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「……ああ、なんという痛ましい。リリアン様の白雪のような手首に、このような……このような野蛮な痕跡が残るなんて! これは世界遺産に落書きをされたも同然ですわ!」
修道院の私室にて、私はリリアン様の細い手首を捧げ持ち、涙ながらに叫びました。
山賊事件から一晩。
リリアン様の手首には、言われなければ気づかないほどの、わずかに赤い擦り傷が一つ。
ですが、私にとっては天を仰ぎ、神に抗議したくなるほどの重傷なのです。
「ローズマリー様、もう大丈夫ですわ。昨日から十回以上も、この最高級の薬草オイルを塗ってくださいましたし……。むしろ、オイルで滑ってティーカップが持てないくらいです」
リリアン様が困ったように微笑みます。
ああ、その困り顔! 眉間の微かな寄せ具合が、守護欲を極限まで刺激します!
「ダメですわ、リリアン様! 美しさは脆弱な硝子細工。一度ヒビが入れば、そこから世界の崩壊が始まるのです。……アン! 例の『絶対防壁(サンクチュアリ)』の準備は整いまして?」
「……整いましたよ。というか、お嬢様。部屋の入り口に『不純物(男)立入禁止。美しくない者は半径五メートル以内に近づくべからず』という看板を立てるの、本気だったんですか?」
アンが呆れ顔で、特大の看板を運び込んできました。
私は胸を張り、扇を力強く広げました。
「当然ですわ! 今のリリアン様は傷ついた蝶。むさ苦しい男の吐息や、整っていない髭の司祭様、そして何より……反省も美意識も足りない皇太子の存在そのものが、彼女の治癒を妨げる毒なのです!」
その時、廊下からドタバタと騒がしい足音が聞こえてきました。
「ローズマリー! 開けろ! リリアンの見舞いに来たんだ! 昨日のことは本当に……その、悪かったと思っている!」
扉の向こうで叫んでいるのは、セドリック殿下です。
私は即座に、扉の隙間から「美の鉄拳」……もとい、鋭い眼光を投げかけました。
「殿下! そこでお止まりなさい! 貴方の今の心の乱れが、体臭となってこちらまで漂ってきておりますわよ!」
「なっ、体臭だと!? 私は今朝、薔薇の香油で身を清めてきたばかりだぞ!」
「内面から滲み出る『美しくない自責の念』が、香油の質を落としていると言っているのです! リリアン様の細胞が貴方の声を拒絶しております。今すぐ回れ右をして、カトリーヌ様と共にスクワットでもしてきなさいな!」
「誰がスクワットだ! 私は皇太子だぞ! リリアン、君からも何か言ってくれ!」
リリアン様は私と扉を交互に見て、ふふっと小さく吹き出しました。
「セドリック様、ごめんなさい。……ローズマリー様が『今は美の療養中』だと仰るので。私、もう少しだけ、この甘美な拘束を楽しもうと思いますわ」
「……リリアン? 君まで、あいつの変な理屈に染まってしまったのか……?」
扉の外で、セドリック殿下がガックリと膝を突く音が聞こえました。
勝機です。
「カトリーヌ様! そこにいらっしゃるのでしょう? 殿下を速やかに連行してください。あ、カトリーヌ様なら入室を許可しますわよ。貴女の凛々しさは、リリアン様の心臓に良い刺激を与えますから」
「……。私は断る。今の貴様の部屋は、甘ったるいオイルの香りと、狂気じみた『愛』が充満しすぎていて、呼吸困難になりそうだ」
カトリーヌ様の冷ややかな、けれどどこか呆れた声。
結局、殿下はカトリーヌ様にズルズルと引きずられていきました。
私は満足げに頷き、リリアン様の肩に優しくブランケットをかけました。
「さて、邪魔者はいなくなりましたわ。リリアン様、次は……傷口の完治を祝して、私の秘蔵の『美少女観賞用・特選ハーブティー』を淹れましょうね」
「ローズマリー様……。貴女は本当に、私のことを『宝物』だと思ってくださっているのですね」
リリアン様が、私の手の上にそっと自分の手を重ねました。
その体温。その柔らかな感触。
「……当然ですわ。貴女は、私がこの世界で見つけた、最も守るべき輝き。……誰にも、一指も触れさせません。もし、次に貴女に傷をつけようとする者が現れたら、私はこの修道院ごと爆破してでも、貴女を安全な場所へ連れ去りますわ!」
「爆破は困りますけれど……でも、嬉しいですわ」
リリアン様の微笑みに、私の心臓は本日百回目となる限界突破(オーバーヒート)を迎えました。
悪役令嬢による「絶対防壁」。
それは、皇太子すら入り込めない、美しき乙女たちだけの不可侵条約。
私はこの瞬間、決意を新たにしました。
王都へ戻るにせよ、ここで暮らすにせよ、私の愛でる「宝物たち」の輝きを、永遠に、完璧に、守り抜いてみせると。
修道院の私室にて、私はリリアン様の細い手首を捧げ持ち、涙ながらに叫びました。
山賊事件から一晩。
リリアン様の手首には、言われなければ気づかないほどの、わずかに赤い擦り傷が一つ。
ですが、私にとっては天を仰ぎ、神に抗議したくなるほどの重傷なのです。
「ローズマリー様、もう大丈夫ですわ。昨日から十回以上も、この最高級の薬草オイルを塗ってくださいましたし……。むしろ、オイルで滑ってティーカップが持てないくらいです」
リリアン様が困ったように微笑みます。
ああ、その困り顔! 眉間の微かな寄せ具合が、守護欲を極限まで刺激します!
「ダメですわ、リリアン様! 美しさは脆弱な硝子細工。一度ヒビが入れば、そこから世界の崩壊が始まるのです。……アン! 例の『絶対防壁(サンクチュアリ)』の準備は整いまして?」
「……整いましたよ。というか、お嬢様。部屋の入り口に『不純物(男)立入禁止。美しくない者は半径五メートル以内に近づくべからず』という看板を立てるの、本気だったんですか?」
アンが呆れ顔で、特大の看板を運び込んできました。
私は胸を張り、扇を力強く広げました。
「当然ですわ! 今のリリアン様は傷ついた蝶。むさ苦しい男の吐息や、整っていない髭の司祭様、そして何より……反省も美意識も足りない皇太子の存在そのものが、彼女の治癒を妨げる毒なのです!」
その時、廊下からドタバタと騒がしい足音が聞こえてきました。
「ローズマリー! 開けろ! リリアンの見舞いに来たんだ! 昨日のことは本当に……その、悪かったと思っている!」
扉の向こうで叫んでいるのは、セドリック殿下です。
私は即座に、扉の隙間から「美の鉄拳」……もとい、鋭い眼光を投げかけました。
「殿下! そこでお止まりなさい! 貴方の今の心の乱れが、体臭となってこちらまで漂ってきておりますわよ!」
「なっ、体臭だと!? 私は今朝、薔薇の香油で身を清めてきたばかりだぞ!」
「内面から滲み出る『美しくない自責の念』が、香油の質を落としていると言っているのです! リリアン様の細胞が貴方の声を拒絶しております。今すぐ回れ右をして、カトリーヌ様と共にスクワットでもしてきなさいな!」
「誰がスクワットだ! 私は皇太子だぞ! リリアン、君からも何か言ってくれ!」
リリアン様は私と扉を交互に見て、ふふっと小さく吹き出しました。
「セドリック様、ごめんなさい。……ローズマリー様が『今は美の療養中』だと仰るので。私、もう少しだけ、この甘美な拘束を楽しもうと思いますわ」
「……リリアン? 君まで、あいつの変な理屈に染まってしまったのか……?」
扉の外で、セドリック殿下がガックリと膝を突く音が聞こえました。
勝機です。
「カトリーヌ様! そこにいらっしゃるのでしょう? 殿下を速やかに連行してください。あ、カトリーヌ様なら入室を許可しますわよ。貴女の凛々しさは、リリアン様の心臓に良い刺激を与えますから」
「……。私は断る。今の貴様の部屋は、甘ったるいオイルの香りと、狂気じみた『愛』が充満しすぎていて、呼吸困難になりそうだ」
カトリーヌ様の冷ややかな、けれどどこか呆れた声。
結局、殿下はカトリーヌ様にズルズルと引きずられていきました。
私は満足げに頷き、リリアン様の肩に優しくブランケットをかけました。
「さて、邪魔者はいなくなりましたわ。リリアン様、次は……傷口の完治を祝して、私の秘蔵の『美少女観賞用・特選ハーブティー』を淹れましょうね」
「ローズマリー様……。貴女は本当に、私のことを『宝物』だと思ってくださっているのですね」
リリアン様が、私の手の上にそっと自分の手を重ねました。
その体温。その柔らかな感触。
「……当然ですわ。貴女は、私がこの世界で見つけた、最も守るべき輝き。……誰にも、一指も触れさせません。もし、次に貴女に傷をつけようとする者が現れたら、私はこの修道院ごと爆破してでも、貴女を安全な場所へ連れ去りますわ!」
「爆破は困りますけれど……でも、嬉しいですわ」
リリアン様の微笑みに、私の心臓は本日百回目となる限界突破(オーバーヒート)を迎えました。
悪役令嬢による「絶対防壁」。
それは、皇太子すら入り込めない、美しき乙女たちだけの不可侵条約。
私はこの瞬間、決意を新たにしました。
王都へ戻るにせよ、ここで暮らすにせよ、私の愛でる「宝物たち」の輝きを、永遠に、完璧に、守り抜いてみせると。
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