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第2話「数字で呼ばれる日常」
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午後の日差しが中庭に降り注いでいる。
白い屋根の下、私たち皇女候補は円卓を囲んでいた。
日課である茶会の時間だ。
ここの序列には明確な線引きがある。
皇女候補には、一桁(シングル)と二桁(ダブル)という絶対的な格差が存在するからだ。
序列一位から九位までの「一桁」は、正当な後継者候補として扱われる。
彼女たちは名前を持ち、人格を認められ、未来を語る権利がある。
対して、十位以下の「二桁」は、予備部品(スペア)だ。
上位に欠員が出た時だけ補充される、顔のない消耗品。
本来なら、口を利くことも許されないほどの身分差。
それでも私がこの席にいるのには、理由がある。
「慈悲」だ。
上位の者は下位の者に情けをかけ、導かなければならない。
この茶会は、一桁の候補者たちが「指導者としての振る舞い」を練習するための場として機能している。
私は、練習台としてここに座っている。
「マリアンヌ、その髪飾りはとても素敵ね」
口火を切ったのは、序列第三位のカテリーナ様だ。
彼女はカップを置き、隣に座る序列第九位の候補生に微笑みかけた。
「ありがとうございます、カテリーナ様。領地の職人に作らせたのです」
「マリアンヌ」と呼ばれた第九位の候補生は、嬉しそうに頬を染める。
「あなたの瞳の色によく似合っているわ。ねえ、エレナもそう思うでしょう?」
カテリーナ様は同意を求めるように、向かいの席へ視線を向けた。
そこにいるのは序列第六位、エレナ様だ。
「ええ、本当ですわ。カテリーナ様のおっしゃる通り、とても上品なお色ですこと」
彼女たちの会話は滑らかだ。
カテリーナ、マリアンヌ、エレナ。
名前を呼び合い、互いの感性を称賛し合う。
そこには「人間」同士の交流がある。
私はその様子を、背景の一部として眺めていた。
私のカップにも同じ最高級の紅茶が注がれているが、私はまだ口をつけていない。
練習台が、主役より先に喉を潤すわけにはいかないからだ。
一通りの歓談が済んだ頃、カテリーナ様がふと私の方を向いた。
慈悲の時間だ。
「第十三皇女候補」
場の空気が、すっと音を消す。
彼女の瞳から親愛の情が消え、代わりに「管理者の目」が宿る。
「はい」
私は即座に応える。
「最近、体調に変わりはないかしら。季節の変わり目だから、管理には気をつけるようにと医務局から報告があったのだけれど」
彼女が問うのは、私の好みでも、私の思考でもない。
「予備」としてちゃんと機能するかの確認だ。
予備品が錆びついていては、いざという時に困る。彼女は管理者として、在庫のチェックを行っている。
「お気遣いありがとうございます。体調に問題はありません。万全の状態を維持しております」
「そう。それならいいの」
カテリーナ様は満足げに頷いた。
在庫確認は終了だ。
彼女は視線を外し、再びマリアンヌ様へと顔を向けた。
「そういえばマリアンヌ、今度の音楽会で弾く曲は決めたの?」
「ええ、カテリーナ様。実は……」
会話は再び、色彩を帯びた世界へと戻っていく。
彼女たちは笑い、悩み、互いの個性を愛でている。
私は冷めた紅茶を一口飲んだ。
当然の光景だ。
名前がある者たちは、互いの「個」に関心を持つ。
番号しかない者は、その「状態」だけが監視される。
第十三位の私に求められているのは、健康な肉体と、標準的な教養、そして上位者の邪魔をしない静寂だけだ。
彼女たちが楽しげに話す横で、私は自分の役割を全うするために沈黙を守る。
「あら、もうこんな時間」
エレナ様が時計を見て声を上げた。
「そろそろ失礼いたしましょうか。カテリーナ様、マリアンヌ」
「ええ、そうしましょう」
椅子を引く音が重なる。
彼女たちは優雅に立ち上がり、互いに挨拶を交わす。
「ごきげんよう、カテリーナ様」
「また明日、エレナ」
そして最後に、義務を果たすように私の方を向いた。
「ごきげんよう、第十三皇女候補」
三人の声が揃う。
そこには悪意もなければ、差別意識すらない。
彼女たちは、庭の植木や置物に声をかけるのと同じ優しさで、私に声をかけている。
「ごきげんよう」
私も深く頭を下げる。
彼女たちが去っていく。
華やかなドレスの背中を見送りながら、私は思う。
彼女たち一桁の候補者は、いずれ誰かの妻となり、母となり、歴史に名を残すかもしれない。
だが、二桁の私たちは違う。
誰かの代わりとして消費されるか、誰の記憶にも残らず廃棄されるか。
その違いが、このテーブルの上にはっきりと描かれていた。
使用人が私のカップを下げに来る。
私は立ち上がり、服の皺を直した。
今日も私は、正しく「第十三皇女候補」であれた。
その事実に安堵し、私は自室へと戻る足を速めた。
白い屋根の下、私たち皇女候補は円卓を囲んでいた。
日課である茶会の時間だ。
ここの序列には明確な線引きがある。
皇女候補には、一桁(シングル)と二桁(ダブル)という絶対的な格差が存在するからだ。
序列一位から九位までの「一桁」は、正当な後継者候補として扱われる。
彼女たちは名前を持ち、人格を認められ、未来を語る権利がある。
対して、十位以下の「二桁」は、予備部品(スペア)だ。
上位に欠員が出た時だけ補充される、顔のない消耗品。
本来なら、口を利くことも許されないほどの身分差。
それでも私がこの席にいるのには、理由がある。
「慈悲」だ。
上位の者は下位の者に情けをかけ、導かなければならない。
この茶会は、一桁の候補者たちが「指導者としての振る舞い」を練習するための場として機能している。
私は、練習台としてここに座っている。
「マリアンヌ、その髪飾りはとても素敵ね」
口火を切ったのは、序列第三位のカテリーナ様だ。
彼女はカップを置き、隣に座る序列第九位の候補生に微笑みかけた。
「ありがとうございます、カテリーナ様。領地の職人に作らせたのです」
「マリアンヌ」と呼ばれた第九位の候補生は、嬉しそうに頬を染める。
「あなたの瞳の色によく似合っているわ。ねえ、エレナもそう思うでしょう?」
カテリーナ様は同意を求めるように、向かいの席へ視線を向けた。
そこにいるのは序列第六位、エレナ様だ。
「ええ、本当ですわ。カテリーナ様のおっしゃる通り、とても上品なお色ですこと」
彼女たちの会話は滑らかだ。
カテリーナ、マリアンヌ、エレナ。
名前を呼び合い、互いの感性を称賛し合う。
そこには「人間」同士の交流がある。
私はその様子を、背景の一部として眺めていた。
私のカップにも同じ最高級の紅茶が注がれているが、私はまだ口をつけていない。
練習台が、主役より先に喉を潤すわけにはいかないからだ。
一通りの歓談が済んだ頃、カテリーナ様がふと私の方を向いた。
慈悲の時間だ。
「第十三皇女候補」
場の空気が、すっと音を消す。
彼女の瞳から親愛の情が消え、代わりに「管理者の目」が宿る。
「はい」
私は即座に応える。
「最近、体調に変わりはないかしら。季節の変わり目だから、管理には気をつけるようにと医務局から報告があったのだけれど」
彼女が問うのは、私の好みでも、私の思考でもない。
「予備」としてちゃんと機能するかの確認だ。
予備品が錆びついていては、いざという時に困る。彼女は管理者として、在庫のチェックを行っている。
「お気遣いありがとうございます。体調に問題はありません。万全の状態を維持しております」
「そう。それならいいの」
カテリーナ様は満足げに頷いた。
在庫確認は終了だ。
彼女は視線を外し、再びマリアンヌ様へと顔を向けた。
「そういえばマリアンヌ、今度の音楽会で弾く曲は決めたの?」
「ええ、カテリーナ様。実は……」
会話は再び、色彩を帯びた世界へと戻っていく。
彼女たちは笑い、悩み、互いの個性を愛でている。
私は冷めた紅茶を一口飲んだ。
当然の光景だ。
名前がある者たちは、互いの「個」に関心を持つ。
番号しかない者は、その「状態」だけが監視される。
第十三位の私に求められているのは、健康な肉体と、標準的な教養、そして上位者の邪魔をしない静寂だけだ。
彼女たちが楽しげに話す横で、私は自分の役割を全うするために沈黙を守る。
「あら、もうこんな時間」
エレナ様が時計を見て声を上げた。
「そろそろ失礼いたしましょうか。カテリーナ様、マリアンヌ」
「ええ、そうしましょう」
椅子を引く音が重なる。
彼女たちは優雅に立ち上がり、互いに挨拶を交わす。
「ごきげんよう、カテリーナ様」
「また明日、エレナ」
そして最後に、義務を果たすように私の方を向いた。
「ごきげんよう、第十三皇女候補」
三人の声が揃う。
そこには悪意もなければ、差別意識すらない。
彼女たちは、庭の植木や置物に声をかけるのと同じ優しさで、私に声をかけている。
「ごきげんよう」
私も深く頭を下げる。
彼女たちが去っていく。
華やかなドレスの背中を見送りながら、私は思う。
彼女たち一桁の候補者は、いずれ誰かの妻となり、母となり、歴史に名を残すかもしれない。
だが、二桁の私たちは違う。
誰かの代わりとして消費されるか、誰の記憶にも残らず廃棄されるか。
その違いが、このテーブルの上にはっきりと描かれていた。
使用人が私のカップを下げに来る。
私は立ち上がり、服の皺を直した。
今日も私は、正しく「第十三皇女候補」であれた。
その事実に安堵し、私は自室へと戻る足を速めた。
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