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「……いやああああ! 何よこれ、意味が分からないわ! どうして私が、こんな小難しい数字の羅列を見なきゃいけないのよ!」
ルミナス王宮の一室で、ミナさんの絶叫が響き渡りました。
彼女の目の前には、地方貴族から提出された「治水事業の予算申請書」が山積みになっています。
「ミナ様、叫んでも書類は減りません。……次代の王妃として、領地の経済状況を把握するのは当然の義務でございます」
教育係の老婆が、氷のように冷たい声で告げました。
ミナさんは涙目で、ボサボサになった髪を振り乱しながら訴えます。
「レオン様は『君は花のように笑っていればいい』って言ったのよ!? こんな、加齢臭の漂うおじ様たちが書いた汚い手紙なんて読みたくないわ!」
「……加齢臭、ですか。キラリ様はこれらをすべて、一晩で整理しておられましたが」
「あんなの、あの女が異常なだけよ! あ、見て! 爪が、私の大事なネイルが少し欠けちゃったじゃない! もう嫌、今日はもうおしまい!」
ミナさんがペンを投げ出し、部屋を飛び出そうとしたその時。
扉が開いて、疲れ切った顔のレオン王子と、王国の宰相が姿を現しました。
「ミナ、まだ終わっていないのか? ……宰相が、来期の予算編成が滞っていると私を突き上げに来たんだ。キラリがいた頃は、こんなこと一度もなかったのに……」
「殿下、当然です。……我々も今さら気づいたのですが、キラリ様が行っていたのは単なる事務作業ではありませんでした。……あれは、一種の魔術に近い『国家最適化』です」
宰相が、一冊の分厚いバインダーを机に置きました。
それはキラリが追放前に残していった「事務引き継ぎ書(美の観点から)」でした。
「見てください。彼女は全ての書類を、重要度ではなく『お肌へのストレス度』で分類していました。……『読むと眉間にシワが寄る深刻な苦情』は赤い紙、『読むと心が潤う感謝状』は青い紙。そして、それらを交互に処理することで、精神の平穏を保ち、シワの発生を抑制していたのです」
「……お肌への、ストレス度で分類だと?」
「さらに、彼女が使っていた付箋の香りを分析したところ……。集中力を高めるミントと、リラックス効果のあるラベンダーが、作業効率を最大化する黄金比で調合されていました。……我々が三日かかる仕事を、彼女が三時間で終えていた理由は、この『アロマ・ロジカル・ワーキング』にあったのです!」
レオン様は呆然と、そのバインダーをめくりました。
そこには、キラリの美しい文字で「数字のゼロが歪んでいると、私の角膜が傷つきます。書き直しを命じてください」という、苛烈なまでの美学に基づいた注釈がびっしりと書かれていました。
「彼女にとって、国家運営は『世界を美しく整える作業』に過ぎなかった。……不備のある書類は『毛穴の詰まり』と同じ扱いだったのです。……ミナ様、あなたにこれと同じことができますか?」
「……そんなの、無理よ! 私、そんな変態的な情熱持ってないわ!」
ミナさんが叫ぶと、宰相は深く溜息をつき、レオン様を憐れみの目で見つめました。
「殿下。……我々は、最高性能の『国政維持エンジン』を、ただの『性格のきつい女』だと勘違いして捨ててしまったようです。……現在の王宮の混乱、そして隣国の急速な発展。……これがその代償ですな」
「……っ、そんなことは分かっている! だが、あいつはもう隣国の公爵と……!」
「ええ。隣国からは、キラリ様の指導によって『事務官たちの肌ツヤが劇的に改善し、離職率がゼロになった』という報告が来ております。……今やあちらの国は、世界で最も美しく、効率的な国家へと変貌しつつある」
レオン様は、机の上に突っ伏しました。
隣ではミナさんが「ネイルが、ネイルがぁ……」と、どうでもいいことを呟きながら泣いています。
「……キラリ。お前は、あんなに高笑いしながら、私に何を遺していったんだ……」
「殿下。彼女が遺したのは、絶望的なまでの『格差』ですよ。……美意識の差は、そのまま国力の差になる。……それを、我々は今、身をもって知らされているのです」
王宮の重苦しい空気とは対照的に。
その頃、隣国の私のオフィス……いえ、サロンでは。
「セバス! この予算案、数字の並びがデコボコしていて不愉快ですわ! もっとフォントの美しさにこだわりなさいと、財務省に伝えてちょうだい!」
「かしこまりました。……お嬢様、また隣国の商人たちが、あなたの『事務効率化アロマ』を買い占めたいと行列を作っておりますが」
「ふふ、美しさは伝染するもの。……さあ、世界中のデスクを、私の輝きで満たして差し上げますわ! オーホッホッホッホ!」
私の高笑いは、今や一国の経済を動かす、最も力強いファンファーレとなっていたのでした。
ルミナス王宮の一室で、ミナさんの絶叫が響き渡りました。
彼女の目の前には、地方貴族から提出された「治水事業の予算申請書」が山積みになっています。
「ミナ様、叫んでも書類は減りません。……次代の王妃として、領地の経済状況を把握するのは当然の義務でございます」
教育係の老婆が、氷のように冷たい声で告げました。
ミナさんは涙目で、ボサボサになった髪を振り乱しながら訴えます。
「レオン様は『君は花のように笑っていればいい』って言ったのよ!? こんな、加齢臭の漂うおじ様たちが書いた汚い手紙なんて読みたくないわ!」
「……加齢臭、ですか。キラリ様はこれらをすべて、一晩で整理しておられましたが」
「あんなの、あの女が異常なだけよ! あ、見て! 爪が、私の大事なネイルが少し欠けちゃったじゃない! もう嫌、今日はもうおしまい!」
ミナさんがペンを投げ出し、部屋を飛び出そうとしたその時。
扉が開いて、疲れ切った顔のレオン王子と、王国の宰相が姿を現しました。
「ミナ、まだ終わっていないのか? ……宰相が、来期の予算編成が滞っていると私を突き上げに来たんだ。キラリがいた頃は、こんなこと一度もなかったのに……」
「殿下、当然です。……我々も今さら気づいたのですが、キラリ様が行っていたのは単なる事務作業ではありませんでした。……あれは、一種の魔術に近い『国家最適化』です」
宰相が、一冊の分厚いバインダーを机に置きました。
それはキラリが追放前に残していった「事務引き継ぎ書(美の観点から)」でした。
「見てください。彼女は全ての書類を、重要度ではなく『お肌へのストレス度』で分類していました。……『読むと眉間にシワが寄る深刻な苦情』は赤い紙、『読むと心が潤う感謝状』は青い紙。そして、それらを交互に処理することで、精神の平穏を保ち、シワの発生を抑制していたのです」
「……お肌への、ストレス度で分類だと?」
「さらに、彼女が使っていた付箋の香りを分析したところ……。集中力を高めるミントと、リラックス効果のあるラベンダーが、作業効率を最大化する黄金比で調合されていました。……我々が三日かかる仕事を、彼女が三時間で終えていた理由は、この『アロマ・ロジカル・ワーキング』にあったのです!」
レオン様は呆然と、そのバインダーをめくりました。
そこには、キラリの美しい文字で「数字のゼロが歪んでいると、私の角膜が傷つきます。書き直しを命じてください」という、苛烈なまでの美学に基づいた注釈がびっしりと書かれていました。
「彼女にとって、国家運営は『世界を美しく整える作業』に過ぎなかった。……不備のある書類は『毛穴の詰まり』と同じ扱いだったのです。……ミナ様、あなたにこれと同じことができますか?」
「……そんなの、無理よ! 私、そんな変態的な情熱持ってないわ!」
ミナさんが叫ぶと、宰相は深く溜息をつき、レオン様を憐れみの目で見つめました。
「殿下。……我々は、最高性能の『国政維持エンジン』を、ただの『性格のきつい女』だと勘違いして捨ててしまったようです。……現在の王宮の混乱、そして隣国の急速な発展。……これがその代償ですな」
「……っ、そんなことは分かっている! だが、あいつはもう隣国の公爵と……!」
「ええ。隣国からは、キラリ様の指導によって『事務官たちの肌ツヤが劇的に改善し、離職率がゼロになった』という報告が来ております。……今やあちらの国は、世界で最も美しく、効率的な国家へと変貌しつつある」
レオン様は、机の上に突っ伏しました。
隣ではミナさんが「ネイルが、ネイルがぁ……」と、どうでもいいことを呟きながら泣いています。
「……キラリ。お前は、あんなに高笑いしながら、私に何を遺していったんだ……」
「殿下。彼女が遺したのは、絶望的なまでの『格差』ですよ。……美意識の差は、そのまま国力の差になる。……それを、我々は今、身をもって知らされているのです」
王宮の重苦しい空気とは対照的に。
その頃、隣国の私のオフィス……いえ、サロンでは。
「セバス! この予算案、数字の並びがデコボコしていて不愉快ですわ! もっとフォントの美しさにこだわりなさいと、財務省に伝えてちょうだい!」
「かしこまりました。……お嬢様、また隣国の商人たちが、あなたの『事務効率化アロマ』を買い占めたいと行列を作っておりますが」
「ふふ、美しさは伝染するもの。……さあ、世界中のデスクを、私の輝きで満たして差し上げますわ! オーホッホッホッホ!」
私の高笑いは、今や一国の経済を動かす、最も力強いファンファーレとなっていたのでした。
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