その執事は、十三番目の愛を叫ぶ

れおぽん

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第4話「いない者の席」

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夕食の時間は、この城で最も華やかで、最も退屈な時間だ。

シャンデリアの光が降り注ぐ大食堂。
中央に鎮座する長いテーブルには、純白のクロスがかけられ、銀の燭台が等間隔に並んでいる。

席順は序列によって厳密に決められている。

上座に座るのは、序列一位から五位までの上位候補者たち。
その近くに六位から九位が続く。
光が最も明るく当たり、会話の花が咲くのはそのあたりだ。

私は、テーブルの末席に座っている。
上座からは遥か遠く、燭台の光も心なし届いていない気がする。こちらの燭台は最低限だ。

「昨日の歌劇は素晴らしかったわね」

「ええ、特にプリマドンナのアリアが」

遠くから、楽しげな笑い声と会話の断片が反響して聞こえてくる。
まるで、別の国で起きている出来事のようだ。

私の周りには、同じ「二桁」の候補者たちが座っている。
けれど、ここには会話がない。
私たちは皆、自分たちが「数合わせ」であることを理解している。
不用意に口を開いて、食器の音以外のノイズを立てることを良しとしない。

給仕が静かに近づき、私の前に皿を置いた。

「鴨のロースト、ベリーソース添えでございます」

料理の内容は、上座の彼女たちと全く同じだ。
温かいものは温かく、冷たいものは冷たく。
盛り付けも崩れていない。

国は、候補者の栄養管理において節度を持っているからこそ差別をしない。
私たちの肉体は国の資産であり、痩せ細った予備など役に立たない。

それに、曲がりなりにも皇女候補。節度を持ってくれているからこそ待遇に差はない。

私はナイフとフォークを手に取り、肉を切り分ける。
カチャ、と小さな音がした。

ふと、上座の方で大きな笑い声が上がった。
誰かが面白い冗談を言ったのだろう。
数人がこちらの方――正確には、私の背後にある壁のタペストリーの方を見て、何かを指差している。

彼女たちの視線が、私の上を素通りしていく。

目が合わない。
私の存在が見えていないからだ。

もし私がここで突然立ち上がり、大声で歌い出したとしても、彼女たちは「家具が喋った」と驚く程度のことかもしれない。
それほどまでに、私たちは彼女たちの世界の外側にいる。

意地悪で仲間外れにされているわけではない。
ただ、関心を持つ理由がないのだ。
人間が、道端の石ころ一つ一つに名前をつけて挨拶をしないのと同じように。

私は淡々と皿を空にしていく。
隣の席の候補者も、その隣も、同じように静かに手を動かしている。

しばらくして、上座の方から椅子を引く音が聞こえ始めた。
食事を終えた上位者たちが、ラウンジへ移動するために立ち上がったのだ。

「ごちそうさま。今日も美味しかったわ」

華やかなドレスが舞う。
食堂にいた使用人たちが一斉にそちらへ向かい、扉を開けたり、落ちたハンカチを拾ったりと甲斐甲斐しく動き回る。

食堂の隅、薄暗い末席は、静寂に取り残された。

「……失礼するわ」

私はナプキンを手に取り、口元を拭う。
テーブルにそれを置き、小さく息を吐いて立ち上がろうとした。

背後の椅子が、ゆっくりと、私が立ち上がるリズムに合わせて引かれたのを感じた。

「――っ」

私は一瞬、驚いて背後を振り返る。
彼がいた。

他の使用人たちが、きらびやかな上位の皇女候補たちに目を奪われている中で。
彼だけが、誰も見向きもしないこの末席に立っていた。

「お済みですか」

その声はまっすぐに私だけを見つめ、私だけにかけられる。

「……ええ」

私が立ち上がると、彼は音を立てないよう慎重に椅子を戻した。
その手つきは、貴重品を扱うように丁寧だ。

ふと、彼の視線が私の手元に向けられていることに気づく。

「指先が冷えているようです」

彼は誰にも聞こえない声量で呟いた。

「食堂の温度設定は、上座に合わせてありますから」

末席は入り口に近く、風が吹き込みやすい。
そんな些細なことに気づいているのは、おそらくこの広い部屋の中で彼一人だけだ。

「平気よ。部屋に戻れば暖炉があるわ」

「……すぐに部屋を暖めさせておきます」

彼は眉をほんの少しだけ下げて、残念そうに言った。
まるで、私を寒がらせたのが自分の責任であるかのように。

私は食堂を後にする。
誰も私を呼び止めないし、誰も振り返らない。

私がそこにいたことすら、誰も覚えていないだろう。
けれど、私の背後には彼が続いている。

彼だけはずっと、あの一団の輝きには目もくれず、薄暗い席に座る私を見ていたのだ。
そうでなければ、あんなに小さな私の震えに気づくはずがない。

廊下に出ると、夜の空気がひやりと肌を撫でた。
けれど、背後に感じる彼の気配のせいか、先ほどまでの寒さは少しだけ和らいでいる気がした。
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