婚約破棄を受け入れたら溺愛ルートに突入。没落する暇もありません!

萩月

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「お嬢様! 大変でございます! 領地の境界線に、我が国の……いえ、ルミナス王国の国境守備隊が集結しております!」

セバスが、額に汗を浮かべて執務室へ飛び込んできました。
私はちょうど、新作の『光る泥パック・ゴールドラベル』の粘度を調整していたところです。
この絶妙な「もっちり感」が、毛穴の汚れを吸着する鍵なんですのよ。

「あら、セバス。血圧を上げると血管が浮き出て、せっかくの執事らしい気品が損なわれますわよ? ……それで、守備隊が何の御用かしら。私のサインでも欲しいの?」

「そんな呑気な状況ではございません! 彼ら、殿下の命令で『泥の流出は国家資源の不法持ち出しにあたる』と主張して、商人の馬車を差し押さえているのです!」

「国家資源? ……ふふ、笑わせないで。ただの泥を『資源』と呼ぶなんて、レオン様もようやく私の審美眼に追いついてきたのかしら」

私は筆を置き、ゆっくりと立ち上がりました。
窓の外を見ると、領地の境界付近に砂埃が舞っています。
どうやら、私の「美の利権」を巡って、醜い争いが始まろうとしているようですわね。

「セバス。私の移動式エステ馬車を出しなさい。……それから、アルベルト様にもお伝えして。……『最高の宣伝チャンスが来ましたわ』と」

十五分後。
境界線では、ルミナス王国の兵士たちと、隣国の商人たちが激しい押し問答を繰り広げていました。

「この泥はルミナス王国の土壌から採れたものだ! 許可なく隣国へ輸出することは禁じられている!」

「何を言うか! これはキラリ様が加工された『化粧品』だぞ! ただの泥と一緒にされては困る!」

そこへ、私の豪華な馬車が滑り込みました。
私はドアが開くと同時に、特製のミストを周囲に振りまきながら優雅に降臨しました。

「皆様、お静かに。……こんな埃っぽい場所で大声を出しては、喉の粘膜が乾燥してしまいますわよ?」

「キ、キラリ様……!」

兵士たちが、毒気を抜かれたように立ち尽くしました。
以前、私が村で美容指導をした時の兵士も混ざっているようですわね。
彼らの肌ツヤが少し良くなっているのを見て、私は満足げに頷きました。

「隊長さん。……この泥を『国家資源』として徴収したいとお聞きしましたけれど。……本気で仰っていますの?」

「そ、そうだ! 殿下の直命である! この泥は金と同等の価値があると判断された!」

「まあ、嬉しい。……でも残念。この泥、私の特製『美肌魔導抽出法』を通さない限り、ただの『ちょっと成分がいいだけの汚い土』に戻ってしまうんですのよ?」

「……何だと?」

「見てちょうだい。セバス、実験用のサンプルを」

セバスが差し出した二つの瓶。
一つは私が加工した輝く泥。もう一つは、そこら辺の地面から掬い上げた泥です。

「私が魔法と情熱を注がない泥を顔に塗れば……そうね。ただの土汚れとして、毛穴を詰まらせ、無数のニキビを発生させる呪いの塊になるでしょう。……それでも、お持ち帰りになります?」

「……ニキビの、呪い……」

兵士たちが一歩、後ずさりました。
彼らにとって、私の言葉はもはや「神託」に近い重みを持っています。

「レオン様にお伝えなさい。……美しさを独占しようとする心は、顔の造形を歪ませる毒だと。……その代わり、こう提案して差し上げて」

私は扇で隊長の胸元を指しました。

「この領地を『国際美肌特区』として認めるなら、ルミナス王国の兵士の方々にも、週に一度の『泥パック配給』を約束しますわ。……どうかしら。カサカサの肌で国を守るより、ツヤツヤの肌で凱旋する方が、国民の士気も上がると思わない?」

「ど、泥パックの……配給……!」

「……俺、最近、妻に『肌がガサガサで痛い』って言われてたんだ……」

兵士たちの間に、動揺と期待が広がります。
そこへ、隣国の軍勢を率いたアルベルト様が颯爽と現れました。

「待たせたな、キラリ。……我が国としても、この『美の利権』を一方的に奪われるわけにはいかない。……隊長。君たちは、美肌を取るか、それとも無益な戦いによる肌荒れを取るか。……選ぶがいい」

アルベルト様の冷徹な、しかし説得力のある一言に、隊長は崩れ落ちるように膝をつきました。

「……負けだ。……キラリ様の美肌提案に、勝てる道理がない……!」

「賢明な判断ですわ! ……さあ、セバス! 早速、彼らに試供品を配りなさい! 名付けて『国境を守る男たちの、漆黒の輝きセット』ですわ!」

こうして、軍事衝突の危機は「青空美容相談会」へと姿を変えました。
兵士たちは銃を捨て、泥パックを手に喜びの声を上げています。

ルミナス王国の王宮で、この報告を聞いたレオン王子が「泥の配給だと!? 私は、私はどうなるんだ!」と、自分のカサカサの頬を押さえて絶叫したそうですが……。
私の知ったことではありませんわ。

「ふふ、アルベルト様。これでまた、私の信者が増えましたわね」

「……君は、戦争すらもエステに変えてしまうのだな。……恐ろしい女性だ」

「あら、最高の褒め言葉ですわ。オーホッホッホッホ!」

泥にまみれた国境線で、私の高笑いが勝利のファンファーレとして響き渡ったのでした。
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