しかいない衛兵と比べ、色んな種族が居る俺達の方が応用力があるからだろう。地力にも大きな差があったし。


 その後は皆で宴会だ。
 この前サイクロプスを喰った事で、俺はサイクロプスを生成できるようになっていた。その肉を振舞ってみたのである。
 サイクロプスの肉は意外と好評なので、拠点の皆にもいつか喰わせてやろう。
 お転婆姫が用意してくれた、種々様々な高級酒は、それぞれ飲む度に思わずほうけてしまうほど美味い。
 幾つかはエルフ酒に匹敵する美味さだった。


《百五十一日目》

 午後にお転婆姫の護衛で王都を散策していると、そこら中が妙に活気づいていた。どうやら十日後に《英勇武踏祭ヒルバルダス》と呼ばれる大きな祭りが開始されるらしい。
 皆浮かれて笑顔を振りまきながら準備を進めていた。
 この世界に来て初めての祭りなので、どのようなモノかとても気になる。
 是非参加してみたいものだ。


《百五十二日目》

 戦争が起きた。と言っても王国や帝国の中ではなく、別の国々が起こした戦争だ。
 戦争に突入した国は王国からやや遠いので、影響はまだ特に感じないが、今後どうなるかは分からない。
 お転婆姫の依頼が完了し、まだその戦争が続いていたら、そちらに稼ぎに行くのもいいかもしれない。
 まだ味わった事の無い味を求めて、世界を渡り歩きたいし。海の幸など、特に興味がある。海底に存在する迷宮もあるそうだ。


 訓練後、お転婆姫達と手製トランプで簡単なゲームをして、ずいぶん夜更かしした。
 カナ美ちゃん達も楽しそうにしていたので、よかったよかった。


《百五十三日目》

 王都の北に、《円形闘技場コロッセオ》と呼ばれる楕円状の巨大な建造物が存在する。
 そこでは普段、犯罪などの罰で奴隷の身分に落とされた者、戦争で王国の支配下に置かれた属国の最下級民、借金が返せなくて売られた者など、様々な理由で集められた【剣闘士グラディエーター】達が互いに殺し合っている。そしてそれを賭けの対象として見る庶民もまた集うのだ。
 数え切れないほどのヒトが流した血が染み込んで、土はやや赤茶けた色となり、砕けた歯や金属片が埋もれ、四方に埋め込まれた巨大な石柱には無数の傷跡が刻まれていた。


 そして何故か、俺はそのコロッセオに立つ事になった。
 それは、お転婆姫に下された命のせいであり、また政敵である大臣の手回しによるものだった。
 つまり、大臣にしてみれば俺が邪魔なので、消えて欲しいという思惑なのである。
 まあ、俺としては大臣が強敵を喰うお膳立てをしてくれた訳なので、望むところだが。
 一方で、数万にもなる観客に取り囲まれるのは、些か緊張するものがあった。
 これだけの数が揃うと生じる独特の熱気は、時が経つにつれて更に膨れ上がっていった。


==================


『皆さまお待たせしましたァ。いよいよ本日のォメインイベントォ開始致します』

 熱気渦巻くコロッセオに、司会役の声が響く。
 今日のメインイベントに最近王都の噂を独占している黒い使徒鬼アポストルロードが出るという事と、三年に一度開催される《英勇武踏祭》を直後に控えて王都に普段以上のヒトが集まっていた事が重なって、観客数は過去最多となっていた。
 約六万人を収容できる観客席でも収まりきらないほどにヒトが溢れ、通路で立ち見する者も多く、貴族専用の個室までが全て埋まっていた。
 それぞれは小さなざわめきも、六万以上ともなると巨大な音風となって周囲に響く。
 そんなコロッセオの隅々まで音声が届くほどに声を大きくするマジックアイテムを持った司会役が、場を盛り上げる台詞せりふを朗々と語っている。
 これから登場する戦士の情報や、軽い冗談。
 それ等を聞き流しつつ、気だるげに会場を見る主従が一組、王族専用の個室に居た。

「姫、よろしいのですか?」
「なにがじゃ?」

 白金に輝く髪を持つ、幼いながらもまるで妖精のような美しさを見せる王女――ルービリア姫。彼女は、体格に比してやや大きな豪奢ごうしゃな椅子にちょこんと座り、ただ一人傍に控える少年騎士の問いに首を傾げた。
 それに小さくため息をついてから、少年騎士は眉間を指で押しつつ、自分の中の疑問を吐き出した。

師父しふの凄さを知らしめて良いのか、という事です」
「ああ、構わん構わん。むしろアポ朗の凄さを知らしめるのに、今回の催しは丁度良いじゃろうて」

 心配そうな表情を浮かべる少年騎士に対し、ルービリア姫は年不相応の妖艶ようえんな笑みを浮かべながら断言しつつ、傍にある机に置かれた籠から、赤い果物を一つ手に取った。
 それは〝ルベル〟と呼ばれる、ブドウの実のような形をした果物だ。
 独特の甘みと酸味があるルベルはワインやジュースなどに使われる事で知られており、新鮮ならば表面を軽く拭くだけで皮ごと食べられる。
 そしてルベルには解毒作用があり、また毒に反応して実の色合いが変化するので、毒を盛られても一発で露見する。
 なので毒味役を必要とせず気楽に食べられる事も、王侯貴族の中での人気に一役買っていた。

「うむふふふ、やはりルベルは美味じゃのう」

 とろけるような笑みを浮かべて恍惚こうこつとするルービリア姫の様子は、周囲の存在を魅了してしまうほどに可愛らしいのだが、それを見慣れている少年騎士に効果は無い。

「姫、どうなっても知りませんからね?」
「大丈夫じゃ。我を信じよ、マル」

 うな垂れる少年騎士を、カラカラと笑うルービリア姫。
 お転婆なあるじが従順なしもべを振り回す、普段通りの姿がそこにはあった。

「信じる信じないの問題ではありませんよ。私はどうなろうと、最後まで姫に付いていきますからね。問題なのは、周囲の反応がどうなるか、それだけですから」

 少年騎士――マックール・セイは、これから行われる戦いは、まず間違いなく、己が主たるルービリア姫を取り巻く全てに波紋を生じさせるだろう、と確信していた。

「これが切っ掛けで、大禍たいかになるやもしれません。そうなると、些か戦力に不安があるかと」
「うむ、マルの不安も、確かにその通りかもしれぬ。……じゃがな」

 そこで一旦言葉を切り、ルービリア姫はルベルを一粒食べ、実から絞ったジュースを一杯仰ぐ。
 それから横に佇むマックールに顔を向け、不敵に笑った。

「それ等も含めて、大丈夫じゃ」

 何の根拠も説明も無く、ただ言われた事を完全に信じるのは難しい。
 しかしルービリア姫の言葉は、その澄んだ瞳は、マックールの中から不安を払拭するのに十分な力を秘めていた。
 やれやれ困った主を持ったものだ、とでも言いたそうに肩を竦め、マックールは再び直立不動の格好に戻る。

「姫がそこまで仰るのならば、最早私に言う事はありません。これからも誠心誠意、傍に控えさせていただきます」
「うむ、良きに計らえ」

 ルービリア姫とマックールが互いに笑みを交わしたところで、司会役の声がより一層大きくなった。


『南門からの登場は、我らコロッセオが誇る【剣闘王グラディオン】ライガー・バゼット! 戦績はご存知の通り、五百戦全勝無敗。ただの一度も土にまみれた事のない、自らココに留まり続ける生粋きっすい戦人いくさびと此度こたびも血華を咲かせるのでしょうかッ』

 司会役がそう言うのと同時に、四方に存在する鉄格子の内の一つが音を立てて開かれ、そこから一人の大男が出てきた。
 二メートル近い巨躯を誇り、一般男性の胴と同じくらいの太さがありそうな両腕は剥き出しで、そこには数え切れないほどの傷痕があった。
 着ているのは薄緑色の竜革で造られた軽装鎧。背中には身の丈ほどの大剣を担ぎ、腰には二振りの剣がある。赤茶けた髪はボサボサで、獣のような黄色い瞳が周囲を威圧している。
 重苦しい空気を発し、遠くから見ても震えてしまいそうな気迫を纏う偉丈夫。
 コロッセオで最も長く、最もしかばねを積み上げた男――ライガー・バゼットとは、血に飢えた虎のような存在だった。

『続きまして東門からの登場はァ、遥か東方よりやってきた流浪るろうの【異界の剣豪ソードマスター・ディファレント】カエデ・スメラギ! 今回唯一の女性ながら、大太刀で金属の塊をスライスしてしまうばかりか、飛ぶ斬撃を放ちますので、野次やじには十分ご注意ください!』

 東門から出てくるのは、黒とくれないを基調とするゆったりした民族武装を纏う麗人だった。
 つやのある黒髪は後ろで一つに纏められ、この辺りでは殆ど知られていない大太刀と呼ばれる品を一本いている。
 黒い眼は周囲を柔らかく見つめ、ライガーのように威圧感を撒き散らしてはいない。だが静かに佇むその姿からは、内に秘めた力強さが伝わってくる。
 カラコロと音を立てる独特な木靴を履いたカエデが歩む様は美しく、コロッセオ内の老若男女はその姿を見るだけで魅了されていた。
 切れ味鋭い氷の刀剣――カエデは、まさにそう呼ぶに相応ふさわしかった。

『そして西門からは何と、【亜竜】として有名な【翼亜竜ワイバーン】の登場です。今回のワイバーンはジャダル山脈から捕獲されてきたもので、気性の荒い〝ジャダルワイバーン〟がどのような戦いを演出してくれるのか、注目したいところです』

 西門が開かれると同時に、全長九メートルはありそうな怪物が暴れながら躍り出た。
 飛んで逃げないように翼膜よくまくはズタズタに切り裂かれ、首や手足には鎖の付いたかせめられている。暴れるのを抑えようとその鎖を持った屈強な十六人の男達が奮闘しているが、殆ど意味を成していない。暴れるワイバーンに振り回され、壁に叩きつけられて絶命する者も何人か出た。
 黒緑色の亜竜鱗を持つジャダルワイバーンはワイバーンの中でも特に気性が激しく、背中と尻尾に生えた鋭い棘には毒があり、肉体も強靭だ。
 捕獲するとなると、軍を出しても困難を極めるような存在である。
 今回は王国の【勇者】の一人が三十体ほど捕獲してきた中で、最も狂暴で扱いに困ったジャダルワイバーン・リーダーが使われる事になったのだった。

『そして最後はお待ちかね。北門からは噂のあの人、傭兵団《戦に備えよパラベラム》団長【銀腕】の――』

 司会役の紹介が終われば、開始の合図が発せられる筈だった。
 しかしその直前、鎖を持った男達を振り切ったジャダルワイバーンが北門に向かって突進を開始。
 離着陸の為に発達した短く太い後足で土を後方に蹴散らし、翼膜を失った前足でバランスを取りながら這うように前へ進む。毒性を持ったよだれを振り撒き、怒声を上げて獲物を欲している様は、生物的弱者を圧倒する力強さがあった。
 そしてジャダルワイバーンが進む先――北門の鉄格子からは、銀色の腕と三本の角を持ち、黒い皮膚に紋様を刻んだ【鬼】が一体、ゆっくりと出てきていた。
 鬼の手には一本の白銀のハルバードがあり、ゆったりとしたズボンのような衣服を纏っている。上半身は裸で、右手に腕輪、足首に金輪の飾りを付けているが、他には何も無い。
 ほとんど防具の類が無いその様は、命をして争うコロッセオではあまりにも無防備に見えた。
 突然の戦闘開始に、コロッセオ全体から大きな声が沸き起こった。
 ジャダルワイバーンの巨躯による突進を前に、鬼は一歩も動こうとしない。観客は悲鳴や歓声を上げ、興奮した様子で見守る。
 それを見下ろしながら、ルービリア姫はポツリと呟いた。

「やってやれい、アポ朗よ。我と、お主の傭兵団を良く知らしめる為に、の」

 ルービリア姫の命令に応えた訳ではないが、鬼――アポ朗はジャダルワイバーンとの距離が五メートルも無くなった時、動いた。
 観客の視界から、ハルバードの姿が完全に消失する。と同時に、突如ジャダルワイバーンの巨躯が甲高い音と共に真っ二つになった。
 身体の中心線に沿ってジャダルワイバーンは左右に分断され、おびただしい量の鮮血とピンク色の臓腑をぶちまけつつ、ゆっくりと倒れていく。
 ハルバードが超高速で振り抜かれた結果、斧頭ふとうに配合された水精石から生み出された巨大な高圧の水刃。それはジャダルワイバーンを両断してなお勢い衰えず、そのままライガーの元まで直進する。
 地面には水刃の斬痕が深々と刻まれ、その威力を物語る。

「ツ――ぬぅうえいァァァッ!!」

 水刃の速度を見て回避する事を止めたライガーは、気合いの雄叫びを上げつつ背中の大剣を抜いた。同時にすぐ傍まで迫った水刃を、戦技アーツを行使して迎え撃つ。
 ――戦技【灼発の覇撃ブランディ・ブロン
 振り下ろされたライガーの大剣が赤い輝きを纏い、刀身に高熱が宿った。
 衝突した高熱剣と水刃の威力は相殺そうさいし合ったが、水刃が高熱にあぶられる事で大量のもやが発生、ライガーの視界は白く染め上げられた。
 即座にライガーは大剣を振り回し、烈風を生み出して白霧を振り払い、視界を確保する。
 しかしその時には既に、アポ朗が眼前にまで接近していた。
 無音で近づいたアポ朗にライガーの反応は大きく遅れ、致命的な隙を作っている。

(――ッ)

 もはや防御も回避も間に合わず、死を覚悟したライガーは息を呑んだ。
 その顔は驚愕に染まり、瞳にはあり得ないと言いたげな光が浮かんでいる。長年王者としてコロッセオに君臨してきたライガーは、己がまさかこれほどあっさり殺されそうになるなど、考えていなかったのかもしれない。
 その様を見ながら、アポ朗は再びハルバードを目視不可の速度で振り抜こうとする。その顔には美味い獲物を目の前にした、獰猛どうもうな笑みが浮かんでいた。
 二人の戦いは、既に勝敗が決していた。
 しかしその両者に割って入る者が居た――大太刀を抜いた、カエデである。

「チェリアァァッ!!」

 ――戦技【扇閃嵐おうぎせんらん
 扇のように広がって広範囲をぐ、大太刀による無数の高速斬撃がアポ朗を襲うが、しかしその全てがハルバードと銀腕によって叩き落とされていく。
 無数の火花が散り、金属の悲鳴がいつの間にか音が消えていたコロッセオに響き渡る。

「――ツィ!」

 攻めきれない事にカエデが舌打ちし、今度は威力重視の一撃をアポ朗に叩き込むがそれも防がれ、動きを止める。たった数秒ほどのやり取りながら、常人ならば何度も死んでいただろう交差が終わると、ライガーとカエデは殆ど同時にアポ朗から大きく距離を取った。
 そして、息を呑んで見守っていた観客から大歓声が沸き起こる。

『い、一体何が起こったのでしょうかッ。ジャダルワイバーンが暴走したかと思えば一撃で殺され、次の瞬間には【剣闘王】ライガーまでもが殺されかけ、ギリギリのところでカエデ嬢に助けられて命からがら回避、という――あ、圧倒的です! 圧倒的ですッ!!』

 興奮した司会役の声が響き、会場の歓声はどんどん大きくなっていく。
 観客が起こす震動は小さな地震のようにまでなり、コロッセオ内は、異様な熱気に包まれていた。
 その中で、ライガーとカエデは何か言葉を交わし、二人でアポ朗と闘う事にしたらしい。
 それは、正しい判断だったのだろう――しかし。


しおりを挟む
感想 393

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

強くてニューサーガ

阿部正行
ファンタジー
人族と魔族が争い続ける世界で魔王が大侵攻と言われる総攻撃を仕掛けてきた。 滅びかける人族が最後の賭けとも言うべき反撃をする。 激闘の末、ほとんど相撃ちで魔王を倒した人族の魔法剣士カイル。 自らの命も消えかけ、後悔のなか死を迎えようとしている時ふと目に入ったのは赤い宝石。 次に気づいたときは滅んだはずの故郷の自分の部屋。 そして死んだはずの人たちとの再会…… イベント戦闘で全て負け、選択肢を全て間違え最終決戦で仲間全員が死に限りなくバッドエンドに近いエンディングを迎えてしまった主人公がもう一度やり直す時、一体どんな結末を迎えるのか? 強くてニューゲームファンタジー!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。