お見通しですわ。婚約破棄、承りましたわ。

萩月

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王都、王宮の正門。
かつては規律正しく門兵が立ち並んでいたそこには、今やピンク色のリボンが巻き付けられ、門兵たちは「リリィ様が重い槍は可愛くないと仰ったので」という理由で、頼りない木の杖を手に立っていた。

キサキを乗せた馬車が、砂埃を上げて門の前に急停車する。
予定時刻、一秒の狂いもない到着だ。

「……目も当てられませんわね。ゼノス閣下、見てください。あの門兵の立位姿勢、体幹が緩みきっています。防衛効率が零パーセント以下ですわ」

馬車から降り立ったキサキは、扇で鼻先を覆いながら、冷徹な瞳で王宮を見上げた。

「ああ、酷いな。色彩設計が視神経に与えるストレスを無視している。あの過剰な装飾を剥ぎ取るだけで、王国予算の数パーセントは回収できそうだ」

ゼノスもまた、厳しい表情で後に続く。
二人が一歩足を踏み入れると、そこには地獄絵図が広がっていた。

廊下には行き先を失った書類の山が築かれ、役人たちは「リリィ様が開発した、愛のふわふわダンス」とやらを踊らされ、仕事の合間に強制的なリフレッシュ(時間の無駄)をさせられていた。

「キ、キサキ様! 本当に来てくださったのですね!」

国王が、やつれた顔で奥から駆け寄ってきた。
その隣には、もはや魂が抜けたような表情のアラルド皇太子がいる。

「陛下。挨拶は省きます。契約書通り、私はこれより王宮の全権を掌握しますわ。まず、あの廊下で踊っている無能な集団を元のデスクに戻してください。一秒ごとに王国の国力が漏れ出しています」

「うむ……! 皆の者、キサキの指示に従え! これは王命だ!」

キサキは大きく息を吸い込むと、王宮全体に響き渡る声で宣言した。

「全職員に告げます! これより、王宮の『大掃除』を開始します。掃除と言っても、塵を払うだけではありません。不要な装飾、非効率な慣習、そして『無能な意思決定』を全て排除しますわ!」

キサキの指揮は、雷光のごとき速さだった。

「まず、そのピンクのリボンを全て焼却処分! 視覚的なノイズは判断力を鈍らせます。次に、全ての書類を『丸文字』から『標準公用書体』へ書き直しなさい。解読に三秒以上かかる文字は、文字としての機能を果たしていません!」

「な、なんて横暴な! それはリリィがみんなのために……」

そこへ、騒ぎを聞きつけたリリィが、涙を浮かべて現れた。

「キサキ様! またそんな冷たいことを! 王宮が可愛くないと、みんなの心が乾いちゃうんですぅ!」

キサキは歩みを止めず、リリィを正面から見据えた。

「リリィ様。貴女の言う『心の潤い』とやらで、隣国との貿易赤字が埋まりますか? 貴女が飾ったそのフリルの維持費だけで、北部の村三つが冬を越せる食料が買えるのですよ。貴女のあざとさは、今や国家を滅ぼす猛毒ですわ」

「毒……!? ひどい、リリィはただ、みんなを笑顔に……」

「笑顔で餓死したい者がどこにいますか。……ゼノス閣下、お願いします」

ゼノスが静かに前に出ると、冷徹な圧力が周囲を支配した。

「リリィ殿。貴女の行為は、帝国の経済圏に対する重大な妨害行為とみなされている。これ以上、キサキの業務を妨げるならば、貴女を『非効率の象徴』として我が国の特別拘置所に招待することになるが、構わないな?」

「……っ。な、なによその怖い顔……! アラルド様ぁ!」

助けを求めてリリィがアラルドにすがりつく。
だが、アラルドはキサキの鮮やかな手腕に見惚れ、呆然と立ち尽くしていた。

「……凄い。キサキが指示を出した瞬間、滞っていた人流が動き始めた。あいつが、あいつこそが、この国を回していた真の心臓だったんだ……」

アラルドの呟きを、キサキは鼻で笑い飛ばした。

「気づくのが遅すぎますわ、殿下。……さて、次は財務局へ向かいます。リリィ様が勝手に発行した『愛のクーポン券』を全て無効化し、通貨価値を正常化させますわよ。バーンズ! 記録の準備は!」

「はい! お嬢様、ペンが追いつきませんぞ!」

キサキの「大掃除」が始まってわずか一時間。
死に体だった王宮は、かつてないほどの緊張感と、それ以上の「爆速」を取り戻し始めていた。

キサキは、廊下に落ちていたピンク色のリボンを無造作に踏みつけ、最速の歩みで執務室へと突進した。
彼女の背中には、一切の無駄を許さない「効率の炎」が、誰よりも熱く燃え盛っていたのである。
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