2 / 28
2
しおりを挟む
「待てと言っているだろう、ミナ! まだ罪状の読み上げが終わっていないぞ!」
背後から響くジュリアン殿下の怒声に、私は深いため息をついて足を止めた。
出口まではあと数メートル。美味しいお肉料理(包んでもらったもの)の温もりが手に伝わってきて、早く帰りたい欲求が限界突破しそうなのだ。
私はゆっくりと振り返り、まだ壇上で顔を真っ赤にしている元婚約者を見やった。
「殿下。先ほども申し上げましたが、時間は有限です。その『罪状』とやら、あとどれくらい残っているのですか?」
「ふん、覚悟しろ! これまでの余罪を全て合わせれば、羊皮紙三巻分はある!」
「三巻……。それ、要約すると三行くらいになりませんか?」
「できるわけなかろう! 貴様の悪辣な行いを詳細に記録し、後世に語り継ぐ必要があるのだ!」
会場の貴族たちが、ヒソヒソと囁き合う。
『やっぱりあの女、反省のいろがないわ』『三巻分って、一体何をしたらそんなに……』なんて声が聞こえるが、一番驚いているのは私だ。
誰がそんな長い作文を書いたのだろう。
「殿下、読み上げる方も聞く方も大変です。第一、そんな長文、誰も最後まで聞きませんよ。今の流行は『短く、鋭く、キャッチーに』です」
「流行の話などしていない! 次はこれだ! 一ヶ月前の晩餐会にて、リリアのスープに激辛のスパイスを混入させた罪!」
「ああ、あれですか。リリア様、あのスープのお味はいかがでした?」
私がリリア様の方へ視線を送ると、彼女は首を傾げて、記憶を辿るように空を見上げた。
「ええと……。確かに、少しピリッとしました。でも、そのあと鼻詰まりがスッキリ治って、すごく呼吸がしやすくなったんです! ミナ様、もしかして私の風邪を心配してくださったんですか?」
「……左様でございます。民間療法の一種ですね。お口に合ったようで何よりです」
「なっ……リリア! 騙されるな、こいつは貴様を苦しめようとしたのだぞ!」
ジュリアン殿下が必死に食い下がるが、当の本人がこの様子だ。
私は呆れを通り越して、少しだけ殿下の知能指数が心配になってきた。
「殿下。今のを聞いてお分かりかと思いますが、リリア様は『被害』を感じておられません。むしろ『健康被害の回復』として感謝されています。……これ、罪になります?」
「ぐっ……。ならば、二ヶ月前の園遊会で、リリアのドレスに泥を跳ねさせた件はどうだ!」
「あ、それは私ですわ。足元がぬかるんでいたので、つい……」
「ほら見ろ! 認めたな!」
「ですが殿下。あの泥跳ね、よく見てください。偶然にもリリア様の真っ白なドレスに『可愛い猫の足跡』のような模様になっていたはずです。リリア様、あのあと周囲の方々に『素敵な刺繍ですね』と褒められていませんでしたか?」
「……! はい! 皆様から『斬新なデザインだ』と絶賛されて、その……少し、いい気になってしまいました」
リリア様が恥ずかしそうに頬を染める。
もはや、断罪というよりは「ミナ様によるリリア様プロデュース報告会」の様相を呈してきた。
「というわけで殿下。三巻分の罪状とやらも、おそらく精査すれば私の善行リストに早変わりすると思われます。もうよろしいですか? 私、馬車を待たせているので」
「ふ、ふざけるな! 貴様の屁理屈にはもう耳を貸さん! いいか、貴様は今から公爵家を追放され、この国からも……」
「国外追放、ですね。承知しました。行き先は自由でよろしいでしょうか?」
「な……!? 泣いて縋るなり、命乞いをするなり、何かあるだろう!」
「いえ、特に。あ、そうだ。追放される前に、一つだけ言わせてください」
私はスッと背筋を伸ばし、扇をジュリアン殿下に向けてピシャリと指し示した。
会場全体が、ついに本気の罵倒が始まるのかと息を呑む。
「殿下。そのマント、裏地が表に出ていますよ。格好いい演説の最中に失礼かと思いましたが、あまりにも気になったので」
「……え?」
殿下が慌てて自分の肩越しにマントを確認する。
確かに、激しい身振りのせいで裏地が派手にめくれていた。
会場から、プッと吹き出すような笑い声が漏れる。
「では、今度こそ失礼いたします。リリア様、その天然素材な性格、大切にしてくださいね。殿下のツッコミが追いつかないようでしたら、いつでも私を呼んでください。……有料ですが」
「はい! ミナ様、お元気で!」
笑顔で手を振る聖女(仮)と、マントを直しながら顔を真っ青にしているバカ王子。
その対照的な姿を背に、私は今度こそ軽やかな足取りでホールを脱出した。
さて、家に帰ればお父様が鬼の形相で待っているはずだ。
婚約破棄、公爵家追放、国外追放。
普通なら人生のどん底だが、私にとっては「再就職先を自由に選べるボーナスタイム」にしか思えない。
「まずは、荷造りね。あ、あの重たい宝石類は全部持っていこう。慰謝料の一部として事前に徴収しておかなくちゃ」
夜の静寂に、私の独り言だけが陽気に響いていた。
背後から響くジュリアン殿下の怒声に、私は深いため息をついて足を止めた。
出口まではあと数メートル。美味しいお肉料理(包んでもらったもの)の温もりが手に伝わってきて、早く帰りたい欲求が限界突破しそうなのだ。
私はゆっくりと振り返り、まだ壇上で顔を真っ赤にしている元婚約者を見やった。
「殿下。先ほども申し上げましたが、時間は有限です。その『罪状』とやら、あとどれくらい残っているのですか?」
「ふん、覚悟しろ! これまでの余罪を全て合わせれば、羊皮紙三巻分はある!」
「三巻……。それ、要約すると三行くらいになりませんか?」
「できるわけなかろう! 貴様の悪辣な行いを詳細に記録し、後世に語り継ぐ必要があるのだ!」
会場の貴族たちが、ヒソヒソと囁き合う。
『やっぱりあの女、反省のいろがないわ』『三巻分って、一体何をしたらそんなに……』なんて声が聞こえるが、一番驚いているのは私だ。
誰がそんな長い作文を書いたのだろう。
「殿下、読み上げる方も聞く方も大変です。第一、そんな長文、誰も最後まで聞きませんよ。今の流行は『短く、鋭く、キャッチーに』です」
「流行の話などしていない! 次はこれだ! 一ヶ月前の晩餐会にて、リリアのスープに激辛のスパイスを混入させた罪!」
「ああ、あれですか。リリア様、あのスープのお味はいかがでした?」
私がリリア様の方へ視線を送ると、彼女は首を傾げて、記憶を辿るように空を見上げた。
「ええと……。確かに、少しピリッとしました。でも、そのあと鼻詰まりがスッキリ治って、すごく呼吸がしやすくなったんです! ミナ様、もしかして私の風邪を心配してくださったんですか?」
「……左様でございます。民間療法の一種ですね。お口に合ったようで何よりです」
「なっ……リリア! 騙されるな、こいつは貴様を苦しめようとしたのだぞ!」
ジュリアン殿下が必死に食い下がるが、当の本人がこの様子だ。
私は呆れを通り越して、少しだけ殿下の知能指数が心配になってきた。
「殿下。今のを聞いてお分かりかと思いますが、リリア様は『被害』を感じておられません。むしろ『健康被害の回復』として感謝されています。……これ、罪になります?」
「ぐっ……。ならば、二ヶ月前の園遊会で、リリアのドレスに泥を跳ねさせた件はどうだ!」
「あ、それは私ですわ。足元がぬかるんでいたので、つい……」
「ほら見ろ! 認めたな!」
「ですが殿下。あの泥跳ね、よく見てください。偶然にもリリア様の真っ白なドレスに『可愛い猫の足跡』のような模様になっていたはずです。リリア様、あのあと周囲の方々に『素敵な刺繍ですね』と褒められていませんでしたか?」
「……! はい! 皆様から『斬新なデザインだ』と絶賛されて、その……少し、いい気になってしまいました」
リリア様が恥ずかしそうに頬を染める。
もはや、断罪というよりは「ミナ様によるリリア様プロデュース報告会」の様相を呈してきた。
「というわけで殿下。三巻分の罪状とやらも、おそらく精査すれば私の善行リストに早変わりすると思われます。もうよろしいですか? 私、馬車を待たせているので」
「ふ、ふざけるな! 貴様の屁理屈にはもう耳を貸さん! いいか、貴様は今から公爵家を追放され、この国からも……」
「国外追放、ですね。承知しました。行き先は自由でよろしいでしょうか?」
「な……!? 泣いて縋るなり、命乞いをするなり、何かあるだろう!」
「いえ、特に。あ、そうだ。追放される前に、一つだけ言わせてください」
私はスッと背筋を伸ばし、扇をジュリアン殿下に向けてピシャリと指し示した。
会場全体が、ついに本気の罵倒が始まるのかと息を呑む。
「殿下。そのマント、裏地が表に出ていますよ。格好いい演説の最中に失礼かと思いましたが、あまりにも気になったので」
「……え?」
殿下が慌てて自分の肩越しにマントを確認する。
確かに、激しい身振りのせいで裏地が派手にめくれていた。
会場から、プッと吹き出すような笑い声が漏れる。
「では、今度こそ失礼いたします。リリア様、その天然素材な性格、大切にしてくださいね。殿下のツッコミが追いつかないようでしたら、いつでも私を呼んでください。……有料ですが」
「はい! ミナ様、お元気で!」
笑顔で手を振る聖女(仮)と、マントを直しながら顔を真っ青にしているバカ王子。
その対照的な姿を背に、私は今度こそ軽やかな足取りでホールを脱出した。
さて、家に帰ればお父様が鬼の形相で待っているはずだ。
婚約破棄、公爵家追放、国外追放。
普通なら人生のどん底だが、私にとっては「再就職先を自由に選べるボーナスタイム」にしか思えない。
「まずは、荷造りね。あ、あの重たい宝石類は全部持っていこう。慰謝料の一部として事前に徴収しておかなくちゃ」
夜の静寂に、私の独り言だけが陽気に響いていた。
17
あなたにおすすめの小説
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」
【完結】恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?―――激しく同意するので別れましょう
冬馬亮
恋愛
「恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?」
セシリエの婚約者、イアーゴはそう言った。
少し離れた後ろの席で、婚約者にその台詞を聞かれているとも知らずに。
※たぶん全部で15〜20話くらいの予定です。
さくさく進みます。
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
【完結】騙された? 貴方の仰る通りにしただけですが
ユユ
恋愛
10歳の時に婚約した彼は
今 更私に婚約破棄を告げる。
ふ〜ん。
いいわ。破棄ね。
喜んで破棄を受け入れる令嬢は
本来の姿を取り戻す。
* 作り話です。
* 完結済みの作品を一話ずつ掲載します。
* 暇つぶしにどうぞ。
親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる