はい?婚約破棄、承りました!

萩月

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「待てと言っているだろう、ミナ! まだ罪状の読み上げが終わっていないぞ!」

背後から響くジュリアン殿下の怒声に、私は深いため息をついて足を止めた。
出口まではあと数メートル。美味しいお肉料理(包んでもらったもの)の温もりが手に伝わってきて、早く帰りたい欲求が限界突破しそうなのだ。

私はゆっくりと振り返り、まだ壇上で顔を真っ赤にしている元婚約者を見やった。

「殿下。先ほども申し上げましたが、時間は有限です。その『罪状』とやら、あとどれくらい残っているのですか?」

「ふん、覚悟しろ! これまでの余罪を全て合わせれば、羊皮紙三巻分はある!」

「三巻……。それ、要約すると三行くらいになりませんか?」

「できるわけなかろう! 貴様の悪辣な行いを詳細に記録し、後世に語り継ぐ必要があるのだ!」

会場の貴族たちが、ヒソヒソと囁き合う。
『やっぱりあの女、反省のいろがないわ』『三巻分って、一体何をしたらそんなに……』なんて声が聞こえるが、一番驚いているのは私だ。
誰がそんな長い作文を書いたのだろう。

「殿下、読み上げる方も聞く方も大変です。第一、そんな長文、誰も最後まで聞きませんよ。今の流行は『短く、鋭く、キャッチーに』です」

「流行の話などしていない! 次はこれだ! 一ヶ月前の晩餐会にて、リリアのスープに激辛のスパイスを混入させた罪!」

「ああ、あれですか。リリア様、あのスープのお味はいかがでした?」

私がリリア様の方へ視線を送ると、彼女は首を傾げて、記憶を辿るように空を見上げた。

「ええと……。確かに、少しピリッとしました。でも、そのあと鼻詰まりがスッキリ治って、すごく呼吸がしやすくなったんです! ミナ様、もしかして私の風邪を心配してくださったんですか?」

「……左様でございます。民間療法の一種ですね。お口に合ったようで何よりです」

「なっ……リリア! 騙されるな、こいつは貴様を苦しめようとしたのだぞ!」

ジュリアン殿下が必死に食い下がるが、当の本人がこの様子だ。
私は呆れを通り越して、少しだけ殿下の知能指数が心配になってきた。

「殿下。今のを聞いてお分かりかと思いますが、リリア様は『被害』を感じておられません。むしろ『健康被害の回復』として感謝されています。……これ、罪になります?」

「ぐっ……。ならば、二ヶ月前の園遊会で、リリアのドレスに泥を跳ねさせた件はどうだ!」

「あ、それは私ですわ。足元がぬかるんでいたので、つい……」

「ほら見ろ! 認めたな!」

「ですが殿下。あの泥跳ね、よく見てください。偶然にもリリア様の真っ白なドレスに『可愛い猫の足跡』のような模様になっていたはずです。リリア様、あのあと周囲の方々に『素敵な刺繍ですね』と褒められていませんでしたか?」

「……! はい! 皆様から『斬新なデザインだ』と絶賛されて、その……少し、いい気になってしまいました」

リリア様が恥ずかしそうに頬を染める。
もはや、断罪というよりは「ミナ様によるリリア様プロデュース報告会」の様相を呈してきた。

「というわけで殿下。三巻分の罪状とやらも、おそらく精査すれば私の善行リストに早変わりすると思われます。もうよろしいですか? 私、馬車を待たせているので」

「ふ、ふざけるな! 貴様の屁理屈にはもう耳を貸さん! いいか、貴様は今から公爵家を追放され、この国からも……」

「国外追放、ですね。承知しました。行き先は自由でよろしいでしょうか?」

「な……!? 泣いて縋るなり、命乞いをするなり、何かあるだろう!」

「いえ、特に。あ、そうだ。追放される前に、一つだけ言わせてください」

私はスッと背筋を伸ばし、扇をジュリアン殿下に向けてピシャリと指し示した。
会場全体が、ついに本気の罵倒が始まるのかと息を呑む。

「殿下。そのマント、裏地が表に出ていますよ。格好いい演説の最中に失礼かと思いましたが、あまりにも気になったので」

「……え?」

殿下が慌てて自分の肩越しにマントを確認する。
確かに、激しい身振りのせいで裏地が派手にめくれていた。
会場から、プッと吹き出すような笑い声が漏れる。

「では、今度こそ失礼いたします。リリア様、その天然素材な性格、大切にしてくださいね。殿下のツッコミが追いつかないようでしたら、いつでも私を呼んでください。……有料ですが」

「はい! ミナ様、お元気で!」

笑顔で手を振る聖女(仮)と、マントを直しながら顔を真っ青にしているバカ王子。
その対照的な姿を背に、私は今度こそ軽やかな足取りでホールを脱出した。

さて、家に帰ればお父様が鬼の形相で待っているはずだ。
婚約破棄、公爵家追放、国外追放。
普通なら人生のどん底だが、私にとっては「再就職先を自由に選べるボーナスタイム」にしか思えない。

「まずは、荷造りね。あ、あの重たい宝石類は全部持っていこう。慰謝料の一部として事前に徴収しておかなくちゃ」

夜の静寂に、私の独り言だけが陽気に響いていた。
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