23 / 28
23
しおりを挟む
王宮の円卓会議室。そこには、重苦しい沈黙……ではなく、凄まじい速度でめくられる紙の音と、計算機の弾打音だけが響いていた。
アラルド皇太子は、震える膝を押さえながら、中央に座る父王と、その横で冷徹にペンを走らせるキサキを見つめていた。
「……さて。アラルド殿下、貴方のこれまでの公的活動に関する『コスト対効果(ROI)』の算出が完了しましたわ」
キサキは、一ミリの無駄もない動作で一枚の報告書を突きつけた。
そこには、真っ赤なインクで描かれた絶望的な右肩下がりのグラフが記されている。
「殿下。貴方がこの一ヶ月で行った執務の総計、およびそれに伴う経済的損失。……結論から申し上げますと、貴方が王位継承者として存在するだけで、王国は年間で金貨一万枚分の機会損失を被っています」
「ま、待てキサキ! 一万枚だと!? 私は……私はただ、リリィに唆されて少し羽目を外しただけで……!」
「『羽目を外す』という情緒的な表現で、国家予算の三パーセントを溶かした事実を隠蔽しないでいただきたい。貴方の決済ミス一回につき、平均して五時間のタイムロスが発生しています。これを全国の役人に換算すると……気が遠くなるような損失ですわ」
キサキは冷淡に言い放ち、手元のストップウォッチをリセットした。
「陛下。これより、アラルド殿下の王位継承権剥奪に関する審議を開始します。目標所要時間は、三分です」
「さ、三分だと!? 一生を左右する大事な儀式を、カップ麺を待つような時間で済ませるつもりか!」
アラルドが椅子を蹴って立ち上がるが、ゼノスが眼鏡を冷たく光らせてそれを制した。
「殿下。無能な人間の進退に三十分かけるのは、時間の冒涜だ。キサキの提示したデータは完璧だ。これ以上の議論は、単なるリソースの浪費に過ぎない」
ゼノスは懐から、隣国の宰相としての連名署名が入った書面を取り出した。
「我がガルシア帝国としても、このような非効率な指導者が隣国の玉座に就くことは、国際的なリスクと判断せざるを得ない。……陛下、賢明なご判断を。残り、二分十五秒です」
国王は、息子の情けない姿と、キサキたちが突きつけた圧倒的な「数字の暴力」を交互に見た。
かつての息子は、見栄えだけは良かった。だが、キサキという名の「完璧な制御装置」を失った彼は、もはや燃費の悪いガラクタ同然だった。
「……分かった。キサキ、ゼノス殿。余も、この国の未来を一秒でも早く正常化したい。アラルド、お前を廃嫡とする! 継承権は第二王子へ移譲し、お前は本日付で辺境の『再教育センター』へ入所せよ!」
「な……父上!? そんな、一分足らずで私の人生が決まってしまうなんて!」
「一分ではありませんわ。一分四十二秒です。予定より大幅に短縮できましたわね」
キサキは満足げに手帳にチェックを入れた。
アラルドは、まるで壊れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「……あ、ああ……。私の栄光が……私の華やかな未来が、たった百秒で……」
「殿下、安心なさい。貴方が辺境で受ける『再教育』。それは、一分間に千回の計算演習と、一秒の狂いもない農作業のタイムアタックです。三ヶ月もすれば、貴方の脳内にある『甘ったれた非効率』は、完璧に削ぎ落とされるでしょう」
「ひ、人殺し……! お前は悪魔か!」
「いいえ。私はただの『効率化の愛好家』ですわ。……はい、警備兵。移送開始。移動時間は五分以内。遅れたら、貴方たちの給与査定にも響きますわよ!」
「はっ! 直ちに!」
警備兵たちは、かつてないほどの俊敏さでアラルドの両脇を抱え、会議室から運び出した。
アラルドの叫び声が廊下に消えていくまで、所要時間はわずか十秒。
「……ふう。これで、この国のメインフレームから最大級のバグが除去されましたわ。陛下、お疲れ様でした」
「……キサキ。お前という娘は、本当に恐ろしいな。だが、お陰で胸のつかえが取れた。余も、これほど短時間で重要な決断をしたのは初めてだ」
国王は、どこか晴れやかな顔で椅子にもたれかかった。
キサキはゼノスと視線を交わし、不敵に微笑んだ。
「最短記録の更新、おめでとうございます。……さて、ゼノス閣下。予定より一分余りましたわね。この一分を使って、王国の新税制に関する予備会談を行いましょうか?」
「ああ。一分もあれば、三つの項目について合意形成が可能だな。始めようか」
二人の天才は、廃嫡された王子のことなど一瞬で記憶のキャッシュから消去し、再び数字が踊る知性の戦場へと戻っていった。
アラルド・フォン・王太子の失脚。
それは、世界で最も短く、そして最も合理的な「断罪」として、王国の歴史に刻まれることとなった。
アラルド皇太子は、震える膝を押さえながら、中央に座る父王と、その横で冷徹にペンを走らせるキサキを見つめていた。
「……さて。アラルド殿下、貴方のこれまでの公的活動に関する『コスト対効果(ROI)』の算出が完了しましたわ」
キサキは、一ミリの無駄もない動作で一枚の報告書を突きつけた。
そこには、真っ赤なインクで描かれた絶望的な右肩下がりのグラフが記されている。
「殿下。貴方がこの一ヶ月で行った執務の総計、およびそれに伴う経済的損失。……結論から申し上げますと、貴方が王位継承者として存在するだけで、王国は年間で金貨一万枚分の機会損失を被っています」
「ま、待てキサキ! 一万枚だと!? 私は……私はただ、リリィに唆されて少し羽目を外しただけで……!」
「『羽目を外す』という情緒的な表現で、国家予算の三パーセントを溶かした事実を隠蔽しないでいただきたい。貴方の決済ミス一回につき、平均して五時間のタイムロスが発生しています。これを全国の役人に換算すると……気が遠くなるような損失ですわ」
キサキは冷淡に言い放ち、手元のストップウォッチをリセットした。
「陛下。これより、アラルド殿下の王位継承権剥奪に関する審議を開始します。目標所要時間は、三分です」
「さ、三分だと!? 一生を左右する大事な儀式を、カップ麺を待つような時間で済ませるつもりか!」
アラルドが椅子を蹴って立ち上がるが、ゼノスが眼鏡を冷たく光らせてそれを制した。
「殿下。無能な人間の進退に三十分かけるのは、時間の冒涜だ。キサキの提示したデータは完璧だ。これ以上の議論は、単なるリソースの浪費に過ぎない」
ゼノスは懐から、隣国の宰相としての連名署名が入った書面を取り出した。
「我がガルシア帝国としても、このような非効率な指導者が隣国の玉座に就くことは、国際的なリスクと判断せざるを得ない。……陛下、賢明なご判断を。残り、二分十五秒です」
国王は、息子の情けない姿と、キサキたちが突きつけた圧倒的な「数字の暴力」を交互に見た。
かつての息子は、見栄えだけは良かった。だが、キサキという名の「完璧な制御装置」を失った彼は、もはや燃費の悪いガラクタ同然だった。
「……分かった。キサキ、ゼノス殿。余も、この国の未来を一秒でも早く正常化したい。アラルド、お前を廃嫡とする! 継承権は第二王子へ移譲し、お前は本日付で辺境の『再教育センター』へ入所せよ!」
「な……父上!? そんな、一分足らずで私の人生が決まってしまうなんて!」
「一分ではありませんわ。一分四十二秒です。予定より大幅に短縮できましたわね」
キサキは満足げに手帳にチェックを入れた。
アラルドは、まるで壊れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「……あ、ああ……。私の栄光が……私の華やかな未来が、たった百秒で……」
「殿下、安心なさい。貴方が辺境で受ける『再教育』。それは、一分間に千回の計算演習と、一秒の狂いもない農作業のタイムアタックです。三ヶ月もすれば、貴方の脳内にある『甘ったれた非効率』は、完璧に削ぎ落とされるでしょう」
「ひ、人殺し……! お前は悪魔か!」
「いいえ。私はただの『効率化の愛好家』ですわ。……はい、警備兵。移送開始。移動時間は五分以内。遅れたら、貴方たちの給与査定にも響きますわよ!」
「はっ! 直ちに!」
警備兵たちは、かつてないほどの俊敏さでアラルドの両脇を抱え、会議室から運び出した。
アラルドの叫び声が廊下に消えていくまで、所要時間はわずか十秒。
「……ふう。これで、この国のメインフレームから最大級のバグが除去されましたわ。陛下、お疲れ様でした」
「……キサキ。お前という娘は、本当に恐ろしいな。だが、お陰で胸のつかえが取れた。余も、これほど短時間で重要な決断をしたのは初めてだ」
国王は、どこか晴れやかな顔で椅子にもたれかかった。
キサキはゼノスと視線を交わし、不敵に微笑んだ。
「最短記録の更新、おめでとうございます。……さて、ゼノス閣下。予定より一分余りましたわね。この一分を使って、王国の新税制に関する予備会談を行いましょうか?」
「ああ。一分もあれば、三つの項目について合意形成が可能だな。始めようか」
二人の天才は、廃嫡された王子のことなど一瞬で記憶のキャッシュから消去し、再び数字が踊る知性の戦場へと戻っていった。
アラルド・フォン・王太子の失脚。
それは、世界で最も短く、そして最も合理的な「断罪」として、王国の歴史に刻まれることとなった。
0
あなたにおすすめの小説
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした
ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。
自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。
そんなある日、彼女は見てしまう。
婚約者に詰め寄る聖女の姿を。
「いつになったら婚約破棄するの!?」
「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」
なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。
それを目撃したリンシアは、決意する。
「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」
もう泣いていた過去の自分はいない。
前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。
☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m
☆10万文字前後完結予定です
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
【完結】旦那に愛人がいると知ってから
よどら文鳥
恋愛
私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。
だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。
それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。
だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。
「……あの女、誰……!?」
この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。
だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。
※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる