ホムンクルス

ふみ

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「しばらくして、明らかにちーちゃんじゃない人影が見えてね。もしかしたらって思って来てみたら……叶がいたの」
 遥に釣られて視線を落とした。千夏が私の腕にしがみついて顔を埋めている。先ほどまでなら味方してあげたけれど、その優しさは少しずつなくなり始めていた。
「ちーちゃん。来なさい」
 遥が千夏の腕をつかみ、無理やり引き寄せた。
「レストランで言ったわよね。叶が行方不明になって心配で、眠れない日が続いているって。それなのにちーちゃんはうそをついていたのね」
「違う、待ってよ。あたしは」
 千夏が弁明しようと一歩踏み込んだ瞬間、遥の腕が弧を描いて千夏の顔へ飛んだ。頬を打ちぬいた乾いた音と、千夏が尻餅をついた鈍い音が転がった。
「ちょっと遥。暴力は――」
「叶は黙ってて」
 初めて聞いた、遥のドスの利いた声。止めようとした手も声も引っ込んだ。
 少し前なら臆することなくかみついただろう。だけどもう、そんな勇気はない。千夏の赤く腫れた頬も目に溜まった涙を見ても、何とも思わなかった。
「叶は物じゃないのよ。たった一人の人間なの。それなのに一年もおままごとに付き合わせて……叶を何だと思っているの!」
 吠えるような怒号に胸が締め付けられた。そんな私と今にも泣きそうな千夏にお構いなしに、遥が千夏の胸倉をつかんで無理に立たせた。
「一種の誘拐、犯罪なのよ? わかっているの?」
 口を真一文字に結んだ まま言い返さない千夏。
「そうやってずっと黙っているつもり? もういいわ。行きましょう叶」
「行くって、どこに?」
「うちに泊めてあげる。こんな所にいたら、叶が叶でなくなってしまうわ」
 遥に手を引かれる。千夏が気になるも、遥に抵抗する気は起きなかった。
 そして引っ張られるままに玄関へ。遥がパンプスを履いている間、ちらと振り返った。
「叶ちゃん。あたし違う。そうじゃないの」
 目が合った千夏の懺悔のような呟き。何が違うの。千夏の罪は全て明らかになった。これ以上隠していることがあるの?
 そこでふと、メモ用紙にあった文章を思い出した。
 二人で逃げてどこかで話したい。
 あれは結局どういう意味なのだろう。
「叶、早く」
 遥に急かされ、心に浮かんだ疑問をすぐに消した。もう難しいことを考えるのはやめよう。これで何もかも終わり。元々なかった愛が終わるだけ。それをただ受け入れて離れるだけ。そう、それでいいの。
 玄関をくぐり抜けて階段を降り、かつての我が家を見上げる。明かりのついた窓辺にあった小さな影は、私に気付いてすぐにいなくなった。
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