また、現役時代に社会的地位を築いた男性たちが、自らの仕事の誇りを語り合う場にもなっており、介護施設が「自己表現の場」として機能しているのも特徴だ。
一見すると娯楽施設のようだが、健康づくりも巧妙に組み込まれている。利用者は来所時にバイタルチェックを受け、全員で10分間の体操を行う。BGMはレディー・ガガのポップス。体操に参加すると「ベガス紙幣」が配られ、それを使ってゲームに参加できる仕組みだ。
「1日を通して合計40分ほど体操するプログラムになっています。でも“リハビリ”と掲げると行きたくなくなる方が多い。だから“遊びのついでに”という形にしているんです」
利用者は知らず知らずのうちに運動し、身体機能の維持向上にもつながっている。
カジノを模したデイサービスは前例がなく、開設当初は地域から「怪しい施設を作るな」と警戒されることもあった。
「出店の際は必ず町内会や警察署に挨拶に行き、実態を説明します。無届けの賭博と誤解されないように、透明性を大事にしています」
理解が進むにつれ、地域からは「こういう施設があってよかった」と歓迎されるようになった。
森氏が直面した最大の壁は「介護はこうあるべき」という固定観念だった。
「介護の常識にとらわれて、“デイサービスはリハビリやレクリエーションを提供する場所”という発想から抜け出せない人が多かった。しかし一番大事なのは利用者が笑顔でいられること。そのためなら常識を疑う必要があると思ったんです」
結果として「ラスベガス」は利用者と家族に支持され、男性が集う稀有なデイサービスとして成長した。
日本には約5万のデイサービスがあるといわれる。しかし、多くの人の頭に浮かぶイメージは似通っている。森氏は「介護にもっと選択肢を」と訴える。
「ラスベガスのようなエンタメ型があってもいいし、芸術型や学習型があってもいい。介護はもっと選択肢があっていいはずです」
高齢化社会が進む中で、介護を“暗いもの”から“前向きな生活の選択肢”へと変えていく。その挑戦が「ラスベガス」の意義だ。
今後の展開について森氏は慎重だ。
「全国展開するつもりはありません。縁のある地域で、必要とされる場所にだけ広げていきたい。高齢者住宅事業も含め、身の丈に合った形で続けていきます」
華やかなカジノの裏にあるのは、利用者一人ひとりの“生きがい”を尊重する姿勢である。
介護は誰にとっても避けられないテーマだ。森氏の挑戦は、「介護を楽しむ」という新しい視点を提示している。
「介護が必要になっても“ラスベガスに行ける”と前向きに思える社会になったらいい」
そう語る森氏のビジョンは、現役世代にとっても、自分や家族の未来を考えるヒントになる。介護を“明るく捉える”という発想の転換が、これからの日本社会に求められているのではないだろうか。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)