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【13話】サプライズ
しおりを挟むレイデン公爵家へ嫁いできてから、半年という時間が過ぎた。
アンバーは今、とても充実した毎日を送っていた。
ジャックやモルガナの仕事の手伝い。
そして、リゼリオと一緒に過ごす時間。
これらが、アンバーの日々に大きな価値を与えてくれていた。
幸せとは、きっとこういうことを言うのかもしれない。
しかし、この生活も既に折り返し地点にきている。
リゼリオとの結婚は、一年限りの限定。
つまり、あと半年したら、終わりが来てしまうのだ。
寂しい。今の時間がもっと続けば良いのに。
終わりが来ることは初めから分かっていたというのに、最近はそんなことばかりを考えてしまう。
一年我慢するだけで、その後の人生は何不自由ない生活を送ることができる。なんて最高な話なんだろう――ここへ来たばかりの頃は、そんな風に舞い上がっていた。
けれど今となっては、喜ぶことなどできはしない。
舞い上がっていた頃の自分が、嘘のように思えてくる。
「どうしたのよアンバー。ボーっとしちゃって」
「……ごめんなさいね。少し考えごとをしていたのよ」
心配そうに見つめてくるモルガナに、アンバーは苦笑する。
今はモルガナと一緒に、通路の清掃を行っているところだ。
清掃中に立ち止まって、ふと考え事をしてしまっていた。
急に体の動きが止まったアンバーを、モルガナは心配してくれたのだろう。
「困ったことがあったら、気にせず何でも言ってよ。どんなに小さなことでも相談に乗るからね。私は何があっても、アンバーの味方だから」
身を乗り出したモルガナは、アンバーの両肩に手を乗せた。
心強い言葉には、これでもかというくらいにびっしりと気持ちがこもっていた。
「ありがとうね」
こんなにも心配してくれるなんて、本当にいい友達をもった。
モルガナに対し、心をこめて感謝を伝える。
それとほとんど同じタイミングで、
「アンバー様!!」
ドタバタと、急ぎ足でメイドが向かってきた。
彼女は確か、一週間前に入ってきたばかりの新人メイドだ。
息は途切れ途切れになっており、落ち着きがない。
とても慌てている。
「至急、食堂に向かってください!」
「食堂? いったいどうしたの?」
現在の時刻は、午後の四時。
夕食を食べる時間にはまだ早い。
「国王様がお見えになられたのです!」
******
メイドから報告を受けたアンバーは、急いで食堂に向かう。
中に入るとすぐ、
「おお! 久しぶりだな、アンバーさん!」
食卓テーブルに座っているボールスが、フレンドリーに手を振ってくれた。
相変わらず元気そうで、トレードマークである大きなお腹も健在だ。
その対面では、リゼリオが着席していた。
頬杖をついて、唇を尖らせている。どうやら、ご機嫌斜めみたいだ。
「お久しぶりです」
相手は国のトップである、国王陛下。
ボールスへ向けて、アンバーは深々と頭を下げた。
「そんなにかしこまらないでくれ。今日の私は国王ではない。新婚の甥がうまくやっているか気になって押しかけてきた、ただのお節介な伯父だ」
気持ちがほぐれていくのを感じる。
以前会ったときにも感じたが、ボールスの声には人を安心させるような不思議な力がある。
今日もそれは健在だった。
「立ったままでは疲れるだろう。まずは座ってくれ」
「はい。失礼いたします」
リゼリオの隣に、ちょこんと腰を下ろす。
「伯父上。ここへ来るのなら、事前に一言言ってからにしてくれ。急に来られても困る。新人のメイドが血相を変えて驚いていたぞ」
「これは失礼した!」
ガッハハハ!
リゼリオの文句を吹き飛ばしてしまうかのような勢いで、ボールスが大きな笑い声を上げた。
「しかしこういうのは、いきなり来た方が面白いからな! サプライズ、というやつだ!」
「まったく迷惑な。自分が国王であるという自覚がないのか……」
リゼリオの口から深いため息が飛んでいく。
ボールスに対し、リゼリオはストレートに感情を出していた。
包み隠さずに自分を表現できるのは、ボールス相手には気を遣う必要がないからだろう。
二人は気ごころが知れた、とても親しい関係のようだ。でなければ、こうはならない。
「お前との会話はこのへんにしてだな……アンバーさん。リゼリオとの結婚生活はどうかな? 困っていることや不便に感じていることはないか?」
「いえ、そのようなことはまったくありません。リゼリオ様も使用人も良い人たちばかりなので、とても楽しく暮らせております」
ここでの生活は最高だ。
不平不満など、あるはずがない。
問題があるとすれば、この生活があと半年で終わってしまうことくらいか。
しかしそれは、ボールスには言えない内容だった。
「そうかそうか!」
弾んだ相槌を打ったボールスは、それはもう満足気に頷いた。
「アンバーさんを選んだ私の眼に狂いはなかったようだな。お前もそう思うだろ?」
「…………そうだな。伯父上を褒めるのは癪だが、それだけは認めざるを得ない。アンバーは俺なんかにはもったいないくらいの、素晴らしい女性だ」
リゼリオの口から放たれたのは、過剰すぎるくらいの褒め言葉。
(私のことを素晴らしいだなんて……!)
そんなことを言われるとは、思ってもいなかった。
驚きと嬉しさが入り混じった感情が、アンバーの体を満たしていく。
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