組織が150人超えると急に創造力を落とす理由

技術者たちはその3年後に、彼らのアイデアをスティーブ・ジョブズという男が実現したことを知る。ノキアの携帯電話事業は行き詰まり、2013年に売却されてしまった。

バーコールはこうした組織の突然変異を解明するのに、「相転移(phase transitions)」という物理学的な知見を持ち込み、それが文化ではなく構造変化に根ざした問題であることを指摘する。同じ水分子でも、温度という「制御パラメータ」の変化によって「相(phase)」が変わる。温度が0度(閾値)超なら、水分子は活発なエントロピー状態、つまり液体だが、温度が0度以下になると、突然、結合力が高まって氷になり、性質が一変する。

つまり、人材が同じでも組織の相が転移(transition)すると、組織の成員はまったく異なる動きをする。そして、ルーンショットはその境界域に生息し、2つの相の微妙な動的均衡の上にのみ存在しうる。ゆえに、両方の相のバランスをとる「ブッシュ・ヴェイル バランス」が必要であり、制御パラメータ(水分子の場合は「温度」)の精緻化が重要となる。

では、この相転移の科学を組織にどう応用すればいいのか。新しい科学的知見によってその答えを探りつつ本書の本領が発揮されるのが、パート2「突然の変化を科学する」だ。

創発特性とは、個々人の勝手な振る舞いとは無関係に全体のダイナミクスが存在することをいう。局所的な森林火災が突然大規模な山火事に広がる理由や、高速道路上の車のドライバーがランダムにブレーキを踏むという小さな行為が突然渋滞を引き起こすといった事例である。

小さな振る舞いによって創発特性は突然変異を起こすが、筆者によれば創発特性の最も面白い特徴は予測がつきやすい点にある。よって、個人の小さな振る舞いを制御するパラメータをコントロールすれば、全体の行動特性を予測できるというのだ。うーん、目からうろこ的に面白い。

創発特性と最新のネットワーク理論を用いると、テロの勃発さえも予測可能だという。ロシア最大のソーシャル・ネットワーク「フコンタクチェ」上でIS(イスラム国)に関心を持つ人間のオンライン上での行動を「クラスターの数」と「感染力(ノードにつながった人が別の人をノードに呼び込む速度)」を制御パラメータとして分析すると、どの段階で臨界閾値を超えテロが勃発するのかを予測できるという。

さらに驚かされるのは、創発の科学から導かれる「マジックナンバー150」やインセンティブ・スキームをパラメータとした社内政治によるルーンショット圧殺の方程式である。

こうした臨界閾値を超えて相転移が起こる規模に150というマジックナンバーが存在することが示唆されているのである。組織の規模が大きくなるとイノベーションが生まれにくくなることは何となくわかっていたが、その規模が150人であることを歴史的経験値とインセンティブのあり方をもって明らかにしている。

さらに、本書ではそのマジックナンバーを拡大しても動的平衡が保たれるパラメータを特定していく思考実験が行われている。詳細は本文に譲るとして、以下の設問の答えは、会社のインセンティブのあり方と組織の階層や1人の上司が率いる部下の人数(マネジメントスパン)に極めて依存しているという。

「午前9時から午後5時までの勤務で、現在午後4時だとしよう。さて、残る1時間を何に使うか。(a)プロジェクトの価値を高める仕事、(b)社内での人脈づくりや自己PR」。(a)をとるか(b)をとるかは企業文化でも個人の資質の問題でもなく、インセンティブ構造の問題なのである。

日本企業がこの本から学ぶべきこと

2019年末の日本経済新聞の「経済教室」で、イノベーション研究の大家クレイトン・クリステンセン教授が、かつて破壊的イノベーションを起こし続けた日本企業がもはや安全な持続的イノベーションに走っているという警告の1文を寄せていた。本書の言葉で言えば「フランチャイズ」拡大ばかりに重点が置かれ、「ルーンショット」に目が向けられていない状況に対する警句である。