お見通しですわ。婚約破棄、承りましたわ。

萩月

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ガルシア帝国の帝都。その中心にそびえ立つ大聖堂は、今日、歴史上もっとも「回転率の良い」結婚式の舞台となっていた。

教会の扉が開くと同時に、キサキは純白のウェディングドレスを翻し、時速四キロの正確なピッチでバージンロードを進んでいく。
その隣を歩くゼノスもまた、軍隊のような規則正しい歩調で、彼女との距離を一定に保っていた。

「……ゼノス様。現在の進行状況、予定より五秒の遅延が発生しています。入り口でのベールの整えに時間をかけすぎましたわ」

「気にするな、キサキ。誓いの言葉を〇・五秒短縮すれば十分にリカバリー可能な範囲だ。それよりも、君のドレスの光沢率……計算以上の美しさだな。私の視神経が、処理しきれないほどの多幸感を受信している」

「あら、嬉しい。このドレス、空気抵抗を最小限にするためにフリルを削ぎ落としましたの。……さあ、祭壇ですわ。巻いていきましょう」

二人は神父の前に立つなり、彼が口を開く前に「誓います」と声を揃えた。

「え、あ、まだ聖書の朗読が……」

「神父様。神への愛は心の中にアーカイブされています。読み上げは時間の重複(冗長性)ですわ。指輪の交換を、最短ルートで」

キサキの威圧感に、神父は震えながら指輪のクッションを差し出した。
ゼノスはキサキの左手を取ると、昨日シミュレーションした通りの「摩擦係数を最小にした角度」で、一瞬のうちに指輪を滑り込ませた。

「……装着完了。誤差零・一ミリ以内だ。完璧だ、キサキ」

「ええ、私も。……はい、完了ですわ! 退場!」

二人は誓いのキスを一秒で済ませると、参列者が拍手をする暇もないほどの速さで、再びバージンロードを逆走して退場した。
所要時間、わずか三分十五秒。帝国の歴史に残る「最速の挙式」であった。

続いて行われた披露宴会場もまた、異常なまでの効率化が図られていた。

「皆様、お忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。本日の披露宴のアジェンダは以下の通りです。……一、食事。二、祝辞(三十秒以内)。三、解散。……以上です!」

キサキが壇上で簡潔に述べると、会場には一斉に料理が運ばれてきた。
配膳を担当するのは、キサキが直接指導した「給仕ロボット並みの正確さを持つ」特訓済みの使用人たちだ。

「……見てください、あの流れるような配膳。一テーブルへのサービス時間が、従来の十分の一に短縮されていますわ」

「素晴らしいな。料理も、一口で最高の栄養と味を楽しめる『高密度・多層テリーヌ』だ。これなら咀嚼回数を抑えつつ、ゲストの満足度を最大化できる」

ゼノスは満足げにワインを一口含んだ。
そこへ、一人の老貴族が「お祝いの長口上を……」と立ち上がろうとした。

「……あ、あの、ゼノス閣下。一言、私からお祝いの言葉を……ええと、私が若かった頃の閣下は……」

「却下します、伯爵。貴方の過去の回想録は、後でメール……いえ、書面で提出してください。今の五分間は、ゲストが温かいスープを飲むために最適化された時間です。ノイズを混入させないでいただきたい」

キサキが扇をパシリと閉じると、老貴族は「……はい」と言って即座に座り込んだ。
会場のゲストたちは、最初こそ戸惑っていたものの、次第にこの「無駄のない宴」に居心地の良さを感じ始めていた。

「なあ、これ最高じゃないか? いつもなら退屈な話を聞かされて料理が冷めるのに、今は食べることに集中できる」

「本当ね。それに、引き出物も『後日、自宅に最短ルートで届く目録』だけだから、帰りの荷物もなくて助かるわ!」

ゲストの幸福指数が、キサキの脳内モニター上でぐんぐんと上昇していく。
効率は、時として最高のホスピタリティになり得るのだ。

「……ゼノス様。見てください。ゲストの咀嚼リズムが一定になり、会場全体のエネルギー効率が最適化されていますわ」

「ああ。これこそが私の夢見た結婚式だ、キサキ。……だが、一つだけ予定外の事象が発生している」

ゼノスが、少しだけ困ったような、しかし幸せそうな顔でキサキを見つめた。

「どうしたのですか、閣下」

「私の胸の鼓動だ。君とこうして並んでいるだけで、計算機が弾き出せないほどの『愛』という名の熱量が放出されている。これでは、私の燃費が悪くなってしまうな」

「……。それは困りましたわね。ですが、私も同じですわ。ゼノス様、貴方の隣にいると、私の論理回路が……少しだけ、甘いメロディを奏でてしまいますの。これは、一生かけて修正できない『幸せなエラー』かもしれませんわ」

二人は、グラスをカチリと合わせた。
その音は、世界で一番美しく、そして一秒の無駄もない、完璧なハーモニーだった。

「キサキ。披露宴終了まであと十分だ。その後は……二人だけの『新婚旅行(最短移動ルート策定済み)』だな」

「ええ。楽しみにしておりますわ。……さあ、皆様! デザートの摂取まであと三分です! 全力で楽しみ、そして速やかに帰宅の途につきなさい!」

新婦の号令と共に、披露宴は最高潮の盛り上がりのまま、定刻通りにフィナーレへと向かっていった。
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