なめられやすい特徴の6つめは、仕事道具がしょぼいだ。
「4.見た目が華奢な人」にも共通するポイントではあるが、見た目が相手に与える印象は絶大なのだ。
たとえば、次の2つのシチュエーションを想像をしてほしい。
・白衣の男性医師が「いい薬ありますよ」と言っている
・ジャージを着た人が「いい薬ありますよ」と言っている
両者は同じセリフを言っているが、言われた側の印象は180度違うだろう。後者のほうは、ちょっといかがわしい薬だと思ってしまうかもしれない。
この2つは極端な例だとしても、医師が着る白衣のような仕事道具は、それほどに強烈な信用と説得力を与えるのだ。ジャージを着た人が正式な医師であったとしても、診察されるとなれば強烈な不安を抱くはずだ。たとえ医師免許を証拠として提示されても、その不安を完全に払拭することは難しい。
このように人は、相手の人となりを判断する際に、その人物の服装や持ち物の影響を受ける。
高級ブランド店で応対してくれた店員さんが契約書のサインに使うボールペンが100円ショップの安物だと「この店本当に大丈夫か?」と不安になるだろう。自分の人生をかけた訴訟を担当してくれる弁護士が、スーツの代わりに安いペラペラのシャツを着ていたら同じ気持ちになるはずだ。
また人は、「高いもの=価値が高い、信用できる」と刷り込まれている。この刷り込みは強固であるため、身につけているものの質で相手を値踏みするということから逃れることはとても難しい。
高級レストランの中には、客がボロボロの靴を履いていたり、小汚い格好をしていたりすると、トイレの前の席などのあまりよくない席を案内するところもあるという。逆にその客がVIPに見えればいい席を案内する。おしゃれで見栄えがいい人を良い席に案内することで、通行人や他の利用者に対して、店のイメージアップになるという効果もあるのだろう。
ただ、ちょっと気をつけたほうがいいのは、いいもので身を包めばOKとも限らないってことだ。
たとえば、ブランドロゴがデカデカと入った服、いわゆる「ロゴドン」で全身を埋め尽くした場合、「自分に合う服装ができない、ファッションに弱い人」「ブランドの権威を借りないと自我が保てない弱者」となめられる可能性がある。
人によっては「好きで着てるだけであって自慢しているつもりはない」と言うかもしれない。だが、問題は本人がどう思っているかではなく、周囲がどう解釈し、そしてどう接するかを決定するか、ってことだ。
筆者も昔は一時的にロゴドンに憧れた痛い時期があったが、やはり周囲からよく思われておらず、距離を置かれていたように思う。今はそもそもブランドものを買わないが、素材の質はいいものを選ぶようにしている。
これまでの話で、「なめられるとこれほどに損をする!」ということがわかっていただけたと思う。
正直、人間として生まれたからには、こうした人間関係のわずらわしさからは、一生逃れられないと思ったほうがいい。
学生や会社員は言わずもがな、私のように脱サラして独立をした立場でも、取引先やお客さんとのコミュニケーションやお付き合いは必ず発生する。専業の金融トレーダーとして生きていくか、人里離れた山奥に引っ込んで自給自足生活をやらない限りは、人間関係は必ずつきまとう。いや、そうした生き方をしたとしても、外食や買い物、SNS、家族などで人間関係が発生するだろう。人間関係が生まれれば、人間にとって本能的なふるまいである「なめる/なめられる」のマウンティングは必然的に発生し、その争いに巻き込まれることになるのだ。
嫌なヤツから逃げ続けるというのは根本的な解決にならないし、こちらをなめてくるような人とは付き合わないという姿勢も同じく、問題の完全解決とはならない。正直、人をなめてくるようなヤツはバカなわけだが、バカを利口にすることなどできないし、バカはどこへいっても必ず存在するのだ。
だから、バカから逃げたり、バカなことをしないでくれとお祈りをする代わりに、なめられない自分に変身することが大事なのだ。
筆者は、昔から優男に見られてずっとなめられたり、都合よく利用されたりすることが多かったけど、今はビジネスを通じてなめられない自分になることができたと思っている。
もちろん、100%なめられないわけじゃないけど、なめられたときにも適切な対処をすることで相手に考え方を改めさせるということをしている。
変えるべきは周囲ではなく、まず自分自身だ。そして、それは才能や年齢などに関係はない。意識と習慣で作ることができるのである。