はい?婚約破棄、承りました!

萩月

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馬車に揺られること三日。
私はついに、隣国レオンハルト王国の王都へと足を踏み入れた。
車窓から眺める街並みは、我が国よりも活気に溢れ、道行く人々の表情も明るい。

「お嬢様、見てください! あそこの露店、見たこともない果物が売っていますよ!」

「落ち着きなさい、アンナ。まずは観光より先に、私たちの『城』を見つけるのが先決よ」

私はトランクに詰め込んだ宝石の重みを感じながら、手元のメモに目を落とした。
レオンハルト王国の第二王子、カイル・レオンハルト。
絶世の美貌を持ちながら、氷のような冷徹さと、何を考えているか分からない不気味さで恐れられている「氷の王子」。

(……噂によれば、あまりの無口さに『彼は実は喋れないのではないか』という説まで出ているとか)

そんな彼が今、急募している役職がある。
その名も、「特別補佐官」。
実態は、王子の意図を汲み取り、周囲に説明する「通訳兼ツッコミ係」だ。
これこそ、私のために用意されたような仕事ではないか。

王宮の採用試験会場は、異様な緊張感に包まれていた。
高名な学者や、外交経験のある貴族たちが、青い顔をして列を作っている。

「次の方、中へどうぞ」

案内係の声に導かれ、私は豪華な執務室の扉を開けた。
そこに座っていたのは、銀色の髪をさらりと流し、深い紺色の瞳をした絶世の美男子だった。
彼こそが、カイル・レオンハルト王子。

彼は私を一瞥すると、表情一つ変えずに、机の上の書類に視線を戻した。
……沈黙。
重苦しい、粘り気のあるような沈黙が部屋を支配する。

(なるほど。これが噂の『無言のプレッシャー』ね)

前の受験者たちは、この沈黙に耐えきれず、勝手に自爆して部屋を飛び出していったらしい。
だが、私には通用しない。
私は優雅に椅子に腰を下ろすと、カイル王子をじっと見つめ返した。

「……」

カイル王子が、ほんの少しだけ眉を動かした。
その瞳が、何かを訴えかけている……ような気がする。

「……(スッ)」

彼が、細く長い指で、机の上のティーカップを指し示した。
中身は空だ。

「……なるほど。殿下は今、『この茶葉は質が悪すぎて私の高貴な舌には合わない。今すぐ厨房へ行き、最高級のダージリンを淹れ直し、ついでに付け合わせのクッキーはチョコチップ多めのものを用意しろ』と仰っているのですね?」

「……!?」

カイル王子の瞳が、大きく見開かれた。
隣で控えていた侍従長が、泡を食ったように私を指差す。

「き、貴様! 殿下はただ指を動かされただけだぞ! なんて無礼な妄想を……!」

「いいえ、侍従長。殿下の指の角度、そしてカップを見つめる際のわずかな口角の下げ方。あれは明らかに『空腹による不機嫌』のサインです。違いますか、殿下?」

私はカイル王子を真っ直ぐに見据えた。
王子は数秒間、私を凝視していたが、やがて視線をふいと逸らした。

「……(コクリ)」

「な、なんだと!? 殿下が肯定された……!?」

侍従長が腰を抜かさんばかりに驚いている。
どうやら、この国の人間は「空気を読みすぎる」か「全く読めない」かの二択らしい。

「殿下、もう一つお聞きします。私の採用についてですが……」

「……」

王子は無言で、私に一枚の書類を差し出した。
そこには「採用」の二文字と、彼のサインが既に書き込まれていた。

「……(……)」

「ふふ、ありがとうございます。殿下は今、『お前のその図太さと、過剰なまでの超訳能力は面白い。私の退屈な日常を少しはマシにしてくれそうだ。期待しているぞ、このうるさい女め』と仰ったのですね。謹んでお受けいたします」

「……っ!!」

カイル王子の頬が、微かに、本当に微かに赤らんだ。
彼はガタッと椅子を鳴らして立ち上がると、無言で部屋の奥へと消えていった。

「お、お嬢様……。今の、本当に合っていたんですか?」

扉の外で待っていたアンナが、不安そうに私に駆け寄る。

「さあ? でも、彼が否定しなかったんだから、それが『正解』よ」

私は満足げに、手に入れたばかりの採用通知を翻した。
悪役令嬢としての過去を捨て、隣国での「超訳ツッコミ係」としての新しい生活。

(氷の王子様、覚悟なさい。私のマシンガントークで、その氷を跡形もなく溶かしてあげるわ)

こうして、私と偏屈王子の、世界一賑やかで噛み合わない共同生活が幕を開けたのである。
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