任せていたら、いつの間にか稀代の悪女として婚約破棄されました

萩月

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(……えっ? 今、領主様、なんて言った? 聞こえてる? 私の声が? いやいや、そんなバカな! 私の口は今、鉄壁の処女膜ばりに固く閉じられているはず!)


私は混乱のあまり、ティーカップを持つ手がガクガクと震えた。


その振動により、カップの中の高級茶葉(領主様持参)が小さな津波を起こしている。


「……っ」


私は、必死に動揺を隠そうと、カイル公爵を真っ向から見据えた。


(落ち着け私! この人はただの勘のいいイケメンなだけだ! 超能力者じゃないんだから、心の中まで読めるはずがない!)


しかし、私の「必死に動揺を隠す顔」は、第三者から見れば「隠し持った暗器で今すぐ貴様の喉笛を掻き切る機会を伺っている暗殺者」の表情そのものだった。


「ははは! そんなに殺気立たないでくれ。別に君の秘密を暴こうっていうんじゃない。ただ、君があまりにも……そう、表情豊かだからね」


(表情豊か!? 皮肉!? 嫌味なの!? 私、今、人生で一番無表情な自信があるんだけど!)


カイルは楽しそうにクッキーの二枚目に手を伸ばした。


「ところで、ルミール嬢。君はこれからここで一人で暮らすつもりかい? このあたりは魔物も出るし、行儀の悪い野盗も珍しくない。公爵令嬢が一人で住むには、少々物騒すぎる」


(魔物! 野盗! ……あ、そういえばさっき、庭の隅っこで巨大な角が生えたウサギみたいなのが私を威嚇してたっけ。指先からちょっと火花を出して追い払ったけど)


私は、自分の身を守る能力については全く心配していなかった。


むしろ、私に襲いかかってくる野盗の精神衛生状態の方を心配すべきだろう。


私の顔を見て、無事に逃げ出せる人間がこの世に何人いるというのか。


「……平気、だ」


(「私は魔法が使えますし、顔面が最終兵器なので物理的な防犯対策は完璧です」って言いたい!)


「いや、平気じゃないだろう。昨日だって、玄関を派手に吹き飛ばしていただろ? あんな目立つことをしていたら、すぐに悪い奴らに目をつけられる」


(うぐっ。それは……返す言葉もございません。でも、鍵が錆びついてたんだもん!)


カイルはティーカップを置くと、少し真面目な顔をして私を見つめた。


「そこで提案なんだが。僕が君の『護衛役』として、しばらくこの屋敷に出入りさせてもらえないだろうか」


(……はい? 領主様が、私の、護衛!? なんで!? 暇なの!? 領主のお仕事はどうしたの!?)


あまりの衝撃的提案に、私の思考回路がショートした。


(ダメだダメだ! そんなキラキラした人が毎日来たら、私の心臓が持たない! おもてなしの度に魔力クッキーを焼かなきゃいけないし、何より喋らなきゃいけない雰囲気になっちゃう!)


「……断る」


(「お気持ちは嬉しいですが、身に余る光栄すぎて死んでしまいますので、どうかお引き取りください」という最大限の拒絶!)


私の声は、地底の底から響くような拒絶の響きを帯びていた。


しかし、カイルは全く怯まない。それどころか、彼は私の手を取り、優しく微笑みかけた。


「(『死んでしまいます』……か。そんなに僕のことが好きなのか。それは光栄だな)」


(……ん? 今、なんか変な声が聞こえたような? 空耳? 領主様、口動いてなかったよね?)


カイルは私の手を握ったまま、さらに言葉を重ねる。


「それに、君。実家から追放されたんだろう? 生活費はどうするつもりだ。公爵家からの送金も止まっているはずだ」


(ギクッ……。そ、そういえば。お金のこと、全然考えてなかった! 魔法で金貨を生成するのは禁じられてるし、どうしよう。魔導書の写本でも売って食いつなぐしかないかな……)


私の内面の焦りが、顔面に「絶望と破滅を受け入れた滅亡国家の王女」のような悲壮感を漂わせる。


「僕が支援しよう。その代わり、君の魔法の研究成果を、我が領地の発展のために少しだけ貸してほしい。どうだい、悪い話じゃないだろう?」


(研究成果……。あ、さっきの掃除魔法とか、クッキーとかのこと? そんなのでいいなら、いくらでも教えるけど!)


私は、天から差し伸べられた蜘蛛の糸(黄金製)を掴む決意をした。


ここで断ったら、私は明日から雑草を食べて生活しなければならなくなる。


私はカイルの手を強く握り返した。感謝の印だ。


「……よろしく、頼む」


(「ありがとうございます! 精一杯、領地のために尽力させていただきます!」という熱い抱負!)


しかし、私の握力は、緊張のあまりドラゴンをも絞め殺さんばかりの強度に達していた。


「……っ。あ、ああ。よろしく、ルミール。……手が、手が折れそうだが、君のやる気は十分に伝わったよ」


カイルは顔を引き攣らせながらも、嬉しそうに笑った。


(あ、ごめんなさい! また加減を間違えた! でも、これで私の引きこもり研究ライフの資金源が確保されたわ!)


こうして、私は図らずも、隣国の若き公爵を「護衛兼スポンサー」として招き入れることになった。


カイルが屋敷を去った後、私は一人、修復したリビングでへなへなと座り込んだ。


(……護衛。本当に必要なのかな。私を襲うような勇気ある野盗がいたら、逆に見てみたい気がするけど)


私は窓の外を見た。


そこには、私がさっき追い払ったはずの角付きウサギが、さらに巨大な仲間を引き連れて、屋敷を包囲するように集まっていた。


(……あ。意外と魔物、根に持つタイプだったみたい。やっぱり護衛、いた方がいいかも)


私は再び杖を握りしめ、明日への戦い(主に表情筋のトレーニング)に備えるのだった。
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