「書店減少」嘆くのにネットで本買う日本人の矛盾

市場経済によって淘汰されているだけだという人もいるが、僕はそうではないと思っている。お金と社会の仕組みについての僕らの認識が甘いことが大きな原因なのではないだろうか。

僕たちは「お金」を通して社会とつながっている

僕が今回書いた『きみのお金は誰のため』という小説の中には、福田書店という街の書店が登場する。

おばさんが手にした本の帯に、「初心者」「投資」という単語が見える。2人の前にある本棚には、お金の貯め方や増やし方の本が並んでいた。
会計を終えたあとも、2人はしばらく話し込んでいて、その内容は優斗の耳にも入ってきた。
福田書店もネット通販や電子書籍に押されて将来への不安を感じているそうだ。おばさん自身もお金の勉強を始めたらしい。母もまた、年金だけだと老後は安心できないともらしていた。
『きみのお金は誰のため』103ページより

このシーンは、現実の世界で起きている2つの事実を描いている。

1つは、書店の経営状況。この福田書店の空間や時間は、主人公の優斗(中学2年生)をはじめ、街の人に愛されているにもかかわらず、経営状況が悪化している。

もう1つは、本棚に並ぶお金の本。以前はタブー視されていたお金の話だが、最近、お金の勉強がブームとなっている。ところが、そこで学ぶのは、お金の増やし方や節約術といった、財布の中のお金の話がほとんどだ。財布の外の話、つまりお金を通して社会とどうつながっているかを学ぶ機会はあまりない。

これこそが、書店の経営が追い込まれている原因である。僕たちは、自分たちの選択の重大さを考えているだろうか。書店の話だけではない。格差を作っているのも、僕たち1人ひとりだ。

別のシーンで、七海という金融で働く女性が、格差問題を取り上げている。

優斗が返す言葉を探していると、七海がこんな話を始めた。
「働くよりも投資するほうがお金を増やせるから、格差が広がり続けていると本で読んだことがあります。世界中の人を資産額で並べると、バス1台に乗る人数の大富豪が、下半分の36億人と同じだけの資産を保有しているそうです」
「えー、そんなにあるんですか??」
 気まずさを隠すために、優斗は目を丸くして、おおげさに驚いてみせた。
「そうなの。今の格差は、フランス革命前夜と同じくらいまで広がっていると言う人もいるのよ」
『きみのお金は誰のため』145ページより
 

こういう格差社会の話になると、悪者は決まって“資本主義”になる。2021年世界の長者番付の1位は、ジェフ・ベゾスだった。

ジェフ・ベゾスはアマゾンの創業者で大株主。言うまでもなく、アマゾンは、ネット通販の会社として最大手だ。

果たして、彼が大金持ちになったのは資本主義のおかげなのだろうか。いや、そうではない。僕たちの財布が社会とつながっているということを忘れてはならない。彼を1位に押し上げたのは、まぎれもなく僕らのワンクリックだ。僕たちの行動が、どれほど社会に関与しているのかがわかるだろう。

小説の中の福田書店が、ネット通販や電子書籍に押されているのも、1人ひとりの行動が原因だ。しかし、ネット通販で買うことが悪いわけではない。小説の中では、先生役のボスという男がこういうことを言っている。

「ネット通販を使うのは悪いことやないで。仕事が忙しかったり、小さい子どもがおったりする人には大助かりや。その便利なサービスを提供する会社ももちろん悪者やない。しかし、結果として、街の書店の売上が減少して、店も減っているのは事実や。自分の行動の影響を理解した上で選択することが大切なんや」
ボスはひとつ咳払いをしてから、話を続けた。
「問題なのは、『社会が悪い』と思うことや。社会という悪の組織のせいにして、自分がその社会を作っていることを忘れていることが、いちばんタチが悪い」
『きみのお金は誰のため』162ページより