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高校最後の一年。
五木樹(いつき いつき)は、綾江(あやえ)という少女と出会う。
人を自然と惹きつける不思議な魅力と、眩しいほどのエネルギーを持つ彼女は、樹の人生に現れ、彼が「絶対に変わらない」と思っていた何かを少しずつ揺らし始めた。
今、二人は同じ学校に通っている。
その場所は、樹が長い時間をかけて、自分に言い聞かせながら生きてきた場所でもあった。
面倒なことには深入りしない。
誰かに必要以上に踏み込まない。
そして、これ以上傷つかないために、必要以上の感情を持たない。
――なぜなら、感情に関しての樹は、とても不器用な人間だからだ。
彼の過去は、本人が認めている以上に深く彼を傷つけていた。
言葉を口にする前に考えすぎてしまう。
傷つくくらいなら、何も言わない方を選ぶ。
たとえ自分が苦しむことになっても、「正しいこと」を優先してしまう。
それが、彼の欠点だった。
樹は、自分でも抜け出し方のわからない倫理観に縛られて生きている。
いつだって他人を優先し、
いつだって自分の気持ちを押し殺し、
そのたびに、大切な何かを失っていく。
――そして、綾江がいる。
彼女といる時だけは、無理に自分を偽らなくていいと思えた。
安心できる存在。
けれど同時に彼女は、樹が必死に保っていた「均衡」を少しずつ壊していく。
だが、彼のそばにいるのは綾江だけではない。
彼の人生には、ずっと離れずにいた存在がいる。
幼なじみであり、親友であり、唯一変わらなかった人。
樹が何も言わなくても理解してしまう彼女は、どんな小さな変化さえも、簡単には終わらせてくれない。
そして、単純だったはずの日常は、静かに形を変え始める。
それは、ただの選択じゃない。
噛み合わない視線。
言葉になれない想い。
何の前触れもなく現れて、それでも無視できなくなってしまう存在。
樹は、「正しくあろう」とする。
本気で、そうしようとしている。
……けれど、“正しさ”にしがみつけばしがみつくほど、
彼は少しずつ、自分自身を見失っていく。
文字数 8,451
最終更新日 2026.05.10
登録日 2026.05.10
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