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「……ふふふ。完璧だ。これでローズマリーは、私の真の勇姿に跪くことになるだろう」
修道院の裏手にある森の陰で、セドリック皇太子は一人、邪悪……ではなく、必死な笑みを浮かべていました。
彼の計画はこうです。雇った「ならず者役」にリリアンを連れ去らせ、絶体絶命のピンチに自分が颯爽と現れて救い出す。
その光景をローズマリーに見せつけ、「やはり男の強さと美しさが一番だわ!」と言わせる。
あまりにも古典的、かつ短絡的な作戦でした。
「おーい、準備はいいか! 合図をしたらリリアンを……って、お前ら誰だ?」
セドリックの前に現れたのは、彼が雇った小劇団の役者たちではなく、目つきの鋭い、本物の山賊たちでした。
「へへっ、旦那。いいカモがいるって聞いたんでね。この修道院には、王都の令嬢や隣国の姫まで揃ってるんだろ? 全員まとめて売り飛ばせば、一生遊んで暮らせるぜ!」
「なっ……違う! 私の計画と違うぞ! 警備兵! カトリーヌ! 誰かーー!」
セドリックの情けない悲鳴が響く中、山賊たちは修道院の中庭へと乱入しました。
ちょうどその時、リリアンはローズマリーに「正しい首の傾げ方」を教わっている最中でした。
「ひゃっ!? な、何、あなたたち!?」
山賊の一人が、リリアンの細い手首を荒っぽく掴みました。
「いいタマだ。おい、そこの赤髪の女と黒い服の女も捕まえろ!」
「……。……。今、何をした?」
地を這うような低い声が、中庭に響き渡りました。
震えていたのはリリアンではなく、それを見ていたローズマリーでした。
彼女の周囲に、物理的な「殺気」が渦巻いています。
「あ? なんだよお前。文句があるなら……」
「……その、汚れた、手で。……一ミリの曇りもないリリアン様の白磁の肌に、触れたわね?」
私はゆっくりと立ち上がり、手に持っていた美容読本(鉄板入り)を、ミキミキと音を立てて握りしめました。
「それだけではありませんわ。貴方たちが土足で踏み荒らしたこの石畳……私が今朝、カトリーヌ様に磨かせたばかりのシンメトリーな美しさを台無しにしましたわね?」
「何をワケのわからねえことを……。痛っ!? 何だこの女、力が……!」
私は山賊の腕を、信じられない力で掴み返しました。
「いいですか。美しさを損なう者は、この世界の不純物。不純物は、排除(クリーニング)されるべき存在ですわ!」
「お嬢様、落ち着いてください! 顔、顔が般若みたいになってますよ!」
アンが止めに入りますが、もう遅い。
私は叫びました。
「カトリーヌ様! 私に『護身術』を教えなさい! 今すぐ、一秒でマスターしますわ!」
「……教えるまでもないだろう、その気迫。……ローズマリー、右だ」
カトリーヌ様の助言と共に、私は手に持っていた「重厚な美容読本」をフルスイングしました。
ドゴォォォン!
という、令嬢が出していいはずのない鈍い音が響き、山賊の一人が吹き飛びました。
「な、なんだこの女……!? 人間か!?」
「失礼ね! これは愛の重さですわ! リリアン様の肌に赤みが残ったらどうしてくれるの!? 貴方のそのガサガサの手、ヤスリで削って消し去って差し上げますわよ!」
私はドレスを捲り上げ(もちろんアンが必死に隠しました)、山賊たちの中に文字通り飛び込みました。
殴る、蹴る、本で叩く。
そのすべてが、リリアンやエレオノーラ様の美しさを守るという、狂気じみた使命感に裏打ちされていました。
「このっ、毛穴の詰まってそうな顔! 左右非対称な鼻! 存在自体が公害ですわーーっ!」
「ぎゃあああ! 助けてくれ、この女、目がマジだ!」
本物の山賊たちが、涙を流して逃げ出し始めました。
そこへようやく、腰が抜けたセドリックを引きずったカトリーヌ率いる騎士団が到着し、山賊たちは一網打尽にされました。
「……ふう。……リリアン様、お怪我はありませんか?」
私は乱れた髪をかき上げ、一瞬で「優雅な令嬢」の表情に戻りました。
「は、はい……。ローズマリー様、凄かったです……。ちょっと怖かったですけれど」
「怖かった? あら、それは美に対する情熱が溢れてしまっただけですわ。……さて、セドリック殿下」
私は、震えている皇太子を冷ややかな目で見下ろしました。
「……あ、いや、ローズマリー。これはその、私が君を助けようと……」
「貴方の自作自演に巻き込まれて、リリアン様の肌にストレスによる微細なシワができかけました。この罪、万死に値しますわよ?」
「……。す、すみませんでした……」
皇太子が、ついに地面に頭を擦り付けました。
私はそれを見向きもせず、リリアンの手首を優しく取り、そっと唇を寄せました。
「大丈夫ですわ、リリアン様。この赤みは、私が一晩かけて最高の軟膏で癒して差し上げます。……美しさを脅かす影は、私がすべて、この拳で粉砕して差し上げますから」
カトリーヌ様が遠くで「……もう騎士団、いらないんじゃないか?」と呟いたのを、誰も否定できませんでした。
こうして誘拐事件は、ローズマリーの「美の鉄拳」によって、伝説的なまでの圧倒的勝利で幕を閉じたのでした。
修道院の裏手にある森の陰で、セドリック皇太子は一人、邪悪……ではなく、必死な笑みを浮かべていました。
彼の計画はこうです。雇った「ならず者役」にリリアンを連れ去らせ、絶体絶命のピンチに自分が颯爽と現れて救い出す。
その光景をローズマリーに見せつけ、「やはり男の強さと美しさが一番だわ!」と言わせる。
あまりにも古典的、かつ短絡的な作戦でした。
「おーい、準備はいいか! 合図をしたらリリアンを……って、お前ら誰だ?」
セドリックの前に現れたのは、彼が雇った小劇団の役者たちではなく、目つきの鋭い、本物の山賊たちでした。
「へへっ、旦那。いいカモがいるって聞いたんでね。この修道院には、王都の令嬢や隣国の姫まで揃ってるんだろ? 全員まとめて売り飛ばせば、一生遊んで暮らせるぜ!」
「なっ……違う! 私の計画と違うぞ! 警備兵! カトリーヌ! 誰かーー!」
セドリックの情けない悲鳴が響く中、山賊たちは修道院の中庭へと乱入しました。
ちょうどその時、リリアンはローズマリーに「正しい首の傾げ方」を教わっている最中でした。
「ひゃっ!? な、何、あなたたち!?」
山賊の一人が、リリアンの細い手首を荒っぽく掴みました。
「いいタマだ。おい、そこの赤髪の女と黒い服の女も捕まえろ!」
「……。……。今、何をした?」
地を這うような低い声が、中庭に響き渡りました。
震えていたのはリリアンではなく、それを見ていたローズマリーでした。
彼女の周囲に、物理的な「殺気」が渦巻いています。
「あ? なんだよお前。文句があるなら……」
「……その、汚れた、手で。……一ミリの曇りもないリリアン様の白磁の肌に、触れたわね?」
私はゆっくりと立ち上がり、手に持っていた美容読本(鉄板入り)を、ミキミキと音を立てて握りしめました。
「それだけではありませんわ。貴方たちが土足で踏み荒らしたこの石畳……私が今朝、カトリーヌ様に磨かせたばかりのシンメトリーな美しさを台無しにしましたわね?」
「何をワケのわからねえことを……。痛っ!? 何だこの女、力が……!」
私は山賊の腕を、信じられない力で掴み返しました。
「いいですか。美しさを損なう者は、この世界の不純物。不純物は、排除(クリーニング)されるべき存在ですわ!」
「お嬢様、落ち着いてください! 顔、顔が般若みたいになってますよ!」
アンが止めに入りますが、もう遅い。
私は叫びました。
「カトリーヌ様! 私に『護身術』を教えなさい! 今すぐ、一秒でマスターしますわ!」
「……教えるまでもないだろう、その気迫。……ローズマリー、右だ」
カトリーヌ様の助言と共に、私は手に持っていた「重厚な美容読本」をフルスイングしました。
ドゴォォォン!
という、令嬢が出していいはずのない鈍い音が響き、山賊の一人が吹き飛びました。
「な、なんだこの女……!? 人間か!?」
「失礼ね! これは愛の重さですわ! リリアン様の肌に赤みが残ったらどうしてくれるの!? 貴方のそのガサガサの手、ヤスリで削って消し去って差し上げますわよ!」
私はドレスを捲り上げ(もちろんアンが必死に隠しました)、山賊たちの中に文字通り飛び込みました。
殴る、蹴る、本で叩く。
そのすべてが、リリアンやエレオノーラ様の美しさを守るという、狂気じみた使命感に裏打ちされていました。
「このっ、毛穴の詰まってそうな顔! 左右非対称な鼻! 存在自体が公害ですわーーっ!」
「ぎゃあああ! 助けてくれ、この女、目がマジだ!」
本物の山賊たちが、涙を流して逃げ出し始めました。
そこへようやく、腰が抜けたセドリックを引きずったカトリーヌ率いる騎士団が到着し、山賊たちは一網打尽にされました。
「……ふう。……リリアン様、お怪我はありませんか?」
私は乱れた髪をかき上げ、一瞬で「優雅な令嬢」の表情に戻りました。
「は、はい……。ローズマリー様、凄かったです……。ちょっと怖かったですけれど」
「怖かった? あら、それは美に対する情熱が溢れてしまっただけですわ。……さて、セドリック殿下」
私は、震えている皇太子を冷ややかな目で見下ろしました。
「……あ、いや、ローズマリー。これはその、私が君を助けようと……」
「貴方の自作自演に巻き込まれて、リリアン様の肌にストレスによる微細なシワができかけました。この罪、万死に値しますわよ?」
「……。す、すみませんでした……」
皇太子が、ついに地面に頭を擦り付けました。
私はそれを見向きもせず、リリアンの手首を優しく取り、そっと唇を寄せました。
「大丈夫ですわ、リリアン様。この赤みは、私が一晩かけて最高の軟膏で癒して差し上げます。……美しさを脅かす影は、私がすべて、この拳で粉砕して差し上げますから」
カトリーヌ様が遠くで「……もう騎士団、いらないんじゃないか?」と呟いたのを、誰も否定できませんでした。
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