婚約破棄を受け入れたら溺愛ルートに突入。没落する暇もありません!

萩月

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「な、ななな……何だとぉおおお!?」

我が故郷、ルミナス王国の王宮執務室に、レオン王子の魂の叫びが木霊しました。
その手にあるのは、隣国から届いた公式な親書。
そこには、アルベルト公爵と私、キラリ・フォン・ルミナスの婚約が、両国合意のもとで成立した旨が記されています。

「隣国の『氷の公爵』が、あの狂女と婚約!? 正気か! あんな、隙あらば泥を塗ってくるような女を、一生の伴侶にするというのか!」

「殿下、落ち着いてください! 鼻息で重要書類が飛んでしまいます!」

侍従が慌てて書類を押さえますが、レオン王子の顔はもはや土気色を通り越して、腐ったアボカドのような色味になっていました。
無理もありませんわね。
彼が「ゴミ箱」に捨てたつもりの女が、隣国の「宝石箱」に納まったのですから。

「……ありえない、そんなことがあっていいはずがない! キラリは、私の……私の、便利な『色分け付箋』だったはずだ!」

「殿下、言葉の選び方が最低でございます。……それより、隣国の王妃様からも苦情が来ております。『そちらが追放したせいで、キラリ様が我が国に定住することになった。感謝の印に、最高級の保湿液を送るから、それで自分たちのカサカサな心を潤せ』とのことです」

「嫌味か! 完全に嫌味だろうが!」

レオン様が頭を抱えてのたうち回っている頃、私は隣国の王宮の一室を、すでに「ブライダル・エステ特設会場」へと改造し終えていました。

「セバス! このヴェールの透け感はどうかしら? 私の肌の透明感を殺さず、かつミステリアスな輝きを演出できているかしら?」

「お嬢様、素晴らしいです。もはや布というよりは、空気中の水分が凍って膜を張ったような美しさでございます。……ところで、王宮の門前が大変なことになっておりますぞ」

セバスが窓の外を指差しました。
見ると、そこには行列をなす馬車、馬車、馬車。
隣国の貴族女性たちが、私の「婚約」を知り、あやかろうと殺到しているのです。

「キラリ様! どうか、私にもその『光る泥』を分けてください!」

「公爵夫人に選ばれた秘訣を教えてください! どんな徳を積めば、あんなに毛穴が消えるのですか!」

窓の下から聞こえる悲鳴に近い歓声に、私は満足げに頷きました。
ふふ、これが「美」という名の権力。
王冠よりも重く、剣よりも鋭い力ですわ。

「セバス、門を閉ざしてはいけませんわ。……いいえ、むしろチケットを販売しなさい。『キラリ式・地獄の美肌ブートキャンプ』の参加券ですわ!」

「……地獄、でございますか」

「当たり前でしょう? 美しくなりたいのなら、それ相応の覚悟が必要。……おっと、アルベルト様。そんなところで立ち聞きなんて、美容的に宜しくありませんわよ?」

入り口で、アルベルト様が呆れたように壁に寄りかかっていました。

「……キラリ。君は、自分の結婚式を『一大ビジネス』に変えるつもりか?」

「あら、アルベルト様。美学と経済は表裏一体ですの。……それより、あなた。今朝の洗顔、少し雑だったのではないかしら? 左の小鼻の横に、わずかな油分が残っていますわよ」

「……っ、なぜ分かるんだ」

「私の目は、高性能な顕微鏡と同じですわ。……さあ、こちらへいらっしゃい。結婚式当日、あなたが私の隣で『少しだけマシな顔』をしているのは許せません。世界で一番の『美の置き物』に仕上げて差し上げますわ!」

「……置き物か。まあ、君の隣ならそれも悪くない」

アルベルト様は観念したように、私の用意した施術台へと横たわりました。
私は特製の「引き締めジェル」を手に、無慈悲な……いいえ、深い愛情(エステ)を開始したのでした。

こうして、北の果ての追放令嬢は、一国のトレンドセッターへと上り詰めたのです。
一方、レオン王子の執務室は、未処理の書類と彼のストレスによるニキビの発生により、崩壊の危機を迎えていたのでした。
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