東京ヤクルトスワローズ 髙津流マネジメント2025

スワローズ12年間の指導者としての歩み
手塩にかけて育てた選手が一軍で活躍する醍醐味

指導者としての心構えを学んだ「ある出来事」

――「厳しく接した」というのは、具体的にはどのようなことなんですか?

髙津 言葉には出さなくても、アイツの行動、発言については、ずっと目で追いかけていました(笑)。二軍時代には、監督室に呼んで怒鳴り上げたことも何回もありましたよ。ただ、濱ちゃんを見ていると、「しつけは大事だな」って痛感させられましたね。

――それは、「しつけがなっていない」という意味でしょうか?

髙津 いやいや、その逆、逆の意味です。彼が未成年の頃に、「タバコと酒は絶対に成人してからにしなさいよ」って言ったことがあるんです。もちろん、タバコを吸っていたわけでもないし、お酒を呑んでいたわけではないんですよ。でも、彼には念のために言ったんです。そうしたら、彼は何て言ったと思いますか?

――何と言ったのですか?

髙津 まず、「監督、そんなことするわけないじゃないですか」って言ったんです。その理由を聞くと、「もしそんなことをしたら、お母さんにこっぴどく叱られます」って真顔で言うんですよ。彼を見ていると、どこか危ういなって感じるところがあって、だから僕も注意していたのですが、お母さんに言われたことはちゃんと守っている。しつけって大事だなと改めて感じました。いろいろ勉強になりましたよ、濱ちゃんについては。これはこれからも預かった大切な息子さんをしっかりしつけて、人として成長させなきゃって強く思いました。

――ファームでの試合で、アンパイアの判定に不服で退場を命じられたこともありました。あのときは、髙津さんが二軍監督でしたよね?

髙津 あぁ、ありましたね。僕が監督のときのことでした。目の前で見ていて、その場で呼んで注意しました。その翌日の試合中は、戸田の河川敷、炎天下でずっとボール拾いをさせて反省を促しました。そんなこともありましたね。

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プロフィール

髙津臣吾
髙津臣吾

1968年広島県生まれ。東京ヤクルトスワローズ監督。広島工業高校卒業後、亜細亜大学に進学。90年ドラフト3位でスワローズに入団。93年ストッパーに転向し、20セーブを挙げチームの日本一に貢献。その後、4度の最優秀救援投手に輝く。2004年シカゴ・ホワイトソックスへ移籍、クローザーを務める。開幕から24試合連続無失点を続け、「ミスターゼロ」のニックネームでファンを熱狂させた。日本プロ野球、メジャーリーグ、韓国プロ野球、台湾プロ野球を経験した初の日本人選手。14年スワローズ一軍投手コーチに就任。15年セ・リーグ優勝。17年に2軍監督に就任、2020年より現職。

著書

明るく楽しく、強いチームをつくるために僕が考えてきたこと

髙津臣吾 /
2021年、20年ぶりの日本一へとチームを導いた東京ヤクルトスワローズ髙津臣吾監...
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