ホムンクルス

ふみ

文字の大きさ
81 / 97
-6-

81

しおりを挟む
 遥と約束した時間に屋敷へ訪れると、妙な胸騒ぎを覚えた。
 屋敷を離れてから一カ月もたっておらず、屋敷をぐるりと囲む壁も、背伸びをすれば少しだけ見える庭園も変わっていない。
 それならこの胸のざわつきは一体何だろう。首をかしげながら、門に設置された来客用のインターホンを鳴らした。
 ――はい。
「あの、杉浦です」
 ――叶ちゃん? すぐ行くわ。
 仁美さんの声がぶつりと切れた。すぐに砂利を踏んで駆ける足音が聞こえてくる。
「いらっしゃい。遥に会いにきてくれたの?」
 勢いよく開けられた木製のドア。その向こうにいたのは、もちろん仁美さんだけど、その顔に生気は感じられなかった。
「まあ、はい」
「良かった。私たちじゃあどうしようもなくて困っていたのよ。叶ちゃんが来たって知ったら、遥もきっと喜ぶわ」
 にこりと笑うその姿は痛々しい。かつてのおっとりとした微笑みは微塵も残っていなかった。そのわけを尋ねるべきか迷っている間に中に通され、暗く長い廊下を進んでいった。
「部屋から出てこなくなってね。食事はとらないし、声を掛けても応えてくれないし」
「そう、だったんですか」
 責任を感じて足取りが重くなる。その必要なんかないはずなのに、心の痛みは増していった。
「遥と話して、私もお父さんも心配しているって伝えてもらえないかしら。きっと叶ちゃんにしかできないと思うの。どうか、お願い」
 立ち止まって頭を下げる仁美さん。慌てふためき「伝えますからやめてください」と駆け寄ると、すぐに顔を上げてくれた。
「ありがとう。それじゃあ、よろしくお願いするわね。私がいると邪魔になりそうだから、何かあったら声を掛けてちょうだい」
 有無を言わせないほどの悲しい目に頷くしかない。廊下のつきあたりに置いてけぼりにされ、遥の部屋へと続く長い廊下を見据えた。
 遥から何も聞いていないのだろうか。声を掛ければ良かったと後悔しながらも、長い廊下へ一歩踏み出した。
 昼間というのに薄暗い廊下は気味が悪い。ここだけ空気が違う。何者をも寄せ付けない不気味さが漂っている。まるで世界に一人だけ取り残されたよう。
 今すぐ仁美さんを呼びに戻るか、すぐそこにある引手に手を掛けるか。もちろん前者を選ぶべきだろう。だけど、仁美さんの変わり様につい心が動いてしまった。
「遥、いる?」
 襖を軽くノックすると、かすかに物音が聞こえた。そして数秒とたたずに、勢いよく襖が開かれた。
「か、なえ。来て、くれたのね」
「約束したから――おわっ」
 倒れ込んできた遥を受け止めるも、まるで別人のようで目を疑ってしまった。
 艶のないひどく痛んでいる髪に、お気に入りだったヘアピンは付いていない。それから痩せこけた頬と半分も開いていない瞳。かつての高嶺の花はすっかり枯れ果てた。それほどまでに、罪悪感を抱いていたんだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

処理中です...