はい?婚約破棄、承りました!

萩月

文字の大きさ
22 / 28

22

しおりを挟む
「――認めん! 断じて認めんぞ! あの筋肉ダルマ……いや、テオドール殿下の戯言など無効だ!」

王宮の大会議室。
円卓を囲むのは、この国の政治を牛耳る高位貴族たち。
その中心で、立派な白髭を蓄えたガバン公爵が、机をバンバンと叩いて吠えていた。

「そもそも、カイル殿下は素晴らしいが、その隣にいる女!
元・悪役令嬢であり、婚約破棄された傷物ではないか!
そのような者を王妃になど、我が国の『伝統』と『品格』が許さん!」

「そうだそうだ!」と、取り巻きの貴族たちが同調する。
私はカイル殿下の隣で、優雅に扇をパタパタと仰ぎながら、彼らの顔を一人ずつ記憶した。
(ガバン公爵、横領疑惑あり。その隣の伯爵、愛人スキャンダル揉み消し中……。なるほど、叩けば埃しか出ないメンツね)

「……」

カイル殿下は、不快そうに眉を寄せ、ガバン公爵を睨みつけている。
殿下の脳内では今、数千通りの「論理的罵倒」が生成されているはずだが、出力されるまでにはあと三分はかかるだろう。
ならば、私が先に処理するまでだ。

「ガバン公爵。貴重な会議の時間を『老人の主張』で浪費するのはおやめください。
貴方が仰る『傷物』とは、具体的にどの部分を指してのことですか?」

「なっ……口答えするか! 婚約破棄されたという事実そのものが、女としての瑕疵(かし)だと言っているのだ!
純潔で、従順で、無垢な令嬢こそが王妃に相応しい!」

「純潔、従順、無垢。……ハッ、笑わせないでください」

私は扇をパチリと閉じて立ち上がり、冷ややかな視線で円卓を見渡した。

「ここは政治の中枢です。おとぎ話のフラワーガーデンではありませんよ?
『無垢』な人間に、古狸のような他国の外交官と渡り合えますか?
『従順』な人間に、貴方たちのような欲深い貴族を統制できますか?
今のこの国に必要なのは、お飾りの人形ではなく、泥水を啜ってでも利益をもぎ取ってくる『実務者』です」

「き、貴様……! 我々を欲深いだと!?」

「事実でしょう。先月の予算会議、貴方の領地の『橋の修繕費』が相場の三倍でしたわ。
私が精査して却下しましたが、あれは一体どこの業者への『忖度』でしたか?」

「ぐっ……! そ、それは……!」

ガバン公爵が狼狽える。私は間髪入れずに畳み掛ける。

「いいですか、皆様。
私が『悪役令嬢』と呼ばれていたのは、私が常に『正論』を武器に戦ってきたからです。
感情論で国は守れません。伝統で飯は食えません。
私が王妃になったあかつきには、まず貴方たちのそのカビの生えた『伝統』という名の既得権益を、全て大掃除させていただきます。
……覚悟はよろしいですか?」

私の言葉に、会議室が静まり返った。
誰も反論できない。なぜなら、私の手元には彼らの弱みを握った「黒革の手帳(自作)」があることを、彼らも薄々感づいているからだ。

「……ふん! だ、だがな!
カイル殿下はどうなんだ! 殿下はまだ何も仰っていない!
殿下も、こんな気の強い女より、もっとしとやかな……」

公爵が最後の悪あがきでカイル殿下に矛先を向けた。
その瞬間。

「……(ダンッ!!)」

カイル殿下が、拳を机に叩きつけた。
会議室の空気がビリビリと震える。
殿下はゆっくりと立ち上がり、ガバン公爵を、まるでゴミを見るような目で見下ろした。

「……」

「あ、公爵。殿下が『黙れ』と仰っています。
翻訳しますね。
『私の選んだパートナーにケチをつけるとは、いい度胸だ。
しとやかな女? そんなものは剥製にでもして飾っておけばいい。
私が求めているのは、私の背中を預けられる戦友であり、私の沈黙を理解する唯一の理解者だ。
ミナ以外の王妃など、私が王位についても即日で廃止する』
……だそうです。殿下、廃止は少し過激ですが、概ね合っていますか?」

「……(コクリ)」

カイル殿下は力強く頷き、さらに公爵に一歩迫った。

「……(……まだ、何かあるか?)」

「ひっ……! い、いえ! 滅相もございません!」

ガバン公爵は、蛇に睨まれた蛙のように縮み上がった。
カイル殿下の「無言の圧力」と、私の「毒舌」のコンボ。
この会議室において、私たちに勝てる者は存在しない。

「お分かりいただけたようで何よりです。
では、テオドール殿下の捜索と、即位式の準備を進めます。
反対する方は……後で個別に、私の『特別講義(三時間コース)』を受けていただきますので、挙手をお願いします」

私がニコリと微笑むと、全員が一斉に視線を逸らし、書類に目を落とした。
満場一致。
こうして、保守派の反乱は、わずか十分で鎮圧されたのである。

「……ふぅ。殿下、疲れましたね。
老人ホームの慰問も楽ではありませんわ」

会議室を出て廊下を歩きながら、私が肩を回すと、カイル殿下がそっと私の腰に手を回してきた。

「……(……ありがとう)」

「お礼には及びません。
それより殿下、覚悟を決めてくださいね。
王様になるということは、これからはもっと『厄介な連中』を相手にしなきゃいけないってことです」

「……(……お前がいれば、怖くない)」

「あら、嬉しいことを言ってくれますね。
でも、私の給料は『王妃の座』だけじゃ足りませんよ?
これからは、毎日三回、殿下の口から『愛してる』と言っていただきます。
……無言じゃなくて、言葉で、ですよ?」

「……(……努力、する)」

カイル殿下は耳を赤くして、小さな声で、でも確かに「……愛してる」と呟いた。
王宮の廊下に、二人の足音が響く。
最強の国王夫妻の誕生まで、あと少し。
まずは、あの逃亡した筋肉ダルマを捕まえるところからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

【完結】恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?―――激しく同意するので別れましょう

冬馬亮
恋愛
「恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?」 セシリエの婚約者、イアーゴはそう言った。 少し離れた後ろの席で、婚約者にその台詞を聞かれているとも知らずに。 ※たぶん全部で15〜20話くらいの予定です。 さくさく進みます。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【完結】騙された? 貴方の仰る通りにしただけですが

ユユ
恋愛
10歳の時に婚約した彼は 今 更私に婚約破棄を告げる。 ふ〜ん。 いいわ。破棄ね。 喜んで破棄を受け入れる令嬢は 本来の姿を取り戻す。 * 作り話です。 * 完結済みの作品を一話ずつ掲載します。 * 暇つぶしにどうぞ。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

処理中です...