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【8話】形に残るお礼がしたい ※リゼリオ視点
しおりを挟むアンバーが大粒の涙を流した翌日。
「これで片付いたな」
執務机に座るリゼリオは、机の上を見て小さく頷いた。
書類が山積みになっていたのは、もう過去の話。
今となっては、すっかり綺麗になっている。
これもすべて、アンバーが癒しの力を使ってくれたからだ。
もし彼女の力がなかったら、書類を全てさばききるのは難しかっただろう。
その前に体の限界が来て、倒れていた可能性が高い。
「彼女に感謝の気持ちを表さければな」
リゼリオにとってアンバーは恩人だ。
であれば、感謝の気持ちを伝えたいと思うのは自然のことだった。
言葉での感謝は、既にもう伝えてある。
癒しの力を使ってくれるアンバーへ、毎日口にしていた。
しかし、それだけでは足りない。
とても気が収まらない。
だからリゼリオは、形に残る物を贈ることで感謝の気持ちを伝えようと考えた。
しかしここで、問題が発生してしまう。
「こういう時は、どんな物を贈るのが正解なんだ……」
異性にプレゼントを贈りたいなどと思ったのは、これが初めて。
女性と関わってこなかったので、一度だって考えたこともなかった。
だから、どのようなものが適しているのかが、まったく分からないのだ。
「…………駄目だ。さっぱり思いつかない」
しばらく頭を捻ってみるも、まったくもって駄目だった。
方向性すらも見えてこない。かなり厄介な難問だ。
「こうなったら、あいつらを頼るしかないか。貸しを作るのは癪だが、仕方ない」
自分一人の限界を感じたリゼリオは、少しばかり不本意な手段に頼ることにした。
その日の夜。
リゼリオの私室には今、二人の使用人が横並びで立っている。
ジャックとモルガナだ。
彼らはアンバーと仲が良い。
良いヒントを与えてくれるのではないか、と考えたリゼリオは、二人をここへ呼び出したのだ。
「今回お前たちを呼んだのは、他でもない。折り入って相談したいことがあるからだ」
アンバーが癒しの力を使ってくれたこと。
そのおかげで、仕事を片付けられたこと。
まずはそれらを、ジャックとモルガナへ伝える。
「アンバーには世話になった。だからそのお礼として、なにか贈り物をしたいと考えている。それで、俺の相談はここからだ。どんな物を贈るのが正解か――それが分からない。意見をくれないか?」
「こういうのってさ、本人に直接聞いてみるのが一番じゃないの? そうすれば、絶対に失敗することはないし」
モルガナが口を開くと、「そうだな!」という同意の声が、ジャックから飛んできた。
「街なんかに買い物に行ってよ、『欲しいものはあるか?』って聞くとかさ」
「うんうん! いいね!」
「……なるほど。一理あるな」
モルガナの提案は合理的だった。
プレゼントをしたはいいが、まったくいらないものだった――という悲しい事態を防ぐことができる。
それにしても、本人に決めてもらう、というのは盲点だった。
きっと一人では、一生かかっても思いつかなかっただろう。
二人に相談したのは正解だったかもしれない。
「それにしても女性には無関心の旦那様が、まさかそんなことを考えているとはね」
「ああ。俺も滅茶苦茶意外だったぜ! 天変地異の前触れじゃないのか?」
顔を見合わせた二人は、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
二人とはそれなりに歳が近いこともあり、使用人と当主という垣根を超えて、結構仲が良かったりする。
こうして軽口を叩かれるのも、今日が初めてではない。わりと日常茶飯事だった。
(こいつらもしかして、変な勘違いをしているのか? ……まったく)
ピンク色の妄想をしているであろう二人に向けて、大きなため息を吐く。
「俺が贈り物をしたいのはな、ただ単にアンバーへ恩を返したいからだ。それ以外の意味など微塵もない。くだらない妄想をするな」
しかし二人は、まともに話を聞いていなかった。
「旦那様が怒った! きっと図星なんだ!」
「本気で怒られる前に、とっとと逃げようぜ!」
悪びれることなく、逃げるようにして部屋を出て行った。
「買い物中は手を繋ぐんだぞ! 常識だからな!」
ドア越しにジャックの声が聞こえてくる。
逃げ去りながらのアドバイスだった。
「まったく。何が図星だ。そんな訳あるはず――」
ここでハッとする。
微量の熱が頬に集まっていることに気づいてしまったのだ。
(……まさか、な。そんな訳あるか)
アンバーは、これまで出会ってきた令嬢とは違う。
不思議な魅力を持っている女性だ。
今回の一件で、そうだと確信することができた。
しかし、ただそれだけだ。
出会ったことのないタイプだからといって、恋愛感情が芽生えたという訳ではない。
「これはきっと、何かの間違いだ」
(そうだ。そうに決まっている……!)
強く言い聞かせるようにして、強引に自分を納得させようとする。
しかし、うまくいかない。
一生懸命な表情で癒しの力を使ってくれるアンバーの姿が、頭に浮かんで離れなかった。
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