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キサキとゼノスが、領地の「次世代型・高速農耕機」の設計図を前に、〇・一ミリ単位の修正議論を行っていた時のことだ。
事務室の扉が、壊れんばかりの勢いで蹴破られた。
「キサキ様! アデレード公爵令嬢、キサキ様はいらっしゃいますかぁ!」
現れたのは、かつてのキサキの部下でもあった王宮の若手書記官だ。
彼は、三日間寝ずに馬を飛ばしてきたのか、髪はボサボサで目の下には深い隈がある。
キサキは冷静に時計を確認した。
「……定刻外の訪問。扉の損壊コスト、および私の集中力の阻害による損失……。書記官さん、貴方の年収の三倍は請求させていただきますわよ」
「そんなこと、どうでもいいんです! 助けてください! 王宮が……我が国の経済が、完全に停止しました!」
書記官は、床に膝をついて泣き叫んだ。
「停止? 大袈裟な。私が構築した自動決裁システムと、マニュアルがあるはずでしょう?」
「それが……リリィ様が『この文字、角張っていて可愛くないから』と、全て丸文字に書き直させまして! その結果、解読不能な書類が山積みになり、物流が止まり、挙句の果てに財務大臣が過労で倒れました!」
キサキは冷ややかな瞳で、ゼノスと顔を見合わせた。
「……ゼノス閣下。どう思われますか?」
「論外だな。システムを感情(可愛い)で改竄するなど、セキュリティ意識が低すぎる。そのまま滅びるのが、自然淘汰というものだろう」
ゼノスが切り捨てると、書記官はさらに必死に食らいついた。
「王様からの親書です! 『キサキ、頼む! 婚約破棄の件は白紙にするし、アラルドも再教育する! だから戻って、この地獄のような事務作業を終わらせてくれ!』……と!」
キサキは差し出された親書を、指先でつまむようにして受け取った。
一瞥するなり、彼女はそれを灰皿へと放り込んだ。
「却下します。白紙に戻す? 一度実行されたプログラムのロールバックには、膨大なコストがかかりますの。今の私には、この領地の生産性を高めるという優先タスクがありますわ」
「そんな! このままでは、冬の間の食料配分が滞り、国民が飢えます!」
「……。飢え、ですか。それは国家のリソース管理能力の欠如の結果ですわね」
キサキは無情に言い放ったが、ゼノスがその眼鏡を光らせて口を開いた。
「待て、キサキ。これは、ビジネスチャンスではないか?」
「ビジネスチャンス、と言いますと?」
「隣国の経済が完全に崩壊すれば、我がガルシア帝国にも波及する。だが、君が『外部コンサルタント』として王宮に乗り込み、最短で問題を解決すればどうなる? 王室に莫大な貸しを作れる上に、君の『効率化理論』の有効性を世界に知らしめる絶好のデモンストレーションになる」
キサキは顎に手を当て、脳内計算機をフル稼働させた。
「……なるほど。国家レベルのデバッグ作業。確かに、やりがいはありますわね。それに、リリィ様が散らかした『丸文字のゴミ』を、シュレッダーにかける快感……。それは、私の精神衛生上、非常に高い利益をもたらすかもしれませんわ」
キサキは不敵に微笑み、跪いたままの書記官を見下ろした。
「分かりました。引き受けましょう。ただし、私は公爵令嬢としてではなく、『超高速・経営再建アドバイザー』として伺います。私の報酬は、削減した無駄な経費の二十パーセント。それと、王宮内の全職員に対する完全なる指揮権を要求しますわ」
「はい! 王様も『何でも差し出すから早く来てくれ』と仰っています!」
「よろしい。移動時間は一秒も無駄にしません。ゼノス閣下、貴方も同行していただけますわね? 王国の腐った組織を、隣国の宰相という外圧で一気に叩き潰したいのです」
「喜んで。君の隣で、無能な連中が論理の刃に倒れる姿を特等席で眺めるとしよう」
二人は、恋人同士というよりも、最強の傭兵コンビのような殺気を放ちながら、即座に荷造りを開始した。
「マーサ! 五分で出発するわよ! 王都までの馬車の速度を、限界まで上げるように御者に伝えなさい! 一分遅れるごとに、王国の借金が増えると思いなさい!」
「……お嬢様、もうすでに目が『狩人』のそれになっていますわよ……」
かつて自分を追い出した王宮へ、キサキは復讐のためではなく、より冷徹な「最適化」のために舞い戻る決意をした。
「待っていなさい、アラルド殿下。リリィ様。貴方たちの非効率なユートピアを、今から五分で解体して差し上げますわ」
キサキの瞳に、王都を焼き尽くす……もとい、整理整頓し尽くす情熱の炎が灯った。
事務室の扉が、壊れんばかりの勢いで蹴破られた。
「キサキ様! アデレード公爵令嬢、キサキ様はいらっしゃいますかぁ!」
現れたのは、かつてのキサキの部下でもあった王宮の若手書記官だ。
彼は、三日間寝ずに馬を飛ばしてきたのか、髪はボサボサで目の下には深い隈がある。
キサキは冷静に時計を確認した。
「……定刻外の訪問。扉の損壊コスト、および私の集中力の阻害による損失……。書記官さん、貴方の年収の三倍は請求させていただきますわよ」
「そんなこと、どうでもいいんです! 助けてください! 王宮が……我が国の経済が、完全に停止しました!」
書記官は、床に膝をついて泣き叫んだ。
「停止? 大袈裟な。私が構築した自動決裁システムと、マニュアルがあるはずでしょう?」
「それが……リリィ様が『この文字、角張っていて可愛くないから』と、全て丸文字に書き直させまして! その結果、解読不能な書類が山積みになり、物流が止まり、挙句の果てに財務大臣が過労で倒れました!」
キサキは冷ややかな瞳で、ゼノスと顔を見合わせた。
「……ゼノス閣下。どう思われますか?」
「論外だな。システムを感情(可愛い)で改竄するなど、セキュリティ意識が低すぎる。そのまま滅びるのが、自然淘汰というものだろう」
ゼノスが切り捨てると、書記官はさらに必死に食らいついた。
「王様からの親書です! 『キサキ、頼む! 婚約破棄の件は白紙にするし、アラルドも再教育する! だから戻って、この地獄のような事務作業を終わらせてくれ!』……と!」
キサキは差し出された親書を、指先でつまむようにして受け取った。
一瞥するなり、彼女はそれを灰皿へと放り込んだ。
「却下します。白紙に戻す? 一度実行されたプログラムのロールバックには、膨大なコストがかかりますの。今の私には、この領地の生産性を高めるという優先タスクがありますわ」
「そんな! このままでは、冬の間の食料配分が滞り、国民が飢えます!」
「……。飢え、ですか。それは国家のリソース管理能力の欠如の結果ですわね」
キサキは無情に言い放ったが、ゼノスがその眼鏡を光らせて口を開いた。
「待て、キサキ。これは、ビジネスチャンスではないか?」
「ビジネスチャンス、と言いますと?」
「隣国の経済が完全に崩壊すれば、我がガルシア帝国にも波及する。だが、君が『外部コンサルタント』として王宮に乗り込み、最短で問題を解決すればどうなる? 王室に莫大な貸しを作れる上に、君の『効率化理論』の有効性を世界に知らしめる絶好のデモンストレーションになる」
キサキは顎に手を当て、脳内計算機をフル稼働させた。
「……なるほど。国家レベルのデバッグ作業。確かに、やりがいはありますわね。それに、リリィ様が散らかした『丸文字のゴミ』を、シュレッダーにかける快感……。それは、私の精神衛生上、非常に高い利益をもたらすかもしれませんわ」
キサキは不敵に微笑み、跪いたままの書記官を見下ろした。
「分かりました。引き受けましょう。ただし、私は公爵令嬢としてではなく、『超高速・経営再建アドバイザー』として伺います。私の報酬は、削減した無駄な経費の二十パーセント。それと、王宮内の全職員に対する完全なる指揮権を要求しますわ」
「はい! 王様も『何でも差し出すから早く来てくれ』と仰っています!」
「よろしい。移動時間は一秒も無駄にしません。ゼノス閣下、貴方も同行していただけますわね? 王国の腐った組織を、隣国の宰相という外圧で一気に叩き潰したいのです」
「喜んで。君の隣で、無能な連中が論理の刃に倒れる姿を特等席で眺めるとしよう」
二人は、恋人同士というよりも、最強の傭兵コンビのような殺気を放ちながら、即座に荷造りを開始した。
「マーサ! 五分で出発するわよ! 王都までの馬車の速度を、限界まで上げるように御者に伝えなさい! 一分遅れるごとに、王国の借金が増えると思いなさい!」
「……お嬢様、もうすでに目が『狩人』のそれになっていますわよ……」
かつて自分を追い出した王宮へ、キサキは復讐のためではなく、より冷徹な「最適化」のために舞い戻る決意をした。
「待っていなさい、アラルド殿下。リリィ様。貴方たちの非効率なユートピアを、今から五分で解体して差し上げますわ」
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