かっちゃん

かっちゃん

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第一章 冬の訪問者  十二月の風は鋭く、古いアパートの壁を叩いていた。築四十年のこの部屋は冬になると必ず泣く。窓ガラスは震え、軋む音は夜遅くまでやまない。僕は受験勉強の休憩がてら、布団の上にトランプを並べていた。神経衰弱。受験生のストレスを紛らわす、ささやかな儀式だ。  一枚目をめくる。ハートの4。  二枚目をめくる。スペードの8。外れ。  ため息をついた瞬間、部屋の隅で「ぱさ」と小さな音がした。  窓枠に、丸い緑色の影。  冬には珍しいカメムシが、こちらをじっと見ていた。 「……お前、こんな寒いのに」  虫は嫌いではないが、好きでもない。  でも、その緑の体はどこか温かさを帯びて見えた。部屋に差し込むオレンジの灯りを受けて、宝石みたいに光っている。  カメムシは窓枠から机へ、机から布団へとゆっくり歩き、僕が並べた52枚のカードのすぐそばまで来て止まった。 「やりたいのか?」  返事はない。  だけど、確かに“何か”を伝えようとしている気配があった。  僕は三枚目の札をめくる。クラブの2。  数枚後に出たクラブの2の位置を思い出して、慎重にそこへ手を伸ばす。  その瞬間、緑の虫は身をふるりと震わせた。  まるで拍手のように。  僕は笑ってしまった。 「……よし、一緒にやるか」  その夜、僕はさらに集中し、カードを驚くほど正確に覚えられた。  最後の十組は一度も外さずに揃えた。  緑の虫は窓辺へ戻り、静かに羽を震わせた。  その音が、不思議なくらい心に沁みた。  ——この冬、変なことが始まった。 ⸻
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文字数 297 最終更新日 2025.11.22 登録日 2025.11.22
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