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パーティー会場から馬車を飛ばして三十分。
フォレスト公爵邸の門を潜る頃には、私の脳内では「いかに効率よく家財を運び出すか」のシミュレーションが完了していた。
玄関ホールに足を踏み入れた瞬間、予想通りの怒号が降り注ぐ。
「ミナ! 貴様、一体何をしでかしたか分かっているのか!」
大理石の床を鳴らして現れたのは、我が父、フォレスト公爵である。
その顔は怒りで真っ赤に染まり、今にも血管が切れそうだ。
背後には、心配そうに(あるいは内心喜んで)様子を伺う使用人たちの姿が見える。
「お父様、お疲れ様です。夜分遅くに大きな声を出されると、近所迷惑ですよ」
「近所迷惑だと!? 王家から早馬が届いたのだ! 貴様がパーティーで醜態を晒し、殿下から婚約破棄を言い渡されたとな!」
「醜態……。失礼ですね、私は終始エレガントに対応しました。むしろ、裏地が丸出しだった殿下のマントを指摘して差し上げたほどです」
私は手に持った「お肉料理の包み」を侍女の一人に手渡し、優雅に扇を広げた。
父の怒りは、私の冷静な態度によってさらに加速したようだ。
「ええい、黙れ! フォレスト家の名誉を泥に塗った貴様など、もはや娘ではない! 今すぐこの家から出て行け! 勘当だ!」
「はい、承知いたしました。……ところで、勘当の手続きですが、書面での通知はございますか?」
「……は? 書面だと?」
「当然でしょう。公爵家の令嬢を籍から外すとなれば、役所への届け出や親族会議の承認が必要です。感情に任せて『出て行け』と言うだけでは、法的には私はまだこの家の正当な相続権保持者ですよ」
私はスッと父に歩み寄り、その耳元で囁いた。
もちろん、周囲に聞こえないような配慮ではない。より効果的に「刺す」ためである。
「お父様。私がこのまま一文無しで追い出されれば、私は街の酒場でフォレスト家の『秘密の趣味』について喋り倒すしか生活の術がなくなります。……例えば、お父様が書斎の隠し金庫に保管している、あの『自作のポエム集』とか」
「な……っ!? き、貴様、なぜそれを……!」
「娘の観察眼を舐めないでください。というわけで、円満な勘当のための『解決金』、および私の私物の持ち出し許可をいただけますか?」
父の顔が、赤から青、そして白へと目まぐるしく変わる。
ポエムの威力は絶大だ。あれを世間に公表されるくらいなら、娘に金を握らせて黙らせる方がマシだと判断したのだろう。
「……勝手にしろ! ただし、明日の朝までだ! 二度とその面を見せるな!」
「ありがとうございます。話が早くて助かります」
私はスカートを摘んで完璧なカーテシーを披露すると、すぐさま自分の部屋へと向かった。
感傷に浸る時間など一秒もない。これからが本当の勝負だ。
部屋に入ると、私はクローゼットの奥から頑丈な革のトランクを三つ引っ張り出した。
「さて、まずは換金性の高いものからね。このダイヤのティアラ、お母様の形見だっけ? あ、これは偽物の方だったわ。本物はこっち……。このエメラルドのネックレスも、将来の護身用として連れていきましょう」
「お、お嬢様……。本当に、本当に出て行かれるのですか?」
専属侍女のアンナが、涙を浮かべて部屋に入ってきた。
彼女は私の「悪役令嬢」としての振る舞いにも文句を言わず仕えてくれた数少ない理解者だ。
「アンナ、泣いている暇があったらこのドレスを畳んで。あ、そのフリフリすぎるやつはいらないわ。隣国で売るから、適当な袋に詰めておいて」
「隣国……。あちらの国は、偏屈な王子様がいると聞きますが……」
「ええ、だからこそ私の出番なのよ。あ、アンナ、あなたも来る?」
「えっ?」
「私、あっちで新しい仕事を探すつもりなの。あなたの給料は、今の三割増しで保証するわ。もちろん、私のマシンガントークに耐えられるなら、だけど」
アンナは一瞬呆然とした後、パッと顔を輝かせて私のトランクに飛びついた。
「行きます! お嬢様のツッコミがない人生なんて、スパイスのないスープのようなものですから!」
「いい返事ね。じゃあ、まずはそのポエム集……じゃなくて、私の宝石箱を全部馬車に積んで。お父様が気が変わる前に脱出するわよ!」
深夜、フォレスト公爵邸の裏門から、一台の馬車が静かに出発した。
中には、大量の宝石と、数着の動きやすいドレス、そして未来への野望を抱いた一人の令嬢。
「さようなら、退屈な社交界。こんにちは、実力至上のビジネスライフ!」
私は馬車の窓から、遠ざかる屋敷を一瞥して不敵に笑った。
婚約破棄からわずか数時間。
私の新しい物語は、まだ第一章のプロローグすら終わっていない。
フォレスト公爵邸の門を潜る頃には、私の脳内では「いかに効率よく家財を運び出すか」のシミュレーションが完了していた。
玄関ホールに足を踏み入れた瞬間、予想通りの怒号が降り注ぐ。
「ミナ! 貴様、一体何をしでかしたか分かっているのか!」
大理石の床を鳴らして現れたのは、我が父、フォレスト公爵である。
その顔は怒りで真っ赤に染まり、今にも血管が切れそうだ。
背後には、心配そうに(あるいは内心喜んで)様子を伺う使用人たちの姿が見える。
「お父様、お疲れ様です。夜分遅くに大きな声を出されると、近所迷惑ですよ」
「近所迷惑だと!? 王家から早馬が届いたのだ! 貴様がパーティーで醜態を晒し、殿下から婚約破棄を言い渡されたとな!」
「醜態……。失礼ですね、私は終始エレガントに対応しました。むしろ、裏地が丸出しだった殿下のマントを指摘して差し上げたほどです」
私は手に持った「お肉料理の包み」を侍女の一人に手渡し、優雅に扇を広げた。
父の怒りは、私の冷静な態度によってさらに加速したようだ。
「ええい、黙れ! フォレスト家の名誉を泥に塗った貴様など、もはや娘ではない! 今すぐこの家から出て行け! 勘当だ!」
「はい、承知いたしました。……ところで、勘当の手続きですが、書面での通知はございますか?」
「……は? 書面だと?」
「当然でしょう。公爵家の令嬢を籍から外すとなれば、役所への届け出や親族会議の承認が必要です。感情に任せて『出て行け』と言うだけでは、法的には私はまだこの家の正当な相続権保持者ですよ」
私はスッと父に歩み寄り、その耳元で囁いた。
もちろん、周囲に聞こえないような配慮ではない。より効果的に「刺す」ためである。
「お父様。私がこのまま一文無しで追い出されれば、私は街の酒場でフォレスト家の『秘密の趣味』について喋り倒すしか生活の術がなくなります。……例えば、お父様が書斎の隠し金庫に保管している、あの『自作のポエム集』とか」
「な……っ!? き、貴様、なぜそれを……!」
「娘の観察眼を舐めないでください。というわけで、円満な勘当のための『解決金』、および私の私物の持ち出し許可をいただけますか?」
父の顔が、赤から青、そして白へと目まぐるしく変わる。
ポエムの威力は絶大だ。あれを世間に公表されるくらいなら、娘に金を握らせて黙らせる方がマシだと判断したのだろう。
「……勝手にしろ! ただし、明日の朝までだ! 二度とその面を見せるな!」
「ありがとうございます。話が早くて助かります」
私はスカートを摘んで完璧なカーテシーを披露すると、すぐさま自分の部屋へと向かった。
感傷に浸る時間など一秒もない。これからが本当の勝負だ。
部屋に入ると、私はクローゼットの奥から頑丈な革のトランクを三つ引っ張り出した。
「さて、まずは換金性の高いものからね。このダイヤのティアラ、お母様の形見だっけ? あ、これは偽物の方だったわ。本物はこっち……。このエメラルドのネックレスも、将来の護身用として連れていきましょう」
「お、お嬢様……。本当に、本当に出て行かれるのですか?」
専属侍女のアンナが、涙を浮かべて部屋に入ってきた。
彼女は私の「悪役令嬢」としての振る舞いにも文句を言わず仕えてくれた数少ない理解者だ。
「アンナ、泣いている暇があったらこのドレスを畳んで。あ、そのフリフリすぎるやつはいらないわ。隣国で売るから、適当な袋に詰めておいて」
「隣国……。あちらの国は、偏屈な王子様がいると聞きますが……」
「ええ、だからこそ私の出番なのよ。あ、アンナ、あなたも来る?」
「えっ?」
「私、あっちで新しい仕事を探すつもりなの。あなたの給料は、今の三割増しで保証するわ。もちろん、私のマシンガントークに耐えられるなら、だけど」
アンナは一瞬呆然とした後、パッと顔を輝かせて私のトランクに飛びついた。
「行きます! お嬢様のツッコミがない人生なんて、スパイスのないスープのようなものですから!」
「いい返事ね。じゃあ、まずはそのポエム集……じゃなくて、私の宝石箱を全部馬車に積んで。お父様が気が変わる前に脱出するわよ!」
深夜、フォレスト公爵邸の裏門から、一台の馬車が静かに出発した。
中には、大量の宝石と、数着の動きやすいドレス、そして未来への野望を抱いた一人の令嬢。
「さようなら、退屈な社交界。こんにちは、実力至上のビジネスライフ!」
私は馬車の窓から、遠ざかる屋敷を一瞥して不敵に笑った。
婚約破棄からわずか数時間。
私の新しい物語は、まだ第一章のプロローグすら終わっていない。
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