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第一話「第十三皇女候補」
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朝、カーテンが開けられる音で目を覚ます。
窓から差し込む光が眩しかったが、私は顔を背けることもなく、ただ天井の染み一つない白さを見つめていた。
「おはようございます。第十三皇女候補様」
侍女の声が部屋に響く。
そこには親しみもなければ、敵意もない。
ただ仕事をこなす人間特有の、平坦な響きだけがある。
私は上体を起こし、短く答えた。
「おはよう」
洗面器の水は適温で、差し出されるタオルは柔らかい。
私の世話をする者たちは優秀だ。
「第十三皇女候補」という、いつか何かの役に立つかもしれない「備品」を、最高の状態で管理する術を心得ている。
鏡の前に座る。
映っているのは、色の薄い髪と瞳を持った少女だ。
侍女が櫛を通し、手際よく髪を結い上げていく。
「本日のご予定を確認いたします。午前は歴史学の講義、午後は刺繍の修練、その後、中庭での茶会となっております」
「わかったわ」
私の名前は呼ばれない。
この城に来てから、ずっとそうだ。
ここは女性が統べる国。
皇位を継ぐ者は、数多の候補者の中から選ばれる。
序列第一位から順に、その扱いは明確に異なる。
上位の者は次期皇帝に近い存在として敬われ、下位の者は万が一のための予備として飼われる。
私は第十三位。
上にも下にもそれなりの数がいる、中途半端な位置だ。
だからこそ、私は個人の名前ではなく、序列という記号で識別されるのが最も都合がいい。
相手にされないわけでもなく。
かといって筆頭候補でもない。
私はそういった忙しい番号にいる。
着替えを終え、部屋を出る。
長い廊下を歩くと、靴音が規則正しく響いた。
向こうから、きらびやかな衣装を纏った一団が歩いてくる。
中心にいるのは、序列第三位の皇女候補だ。
彼女の周りには常に人が絶えない。
「ごきげんよう、カテリーナ様」
「本日のドレスも素敵です、カテリーナ様」
すれ違う使用人たちが、彼女の名を呼んで頭を下げる。
彼女は優雅に微笑み、手を振り返す。
その一団が私の横を通り過ぎる時、使用人たちは一瞬だけ表情を改める。
「ごきげんよう、第十三皇女候補様」
その礼の角度は、先ほどカテリーナ様に向けられたものと同じくらい深い。
彼らは私を軽んじているわけではない。
皇族に連なる者への敬意も、礼儀も持っている。
ただ、彼らの瞳に「私」という人間は映っていない。
映っているのは、私の胸元にある序列を示す数字だけだ。
十三位。それ以上でも以下でもない。
それでいい、と私は思う。
名前など、個人を特定するための便宜上の符号に過ぎない。
「第十三皇女候補」という呼び名は、私の役割と立場を過不足なく表している。
これ以上に正確な呼び名はない。
食堂へ向かう途中、一人の青年が扉の横に控えているのが見えた。
黒い詰襟の制服を着た、私の専属使用人だ。
彼は私が近づくと、一歩前に出て扉を開ける動作に移った。
その時、彼の視線が私と合った。
「……おはようございます」
彼の挨拶は、他の者たちとは少し違って聞こえる。
ほんのわずかだが、言葉を発する前に躊躇いがあるような、そんな間があった。
けれど、彼が続ける言葉は決まっている。
「本日の朝食は、白身魚のポワレをご用意しております、第十三皇女候補様」
「そう。ありがとう」
私は頷き、彼が開けてくれた扉をくぐる。
背後で扉が閉まる音がした。
今日もまた、数字で呼ばれる一日が始まる。
私はそのことに何の疑問も抱かず、指定された席へと静かに座った。
窓から差し込む光が眩しかったが、私は顔を背けることもなく、ただ天井の染み一つない白さを見つめていた。
「おはようございます。第十三皇女候補様」
侍女の声が部屋に響く。
そこには親しみもなければ、敵意もない。
ただ仕事をこなす人間特有の、平坦な響きだけがある。
私は上体を起こし、短く答えた。
「おはよう」
洗面器の水は適温で、差し出されるタオルは柔らかい。
私の世話をする者たちは優秀だ。
「第十三皇女候補」という、いつか何かの役に立つかもしれない「備品」を、最高の状態で管理する術を心得ている。
鏡の前に座る。
映っているのは、色の薄い髪と瞳を持った少女だ。
侍女が櫛を通し、手際よく髪を結い上げていく。
「本日のご予定を確認いたします。午前は歴史学の講義、午後は刺繍の修練、その後、中庭での茶会となっております」
「わかったわ」
私の名前は呼ばれない。
この城に来てから、ずっとそうだ。
ここは女性が統べる国。
皇位を継ぐ者は、数多の候補者の中から選ばれる。
序列第一位から順に、その扱いは明確に異なる。
上位の者は次期皇帝に近い存在として敬われ、下位の者は万が一のための予備として飼われる。
私は第十三位。
上にも下にもそれなりの数がいる、中途半端な位置だ。
だからこそ、私は個人の名前ではなく、序列という記号で識別されるのが最も都合がいい。
相手にされないわけでもなく。
かといって筆頭候補でもない。
私はそういった忙しい番号にいる。
着替えを終え、部屋を出る。
長い廊下を歩くと、靴音が規則正しく響いた。
向こうから、きらびやかな衣装を纏った一団が歩いてくる。
中心にいるのは、序列第三位の皇女候補だ。
彼女の周りには常に人が絶えない。
「ごきげんよう、カテリーナ様」
「本日のドレスも素敵です、カテリーナ様」
すれ違う使用人たちが、彼女の名を呼んで頭を下げる。
彼女は優雅に微笑み、手を振り返す。
その一団が私の横を通り過ぎる時、使用人たちは一瞬だけ表情を改める。
「ごきげんよう、第十三皇女候補様」
その礼の角度は、先ほどカテリーナ様に向けられたものと同じくらい深い。
彼らは私を軽んじているわけではない。
皇族に連なる者への敬意も、礼儀も持っている。
ただ、彼らの瞳に「私」という人間は映っていない。
映っているのは、私の胸元にある序列を示す数字だけだ。
十三位。それ以上でも以下でもない。
それでいい、と私は思う。
名前など、個人を特定するための便宜上の符号に過ぎない。
「第十三皇女候補」という呼び名は、私の役割と立場を過不足なく表している。
これ以上に正確な呼び名はない。
食堂へ向かう途中、一人の青年が扉の横に控えているのが見えた。
黒い詰襟の制服を着た、私の専属使用人だ。
彼は私が近づくと、一歩前に出て扉を開ける動作に移った。
その時、彼の視線が私と合った。
「……おはようございます」
彼の挨拶は、他の者たちとは少し違って聞こえる。
ほんのわずかだが、言葉を発する前に躊躇いがあるような、そんな間があった。
けれど、彼が続ける言葉は決まっている。
「本日の朝食は、白身魚のポワレをご用意しております、第十三皇女候補様」
「そう。ありがとう」
私は頷き、彼が開けてくれた扉をくぐる。
背後で扉が閉まる音がした。
今日もまた、数字で呼ばれる一日が始まる。
私はそのことに何の疑問も抱かず、指定された席へと静かに座った。
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