ホムンクルス

ふみ

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「別のお願いって?」
「うちのお肉屋さんが経営難で、お金を貸してほしいって頼みに行ったの。ちょっと前に、叶ちゃんにも少し話したの覚えてる?」
「ああ……新規のお客さんが全然増えないとか言ってたやつ?」
「うん」
 千夏が目を伏せた。
「お金持ちのはる姉に頼み込んだら、助けてもらえるんじゃないかって思ったの。今考えると何も考えずに動いてたけど」
 心に残っていた風景が音を立てて崩れ去る。現実を受け入れられずにいても、千夏は口を動かし続けた。
「結局駄目だったんだけどね。その帰りにあたしをかばって事故に遭った叶ちゃんを見て、はる姉が手伝ってほしいって言ってきたの」
「手伝う?」
 千夏が頷いた。
「叶ちゃんが事故に遭ったって連絡したら、はる姉はすぐに来てくれた。先生から、脳に後遺症が残るかもしれないって説明も二人で受けたんだ」
「後遺症って記憶喪失のこと?」
「うん。それでね、私のお願いを聞いてくれたら、まとまったお金を貸してあげるって言ってきたの」
「そのお願いが、まさか」
「もしも叶ちゃんが記憶を失っていたら、別の記憶を植え付けて、もう一人の白沢遥を育てようって」
 耳に届く情報を脳に送ることはできても、処理のしようがなかった。どうして遥が、私を白沢遥にしようとしたのだろう。
 私と遥の共通点なんて、顔が似ているぐらい。頭の良さも器用さも、地位も名誉も何もかもが違い過ぎる。
 それにあの過去は何だったの。架空の故郷に偽りの思い出。そんなものを作らずに、白沢家の次期家元という記憶を刷り込んだ方が早いに決まっている。それに私が病院で目を覚ました時に、自ら計画を実行すればもっと早く済んだはずなのに。
 次々と浮かぶ謎に視界が埋め尽くされる。疑問が目まぐるしく変わる。荒くなった呼吸を落ち着かせようと、そっと胸に手を当てた。
「どんな計画だったのか、話してもいい?」
「……お願い」
「えっとね」
 千夏が宙に視線を向けた。
「まず叶ちゃんにうその過去と、あたしが恋人だっていう、うそをついたの」
「うその記憶と過去はわかるけど、千夏と付き合っていたうそはいらなかったんじゃない?」
「ううん。そこが一番大事だったんだと思う」
「どうして?」
「叶ちゃんが記憶を取り戻すか、頃合いを見てからはる姉が現れて、全部あたしのせいにして叶ちゃんを横取りするためだよ」
 物騒な言葉に眉をひそめると、千夏が唇をかんだ。
「あたしに裏切られて悲しむ叶ちゃんになら、告白しても必ず成功すると思ったんじゃない? 記憶が戻ったとしても、その傷は簡単に癒えないだろうし」
「何だか遠回りな気がするけど……そもそも、どうして遥はこんな計画を思い付いたの?」
「それは……わからない。何度か聞いたけど教えてくれなかった」
 つい先日も聞いたわからないという答え。ほんの少しうさん臭くなってきた。
「遥が計画を考えて、後は千夏が一人で全部やったの?」
「最初だけ手伝ってもらったよ」
 千夏が指を折った。
「二人でアパートの解約と家具の処分、それから職場に退職届を持って行って……この部屋ははる姉が借りてくれたんだ」
「遥が?」
「うん。あたしだと敷金すら払えないし」
 小さな苦笑いなんて視界に入らず、あの夜の遥の行動が脳裏に浮かんでいた。
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