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「……着きましたわね。ここがアルベルト様の故郷、パレス・グランデ……。ふふ、建物の造形は及第点ですけれど、空気のコンディションはマイナス五十点ですわ!」
隣国の王宮に足を踏み入れた瞬間、私は扇を広げて鼻先を覆いました。
豪華絢爛な彫刻、金箔が施された柱。
ですが、私の「美のセンサー」は、この空間に漂う微かな「乾燥」と「換気不足」を敏感に察知していました。
「……キラリ、着いて早々ダメ出しはやめてくれ。兄上……国王陛下と王妃様がお待ちだ。頼むから、挨拶の第一声で『肌が死んでいる』などと言わないでくれよ?」
「あら、アルベルト様。私は嘘がつけない不器用な女ですのよ? ……まあ、努力はしてみますわ」
私はエスコートするアルベルト様の腕を軽く叩き、不敵な笑みを浮かべました。
謁見の間の扉が開くと、そこには威厳に満ちた国王陛下と、溜息が出るほど高価なドレスを纏った王妃イザベラ様、そして王女シャーロット様が座っておられました。
「ようこそ、ルミナス公爵令嬢キラリ。我が弟アルベルトから話は聞いている。……君が考案したという美容法が、我が国の宮廷で旋風を巻き起こしているそうだな」
「恐悦至極に存じます、国王陛下。……ですが、陛下。お言葉ですが、今のこのお部屋……あまりにも湿度が足りておりませんわ。そのせいか、王妃様と王女様の扇の使い方が、少しばかり必死に見えますの」
「な……っ!?」
王妃様が持っていた扇を落としそうになり、アルベルト様が「早速やった……」という顔で天を仰ぎました。
ですが、私は止まりません。
美を損なうものを見逃すことは、私の魂が許さないのです。
「王妃様、そのファンデーション。……厚塗りで隠そうとしておられますが、下地の保湿が不十分なせいで、口角のあたりに細かなヒビが入っておりますわよ。そしてシャーロット王女、そちらの甘すぎるお菓子……。糖分の摂りすぎは、お肌の透明感を曇らせる最大の敵ですわ!」
「失礼な! 私はこの国の王妃ですよ!? これでも毎日、最高級のヤギのミルクで顔を洗っているのです!」
「ヤギのミルク? ……ふふ、笑わせないでください。そんな古い手法、今の私には『泥水で洗っている』のと大差ありませんわ。王妃様、真の美しさは妥協からは生まれません。……セバス! 例の『奇跡の洗顔キット』をここへ!」
「はっ、お嬢様。準備万端でございます!」
私は国王陛下の前だということも忘れ、用意していたワゴンを王妃様の目の前へ滑らせました。
周囲の騎士たちが剣を抜きかけますが、王妃様はそのワゴンから漂う、かつて嗅いだこともない高貴で瑞々しい香りに目を輝かせました。
「これは……? バラ、ではなく……もっと奥深く、清涼感のある香りが……」
「北方の高山にのみ咲く『雪解けユリ』のエキスを配合した特製オイルですわ。さあ、王妃様。今すぐその重たい化粧を落としてください。私が、あなたの肌に本当の『呼吸』を思い出させて差し上げます!」
「……母上、いけません! こんな出所のしれないものを……」
「シャーロット、黙りなさい。……この娘の瞳……。本気だわ。本気で私の肌を心配している瞳だわ……!」
王妃様は、何かに導かれるように椅子から立ち上がりました。
そして、まさかの謁見の間での「公開美容指導」が幕を開けたのです。
「いいですか、王妃様。洗顔は『耕す』ように。力任せに擦るのは、お肌という畑に暴風雨を降らせるようなものですわ。もっと優しく……羽毛で撫でるように……」
「……あ、あら? なんて心地よいのかしら。まるで顔が……温かい雲に包まれているみたい……」
「そうですわ、その調子です! さあ、次は王女殿下! あなたもそこのケーキを置いて、こちらへいらっしゃい! その鼻筋の角栓、私が根こそぎ浄化して差し上げますわ!」
三十分後。
謁見の間には、化粧を綺麗に落とし、真っ白な泡で顔を包まれた王妃と王女の姿がありました。
国王陛下は、泡だらけになった妻子を見て、完全に呆然としておられます。
「アルベルト……。この状況をどう説明するつもりだ?」
「……兄上。……諦めてください。彼女の『美の嵐』に巻き込まれたら、王族の権威など泡と一緒に流されるだけです」
「ふう……完成ですわ! さあ、鏡を見てちょうだい!」
私が魔法銀の鏡を差し出すと、そこには……先ほどまでの厚塗り感の消えた、内側から発光するような瑞々しい素肌の二人が映っていました。
「……これが、私? 嘘……毛穴が、毛穴が見えないわ!」
「お母様、お肌が……ピカピカですわ! 私の鼻も、つるつるになっています!」
二人の歓喜の声が、王宮の天井まで突き抜けました。
王妃様は私の手を握りしめ、感激のあまり涙ぐんでいます。
「キラリ! あなたは天才だわ! 今夜の晩餐会、あなたには私の隣に座ってもらいます! この国の貴婦人たちに、あなたのその『魔法』を教えてあげてちょうだい!」
「もちろんですわ。隣国の夜を、私の美学でキラキラに塗り替えて差し上げます。……オーホッホッホッホ!」
高笑いする私の後ろで、アルベルト様が「……これは晩餐会ではなく、美容セミナーになりそうだな」と呟くのが聞こえましたが、私はそれすらも心地よいBGMとして聞き流すのでした。
隣国の王宮に足を踏み入れた瞬間、私は扇を広げて鼻先を覆いました。
豪華絢爛な彫刻、金箔が施された柱。
ですが、私の「美のセンサー」は、この空間に漂う微かな「乾燥」と「換気不足」を敏感に察知していました。
「……キラリ、着いて早々ダメ出しはやめてくれ。兄上……国王陛下と王妃様がお待ちだ。頼むから、挨拶の第一声で『肌が死んでいる』などと言わないでくれよ?」
「あら、アルベルト様。私は嘘がつけない不器用な女ですのよ? ……まあ、努力はしてみますわ」
私はエスコートするアルベルト様の腕を軽く叩き、不敵な笑みを浮かべました。
謁見の間の扉が開くと、そこには威厳に満ちた国王陛下と、溜息が出るほど高価なドレスを纏った王妃イザベラ様、そして王女シャーロット様が座っておられました。
「ようこそ、ルミナス公爵令嬢キラリ。我が弟アルベルトから話は聞いている。……君が考案したという美容法が、我が国の宮廷で旋風を巻き起こしているそうだな」
「恐悦至極に存じます、国王陛下。……ですが、陛下。お言葉ですが、今のこのお部屋……あまりにも湿度が足りておりませんわ。そのせいか、王妃様と王女様の扇の使い方が、少しばかり必死に見えますの」
「な……っ!?」
王妃様が持っていた扇を落としそうになり、アルベルト様が「早速やった……」という顔で天を仰ぎました。
ですが、私は止まりません。
美を損なうものを見逃すことは、私の魂が許さないのです。
「王妃様、そのファンデーション。……厚塗りで隠そうとしておられますが、下地の保湿が不十分なせいで、口角のあたりに細かなヒビが入っておりますわよ。そしてシャーロット王女、そちらの甘すぎるお菓子……。糖分の摂りすぎは、お肌の透明感を曇らせる最大の敵ですわ!」
「失礼な! 私はこの国の王妃ですよ!? これでも毎日、最高級のヤギのミルクで顔を洗っているのです!」
「ヤギのミルク? ……ふふ、笑わせないでください。そんな古い手法、今の私には『泥水で洗っている』のと大差ありませんわ。王妃様、真の美しさは妥協からは生まれません。……セバス! 例の『奇跡の洗顔キット』をここへ!」
「はっ、お嬢様。準備万端でございます!」
私は国王陛下の前だということも忘れ、用意していたワゴンを王妃様の目の前へ滑らせました。
周囲の騎士たちが剣を抜きかけますが、王妃様はそのワゴンから漂う、かつて嗅いだこともない高貴で瑞々しい香りに目を輝かせました。
「これは……? バラ、ではなく……もっと奥深く、清涼感のある香りが……」
「北方の高山にのみ咲く『雪解けユリ』のエキスを配合した特製オイルですわ。さあ、王妃様。今すぐその重たい化粧を落としてください。私が、あなたの肌に本当の『呼吸』を思い出させて差し上げます!」
「……母上、いけません! こんな出所のしれないものを……」
「シャーロット、黙りなさい。……この娘の瞳……。本気だわ。本気で私の肌を心配している瞳だわ……!」
王妃様は、何かに導かれるように椅子から立ち上がりました。
そして、まさかの謁見の間での「公開美容指導」が幕を開けたのです。
「いいですか、王妃様。洗顔は『耕す』ように。力任せに擦るのは、お肌という畑に暴風雨を降らせるようなものですわ。もっと優しく……羽毛で撫でるように……」
「……あ、あら? なんて心地よいのかしら。まるで顔が……温かい雲に包まれているみたい……」
「そうですわ、その調子です! さあ、次は王女殿下! あなたもそこのケーキを置いて、こちらへいらっしゃい! その鼻筋の角栓、私が根こそぎ浄化して差し上げますわ!」
三十分後。
謁見の間には、化粧を綺麗に落とし、真っ白な泡で顔を包まれた王妃と王女の姿がありました。
国王陛下は、泡だらけになった妻子を見て、完全に呆然としておられます。
「アルベルト……。この状況をどう説明するつもりだ?」
「……兄上。……諦めてください。彼女の『美の嵐』に巻き込まれたら、王族の権威など泡と一緒に流されるだけです」
「ふう……完成ですわ! さあ、鏡を見てちょうだい!」
私が魔法銀の鏡を差し出すと、そこには……先ほどまでの厚塗り感の消えた、内側から発光するような瑞々しい素肌の二人が映っていました。
「……これが、私? 嘘……毛穴が、毛穴が見えないわ!」
「お母様、お肌が……ピカピカですわ! 私の鼻も、つるつるになっています!」
二人の歓喜の声が、王宮の天井まで突き抜けました。
王妃様は私の手を握りしめ、感激のあまり涙ぐんでいます。
「キラリ! あなたは天才だわ! 今夜の晩餐会、あなたには私の隣に座ってもらいます! この国の貴婦人たちに、あなたのその『魔法』を教えてあげてちょうだい!」
「もちろんですわ。隣国の夜を、私の美学でキラキラに塗り替えて差し上げます。……オーホッホッホッホ!」
高笑いする私の後ろで、アルベルト様が「……これは晩餐会ではなく、美容セミナーになりそうだな」と呟くのが聞こえましたが、私はそれすらも心地よいBGMとして聞き流すのでした。
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