はい?婚約破棄、承りました!

萩月

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「……(じーっ)」

「殿下。そんなに熱烈な視線を送っても、その焼き鳥は自ら口の中に飛び込んできてはくれませんよ。……あ、失礼。殿下は今、『この肉の焦げ具合は、王宮のシェフには出せない芸術的な炭化の極致だ。食いたい。今すぐ食わせろ。タレは多めでな』と仰っているのですね?」

王都の活気あふれる大通り。
私は、茶色い地味なローブに身を包んだ「氷の王子」改め「お忍び中のカイル」の隣で、本日三十回目の超訳を炸裂させていた。

カイル殿下は、フードを深く被っているものの、その隠しきれない高貴なオーラと美貌のせいで、町娘たちの視線を独り占めにしている。
だが、本人は相変わらずのフリーズ状態だ。
目の前の屋台から漂う香ばしい醤油の匂いに、脳内の処理が追いついていないらしい。

「……(コクリ)」

「はい、承知いたしました! 店主、これ二本。一本はタレだくだくで!」

「あいよ! お熱いねぇ、お兄さんたち!」

威勢のいい店主から手渡された焼き鳥を、私は一本カイル殿下の口元へ運ぶ。
殿下は一瞬、戸惑うように私と焼き鳥を交互に見たが、やがて覚悟を決めたようにハムりと食らいついた。

「……!」

カイル殿下の瞳が、キラキラと輝きを増す。
彼は無言のまま、咀嚼するたびに「うまい……うますぎる……」というオーラを全身から放出し始めた。

「殿下。今の表情は、『この庶民の味覚の爆発に、私のこれまでの人生観が根底から覆された。なぜ私はこれまで王宮で、澄ました顔をして高いだけのスープを飲んでいたのか。悔しい、でも幸せだ』……という解釈でよろしいですか?」

「……(コクコクコク!)」

激しく頷く殿下。どうやら私の翻訳精度は、日に日に向上しているようだ。
私たちはそのまま、食べ歩きを続けながら市場の奥へと進んでいく。

次に殿下が足を止めたのは、手作りの露店が並ぶアクセサリー売り場だった。
彼は、不揃いな色ガラスを繋げた安価なブレスレットを、じっと見つめている。

「……(……)」

「おや、殿下。それはもしや、私へのプレゼント……なんて甘い展開ですか? それとも、『このガラスの屈折率は、現在の王国の工芸技術の遅れを象徴している。早急に技術革新を促さねば』という国家的な悩みですか?」

私が冗談めかして覗き込むと、カイル殿下は珍しく、視線を私から逸らさなかった。
彼は、震える手でそのブレスレットを指し示す。

「……に、似合う」

「……え?」

「……(お前に、似合う、と思う。でも、安物だから、怒るか? いや、君ならむしろ価値を説くか? ああ、迷う、迷う……)」

言葉として出たのは最初の一言だけだったが、その後の長い沈黙から漏れ出す「脳内会議」の内容が、不思議と手に取るように分かった。
私は思わず、プッと吹き出してしまう。

「殿下。今の沈黙、長すぎですよ。普通ならお店の人が『買わないなら帰れ』って言うレベルです」

「……っ」

「でも、嬉しいです。私が安物で怒るような女に見えますか? 私は『実利』の女ですよ。殿下が選んでくれたという付加価値がついた時点で、これは国宝級の宝石に匹敵します」

私は殿下の指からブレスレットを奪い取ると、その場で自分の手首に巻き付けた。
色ガラスが、午後の光を反射してチープながらも鮮やかに輝く。

「見てください。私の美貌のおかげで、これ、金貨百枚くらいの価値に見えませんか?」

「……(……!)」

カイル殿下は、目を丸くして私の手首を凝視していたが、やがて、これまでにないほどはっきりとした微笑を浮かべた。
それは氷が溶けるような、春の訪れを告げるような、暴力的なまでの美しさだった。

(……ちょっと、何今の笑顔。私の強メンタルが、一瞬だけ物理的に揺らいだじゃない)

「殿下。今の笑顔はズルいです。今の沈黙は、『お前は本当に面白い女だ。このブレスレットのように、私の世界を勝手に彩ってくれる』……という、甘すぎる解釈にしちゃいますよ?」

「……(コクリ)」

「えっ、肯定!? そこは否定するところでしょう!? 私の心臓に労災が降りますよ!」

真っ赤になった私を見て、カイル殿下はさらに楽しそうに、声を上げずに肩を揺らして笑った。
婚約破棄されて、公爵家を追い出されて、辿り着いた隣国。
そこには、私の爆速の言葉を、静かに、そして誰よりも温かく受け止めてくれる「無言の王子様」がいた。

「さあ、殿下! 次はあそこの揚げパンです! 殿下が『あ、太るかな』と迷う前に、私が口に押し込みますからね!」

私は照れ隠しに殿下の手を引っ張り、さらに賑やかな市場の喧騒へと飛び込んでいった。
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