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第一の事件 「浮き花の姫」事件

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先ほど入れたばかりの麦茶が、苦い。そっと結露した水滴をなぞりながら、一樺いちかは遠慮がちに依頼人を見つめる。

「なに?その目は。アタシの言うことが信じられないわけ?」

「や、そう言うわけじゃないけど。ちょっと動揺はしてまして」

相対しているのは、一樺と同年代の少女。淡い桃の花が描かれた小袖や、波紋が刺繍されている涼しげな手拭いを使っているため、上品なお嬢様と変わりはないのに。キツメの物言いのせいでだいなしである。ほんの少しだけ一樺は、彼女の上等な着物を羨ましく思ってしまう。

ちゃぶ台の上には、コップが三つある。一つは一樺の物、一つは依頼人のもの、そしてもう一つは、一樺と同じく話を聞いていた者の物。

「ねぇ、りん。どう思う?」

依頼人との沈黙に耐えかねた一樺は、音を上げた。

座って話を聞いていた一樺と違い、琳は途中から窓の景色を眺めていた。いくら偉い人の話を聞いていても、琳はこの癖を変えようとは思わないらしい。この前などは、浮城のお偉いさんが来たときにうたた寝をしてたのだから。

「、、、どうって言われてもねぇ」

気だるげに振り向いた琳は、一樺と依頼人を順に眺めた。その瞳は反射する鏡のようで、澄んでいた。感情などは織り込まれてはおらず、琳が聡明な人間であることを再確認させる。慣れている一樺はともかく、依頼人は獣にでも睨まれたような顔をした。

「琳、その目、怖いよ」

「仕方ないじゃない。こういう目なんだから。、、、で、えーっと、なんて言いましたっけ。あなたは」

「ちょっと、、、依頼人の名前を忘れたの?」

「話が長いんだもの。依頼内容が一等大事でしょ?それを覚えていればいいじゃない」

あまりにも間抜けな会話だからか、依頼人はしきりに麦茶を飲んでいた。空いている右手がせわしなく動いている。そうとう困っているようだ。

依頼人の目を盗んで琳を伺う。彼女はさっきの会話とは打って変わって真剣な表情をしていた。どこかこの状況を楽しんでいるような稚拙さも感じるが。

はぁ、とため息をつくと、一樺は琳に着席を促す。素直に着席した琳は足を組みながら頬杖をついた。

そして唐突に。

「明日、くだんの店へ行きますよ。ちょうどお呼ばれしていましたし。それでよろしいですか」

「はぁ?」

「本当ですか?うれしい。じゃ、じゃあ、解いたんですか」

一樺の反応をスルーし、琳はさっさと明日の予定を組んでしまう。琳は依頼人にこっそりと言った。

「幽霊はいますよ。花のごとく姫様がね」




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