――前回に続いて、今回も今季限りでの退任が決まった現在の心境について伺います。スワローズに復帰してからの12年間、いろいろな役割がありました。指導者として、ピッチャー相手に技術をとことん追求して、成長を促していく投手コーチ。今後のチームの土台を作る二軍監督。そして、日々ヒリヒリするような戦いが続く一軍監督。監督としては、どれがいちばん楽しかったとか、やりがいがあったというのはありますか?
髙津 同じユニフォームを着ているけど、それぞれの役割は全部違いました。難しさも、魅力も、選手に対する接し方も全部、違ったような気がします。でも、その都度、その都度、全部面白かったですよ。投手コーチも、二軍監督も、新潟で兼任はありますが、NPBでは一軍監督も、それぞれ初めての経験でしたから。常に「新しいことを発見しよう」「何かを吸収しよう」とは思っていましたけど、新しいことと出会うと、壁にもぶち当たったし、一人では解決できない問題もたくさんありましたし、それを一つずつクリアしていく難しさと、楽しさはそれぞれにありましたね。

――シーズン終盤になって、二軍監督時代に手塩にかけていた濱田太貴選手、高橋奎二投手が、それぞれ一軍で活躍しています。当時のことを思うと、感慨深いのでは?
髙津 奎二も、ようやく最後に間に合いましたね。一方の濱ちゃんに対しては、ここ最近、僕自身もすごくモヤモヤしていましたよ。ファンのみなさんも同じだと思うんですけど、右の大砲として、「もっといけるだろ」という思いをずっと持っていました。我々も期待しているのはもちろんなんですけど、本人も自覚していたと思います。
――監督退任報道後、「一番・濱田」での起用も続いていました。監督が期待していたような状態に、少しずつ近づいているのでしょうか?
髙津 僕はピッチャー出身なので、バッティングに関してはほぼすべてをコーチに任せていますけど、「しっかりスイングしなさい」とか、「打てるボールは逃すな」とか、「積極的に打ちにいきなさい」というのは何度も言いましたね。ただ、濱ちゃんの場合は、何て言ったらいいのかな……。うまい言葉が見つからないんですけど、ひと言でいえば「やんちゃ」だったんですよ。
――確かに濱田選手にはやんちゃなイメージがあります。
髙津 あるでしょ(笑)。プロ入りするときには、親御さんから預かった大切な選手なんですよ。だから指導者として「プロ野球選手としてはもちろんだけど、何とか人として一人前にしたい」という思いもあるんです。いちばん厳しく接したのは、アイツでしょうね。