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「……うっ、ひっ、うわぁぁぁん!」
王宮の長い回廊。その曲がり角から、心臓を抉るような悲痛な泣き声が聞こえてきた。
私がカイル殿下への「午後のおやつに関する進言書(チョコ多め)」を手に角を曲がると、そこには若い侍女が顔を覆って泣き崩れていた。
「あら。そこ、通行の邪魔ですよ。泣くならせめて、端に寄るか、涙を拭いてから公式な苦情を申し立てなさい」
「……えっ? み、ミナ様……?」
泣いていたのは、新人の侍女ソフィーだった。
彼女は私の顔を見るなり、さらに激しく涙を溢れさせた。
「ど、どうしたのですか。そんなに水分を排出して。脱水症状で労災案件になったら、私の管轄外ですよ?」
「ひっ、酷いんですぅ……! さっき、あの大臣の奥様に『お前の淹れたお茶は、泥水より価値がない』って言われて……。おまけに、ドレスの裾に少し触れただけで『この不潔な手が!』って……」
私はパサリと扇を開き、泣きじゃくるソフィーを見下ろした。
なるほど。よくある「格下への八つ当たり」というやつだ。
私は彼女の隣に膝をつき、その肩をポンと叩く。
「ソフィー。まず、事実確認をしましょう。そのお茶、本当に泥水でしたか?」
「……え? い、いいえ。最高級の茶葉を、秒単位で計測して淹れました」
「では、あなたの手は不潔ですか? 先ほど石鹸で洗うのを見ましたが」
「洗いました……。爪の間まで綺麗に……」
「完璧ね。つまり、相手の言葉は『客観的事実に基づかない、ただの主観的かつ情緒的な騒音』ということです。分かりますか? あれは言葉ではなく、壊れた蓄音機から流れる雑音だと思いなさい」
ソフィーが目を丸くして私を見上げる。
私は彼女を立ち上がらせると、周囲に集まってきた他の侍女たちにも聞こえるように、朗々と声を張り上げた。
「皆様、聞きなさい。悪役令嬢として断罪され続けた私が教える、メンタル管理術その一! 『相手の暴言を、翻訳して捨てなさい』!」
「……翻訳、ですか?」
「ええ。例えば『お前は無能だ』と言われたら、それは『私は今、自分の思い通りにならない現実に対して、幼児退行して喚き散らしています』という意味です。そう思えば、腹も立たないでしょう? むしろ『あらあら、よしよし』という慈愛の心すら芽生えます」
侍女たちが、一斉に「ほう……!」と感嘆の声を漏らした。
私はさらに畳み掛ける。
「管理術その二! 『怒りはカロリーの無駄遣い』。怒るのにはエネルギーが必要です。そんな無駄なエネルギーがあるなら、美味しいスイーツを食べて脳内の幸福度を上げなさい。相手を呪う暇があったら、次に買う靴のカタログを眺める方が、よっぽど生産的です!」
「……ミナ様! なんだか、心が軽くなってきました!」
ソフィーの目が輝き始める。
他の侍女たちも、手帳を取り出して私の言葉をメモし始めた。
いつの間にか、回廊は「ミナ様のメンタル教室」と化していた。
そこへ、騒ぎを聞きつけたカイル殿下が、無表情のまま姿を現した。
「……」
殿下は、侍女たちに囲まれて演説している私を、信じられないものを見るような目で見つめている。
……沈黙。
その場の空気が一瞬で引き締まる。
「……(……お前は、一体何をしているんだ……?)」
「あ、殿下。ちょうど良いところに。殿下は今、『この王宮の労働環境が劇的に改善されつつあることに感動した。ミナ、お前の指導力はもはや軍の司令官レベルだ。褒美に、来月の休暇を一日増やしてやろう』と仰っていますね?」
「……っ!!」
カイル殿下が猛烈な勢いで首を横に振った。
だが、侍女たちの目はもう誤魔化せない。
「殿下! ミナ様のおかげで、明日からも頑張れそうです!」
「殿下、ミナ様のような素晴らしい補佐官を選んでくださって、本当にありがとうございます!」
「……(……!?)」
カイル殿下は、侍女たちのキラキラした視線に圧倒され、一歩、二歩と後ずさりした。
彼は助けを求めるように私を見たが、私は優雅に扇で顔を半分隠し、不敵に微笑んでみせる。
「殿下。今の沈黙は、『お前たちのその忠誠心、しかと受け止めた。これからはミナの教えを胸に、最強の侍女軍団として君臨しろ』という激励ですね? 皆様、殿下がそう仰っていますよ!」
「「「はい! 殿下、ミナ様!!」」」
王宮に、侍女たちの力強い声が響き渡った。
カイル殿下は真っ青な顔で、ついに背を向けて逃げ出してしまった。
「お嬢様……。今の、完全に王宮内での『裏の権力』を手に入れましたね……」
背後でアンナが呆れたように呟く。
「いいじゃない、アンナ。これで私の仕事はさらに捗るわ。敵を作るより、味方を増やす方が効率的でしょう?」
私は満足げに頷くと、逃げていった殿下の背中を追いかけ始めた。
婚約破棄された悪役令嬢。
だが今の私は、この王宮を支える女性たちの「心の支え」……もとい、「最強の教祖様」になりつつあった。
王宮の長い回廊。その曲がり角から、心臓を抉るような悲痛な泣き声が聞こえてきた。
私がカイル殿下への「午後のおやつに関する進言書(チョコ多め)」を手に角を曲がると、そこには若い侍女が顔を覆って泣き崩れていた。
「あら。そこ、通行の邪魔ですよ。泣くならせめて、端に寄るか、涙を拭いてから公式な苦情を申し立てなさい」
「……えっ? み、ミナ様……?」
泣いていたのは、新人の侍女ソフィーだった。
彼女は私の顔を見るなり、さらに激しく涙を溢れさせた。
「ど、どうしたのですか。そんなに水分を排出して。脱水症状で労災案件になったら、私の管轄外ですよ?」
「ひっ、酷いんですぅ……! さっき、あの大臣の奥様に『お前の淹れたお茶は、泥水より価値がない』って言われて……。おまけに、ドレスの裾に少し触れただけで『この不潔な手が!』って……」
私はパサリと扇を開き、泣きじゃくるソフィーを見下ろした。
なるほど。よくある「格下への八つ当たり」というやつだ。
私は彼女の隣に膝をつき、その肩をポンと叩く。
「ソフィー。まず、事実確認をしましょう。そのお茶、本当に泥水でしたか?」
「……え? い、いいえ。最高級の茶葉を、秒単位で計測して淹れました」
「では、あなたの手は不潔ですか? 先ほど石鹸で洗うのを見ましたが」
「洗いました……。爪の間まで綺麗に……」
「完璧ね。つまり、相手の言葉は『客観的事実に基づかない、ただの主観的かつ情緒的な騒音』ということです。分かりますか? あれは言葉ではなく、壊れた蓄音機から流れる雑音だと思いなさい」
ソフィーが目を丸くして私を見上げる。
私は彼女を立ち上がらせると、周囲に集まってきた他の侍女たちにも聞こえるように、朗々と声を張り上げた。
「皆様、聞きなさい。悪役令嬢として断罪され続けた私が教える、メンタル管理術その一! 『相手の暴言を、翻訳して捨てなさい』!」
「……翻訳、ですか?」
「ええ。例えば『お前は無能だ』と言われたら、それは『私は今、自分の思い通りにならない現実に対して、幼児退行して喚き散らしています』という意味です。そう思えば、腹も立たないでしょう? むしろ『あらあら、よしよし』という慈愛の心すら芽生えます」
侍女たちが、一斉に「ほう……!」と感嘆の声を漏らした。
私はさらに畳み掛ける。
「管理術その二! 『怒りはカロリーの無駄遣い』。怒るのにはエネルギーが必要です。そんな無駄なエネルギーがあるなら、美味しいスイーツを食べて脳内の幸福度を上げなさい。相手を呪う暇があったら、次に買う靴のカタログを眺める方が、よっぽど生産的です!」
「……ミナ様! なんだか、心が軽くなってきました!」
ソフィーの目が輝き始める。
他の侍女たちも、手帳を取り出して私の言葉をメモし始めた。
いつの間にか、回廊は「ミナ様のメンタル教室」と化していた。
そこへ、騒ぎを聞きつけたカイル殿下が、無表情のまま姿を現した。
「……」
殿下は、侍女たちに囲まれて演説している私を、信じられないものを見るような目で見つめている。
……沈黙。
その場の空気が一瞬で引き締まる。
「……(……お前は、一体何をしているんだ……?)」
「あ、殿下。ちょうど良いところに。殿下は今、『この王宮の労働環境が劇的に改善されつつあることに感動した。ミナ、お前の指導力はもはや軍の司令官レベルだ。褒美に、来月の休暇を一日増やしてやろう』と仰っていますね?」
「……っ!!」
カイル殿下が猛烈な勢いで首を横に振った。
だが、侍女たちの目はもう誤魔化せない。
「殿下! ミナ様のおかげで、明日からも頑張れそうです!」
「殿下、ミナ様のような素晴らしい補佐官を選んでくださって、本当にありがとうございます!」
「……(……!?)」
カイル殿下は、侍女たちのキラキラした視線に圧倒され、一歩、二歩と後ずさりした。
彼は助けを求めるように私を見たが、私は優雅に扇で顔を半分隠し、不敵に微笑んでみせる。
「殿下。今の沈黙は、『お前たちのその忠誠心、しかと受け止めた。これからはミナの教えを胸に、最強の侍女軍団として君臨しろ』という激励ですね? 皆様、殿下がそう仰っていますよ!」
「「「はい! 殿下、ミナ様!!」」」
王宮に、侍女たちの力強い声が響き渡った。
カイル殿下は真っ青な顔で、ついに背を向けて逃げ出してしまった。
「お嬢様……。今の、完全に王宮内での『裏の権力』を手に入れましたね……」
背後でアンナが呆れたように呟く。
「いいじゃない、アンナ。これで私の仕事はさらに捗るわ。敵を作るより、味方を増やす方が効率的でしょう?」
私は満足げに頷くと、逃げていった殿下の背中を追いかけ始めた。
婚約破棄された悪役令嬢。
だが今の私は、この王宮を支える女性たちの「心の支え」……もとい、「最強の教祖様」になりつつあった。
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