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遥と約束した時間に屋敷へ訪れると、妙な胸騒ぎを覚えた。
屋敷を離れてから一カ月もたっておらず、屋敷をぐるりと囲む壁も、背伸びをすれば少しだけ見える庭園も変わっていない。
それならこの胸のざわつきは一体何だろう。首をかしげながら、門に設置された来客用のインターホンを鳴らした。
――はい。
「あの、杉浦です」
――叶ちゃん? すぐ行くわ。
仁美さんの声がぶつりと切れた。すぐに砂利を踏んで駆ける足音が聞こえてくる。
「いらっしゃい。遥に会いにきてくれたの?」
勢いよく開けられた木製のドア。その向こうにいたのは、もちろん仁美さんだけど、その顔に生気は感じられなかった。
「まあ、はい」
「良かった。私たちじゃあどうしようもなくて困っていたのよ。叶ちゃんが来たって知ったら、遥もきっと喜ぶわ」
にこりと笑うその姿は痛々しい。かつてのおっとりとした微笑みは微塵も残っていなかった。そのわけを尋ねるべきか迷っている間に中に通され、暗く長い廊下を進んでいった。
「部屋から出てこなくなってね。食事はとらないし、声を掛けても応えてくれないし」
「そう、だったんですか」
責任を感じて足取りが重くなる。その必要なんかないはずなのに、心の痛みは増していった。
「遥と話して、私もお父さんも心配しているって伝えてもらえないかしら。きっと叶ちゃんにしかできないと思うの。どうか、お願い」
立ち止まって頭を下げる仁美さん。慌てふためき「伝えますからやめてください」と駆け寄ると、すぐに顔を上げてくれた。
「ありがとう。それじゃあ、よろしくお願いするわね。私がいると邪魔になりそうだから、何かあったら声を掛けてちょうだい」
有無を言わせないほどの悲しい目に頷くしかない。廊下のつきあたりに置いてけぼりにされ、遥の部屋へと続く長い廊下を見据えた。
遥から何も聞いていないのだろうか。声を掛ければ良かったと後悔しながらも、長い廊下へ一歩踏み出した。
昼間というのに薄暗い廊下は気味が悪い。ここだけ空気が違う。何者をも寄せ付けない不気味さが漂っている。まるで世界に一人だけ取り残されたよう。
今すぐ仁美さんを呼びに戻るか、すぐそこにある引手に手を掛けるか。もちろん前者を選ぶべきだろう。だけど、仁美さんの変わり様につい心が動いてしまった。
「遥、いる?」
襖を軽くノックすると、かすかに物音が聞こえた。そして数秒とたたずに、勢いよく襖が開かれた。
「か、なえ。来て、くれたのね」
「約束したから――おわっ」
倒れ込んできた遥を受け止めるも、まるで別人のようで目を疑ってしまった。
艶のないひどく痛んでいる髪に、お気に入りだったヘアピンは付いていない。それから痩せこけた頬と半分も開いていない瞳。かつての高嶺の花はすっかり枯れ果てた。それほどまでに、罪悪感を抱いていたんだ。
屋敷を離れてから一カ月もたっておらず、屋敷をぐるりと囲む壁も、背伸びをすれば少しだけ見える庭園も変わっていない。
それならこの胸のざわつきは一体何だろう。首をかしげながら、門に設置された来客用のインターホンを鳴らした。
――はい。
「あの、杉浦です」
――叶ちゃん? すぐ行くわ。
仁美さんの声がぶつりと切れた。すぐに砂利を踏んで駆ける足音が聞こえてくる。
「いらっしゃい。遥に会いにきてくれたの?」
勢いよく開けられた木製のドア。その向こうにいたのは、もちろん仁美さんだけど、その顔に生気は感じられなかった。
「まあ、はい」
「良かった。私たちじゃあどうしようもなくて困っていたのよ。叶ちゃんが来たって知ったら、遥もきっと喜ぶわ」
にこりと笑うその姿は痛々しい。かつてのおっとりとした微笑みは微塵も残っていなかった。そのわけを尋ねるべきか迷っている間に中に通され、暗く長い廊下を進んでいった。
「部屋から出てこなくなってね。食事はとらないし、声を掛けても応えてくれないし」
「そう、だったんですか」
責任を感じて足取りが重くなる。その必要なんかないはずなのに、心の痛みは増していった。
「遥と話して、私もお父さんも心配しているって伝えてもらえないかしら。きっと叶ちゃんにしかできないと思うの。どうか、お願い」
立ち止まって頭を下げる仁美さん。慌てふためき「伝えますからやめてください」と駆け寄ると、すぐに顔を上げてくれた。
「ありがとう。それじゃあ、よろしくお願いするわね。私がいると邪魔になりそうだから、何かあったら声を掛けてちょうだい」
有無を言わせないほどの悲しい目に頷くしかない。廊下のつきあたりに置いてけぼりにされ、遥の部屋へと続く長い廊下を見据えた。
遥から何も聞いていないのだろうか。声を掛ければ良かったと後悔しながらも、長い廊下へ一歩踏み出した。
昼間というのに薄暗い廊下は気味が悪い。ここだけ空気が違う。何者をも寄せ付けない不気味さが漂っている。まるで世界に一人だけ取り残されたよう。
今すぐ仁美さんを呼びに戻るか、すぐそこにある引手に手を掛けるか。もちろん前者を選ぶべきだろう。だけど、仁美さんの変わり様につい心が動いてしまった。
「遥、いる?」
襖を軽くノックすると、かすかに物音が聞こえた。そして数秒とたたずに、勢いよく襖が開かれた。
「か、なえ。来て、くれたのね」
「約束したから――おわっ」
倒れ込んできた遥を受け止めるも、まるで別人のようで目を疑ってしまった。
艶のないひどく痛んでいる髪に、お気に入りだったヘアピンは付いていない。それから痩せこけた頬と半分も開いていない瞳。かつての高嶺の花はすっかり枯れ果てた。それほどまでに、罪悪感を抱いていたんだ。
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