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(り、りりり、領主様ぁぁぁ!? なんで!? なんでこんな僻地のボロ屋に、そんなキラキラした重要人物が落ちてるの!?)
心臓の鼓動が、もはやドラムの連打のようなリズムを刻み始める。
目の前の男、カイルと名乗った人物は、見るからに仕立ての良い漆黒の服を着こなし、その立ち居振る舞いには隠しきれない気品が溢れていた。
(ダメだ、逃げなきゃ。今すぐ土に潜って、千年くらい冬眠したい。でも足が動かない! 生まれたての小鹿みたいにプルプルしてる!)
私は必死に逃走経路を探そうと目を泳がせた。
だが、私の「目を泳がせる」という行為は、外見上は「獲物の急所を冷徹に品定めする死神の眼光」へと変換される。
「……っ。はは、そんなに睨まないでくれ。別に怪しい者じゃない。ただ、数十年も放置されていた幽霊屋敷から、突如として爆発音と銀色の光が溢れ出したから、様子を見に来ただけなんだ」
カイルはまだ可笑しそうに肩を揺らしている。
(爆発音!? ……あ、さっき玄関を景気よく吹き飛ばした音のことかな。てへっ)
私は、せめてもの謝罪の気持ちを伝えようとした。
(ごめんなさい、ちょっと鍵を開けるのに手間取って、つい魔力が漏れちゃったんです。お騒がせしてすみませんでした、領主様!)
これだけの内容を、私は脳内で完璧に構成した。
そして、勇気を振り絞って口を開く。
「……失礼、した」
(み、短縮しすぎたぁぁぁ! しかも声が低すぎて、地鳴りみたいになってる!)
カイルは一瞬、きょとんとした顔で私を見た。
そして、彼はゆっくりと私に近づき、あろうことか私の顔をじっくりと観察し始めた。
「(……なるほど。口では『失礼した』と短く突き放しているが、心の中は……『てへっ』、か。なんだこの面白い生き物は)」
カイルの独り言は、私の耳には届かない。
ただ、至近距離で見つめられる恐怖に、私の表情筋はついに限界を迎えた。
(うわぁぁぁ、顔が近い! まつ毛長い! 鼻が高い! こんな美形に睨まれたら、私みたいなコミュ障は塵になって消えちゃう!)
あまりの緊張に、私の右頬がピクッと引き攣った。
それは、周囲の人間が見れば「これ以上近づいたら貴様の心臓を抉り出す」という、凶悪なまでの威嚇の合図に他ならない。
「おっと、これ以上は危険かな。だが、君。こんなところで一人で何をしている? 見たところ、ただの浮浪者には見えないが……その杖、公爵家クラスの高級品だろう?」
(ギクッ!? バレた!? というか、公爵家の娘だってバレたら、王都に連れ戻されてまたあの『身代わり』生活に逆戻り……!? それだけは絶対に嫌だぁぁぁ!)
「……捨て、られた」
(あああ、また言葉を削りすぎた! これじゃ『私は絶望して全てを捨てた復讐者です』みたいなニュアンスになっちゃう!)
案の定、カイルの眉がわずかに動いた。
「捨てられた? ……君のような強大な魔力を持つ者がか? この屋敷を一瞬で修復するほどの力があれば、どこへ行っても国賓級の扱いを受けるはずだが」
カイルが屋敷の内装を見渡す。
そこには、私がついさっき「クリーン・アンド・デストロイ」でピカピカにしたばかりの、磨き上げられた大理石の床が輝いていた。
(やばい。やりすぎた。普通、掃除魔法で床の材質まで最高級に変えたりしないよね。魔法オタクの血が騒いじゃったのが仇になった!)
私は慌てて、これ以上詮索されないように話題を逸らそうとした。
(とりあえず、お茶でも出してもてなすべき? でも私、お茶の淹れ方なんて知らないし、茶葉も持ってない! あるのはトランクの中の非常食クッキーだけ!)
「……茶、ない」
(断絶! おもてなしの心、ゼロ! これじゃ『さっさと帰れ』って言ってるのと一緒だよ!)
私は自分の不甲斐なさに、内心で涙を流した。
だが、カイルの反応は私の予想とは正反対だった。
「ふっ……。はははは! そうか、茶はないか! いいよ、それなら僕が持ってこよう。君のような『面白い』隣人ができたんだ。歓迎の印に、僕の秘蔵の茶葉を振る舞わせてもらうよ」
(え……? 持ってきてくれるの? というか、隣人? 領主様の家って近いの!?)
カイルは楽しげに踵を返すと、ひらりと手を振って去っていった。
「明日の午後、また来る。その怖い顔で追い返さないでくれよ、ルミール嬢」
(……えっ!? なんで私の名前を知ってるの!? 私、名乗ってないよね!?)
私は呆然と、彼の背中を見送った。
(まさか、さっきの新聞記事を見たのかな? それとも、魔法で調べられた? ど、どうしよう……! スローライフ初日にして、領主様に正体がバレてるっぽい!)
私はがっくりと膝をついた。
「……はぁ」
(静かな生活……私の、誰にも邪魔されない理想の引きこもりライフが……)
暗くなり始めた玄関ホールで、私は一人、修復されたばかりの贅沢なソファに沈み込んだ。
(でも……。お茶を持ってくるって言ってたよね。私、誰かとお茶を飲むのなんて、ラーナに悪口を言われながら飲んだ時以来かも)
心の片隅に、ほんの少しだけの期待と、それを上回る猛烈な不安が渦巻く。
(明日の午後。それまでに、せめて『毒を盛りそうな顔』を『少し不機嫌そうな顔』くらいまでには緩和させなきゃ……!)
私は鏡の前に立ち、指で自分の口角を無理やり押し上げた。
そこに映っていたのは、口を裂かれた化け物が獲物を求めて微笑んでいるような、この世のものとは思えない恐怖の光景だった。
「……無理、だわ」
私は静かに、鏡の上に布を被せた。
こうして、私の辺境生活は、望んでいたものとは違う方向へと猛スピードで加速し始めたのである。
心臓の鼓動が、もはやドラムの連打のようなリズムを刻み始める。
目の前の男、カイルと名乗った人物は、見るからに仕立ての良い漆黒の服を着こなし、その立ち居振る舞いには隠しきれない気品が溢れていた。
(ダメだ、逃げなきゃ。今すぐ土に潜って、千年くらい冬眠したい。でも足が動かない! 生まれたての小鹿みたいにプルプルしてる!)
私は必死に逃走経路を探そうと目を泳がせた。
だが、私の「目を泳がせる」という行為は、外見上は「獲物の急所を冷徹に品定めする死神の眼光」へと変換される。
「……っ。はは、そんなに睨まないでくれ。別に怪しい者じゃない。ただ、数十年も放置されていた幽霊屋敷から、突如として爆発音と銀色の光が溢れ出したから、様子を見に来ただけなんだ」
カイルはまだ可笑しそうに肩を揺らしている。
(爆発音!? ……あ、さっき玄関を景気よく吹き飛ばした音のことかな。てへっ)
私は、せめてもの謝罪の気持ちを伝えようとした。
(ごめんなさい、ちょっと鍵を開けるのに手間取って、つい魔力が漏れちゃったんです。お騒がせしてすみませんでした、領主様!)
これだけの内容を、私は脳内で完璧に構成した。
そして、勇気を振り絞って口を開く。
「……失礼、した」
(み、短縮しすぎたぁぁぁ! しかも声が低すぎて、地鳴りみたいになってる!)
カイルは一瞬、きょとんとした顔で私を見た。
そして、彼はゆっくりと私に近づき、あろうことか私の顔をじっくりと観察し始めた。
「(……なるほど。口では『失礼した』と短く突き放しているが、心の中は……『てへっ』、か。なんだこの面白い生き物は)」
カイルの独り言は、私の耳には届かない。
ただ、至近距離で見つめられる恐怖に、私の表情筋はついに限界を迎えた。
(うわぁぁぁ、顔が近い! まつ毛長い! 鼻が高い! こんな美形に睨まれたら、私みたいなコミュ障は塵になって消えちゃう!)
あまりの緊張に、私の右頬がピクッと引き攣った。
それは、周囲の人間が見れば「これ以上近づいたら貴様の心臓を抉り出す」という、凶悪なまでの威嚇の合図に他ならない。
「おっと、これ以上は危険かな。だが、君。こんなところで一人で何をしている? 見たところ、ただの浮浪者には見えないが……その杖、公爵家クラスの高級品だろう?」
(ギクッ!? バレた!? というか、公爵家の娘だってバレたら、王都に連れ戻されてまたあの『身代わり』生活に逆戻り……!? それだけは絶対に嫌だぁぁぁ!)
「……捨て、られた」
(あああ、また言葉を削りすぎた! これじゃ『私は絶望して全てを捨てた復讐者です』みたいなニュアンスになっちゃう!)
案の定、カイルの眉がわずかに動いた。
「捨てられた? ……君のような強大な魔力を持つ者がか? この屋敷を一瞬で修復するほどの力があれば、どこへ行っても国賓級の扱いを受けるはずだが」
カイルが屋敷の内装を見渡す。
そこには、私がついさっき「クリーン・アンド・デストロイ」でピカピカにしたばかりの、磨き上げられた大理石の床が輝いていた。
(やばい。やりすぎた。普通、掃除魔法で床の材質まで最高級に変えたりしないよね。魔法オタクの血が騒いじゃったのが仇になった!)
私は慌てて、これ以上詮索されないように話題を逸らそうとした。
(とりあえず、お茶でも出してもてなすべき? でも私、お茶の淹れ方なんて知らないし、茶葉も持ってない! あるのはトランクの中の非常食クッキーだけ!)
「……茶、ない」
(断絶! おもてなしの心、ゼロ! これじゃ『さっさと帰れ』って言ってるのと一緒だよ!)
私は自分の不甲斐なさに、内心で涙を流した。
だが、カイルの反応は私の予想とは正反対だった。
「ふっ……。はははは! そうか、茶はないか! いいよ、それなら僕が持ってこよう。君のような『面白い』隣人ができたんだ。歓迎の印に、僕の秘蔵の茶葉を振る舞わせてもらうよ」
(え……? 持ってきてくれるの? というか、隣人? 領主様の家って近いの!?)
カイルは楽しげに踵を返すと、ひらりと手を振って去っていった。
「明日の午後、また来る。その怖い顔で追い返さないでくれよ、ルミール嬢」
(……えっ!? なんで私の名前を知ってるの!? 私、名乗ってないよね!?)
私は呆然と、彼の背中を見送った。
(まさか、さっきの新聞記事を見たのかな? それとも、魔法で調べられた? ど、どうしよう……! スローライフ初日にして、領主様に正体がバレてるっぽい!)
私はがっくりと膝をついた。
「……はぁ」
(静かな生活……私の、誰にも邪魔されない理想の引きこもりライフが……)
暗くなり始めた玄関ホールで、私は一人、修復されたばかりの贅沢なソファに沈み込んだ。
(でも……。お茶を持ってくるって言ってたよね。私、誰かとお茶を飲むのなんて、ラーナに悪口を言われながら飲んだ時以来かも)
心の片隅に、ほんの少しだけの期待と、それを上回る猛烈な不安が渦巻く。
(明日の午後。それまでに、せめて『毒を盛りそうな顔』を『少し不機嫌そうな顔』くらいまでには緩和させなきゃ……!)
私は鏡の前に立ち、指で自分の口角を無理やり押し上げた。
そこに映っていたのは、口を裂かれた化け物が獲物を求めて微笑んでいるような、この世のものとは思えない恐怖の光景だった。
「……無理、だわ」
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こうして、私の辺境生活は、望んでいたものとは違う方向へと猛スピードで加速し始めたのである。
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