めあ

めあ

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ミステリー 連載中 短編
父がいなくなったのは、梅雨入り直後の朝だった。 置きっぱなしの財布と、冷蔵庫に残った昨夜のビールの空き缶。 争った形跡はないのに、家の中の空気だけが妙に冷たい。 母は「そのうち帰ってくるわ」と言い、妹は父の話題になると露骨に顔をしかめる。 家族の反応が、失踪した父よりよほど不可解だった。 違和感を抱えたまま数日が過ぎた頃、物置の奥から古びた封筒が見つかる。 日付は十年前。まだ幼かった私は、その頃の記憶が曖昧だが、 妹は封筒を見るなり怯えたように手を払いのけた。 封筒の中身は、父が書いたと思われる手紙の束。 どれも筆跡が不自然に揺れていて、読むほどに胸がざわつく。 書かれていたのは、十年前の「ある事故」について――誰かを庇うような、言い訳とも懺悔ともつかない言葉。 やがて隣人の老女は、私を見るなり「また隠す気なの?」とつぶやく。 母は目を逸らし、妹はますます頑なになっていく。 調べていくうちに、十年前の事故の“真相”は家族それぞれの中で形を変えていることが分かった。 妹は父を犯人だと信じ、母は自分が加害者だと罪悪感を抱え、 父はその両方を背負うようにして精神をすり減らしていた。 つまり、誰も犯罪者ではないのに、誰も無実ではなかった。 失踪の理由は、父が真犯人扱いされることで、家族に真実が暴かれるのを防ぎたかったから。 罪をかぶるために逃げたのではなく、 「自分が犯人だと家族に思わせるために」 自分から姿を消したのだ。 しかし、父が守ろうとした家族は、父がいなくなって初めて、 互いが抱えてきた“別々の罪”を知る。 真相が明らかになったとき、静かだった家はようやく音を取り戻す。 けれどそこにはもう、父の居場所はなかった。
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文字数 970 最終更新日 2025.12.06 登録日 2025.12.06
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