26 / 28
26
王都の公爵邸の前に、軍用レベルの整列を見せる大型馬車の列が並んでいた。
その数、十台。しかし、驚くべきはその積み込みの速さだった。
「三番馬車、積載完了まであと十秒! 重心が左に零・五センチ寄っています、修正なさい!」
キサキの鋭い指示が飛ぶ。
作業に当たっているのは、ゼノスが帝国から呼び寄せた「超高速・物流特殊部隊」の精鋭たちだ。
彼らはキサキの計算したパズルさながらの配置図に従い、無言で、かつ機械のような正確さで荷物を詰め込んでいく。
「……素晴らしいわ、ゼノス様。帝国の物流部隊の練度、私の予想を三パーセント上回っています。これなら、国境越えを含めても予定より二時間は早く帝国へ到着できますわ」
「当然だ、キサキ。君を迎えるための引っ越しだ。一秒の遅延も許されない。……ところで、この五番馬車の中身は?」
「ああ、それは私の『行政改善アーカイブ』ですわ。これまでの失敗例と成功例をデータ化したものです。帝国の官僚たちに、まずはこれを百回音読させるつもりですの」
二人が涼しい顔で「爆速引っ越し」を眺めていると、建物の陰からアデレード公爵が、ハンカチを噛み締めながら現れた。
「キサキ……本当に行ってしまうのだな。私の有能な……いや、最愛の娘が、隣国の宰相に奪われてしまうなんて……。ううっ、この喪失感は金貨万枚でも埋められん……」
「お父様。その泣き言に費やしている三十秒で、公爵領の昨年度の決算報告書に目を通せるはずです。はい、これ」
キサキは、父の手に容赦なく分厚い書類の束を押し付けた。
「これは私が去った後の『公爵家・維持管理マニュアル(改訂版)』です。お父様が迷いそうな判断項目は全てフローチャートにしておきました。これに従えば、お父様の判断能力が通常より五割低下しても、屋敷は回りますわ」
「お前、去り際までなんて実用的な贈り物を……。ああ、でも、このフローチャートの最後が『自分で考えろ、時間の無駄だ』で終わっているのは、少し厳しすぎやしないか?」
「自立を促すための愛の鞭ですわ。……では、お父様。定刻ですので失礼いたします。次にお会いするのは、帝国の効率化が完了した後の、私の結婚披露宴(所要時間三十分予定)ですね」
キサキは父の額に、一瞬だけ別れのキスを落とした(所要時間零・五秒)。
そして、迷いのない足取りで、ゼノスの待つ最高級の「耐震・高速馬車」へと乗り込んだ。
「出発。速度、時速二十キロを維持。街道の轍を避ける最適ルートを選択しなさい」
御者が鞭を振るうと、馬車列は一糸乱れぬ動きで動き出した。
車内は、揺れを最小限に抑える魔導具の働きにより、走る書斎のような静寂に包まれている。
「キサキ、座り心地はどうだ? 君の体型に合わせて、シートの反発係数を調整しておいた」
「完璧ですわ、ゼノス様。これなら移動中に帝国の憲法を三回は読み返せますわね」
「はは、君らしい。……だが、国境を越えるまでは、少しだけ休息を挟まないか? 脳を休めることで、帝国到着後の事務処理速度がさらに十パーセント上がるというデータがある」
ゼノスはそう言うと、キサキの手を優しく引き、自分の肩に彼女の頭を寄せさせた。
「……休息。それも一つの戦略ですわね。では、国境までの四十分間、閣下という名の高性能クッションを拝借しますわ」
「ああ、望むところだ。私の体温が、君の思考をリセットするのに役立つなら幸いだよ」
馬車は、夕暮れの街道を飛ぶような速さで駆け抜けていく。
国境の検問所。
通常であれば数時間はかかる入国審査だが、キサキが事前に作成し、ゼノスが魔導通信で送付しておいた「全荷物・全人員・全動機に関する最短解説書」のおかげで、審査官たちはハンコを押すだけのマシーンと化していた。
「……現在地、帝国領内。予定より一時間十二分の前倒しです」
キサキが目を開け、窓の外に広がる帝国の理路整然とした街並みを見て微笑んだ。
「ようこそ、我が故郷へ。そして、君の新しい戦場(執務室)へ、キサキ」
「ええ。期待していますわよ、ゼノス様。この国を、一分一秒が輝く、世界で最も『美しい』効率の国に変えてみせますわ!」
二人の最強のペアが、ついに帝国の地に降り立った。
それは、非効率な旧時代の終わりと、爆速で進化する新時代の幕開けを告げる、歴史的な引っ越しであった。
その数、十台。しかし、驚くべきはその積み込みの速さだった。
「三番馬車、積載完了まであと十秒! 重心が左に零・五センチ寄っています、修正なさい!」
キサキの鋭い指示が飛ぶ。
作業に当たっているのは、ゼノスが帝国から呼び寄せた「超高速・物流特殊部隊」の精鋭たちだ。
彼らはキサキの計算したパズルさながらの配置図に従い、無言で、かつ機械のような正確さで荷物を詰め込んでいく。
「……素晴らしいわ、ゼノス様。帝国の物流部隊の練度、私の予想を三パーセント上回っています。これなら、国境越えを含めても予定より二時間は早く帝国へ到着できますわ」
「当然だ、キサキ。君を迎えるための引っ越しだ。一秒の遅延も許されない。……ところで、この五番馬車の中身は?」
「ああ、それは私の『行政改善アーカイブ』ですわ。これまでの失敗例と成功例をデータ化したものです。帝国の官僚たちに、まずはこれを百回音読させるつもりですの」
二人が涼しい顔で「爆速引っ越し」を眺めていると、建物の陰からアデレード公爵が、ハンカチを噛み締めながら現れた。
「キサキ……本当に行ってしまうのだな。私の有能な……いや、最愛の娘が、隣国の宰相に奪われてしまうなんて……。ううっ、この喪失感は金貨万枚でも埋められん……」
「お父様。その泣き言に費やしている三十秒で、公爵領の昨年度の決算報告書に目を通せるはずです。はい、これ」
キサキは、父の手に容赦なく分厚い書類の束を押し付けた。
「これは私が去った後の『公爵家・維持管理マニュアル(改訂版)』です。お父様が迷いそうな判断項目は全てフローチャートにしておきました。これに従えば、お父様の判断能力が通常より五割低下しても、屋敷は回りますわ」
「お前、去り際までなんて実用的な贈り物を……。ああ、でも、このフローチャートの最後が『自分で考えろ、時間の無駄だ』で終わっているのは、少し厳しすぎやしないか?」
「自立を促すための愛の鞭ですわ。……では、お父様。定刻ですので失礼いたします。次にお会いするのは、帝国の効率化が完了した後の、私の結婚披露宴(所要時間三十分予定)ですね」
キサキは父の額に、一瞬だけ別れのキスを落とした(所要時間零・五秒)。
そして、迷いのない足取りで、ゼノスの待つ最高級の「耐震・高速馬車」へと乗り込んだ。
「出発。速度、時速二十キロを維持。街道の轍を避ける最適ルートを選択しなさい」
御者が鞭を振るうと、馬車列は一糸乱れぬ動きで動き出した。
車内は、揺れを最小限に抑える魔導具の働きにより、走る書斎のような静寂に包まれている。
「キサキ、座り心地はどうだ? 君の体型に合わせて、シートの反発係数を調整しておいた」
「完璧ですわ、ゼノス様。これなら移動中に帝国の憲法を三回は読み返せますわね」
「はは、君らしい。……だが、国境を越えるまでは、少しだけ休息を挟まないか? 脳を休めることで、帝国到着後の事務処理速度がさらに十パーセント上がるというデータがある」
ゼノスはそう言うと、キサキの手を優しく引き、自分の肩に彼女の頭を寄せさせた。
「……休息。それも一つの戦略ですわね。では、国境までの四十分間、閣下という名の高性能クッションを拝借しますわ」
「ああ、望むところだ。私の体温が、君の思考をリセットするのに役立つなら幸いだよ」
馬車は、夕暮れの街道を飛ぶような速さで駆け抜けていく。
国境の検問所。
通常であれば数時間はかかる入国審査だが、キサキが事前に作成し、ゼノスが魔導通信で送付しておいた「全荷物・全人員・全動機に関する最短解説書」のおかげで、審査官たちはハンコを押すだけのマシーンと化していた。
「……現在地、帝国領内。予定より一時間十二分の前倒しです」
キサキが目を開け、窓の外に広がる帝国の理路整然とした街並みを見て微笑んだ。
「ようこそ、我が故郷へ。そして、君の新しい戦場(執務室)へ、キサキ」
「ええ。期待していますわよ、ゼノス様。この国を、一分一秒が輝く、世界で最も『美しい』効率の国に変えてみせますわ!」
二人の最強のペアが、ついに帝国の地に降り立った。
それは、非効率な旧時代の終わりと、爆速で進化する新時代の幕開けを告げる、歴史的な引っ越しであった。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
何もしなかっただけです
希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。
それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。
――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。
AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
追放された宮廷花師が辺境の荒野に花を咲かせたら、王都の庭園だけが枯れ続けているようです
歩人
ファンタジー
「花を飾るだけの令嬢は不要だ」——王城の庭園を十年守った伯爵令嬢フローラは追放された。
翌月、王城の庭園が一夜にして枯れ果てる。さらに隣国への外交花束を用意できず国際問題に——
フローラの花束に込められた花言葉が、実は外交メッセージそのものだったのだ。
一方、辺境の荒野に降り立ったフローラが地面に触れると花が芽吹き始める。
荒野を花畑に変えていくスローライフの中で、花の感情が色で見える加護が目覚めて——。
[完結]貴方なんか、要りません
シマ
恋愛
私、ロゼッタ・チャールストン15歳には婚約者がいる。
バカで女にだらしなくて、ギャンブル好きのクズだ。公爵家当主に土下座する勢いで頼まれた婚約だったから断われなかった。
だから、条件を付けて学園を卒業するまでに、全てクリアする事を約束した筈なのに……
一つもクリア出来ない貴方なんか要りません。絶対に婚約破棄します。
捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。
彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。
さて、どうなりますでしょうか……
別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。
突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか?
自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。
私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。
それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。
7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。