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王都の公爵邸の前に、軍用レベルの整列を見せる大型馬車の列が並んでいた。
その数、十台。しかし、驚くべきはその積み込みの速さだった。
「三番馬車、積載完了まであと十秒! 重心が左に零・五センチ寄っています、修正なさい!」
キサキの鋭い指示が飛ぶ。
作業に当たっているのは、ゼノスが帝国から呼び寄せた「超高速・物流特殊部隊」の精鋭たちだ。
彼らはキサキの計算したパズルさながらの配置図に従い、無言で、かつ機械のような正確さで荷物を詰め込んでいく。
「……素晴らしいわ、ゼノス様。帝国の物流部隊の練度、私の予想を三パーセント上回っています。これなら、国境越えを含めても予定より二時間は早く帝国へ到着できますわ」
「当然だ、キサキ。君を迎えるための引っ越しだ。一秒の遅延も許されない。……ところで、この五番馬車の中身は?」
「ああ、それは私の『行政改善アーカイブ』ですわ。これまでの失敗例と成功例をデータ化したものです。帝国の官僚たちに、まずはこれを百回音読させるつもりですの」
二人が涼しい顔で「爆速引っ越し」を眺めていると、建物の陰からアデレード公爵が、ハンカチを噛み締めながら現れた。
「キサキ……本当に行ってしまうのだな。私の有能な……いや、最愛の娘が、隣国の宰相に奪われてしまうなんて……。ううっ、この喪失感は金貨万枚でも埋められん……」
「お父様。その泣き言に費やしている三十秒で、公爵領の昨年度の決算報告書に目を通せるはずです。はい、これ」
キサキは、父の手に容赦なく分厚い書類の束を押し付けた。
「これは私が去った後の『公爵家・維持管理マニュアル(改訂版)』です。お父様が迷いそうな判断項目は全てフローチャートにしておきました。これに従えば、お父様の判断能力が通常より五割低下しても、屋敷は回りますわ」
「お前、去り際までなんて実用的な贈り物を……。ああ、でも、このフローチャートの最後が『自分で考えろ、時間の無駄だ』で終わっているのは、少し厳しすぎやしないか?」
「自立を促すための愛の鞭ですわ。……では、お父様。定刻ですので失礼いたします。次にお会いするのは、帝国の効率化が完了した後の、私の結婚披露宴(所要時間三十分予定)ですね」
キサキは父の額に、一瞬だけ別れのキスを落とした(所要時間零・五秒)。
そして、迷いのない足取りで、ゼノスの待つ最高級の「耐震・高速馬車」へと乗り込んだ。
「出発。速度、時速二十キロを維持。街道の轍を避ける最適ルートを選択しなさい」
御者が鞭を振るうと、馬車列は一糸乱れぬ動きで動き出した。
車内は、揺れを最小限に抑える魔導具の働きにより、走る書斎のような静寂に包まれている。
「キサキ、座り心地はどうだ? 君の体型に合わせて、シートの反発係数を調整しておいた」
「完璧ですわ、ゼノス様。これなら移動中に帝国の憲法を三回は読み返せますわね」
「はは、君らしい。……だが、国境を越えるまでは、少しだけ休息を挟まないか? 脳を休めることで、帝国到着後の事務処理速度がさらに十パーセント上がるというデータがある」
ゼノスはそう言うと、キサキの手を優しく引き、自分の肩に彼女の頭を寄せさせた。
「……休息。それも一つの戦略ですわね。では、国境までの四十分間、閣下という名の高性能クッションを拝借しますわ」
「ああ、望むところだ。私の体温が、君の思考をリセットするのに役立つなら幸いだよ」
馬車は、夕暮れの街道を飛ぶような速さで駆け抜けていく。
国境の検問所。
通常であれば数時間はかかる入国審査だが、キサキが事前に作成し、ゼノスが魔導通信で送付しておいた「全荷物・全人員・全動機に関する最短解説書」のおかげで、審査官たちはハンコを押すだけのマシーンと化していた。
「……現在地、帝国領内。予定より一時間十二分の前倒しです」
キサキが目を開け、窓の外に広がる帝国の理路整然とした街並みを見て微笑んだ。
「ようこそ、我が故郷へ。そして、君の新しい戦場(執務室)へ、キサキ」
「ええ。期待していますわよ、ゼノス様。この国を、一分一秒が輝く、世界で最も『美しい』効率の国に変えてみせますわ!」
二人の最強のペアが、ついに帝国の地に降り立った。
それは、非効率な旧時代の終わりと、爆速で進化する新時代の幕開けを告げる、歴史的な引っ越しであった。
その数、十台。しかし、驚くべきはその積み込みの速さだった。
「三番馬車、積載完了まであと十秒! 重心が左に零・五センチ寄っています、修正なさい!」
キサキの鋭い指示が飛ぶ。
作業に当たっているのは、ゼノスが帝国から呼び寄せた「超高速・物流特殊部隊」の精鋭たちだ。
彼らはキサキの計算したパズルさながらの配置図に従い、無言で、かつ機械のような正確さで荷物を詰め込んでいく。
「……素晴らしいわ、ゼノス様。帝国の物流部隊の練度、私の予想を三パーセント上回っています。これなら、国境越えを含めても予定より二時間は早く帝国へ到着できますわ」
「当然だ、キサキ。君を迎えるための引っ越しだ。一秒の遅延も許されない。……ところで、この五番馬車の中身は?」
「ああ、それは私の『行政改善アーカイブ』ですわ。これまでの失敗例と成功例をデータ化したものです。帝国の官僚たちに、まずはこれを百回音読させるつもりですの」
二人が涼しい顔で「爆速引っ越し」を眺めていると、建物の陰からアデレード公爵が、ハンカチを噛み締めながら現れた。
「キサキ……本当に行ってしまうのだな。私の有能な……いや、最愛の娘が、隣国の宰相に奪われてしまうなんて……。ううっ、この喪失感は金貨万枚でも埋められん……」
「お父様。その泣き言に費やしている三十秒で、公爵領の昨年度の決算報告書に目を通せるはずです。はい、これ」
キサキは、父の手に容赦なく分厚い書類の束を押し付けた。
「これは私が去った後の『公爵家・維持管理マニュアル(改訂版)』です。お父様が迷いそうな判断項目は全てフローチャートにしておきました。これに従えば、お父様の判断能力が通常より五割低下しても、屋敷は回りますわ」
「お前、去り際までなんて実用的な贈り物を……。ああ、でも、このフローチャートの最後が『自分で考えろ、時間の無駄だ』で終わっているのは、少し厳しすぎやしないか?」
「自立を促すための愛の鞭ですわ。……では、お父様。定刻ですので失礼いたします。次にお会いするのは、帝国の効率化が完了した後の、私の結婚披露宴(所要時間三十分予定)ですね」
キサキは父の額に、一瞬だけ別れのキスを落とした(所要時間零・五秒)。
そして、迷いのない足取りで、ゼノスの待つ最高級の「耐震・高速馬車」へと乗り込んだ。
「出発。速度、時速二十キロを維持。街道の轍を避ける最適ルートを選択しなさい」
御者が鞭を振るうと、馬車列は一糸乱れぬ動きで動き出した。
車内は、揺れを最小限に抑える魔導具の働きにより、走る書斎のような静寂に包まれている。
「キサキ、座り心地はどうだ? 君の体型に合わせて、シートの反発係数を調整しておいた」
「完璧ですわ、ゼノス様。これなら移動中に帝国の憲法を三回は読み返せますわね」
「はは、君らしい。……だが、国境を越えるまでは、少しだけ休息を挟まないか? 脳を休めることで、帝国到着後の事務処理速度がさらに十パーセント上がるというデータがある」
ゼノスはそう言うと、キサキの手を優しく引き、自分の肩に彼女の頭を寄せさせた。
「……休息。それも一つの戦略ですわね。では、国境までの四十分間、閣下という名の高性能クッションを拝借しますわ」
「ああ、望むところだ。私の体温が、君の思考をリセットするのに役立つなら幸いだよ」
馬車は、夕暮れの街道を飛ぶような速さで駆け抜けていく。
国境の検問所。
通常であれば数時間はかかる入国審査だが、キサキが事前に作成し、ゼノスが魔導通信で送付しておいた「全荷物・全人員・全動機に関する最短解説書」のおかげで、審査官たちはハンコを押すだけのマシーンと化していた。
「……現在地、帝国領内。予定より一時間十二分の前倒しです」
キサキが目を開け、窓の外に広がる帝国の理路整然とした街並みを見て微笑んだ。
「ようこそ、我が故郷へ。そして、君の新しい戦場(執務室)へ、キサキ」
「ええ。期待していますわよ、ゼノス様。この国を、一分一秒が輝く、世界で最も『美しい』効率の国に変えてみせますわ!」
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