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王宮の円卓会議室。そこには、重苦しい沈黙……ではなく、凄まじい速度でめくられる紙の音と、計算機の弾打音だけが響いていた。
アラルド皇太子は、震える膝を押さえながら、中央に座る父王と、その横で冷徹にペンを走らせるキサキを見つめていた。
「……さて。アラルド殿下、貴方のこれまでの公的活動に関する『コスト対効果(ROI)』の算出が完了しましたわ」
キサキは、一ミリの無駄もない動作で一枚の報告書を突きつけた。
そこには、真っ赤なインクで描かれた絶望的な右肩下がりのグラフが記されている。
「殿下。貴方がこの一ヶ月で行った執務の総計、およびそれに伴う経済的損失。……結論から申し上げますと、貴方が王位継承者として存在するだけで、王国は年間で金貨一万枚分の機会損失を被っています」
「ま、待てキサキ! 一万枚だと!? 私は……私はただ、リリィに唆されて少し羽目を外しただけで……!」
「『羽目を外す』という情緒的な表現で、国家予算の三パーセントを溶かした事実を隠蔽しないでいただきたい。貴方の決済ミス一回につき、平均して五時間のタイムロスが発生しています。これを全国の役人に換算すると……気が遠くなるような損失ですわ」
キサキは冷淡に言い放ち、手元のストップウォッチをリセットした。
「陛下。これより、アラルド殿下の王位継承権剥奪に関する審議を開始します。目標所要時間は、三分です」
「さ、三分だと!? 一生を左右する大事な儀式を、カップ麺を待つような時間で済ませるつもりか!」
アラルドが椅子を蹴って立ち上がるが、ゼノスが眼鏡を冷たく光らせてそれを制した。
「殿下。無能な人間の進退に三十分かけるのは、時間の冒涜だ。キサキの提示したデータは完璧だ。これ以上の議論は、単なるリソースの浪費に過ぎない」
ゼノスは懐から、隣国の宰相としての連名署名が入った書面を取り出した。
「我がガルシア帝国としても、このような非効率な指導者が隣国の玉座に就くことは、国際的なリスクと判断せざるを得ない。……陛下、賢明なご判断を。残り、二分十五秒です」
国王は、息子の情けない姿と、キサキたちが突きつけた圧倒的な「数字の暴力」を交互に見た。
かつての息子は、見栄えだけは良かった。だが、キサキという名の「完璧な制御装置」を失った彼は、もはや燃費の悪いガラクタ同然だった。
「……分かった。キサキ、ゼノス殿。余も、この国の未来を一秒でも早く正常化したい。アラルド、お前を廃嫡とする! 継承権は第二王子へ移譲し、お前は本日付で辺境の『再教育センター』へ入所せよ!」
「な……父上!? そんな、一分足らずで私の人生が決まってしまうなんて!」
「一分ではありませんわ。一分四十二秒です。予定より大幅に短縮できましたわね」
キサキは満足げに手帳にチェックを入れた。
アラルドは、まるで壊れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「……あ、ああ……。私の栄光が……私の華やかな未来が、たった百秒で……」
「殿下、安心なさい。貴方が辺境で受ける『再教育』。それは、一分間に千回の計算演習と、一秒の狂いもない農作業のタイムアタックです。三ヶ月もすれば、貴方の脳内にある『甘ったれた非効率』は、完璧に削ぎ落とされるでしょう」
「ひ、人殺し……! お前は悪魔か!」
「いいえ。私はただの『効率化の愛好家』ですわ。……はい、警備兵。移送開始。移動時間は五分以内。遅れたら、貴方たちの給与査定にも響きますわよ!」
「はっ! 直ちに!」
警備兵たちは、かつてないほどの俊敏さでアラルドの両脇を抱え、会議室から運び出した。
アラルドの叫び声が廊下に消えていくまで、所要時間はわずか十秒。
「……ふう。これで、この国のメインフレームから最大級のバグが除去されましたわ。陛下、お疲れ様でした」
「……キサキ。お前という娘は、本当に恐ろしいな。だが、お陰で胸のつかえが取れた。余も、これほど短時間で重要な決断をしたのは初めてだ」
国王は、どこか晴れやかな顔で椅子にもたれかかった。
キサキはゼノスと視線を交わし、不敵に微笑んだ。
「最短記録の更新、おめでとうございます。……さて、ゼノス閣下。予定より一分余りましたわね。この一分を使って、王国の新税制に関する予備会談を行いましょうか?」
「ああ。一分もあれば、三つの項目について合意形成が可能だな。始めようか」
二人の天才は、廃嫡された王子のことなど一瞬で記憶のキャッシュから消去し、再び数字が踊る知性の戦場へと戻っていった。
アラルド・フォン・王太子の失脚。
それは、世界で最も短く、そして最も合理的な「断罪」として、王国の歴史に刻まれることとなった。
アラルド皇太子は、震える膝を押さえながら、中央に座る父王と、その横で冷徹にペンを走らせるキサキを見つめていた。
「……さて。アラルド殿下、貴方のこれまでの公的活動に関する『コスト対効果(ROI)』の算出が完了しましたわ」
キサキは、一ミリの無駄もない動作で一枚の報告書を突きつけた。
そこには、真っ赤なインクで描かれた絶望的な右肩下がりのグラフが記されている。
「殿下。貴方がこの一ヶ月で行った執務の総計、およびそれに伴う経済的損失。……結論から申し上げますと、貴方が王位継承者として存在するだけで、王国は年間で金貨一万枚分の機会損失を被っています」
「ま、待てキサキ! 一万枚だと!? 私は……私はただ、リリィに唆されて少し羽目を外しただけで……!」
「『羽目を外す』という情緒的な表現で、国家予算の三パーセントを溶かした事実を隠蔽しないでいただきたい。貴方の決済ミス一回につき、平均して五時間のタイムロスが発生しています。これを全国の役人に換算すると……気が遠くなるような損失ですわ」
キサキは冷淡に言い放ち、手元のストップウォッチをリセットした。
「陛下。これより、アラルド殿下の王位継承権剥奪に関する審議を開始します。目標所要時間は、三分です」
「さ、三分だと!? 一生を左右する大事な儀式を、カップ麺を待つような時間で済ませるつもりか!」
アラルドが椅子を蹴って立ち上がるが、ゼノスが眼鏡を冷たく光らせてそれを制した。
「殿下。無能な人間の進退に三十分かけるのは、時間の冒涜だ。キサキの提示したデータは完璧だ。これ以上の議論は、単なるリソースの浪費に過ぎない」
ゼノスは懐から、隣国の宰相としての連名署名が入った書面を取り出した。
「我がガルシア帝国としても、このような非効率な指導者が隣国の玉座に就くことは、国際的なリスクと判断せざるを得ない。……陛下、賢明なご判断を。残り、二分十五秒です」
国王は、息子の情けない姿と、キサキたちが突きつけた圧倒的な「数字の暴力」を交互に見た。
かつての息子は、見栄えだけは良かった。だが、キサキという名の「完璧な制御装置」を失った彼は、もはや燃費の悪いガラクタ同然だった。
「……分かった。キサキ、ゼノス殿。余も、この国の未来を一秒でも早く正常化したい。アラルド、お前を廃嫡とする! 継承権は第二王子へ移譲し、お前は本日付で辺境の『再教育センター』へ入所せよ!」
「な……父上!? そんな、一分足らずで私の人生が決まってしまうなんて!」
「一分ではありませんわ。一分四十二秒です。予定より大幅に短縮できましたわね」
キサキは満足げに手帳にチェックを入れた。
アラルドは、まるで壊れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「……あ、ああ……。私の栄光が……私の華やかな未来が、たった百秒で……」
「殿下、安心なさい。貴方が辺境で受ける『再教育』。それは、一分間に千回の計算演習と、一秒の狂いもない農作業のタイムアタックです。三ヶ月もすれば、貴方の脳内にある『甘ったれた非効率』は、完璧に削ぎ落とされるでしょう」
「ひ、人殺し……! お前は悪魔か!」
「いいえ。私はただの『効率化の愛好家』ですわ。……はい、警備兵。移送開始。移動時間は五分以内。遅れたら、貴方たちの給与査定にも響きますわよ!」
「はっ! 直ちに!」
警備兵たちは、かつてないほどの俊敏さでアラルドの両脇を抱え、会議室から運び出した。
アラルドの叫び声が廊下に消えていくまで、所要時間はわずか十秒。
「……ふう。これで、この国のメインフレームから最大級のバグが除去されましたわ。陛下、お疲れ様でした」
「……キサキ。お前という娘は、本当に恐ろしいな。だが、お陰で胸のつかえが取れた。余も、これほど短時間で重要な決断をしたのは初めてだ」
国王は、どこか晴れやかな顔で椅子にもたれかかった。
キサキはゼノスと視線を交わし、不敵に微笑んだ。
「最短記録の更新、おめでとうございます。……さて、ゼノス閣下。予定より一分余りましたわね。この一分を使って、王国の新税制に関する予備会談を行いましょうか?」
「ああ。一分もあれば、三つの項目について合意形成が可能だな。始めようか」
二人の天才は、廃嫡された王子のことなど一瞬で記憶のキャッシュから消去し、再び数字が踊る知性の戦場へと戻っていった。
アラルド・フォン・王太子の失脚。
それは、世界で最も短く、そして最も合理的な「断罪」として、王国の歴史に刻まれることとなった。
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