婚約破棄を受け入れたら溺愛ルートに突入。没落する暇もありません!

萩月

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「お嬢様、いよいよお引越しでございます。荷馬車の数は……数えるのを諦めました」

「何を仰っていますの、セバス。これは私の『美の資産』の移動ですわ。一粒の美容液も、一本の産毛処理用ピンセットも、置いていくわけにはいきませんもの」

隣国へと正式に移住するため、私は豪華な馬車列を連ねて街道を進んでいました。
アルベルト様との婚約も整い、私は今、人生で最も輝かしい瞬間にいます。
……そう、内側から発光する自負心(自惚れとも言いますわ)が止まりませんの!

「キラリ、あまり窓から身を乗り出すな。このあたりはまだ治安が安定していない。……賊が出るという噂もある」

馬車に同乗しているアルベルト様が、注意深く外を伺っています。
でも、そんな心配は無用ですわ。
私の輝きは、闇を払う聖域のようなものですから。

ガクンッ! と激しい衝撃と共に、馬車が急停車しました。
外からは、野太い怒号と馬の嘶きが聞こえてきます。

「止まれ! この荷物、そして『この世で最も美しいもの』を置いていけ!」

「……来たか。キラリ、伏せていろ。私が片付けてくる」

アルベルト様が剣を抜こうとしましたが、私はその腕を扇で制しました。
私の耳には、今の賊の言葉が「最高の称賛」として届いたからですわ。

「『この世で最も美しいもの』……? まあ、私のことを指名するなんて、なんて目の高い賊なのかしら! これはきっと、歓迎のサプライズ・パフォーマンスですわね!」

「……いや、キラリ。あれは普通に強盗だぞ?」

「いいえ、アルベルト様。あれはきっと、私の美貌を称えるための野外演劇の一種ですわ。……さあ、主役の登場よ!」

私はアルベルト様の制止を無視して、颯爽と馬車の外へ降りました。
そこには、物々しい剣や斧を持った、むさ苦しい男たちが十数人、馬車を包囲していました。

「……出たな! 貴様がこの国の宝、キラリ・フォン・ルミナスか! その美しさを俺たちのボスのコレクションに……って、なんだその顔は!」

賊の首領らしき、顔に傷のある大男が私を見て後ずさりました。
私は彼を、頭の先から爪先まで、舐めるように「検品」して差し上げました。

「あなた……。その顔の傷、治りかけのケアが最悪ですわ。色素沈着を起こして、全体のトーンを下げています。……そして何より、その髪! 枝毛がまるで枯れ草のようですわよ!」

「はぁ!? 何を言ってやがる! 俺は今、お前を拉致しに来たんだぞ!」

「拉致? そんなことより、あなたの毛穴の詰まりの方が重大事件ですわ! セバス! 予備の『高圧洗浄スプレー(魔導式)』と『超強力・殺菌育毛トニック』を持ってきなさい!」

「かしこまりました。……おい、賊の諸君。大人しくしろ。お嬢様の『指導』は、剣より逃げられんぞ」

セバスが手際よく、魔導具を起動させました。
賊たちは、殺気ではなく、圧倒的な「清潔感への気迫」に押されて、たじろぎ始めました。

「な、なんだ!? 何をする気だ!」

「お黙りなさい! その不潔な身なりで私の視神経を汚すなんて、死罪に値しますわ! でも、私は慈悲深い女。……さあ、そこへ並びなさい! 強制・全身クレンジングの始まりですわ!」

私は霧状に噴射されるトニックを手に、賊たちの中へと突撃しました。
アルベルト様が「……もういい、好きにしろ」と頭を抱えて座り込むのが見えましたが、今の私にブレーキはありません。

「くらえ! 角質柔軟ミスト! そして仕上げの、瞬間・引き締めクーリング!」

「ギャーッ! なんだこれ、顔がスースーする! 痛い! いや、気持ちいい……?」

「お頭、見てください! 俺の腕の汚れが、ポロポロと落ちて……っ、ツヤツヤだ!」

十五分後。
そこには、武器を投げ出し、ピカピカに磨き上げられた肌で呆然とする男たちの姿がありました。
爽やかなミントとラベンダーの香りが、戦場(?)に漂っています。

「……どうかしら。自分の肌がこれほど光を反射するなんて、思いもしなかったでしょう?」

「……き、綺麗だ。俺の肌が……こんなに……。……姐さん! 俺たち、間違ってました! こんなに気持ちいいなら、人から奪うより、自分を磨くべきでした!」

賊の首領が、涙を流して私に跪きました。
涙を流すとデトックスになりますから、いいことですわね。

「分かりましたら、今すぐその汚いアジトへ帰って、大掃除をしなさい。……そして、定期的に私の領地の直営店で、詰め替え用の石鹸を買いなさい。……いいわね?」

「はいっ! 一生、姐さんの肌の輝きを目標に生きていきます!」

賊たちは、かつてないほど清々しい笑顔で、森の奥へと走り去っていきました。
彼らが後に残していったのは、磨き上げられた「更生への決意」だけです。

「……キラリ。君は、盗賊すらも『常連客』に変えてしまうのだな」

馬車に戻った私を、アルベルト様が半分呆れ、半分尊敬の眼差しで迎えました。

「あら、アルベルト様。美しさは世界を救うのです。……さて、お引越しの続きですわ! 隣国の宮廷へ、私のこの完璧な仕上がりを届けに行かなければ!」

私は高らかに笑いながら、再び馬車を走らせました。
オーホッホッホッホ!
隣国の夜明けは、私の美学によって、かつてないほど「ツヤツヤ」になることでしょう!
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