コンテンツ輸出拡大へ守るべき〝声の権利〟裁判所が初めて判断した「パブリシティ権」とは?アメリカと異なる日本の制度設計

2026.10.16 Wedge ONLINE

 生成AIを使って自身の声を無断で模倣した動画が公開されたとして、人気声優の津田健次郎氏が短編動画投稿アプリTikTok(ティックトック)運営会社に対し、動画の削除を求めた訴訟の判決が東京地裁であった。高橋彩裁判長は、著名人が自身の名前や肖像から生じる商業的価値を独占できる「パブリシティ権」の保護対象に人の声も含まれるとの初判断を示した。

津田健次郎氏(公式ウェブサイトより)

 政府は日本発コンテンツの海外売上高を2033年までに20兆円とする目標を掲げているが、コンテンツから収益を生み出すためには、知的財産を保護する制度が不可欠である。小説、漫画、映画、美術作品などが著作権によって保護されていることは、皆さんご存じだろう。しかし、俳優や声優などの実演家の権利、特に、アニメに欠かせない声優の権利が十分に保護されていない実情を津田氏の訴えは示している。

 声優の権利には、個々の実演を保護する著作隣接権と、声が持つ顧客吸引力を保護するパブリシティ権などがある。本稿では、特に生成AIによる声の模倣との関係で問題となるパブリシティ権に焦点を当て、日本と米国の制度を比較してみたい。

判決が示唆するもの

 津田氏は低く、艶のある、渋い声が持ち味。アニメ「呪術廻戦」をはじめ、数多くの作品で引っ張りだこの人気声優だ。

 問題となったのは、TikTokに投稿された188件の動画である。都市伝説や雑学などを扱う動画のナレーションが津田氏の声を思わせるもので、コメント欄にも声の類似を指摘する投稿が寄せられていた。津田氏側が、TikTokの運営会社を相手取り、動画の削除を求めていた。

 判決は、動画がすでに削除されているとして、削除請求を棄却した。一方、一般論として、声優の声が顧客吸引力を有し、その使用が専らその顧客吸引力の利用を目的とする場合には、パブリシティ権の侵害に当たり得ると述べた。声もパブリシティ権の保護対象となり得ることを裁判所が示した点に、この判決の意義がある。

そもそもパブリシティ権とは?

 パブリシティ権とは何か。消費者は、俳優の容姿や声優の声に魅力を感じる。それらが商品パッケージや広告に用いられれば、商品の選択に影響することがある。

 氏名や肖像、声などがその人の人格に関わるものであると同時に、顧客吸引力という経済的価値を持つ。その顧客吸引力を排他的に利用する権利が、パブリシティ権である。

 日本には、パブリシティ権を正面から規定する法律はない。パブリシティ権は、判例によって認められてきた権利だ。

 契機となったのは、12年2月2日に言い渡された、いわゆる「ピンク・レディー事件」の最高裁判決である。人気アーティスト「ピンク・レディー」の2人が、週刊誌に無断で写真を掲載されたとして、損害賠償を求めた訴訟で、判決はパブリシティ権を人格権に由来する権利と位置付け、肖像などの使用が専らその顧客吸引力の利用を目的とする場合に、侵害が成立するという基準を示した。

 この最高裁判決は、声が保護対象に含まれるかを明示していない。しかし、判決以後、知的財産権の専門家の間では、声も容姿と同様にパブリシティ権が認められるべきものだという考え方が一般的になっていった。

 そして26年8月7日、法務省は「生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針」(以下「指針」)を公表した。「指針」は、現行法と判例法理に基づく解釈を整理し、声優の声についても、芸能人の肖像と同様にパブリシティ権の保護対象となり得るとの考え方を明らかにした。

 声のパブリシティ権の保護は、生成AI時代にはとりわけ重要である。音声合成技術の発展により、「声優の声で読ませてみた」「歌手の声で歌わせてみた」という音声や動画を作成し、公開することが容易になったからだ。AIが生成した声の模倣コンテンツが、声優に無断で量産される状況を放置しておいてよいのか、という問題意識がある。