青学・原監督「強いチームは指示待ちしない」

でも、それではマネジャーは監督の御用聞きになってしまい、何も得るものはありません。その日の天候、気温、風、グラウンドコンディション、練習場の選定など練習時間を決めるさまざまな要素から、マネジャー自身が答えを出して、「今日は日中の気温が30度を超えるので、練習時間は遅めの午後4時半からにしませんか? 」と相談に来る。これが、今の青学陸上競技部です。その提案に私が納得できれば、「それでいいんじゃない」と答えます。

土を耕す時間こそ重要

自分の提案が通ると、それはマネジャーにとって1つの成功体験になります。自分の考えが反映されたとなれば、次はさらに詳しく状況を調べて、よりよい練習環境を整えようとするでしょう。

ただし、このレベルまで部員が育つには、やはり時間が必要です。初期の段階は、私がたくさんのことを教える立場でした。考える習慣がない部員に「さあ、考えなさい」と言っても無理だからです。そのため、監督に就任した頃の私は話すことが多かったと思います。ただ、部員が考えるための材料は与えても、できるだけ答えは出しませんでした。そうすると、なんとか自分で答えを導き出そうとするものです。

考える習慣がなかった部員たちが自分で答えを出すまで、私はとことん待ちました。チームが考える集団になれるかどうかは、監督の忍耐強さにかかっています。新しい習慣を身に付けるのですから、時間はかかって当然です。そうして青学陸上競技部の部員に考える習慣が十分浸透してきたなと感じ始めたのは、監督になって7、8年目のことでした。

私はこの時期が、青学陸上競技部を強豪校に押し上げたかけがえのない時間だったと考えています。仮に就任当初、箱根駅伝で完全優勝した2016年のメンバーがそろっていたとしても優勝は難しかったと思います。選手の素質だけである程度の結果は残せたかもしれませんが、強豪校と競り合って上位争いをすることは難しかったでしょう。なぜなら、「チームとして優勝する力」がまだ備わっていなかったからです。

全てにおいてスピードが大切な時代とも言われますが、じっくりと土を耕す時間を与えずに結果だけを求める現状には疑問を感じます。ビジネスの世界でも同じことがあると思います。新入社員をじっくり育てる余裕もシステムもなく、いきなり現場に投入する。そこで結果が出なければ、「デキない社員」の烙印を押す。上司はそういう社員のミスを恐れて、仕事を抱え込んでしまう。

どう考えても組織にいい影響を与えるとは思えません。そういう組織は、豊かだった土壌がどんどん枯れていって、やがて芽が出ない畑になってしまいます。だからこそ、強いチームをつくりたいなら、まず環境づくりなのです。

グラウンドでの定位置は離れた場所

チームに考える習慣が浸透してくると、個々に考えるだけではなく自主的に話し合いをするようになります。考えることは、縦のつながりも横のつながりも生み出すということです。ここまで成熟したチームになると、監督の立ち位置は変わってきます。成熟するまでは何かと教える立場ですが、成熟したチームの監督は変化を感じ取るのが主な仕事になります。

そのため、グラウンドでの定位置はチームから離れた場所です。私はそこからチーム全体の雰囲気を見ています。そして、選手たちが間違った方向へ傾きかけていると感じたときだけ動きます。

就任した当初は怒ったこともありましたが、今は怒るよりも諭すことが多くなりました。チーム全体を俯瞰で見ているのは監督ですから、感情的に怒るよりも言葉でじっくり諭したほうが部員の心に響くものです。

そのためにも、監督は、チーム状況の些細な変化を感じるために本気で観察することです。日頃から注意深くチームを見ていると、後々大きな問題になりそうなちょっとした変化に気づけるものです。